第6話 わんぱく猫と戦いの日

 翌日、少しだけ鳥の鳴き声が響く中、ロイを目を覚ました。幸いにもテチハの襲撃はなく、平和な朝だ。

 『ありがとう、ロボットくん』と心の中で少しだけ感謝しながら自動給餌器の餌を口にする。静かなガレージに、ロイの咀嚼音が響き渡った。寂しさを感じるが悪くはない。今日も自由な気分だ。

 朝食を終えると、早速、外へと躍り出た。気分が浮き足立っている。今日の冒険はどうなるだろう? 穏やかな初夏の陽気はロイの気分を沸き立たせるようだ。

 そのまま、みんながいるであろうひざかり公園へと向かった。わずかな時間、散歩を楽しむと、すぐにひざかり公園は見えてくる。公園を囲むように植えられた植木が見えてきた。今はみんなが懸命に守っているロイたちの秘密基地だ。全く秘密ではないのだが、人間たちは今も集会の存在には気づいていないだろう。

 ロイは少しだけ登場に遊び心をにじませることにした。普段は人間たちと同じように入り口の階段から入っていくのだが、今日は植木から中の様子を確認することにした。忍足で植木の中へと入っていく。すると、公園の中央には一匹の猫が座っていた。ベージュ色の体毛と、耳と顔はブラウンの体毛に覆われている。耳は綺麗な三角形を描いており、どことなくチャーミングな印象を与えている。スプリンターのように無駄のないスリムな体型に見える。バーミーズだ。

 バーミーズは誰かを待っているのか、時折周囲を見渡していた。すると、公園のもう片方の入り口から誰かが入ってくる。ラグドールのルルだった。

 ルルはすぐにバーミーズに気づくと体を硬直させた。


「あんた何やってるの? ここは私たちの場所なんだけど」


 ルルの言葉は少しだけ尖っていた。どうやらかなり警戒しているようだ。


「こんにちは」


 バーミーズも、ルルの様子に腰を上げて緊張感を漂わせた。


「私たちに何か用でもあるの?」

「はい、昨日、大空公園で聞いたんですが、テチハと戦っているって聞いたんですよ」

「それで?」

「私は何か協力できないかと思って、この公園に来たんです」

「……そう」


 ルルは少しだけ納得したようだ。少しずつバーミーズへと近づいていく。


「あんた、名前は?」

「ジルです」

「そう、私はルル。もう少ししたら他の仲間も来るはずよ」


 その言葉で一旦、二匹の会話は途切れてしまった。ロイは静かになったところを見計らって、植木から顔を出して声をかけた。


「おはよう」

「……おはよう」


 ロイの挨拶にルルはぶっきらぼうに答えた。ロイの姿は安全になるのを確かめてから出てきた勇気のない猫に見えたのかもしれない。


「こんにちは」


 バーミーズの挨拶はわずかに硬かった。緊張しているのだろう。


「あんた、もしかしてずっと見てたの?」

「……」


 ロイはルルの言葉をスルーした。なんかカッコ悪いように感じられたからだ。次からは普通に声をかけようと思った。


「こんにちは、僕はロイって言います」

「初めまして」


 ロイとジルは少しだけ自己紹介を交わした。もっとも、こもれび公園にいたが、テチハに追い出されて大空公園にいたことくらいしか話してはくれなかった。

 どうやら、大空公園のサイベリアンは律儀な猫だったようだ。昨日の集会でひざかり公園の猫について説明があったらしい。ジルは、その結果駆けつけた一匹だった。


「ですので、何か協力できることがあったら言ってくださいね。皆さんがよければ、明日からはこの公園に顔を出しますので」

「わかりました。ありがとうございます」


 バーミーズが堅苦しく話すので、ロイも丁寧な口調になってしまった。

 そんなことを軽く話していると、ひざかり公園にはドニー、ウニ、肉まんも顔を出した。そのまま、6匹で自己紹介を続けると、ジルが言った。


「私もテチハ襲撃に加えてください!」


 その言葉には、ロイたち5匹は言葉を返すことができなかった。


「テチハが現れてから私の友人が襲撃にあって、酷い怪我を負ったんです! ですから、これ以上の被害を防ぐためにも、私に協力させてください!」


 沈黙が降りた。ジルは当然、必死に話しているが、それだけに簡単に言葉を返すことができなかった。


「……わかった。手が足りない時には協力を求めると思う」


 皆が真剣に言葉を待つ中、ドニーが続けた。


「でも、俺たちはメス猫を戦いには加えないようにするつもりだ。以前、ウニとは少しだけ話したが、基本的には、オス猫が戦うことにしているんだ。だから、今後、オス猫だけで手が足りない時には協力を求めさせてほしい」

