第5話 わんぱく猫と噂話
ロイにとって、この朝の目覚めは最悪だった。ところどころ噛まれたせいで痛いし、床に落ちているロイの黒い毛の塊は、いかに自分が惨めに負けたかを暗に示しているようだった。
キャットハウスから出ると、少しだけ周囲を警戒した。万が一、テチハがいたら厄介だ。
ロイは安全であることを確認すると、食事を簡単に済ませて家を出た。
一方、その頃、ウニは一匹でひざかり公園を目指していた。今日もお決まりの集会があるからだ。もっとも、毎日集会はしているが、それに参加するのがウニのささやかな日課だった。
しかし、この日は違った。道を歩いていると、三匹の猫が唐突に姿を現した。
「よう」
余裕の笑みを浮かべているのは、テチハのテツだった。
「……何の用だ!」
ウニは嫌な予感がした。全身に緊張が走る。
「要件なんて決まっているだろ」
すると、その声を合図にして、三匹がウニに襲いかかった。
「ギャウ!」
ウニは必死に抵抗した。トレーニングを思い出して、三匹に囲まれないように牽制していく。
「思ったよりもやるじゃねぇか」
ウニの立ち回りにテツは少しだけ感心したようだ。ウニは三匹を睨みつけたまま、爪を立てた前足で牽制のジャブを繰り返していく。
「なら全力で行くまでだ」
その言葉を合図に、ハツとチルが飛びかかった。ウニは避けようとするが、二匹の前足ががっちりとウニの重心を捉えてしまった。これでは避けようがない。その流れを確認したテツが最後に飛びかかってきた。
ウニはあっという間に取り押さえられて、身動きも封じられてしまった。三匹が執拗にウニの体に牙を立てていく。ウニは必死に体をくねらせて抵抗したが、三匹も必死に攻撃している。
その後も、しばらくの間、ウニに対する攻