「わかりました。では、今後、私がこの公園に来てもいいですか?」


 皆が一瞬、顔を見合わせた。


「ええ、構わないわ」

「ああ、大丈夫だ」


 ルルとドニーの言葉を聞いて、ジルは安心した様子で言った。


「ありがとうございます」


 その後、全員で少しだけ会話を続けた。こもれび公園にいた猫たちの話や、テチハの登場前後の話だ。テチハの登場で、こもれび公園の猫たちは散り散りになってしまった。今では接点がなくなり、会うこともほとんどないようだ。ジルはかつての友人が恋しいようで、寂しい近況を語っていた。もっとも、大空公園の猫たちは暖かく迎えてくれたため、最近では酷い状況ではなかったようだ。

 しばらくして話が途切れると、ドニーが言った。


「さてと……そろそろ行くか」


 ドニーはタイミングを見計らっていたようで、腰を上げた。


「これから、ウニ、ロイと一緒に襲撃に行ってくる。みんなはここで待っていてほしい」


 皆は頷いて答えた。


「じゃあ、行くぞ」

「おう」


 先頭を行くドニーと、それに応えるウニを追いかけるように、ロイも後に続いた。



 傍目から見ると、トコトコと音がしそうなほど可愛らしく歩いている3匹だったが、緊張感は確実に高まっていた。朝方には最高の天気に見えた初夏の陽気も、いつの間にやら曇り空に変わり始めており、刺すような太陽は穏やかなものに変わっていた。

 もっとも、ロイの気分はそれどころではなかった。少しだけ心臓の高鳴りを感じながら歩を進めていく。先を行くドニーとウニは何も言わずに歩き続けている。

 事前に聞いていた襲撃計画は、散歩に出た一匹を三匹で襲撃するだけの簡単な仕事だと思っていた。だが、実際にやるとなると気が引けるのも事実だった。少しだけ怖いし、テチハが哀れに感じられたが、今は心を鬼にする時かも知れない。


 すぐにこもれび公園が視界に入り始めた。既にテチハの三匹は公園の中央でくつろいでいるのが遠くに見える。ロイたち三匹は公園の周囲に植えられた植木に姿を隠すようにして公園へと近づいた。


「なぁ、テツ」

「なんだ?」


 声をかけたのはハスだった。テツは毛繕いをしながら答えている。


「この前、ここに顔を出したメス猫を覚えているか? 三毛猫のやつ」

「ああ」

「あいつ、俺たちのことをモテない猫って噂話していやがったんだよ。だから、メス猫だったけど、少し揉めちまってな」

「……フンッ、俺たちみたいに強い猫をモテないなんて言うとはな。そのメス猫がよっぽどモテないんだろうな」

「それがな。あのメス猫が言うには、みんな言ってるらしいぞ。ここらへんじゃ、有名な噂らしい」

「クソッ! ムカつくな!」

「まぁ、落ち着けよ」

「どうせ、ハッタリだ! 嘘ついてるだけだろ!」


 そこで黙っていたチルが言った。


「それは、どうだろうな」

「なんだ? なんか知っているのか」

「何度か猫の噂話を立ち聞きしてみたことがあるんだが、みんな同じこと言ってたぜ」

「なんで今まで黙ってたんだよ!」


 テツは完全に頭に血が上っているらしい。


「落ち着けよ。俺もメス猫から言われたが、かなり有名な噂らしいからな。チルとも少し話したが、俺たち二匹が思うに有名な可能性が高いな」

「クソッ!」


 テツはよほど悔しかったのか、地団駄を踏みそうな様相で悔しがっていた。


「残念だったな。お前のレミちゃんゲット大作戦は、夢に溢れていたが、現実はそんなもんだ」

「ああ、襲撃とか脅迫とか、レミちゃんは好きじゃないと思うぞ」


 チルとハスからの忠告がどうやら深く突き刺さったようで、テツは言葉を失ってしまった。


「じゃあ、俺はちょっと散歩に行ってくるからな」


 チルはイラついているテツと呆れているハスに声をかけて公園を後にした。その背中をロイたち三匹が後を追っていた。




 チルは事前の調べ通り、北側へと向かっていた。この時間、閑静な住宅街では物音がほとんどしない。静かな空間が広がっていた。

 こもれび公園から最も遠く離れた地点が近づくと、三匹は小さくお互いに合図を送った。単純にお互いの視線を合わせて頷いただけだった。だが、それだけで十分にわかった。決行の瞬間だ。


 わずかにドニーが先立って全力で走り始めると、すぐにウニとロイも置いていかれないように全力で追いかけていく。すると、物音に気づいたチルが驚いて背後を振り返るが、対応する時間はほとんどなかった。


「ギャウ! ギャウ!」


 四匹が声を上げながら、揉み合いになった。ドニーがチルの首元目掛けて噛みついていく。ロイとウニは逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。

 ドニーが噛み付いたまま、体を揺らして押さえつけていく。すると、同時にロイとウニもチルに噛み付いた。


「ギャウ!」


 チルの悲痛な鳴き声が響いた。懸命にこの状況をどうにかしようと考えるが、動揺した頭にそんな余裕があるわけもない。三カ所を同時に本気で噛みつかれて全身が痛むような感覚がする。身じろぎしても三匹の噛み付く顎は全く離れそうにもない。


「やめろ! わかった! 降参だ!」


 チルはすぐに白旗を上げたが、皮肉にも興奮したロイたちには声が届いていないようだ。


「やめてくれ! 言うことを聞く! 言うことを聞くからやめてくれ!」


 かろうじて冷静さを保っていたドニーが牙を離した。


「なんでも言うことを聞くのか?」

「聞くよ! だから、さっさと噛むのをやめろ!」

「……わかった。ロイ! ウニ! 噛むのをやめろ!」


 その言葉を聞いて、ロイとウニが牙を離してチルを囲むように警戒姿勢を取った。


「いいか? 要求する猫の契約は単純だ。ひざかり公園の猫を襲うな……それだけだ」

「……わかった。テツが襲撃を計画しても、俺は加わらないからな」

「よし……嘘はつくなよ。報復するからな」

「わかってるよ。嘘はつかない」


 奇襲作戦が心理的に効いたのか、チルは完全に戦意喪失しているようだ。耳も尻尾も完全に垂れていた。


「いいか、チルはしばらくの間、こもれび公園には戻るなよ」

「なんだよ? まだ何かあるのか?」

「いいから、すぐにこもれび公園には戻るな」

「わかったよ」


 ドニーの脅しが効いたのか、チルは不本意ながらも頷いていた。

 その返事を聞くなり、ロイたち三匹はすぐに行動を継続した。少しだけ遠回りをして、こもれび公園の東側にある植木のそばへと姿を隠した。身じろぎせずに見つからないように気配も消していく。

 相変わらず、公園の中央にテツとハスの二匹が陣取っていた。


「なぁ、もしかして、チルの奴は他の猫にビビっているのか?」


 最後に見た時よりもテツは落ち着いた様子で言った。


「いや、ビビってるわけじゃねぇよ。ただ単に、自分がモテなくなるのが嫌なだけだろ」

「お前もそうか?」

「そりゃそうだ。なんの因果で、モテない一生なんて過ごさないといけないんだよ。俺もモテた方がいいに決まってるだろ」

「……そうか」

「だからさぁ」


 そこでハスは言葉を一旦止めてから続けた。


「普通にレミちゃんに告白すればいいんじゃないか? 俺TUEEE!アピールなんて、意味ないと思うぞ。それに、俺TUEEE!してても、こんな平和な住宅街に巨大な敵なんていないだろ。むしろ、俺たちが敵に見えてると思うぞ」

「……もうフラれたんだよ。でも、俺はピンチになったレミちゃんを救いたいんだ!」

「完全にこじらせてんな」


 ハスはテツの妄想に頭が痛むのか、二、三度首を振った。


「まぁ、いいや。お前、しばらく一人で考えてみろよ。いくらなんでも、もう色々と限界だろうからな」


 ハスが言い捨てるように言葉を残すと、こもれび公園から出ていくようだ。散歩に出かけるらしい。幸いにもロイたちは気づかれることなく、後ろ姿を追うことに成功した。




 この一帯に存在する住宅街は、相変わらず閑静そのもので静かすぎた。それだけに追跡を開始した三匹は見つからないように必死に気配を消しながら後をつけていく。

 すると、ハスは一度だけ後方を振り返った。三匹は必死に電柱の影に身を潜めてやり過ごす。ハスは立ち止まって一瞬だけ後方を流し見ると、再び前を向いて歩き出した。三匹はほっとため息をもらした。

 どうやら、周囲の猫から恨みを買っている自覚はあったようで、警戒心がある程度あったようだ。実際に恨まれているため、その認識は正しい。しかし、後をつけていくには物陰に姿を隠し続ける必要があり、チルの時よりも作戦は困難だった。


 幸いにも気づかれずに追いかけることはできた。住宅街の角を2回ほど曲がったところで、三匹は視線を合わせていく。決行の瞬間だ。

 前回と同じようにドニーが先行して全力で走り始めた。すぐにウニとロイも全力で後を追う。その時、タイミング悪くハスが後方を確認した。ハスは危険が迫っていることを瞬時に理解すると、三匹と同じように全力で逃走を開始した。


『クソッ!』


 ドニーは心の中で悪態をつくと、追いつこうと必死に駆けていく。後ろの二匹もついていくのに必死だった。しかし、ハスとの距離は縮まらない。すぐに次の曲がり角が迫ってくる。街路樹も見てきた。


『マズい! こもれび公園に戻る気か!』


 ドニーはハスがテツと合流した場合、数で圧倒できないことを瞬時に悟った。その瞬間にゆっくりと停止して懸命に声を上げる。


「撤退だ! 逃げるぞ!」


 隣を走っていたロイとウニもすぐに停止して、ひざかり公園を目指し始めたドニーの背中を追い始めた。


『作戦は失敗したが、警告は出せたはずだ。』


 ドニーは心の中で、結果は悪くないと自己評価を下した。

 隣を一緒になって走っているロイとウニは心配しつつも、ドニーと共にひざかり公園へと戻っていった。


 ロイはもう一生懸命だったせいか、途中の景色もまるで覚えていなかった。今も心臓の鼓動が止まらない。緊張したせいなのか、疲れたせいなのかも判断がつかないほどだった。ひざかり公園への帰路を走るうち、次第に気分は落ち着いてきた。

 それにしてもドニーとウニは勇気がある猫だと思った。ロイはこれほどの戦いを経験したことはなかったため、すぐ近くを走っている先輩猫たちが少しだけまぶしく見える。しかし、ドニーとウニの内心はわずかに異なっており、ただ仲間のために必死だっただけだ。ドニーとウニも決して喧嘩慣れしているわけではなかった。むしろ喧嘩は嫌いで、普段は避けていたほどだ。だが、今回は避けることができなかった。




 一方のハスは息を切らせながらこもれび公園を目指していた。懸命に走り続けており、今は後ろを振り返る余裕などなかった。頭の中にあるのはテツと合流することだけだ。

 こもれび公園に到着して息を弾ませながらテツの元へとたどり着いた。テツは後ろ向きで座っており、その目の前にはチルが座っていた。よく見ると、ところどころ怪我だらけでボロボロの毛並みに気づく。


「テツ! アイツらが!」

「……わかってる!」


 テツはチルが襲撃され、ハスもギリギリのところで逃げ出したことに気づいていた。頭の中で必死に考えるが、一匹ずつ襲撃されていては、いずれはテツも危険だろう。しかし、腹の中は怒りが沸き立っている。

 テツは、お腹の怒りを必死にしずめながら、冷静に頭を回転させていく。

 戦力差は大きい。敵は同じように奇襲を始めた。大好きなレミちゃんは敵のボス……気に入られるには、どうすればいいだろう?


「なぁテツ」

「……どうした?」


 頭がフル回転していたテツは、チルの言葉にかろうじて気づいた。


「俺たちはもう限界だ。どうやっても勝てないんじゃないか?」

「……そうだな」


 テツは、そこで大きくため息をついた。


「なぁ、二人とも……」

「なんだ?」


 テツは顔を上げて決心した様子を見せた。


「ひざかり公園の猫たちと交渉することにする」




 その頃、ロイたちは全員が合流していた。息を弾ませたロイたちを心配気にレミたちが見つめていた。


「チルの襲撃は成功した。だが、ハスの襲撃は失敗して逃げられたよ」


 ドニーが息を切らせながらレミたちに結果を伝えた。


「怪我は? 大丈夫なの?」

「大丈夫だ。全員怪我はなかった」

「なら、よかったわ」


 レミたちは安堵の息をついた。


「アイツらはマジでヤバい奴らだったよ!」


 興奮した様子のウニが感想を伝え始めた。


「テチハは最初、こもれび公園で揃って話していたんだ。多分、この住宅街を占領するための計画を練っていたんだと思う。アイツらはやけにニヤニヤしていたし、レミを服従させることも妄想していたんだろうな。すると、チルが最初に席を外したんだ。それで、俺たちは追跡を開始した」


 ウニの言葉を五匹のメス猫たちは真剣に聞いていた。


「チルは間抜けそのものだったぜ! 警戒心なんて微塵を見られないほど、呑気に歩いていくんだ。多分、俺たちが見張っていない時にはスキップでもしながら歩いていくに違いないよ! 頭の中はバラ色の占領計画でいっぱいだったんだろうな!」


 ウニの言葉にドニーは呆れるような表情を見せた。


『……そうだったか? いや、全然違うだろ。むしろ普通だったよ』


 言葉にはしなかったが、ドニーはウニの言葉に賛同していない様子だった。


「だから、俺たちは安全に後をつける事ができた。チルのやつ、一度も振り返ることもなかったよ。そのまま、住宅街を曲がったところで、俺たちはタイミングを合わせて合図を取った。ドニーが最初に駆け出したんだぜ!」


 みんなの視線が一斉にドニーを向いた。ドニーは苦笑している。


「みんな一生懸命に走ったんだ! チルのやつはすぐに気づいたけど、振り返った時には、もう遅かった。ドニーが最初に食らいついた! チルは必死に振り解こうともがいたけどダメだったな。あれはドニーの方が強かった証拠だ! ロイと俺はチルが逃げないように退路をふさいで立ちはだかったんだ! ロイと俺も完璧な動きだった! 俺たちから逃げられるやつなんていないんだよ!」


 ウニは顔を輝かせながら続けた。


「俺たちもかみついた。そしたら、あいつ、泣き叫びながら『ママー!』って何度も叫んだんだよ! アイツ! マジでマザコンだったんだぜ! いつも強気に振る舞っているけれど、はっきり言って、単なる小物にしか見えない有様だった! 多分、今日は漏らしただろうな! パンツでも履いていたらびしょびしょだったに違いない!」


 ウニの言葉にみんなは真剣な表情で耳を傾けていた。ウニの言葉は嘘まみれだったが、臨場感のある感情的な話し方には奇妙な説得力があったようだ。ただし、ドニーとロイは呆れていた。


「はっきり言って、冗談まじりの話だから、あまり真剣に聞く必要はないからな」


 ドニーはみんなに注意した。ドニーからすると、そこまで悲惨な有様ではなかったためだ。


「ははっ! 俺にはチキンにしか見えなかったぜ! それで、チルがあんまりにも泣き叫ぶもんだから、ドニーの一声で、俺たちは攻撃をやめたんだ! チルのやつ、この公園の猫には手を出さないって、猫の契約までこぎつけたんだぜ! アイツ、ボロボロに泣き叫びながら、ドニーに従ったんだ! ドニーはさすがだった! 俺だったら、猫の契約じゃなくて、脅迫で終わっていただろうからな!」


 ウニはチルをゴミのような小物だと捉えるようになったのかもしれないと、ロイは思った。


「チルの一件を片付けたら、すぐに俺たちはこもれび公園に戻った。アイツらは仲間割れをしているように見えたが、詳しくは知らん。多分、世界征服の夢に問題があったんだろうな。そこで、ハスが席を外した。俺たちはすぐに追いかけたよ。今度は警戒心が強い猫で、何度も振り返りやがるんだ! 多分、親猫は抗うつ剤を飲み忘れて、キャットフードのかけらを真剣に数えるような、神経の細かいやつに違いない!」


 みんなは真剣に聞いていたが、実は大袈裟な話し方には慣れていた。ウニはこんなやつだった。でも、面白いので放置しているようだ。


「俺たちはチルの時と同じように、こもれび公園から離れた場所で襲撃を開始した。すると、やつはすぐに気づきやがった! 多分、アイツは狡猾で用心深いから、俺たちの追跡に気づくことができたんだろうな! でも、俺にはわかってるぜ! アイツはチキンだから、散歩が怖くて、いつももらしそうなんだろうな!」


 真剣に語るウニを前に、ロイだけは少しだけ真剣に大袈裟な猫だなぁと驚いていたようだ。


「ハスはすぐに全力で走り出したんだ。俺たちも風になりそうな勢いで駆け出した。でも、追いつきそうにはなかった。あんなに真剣に駆け出したのはいつだったか思い出せそうもない。けれども、住宅街を曲がって、こもれび公園へ続く街路樹が見えたところで、ドニーが撤退を命じたんだ! 少し残念だったが、仕方なかった! 俺たちは八王子の風になったんだぜ!」


 ウニは英雄の物語を語るような様子でハスの追跡を語り終えた。


「本当に?」

「今の話はあっているんですか?」


 ルルとレミは、事実かを知りたがっていたようだ。


「チルは泣き叫んではいなかったし、ハスはそこまで用心深くはなかったな。でも、全力で走っていた時は、確かに風にでもなりそうな気分ではあったよ」


 ドニーの言葉にみんなは少しだけ笑った。『あぁ、やっぱりウニは妄想まじりの話をするのが好きなんだ』とみんなが思った瞬間だった。


「みんないいかな?」


 笑い終わったところで、スシが提案を始めた。


「最近、テチハとの抗争で、微妙な話ばかりだから、私の家でパーティでもしない?」


 スシの家には、猫が好きな女学生が住んでいた。その女学生は、みんなで家を訪問すると、食事を振る舞ってくれる気前の良い人だった。


「うん!」

「いいね! そうしよう!」


 レミとドニーが喜んで肯定した。ロイとジルにはわからなかったが、全員喜んでいるので、悪い話ではないのだろうと察していた。


 スシの家はひざかり公園のすぐ裏手にあった。歩いて一分もかからない。敷地には一本の木が植えられており、そこにはよくカラスが一羽だけ止まっているらしい。もっともフンも落とさないし、静かなので追い払われたりはしなかった。


「あら? スシ! みんなを連れてきたの?」


 訪れるなり現れた女学生は喜んでいるようだ。しばらくスシや、他の猫を撫でると家の中へと入っていった。どうやら、全員の食事を出してくれるようだ。


「ここが私の家。普段は家の中で寝ているだけなんだけどね。あの人間も悪い人ではないよ」


 スシが自慢げに紹介を進めた。


「あの女学生にはいつもお世話になっているけど、大丈夫なのかな?」


 レミは少しだけ申し訳なく感じていたようだ。


「気にしないで。猫が好きなだけだから問題ないよ」


 しばらくスシを中心に家の話を聞いていると、先ほどの女学生が現れて、食事を盛った皿を並べ始めた。


「食事にしましょう」


 スシの号令で、全員が食事を始めた。普通のキャットフードだが、缶詰のタイプだろう。ロイがいつも食べているカリカリとは異なっていた。少しだけ美味しい。


 しばらく食事を続けたが、女学生はその様子をスマホで撮影しているようだ。ロイは煩わしさを感じつつも無視して食事を続けた。


 食事の時間はあっという間に終わった。すると、カラスが戻ってきた音がする。ロイは顔を上げて、木の上を見た。


「いよう! 猫ちゃん!」


 ロイは大きな鳴き声に驚いてしまった。


「こんにちは」


 カラスは大きな木から、低い位置にある塀へと飛び移った。


「また、宴会かい?」

「ええ、猫が増えたのよ」


 スシとカラスは仲がいいようだ。


「どれどれ、どいつが新入りなんだ?」

「この二匹だよ」


 スシがロイとジルを指した。二匹とも食事を終えたようだ。


「はじめまして、俺はカラスのクロって言うんだ。二人の名前は?」

「僕はロイです。」

「ジル」


 カラスのクロは二人をマジマジと見つめた。


「よしっ! 覚えたからな!」


 カラスは少しだけロイに興味を覚えたようだ。ロイを見つめる時間が長い。


「クロさん。テチハについては知っていることはある?」

「テチハ? あぁ、あのこもれび公園で迷惑なことをしている奴らか」

「ええ」

「聞いた話じゃ、元々は駅近くのマンションに住んでいたらしいな。それで、広い場所を占拠するのが夢だったようだ。他にも、ハーレムを作ることに憧れていた……とか聞いたな。ここに引っ越してきた時には、自分達が強い猫であることを知って、喜んでいたらしい。強くなった原因は、餌が良かったことと、狭いマンションでひたすら三匹でトレーニングを積んだ結果のようだ。お前たちが一対多数で勝ったとしても、テチハは全員が一対一では強いからな」

 

 ひざかり公園の猫たちは、テチハの話に感心したようだ。クロは噂話に詳しいのかもしれない。


「つまり、俺から注意がある。特にテツはトレーニングに明け暮れたため、戦闘経験は豊富だ。お前らが一対一で戦いを挑むなら、同じようにトレーニングは積んでおいた方がいい」


 猫たちは頷いた。どうやら、宴会どころではないようだ。


「なら、みんなでギョウザ長老の家へ行きましょう」


 レミの提案はすんなりと通った。


「また今度ね。クロさん」

「あぁ、嬢ちゃんたちも気をつけるんだよ」


 スシとクロは一声かけると、全員でギョウザ長老の家へと向かった。


 ギョウザ長老の家に到着すると、ウニが一声かけた。家の中からギョウザ長老がのっそりと現れると、トレーニングの許可があっさりと通った。


「ほう、今日はまた人数が増えたのか」


 ウニは軽くジルを紹介すると、トレーニングのために芝生の真ん中へと立った。


「三人は特にトレーニングを積んだ方がいいな!」

「あぁ、ただし、ロイを集中的にトレーニングさせる」


 ドニーはロイを見ながら言った。


「どうして?!」

「ロイだけはトレーニングを始めたばかりだからだ」


 ロイは少しだけめんどくさそうな表情を見せたものの、テチハからの襲撃を受けたこともあって、すぐに腹を決めた。


 ロイを集中的にトレーニングさせる方針が決まると、すぐにドニーやウニ、それ以外の猫たちもロイと組み手を始めた。ロイはすぐに息が上がり始めたが、時折、ギョウザ長老が試合を継続するように強制してきた。ギョウザ長老もドニーの方針には賛成のようだ。


 トレーニングは長い時間続いた。ほんの数回ほど休憩が入る程度で、試合は何度も続いた。

 ロイからしてみると、かなりキツいトレーニングではあったものの、息が上がった状態でも上手く攻撃を避けていく身のこなしは身についたようだ。


「ふむ、ロイは成長が早いのかもしれん」

「そうなのか! 爺さん!」

「あぁ、一日で随分と強くなった。最初の頃とはだいぶ動きが変わったのう」


 ギョウザ長老は、ロイの動きを真剣な眼差しで見つめていた。


「基本的なステップは問題ない。あとは訓練あるのみじゃな」


 その後もトレーニングは続いた。あっという間に時間は経過して、夕方になると、ウニの飼い主がみんなに食事を与えてくれた。今日はノンオイルツナ缶だ。ロイは飼い主に感謝しながらいただいていた。

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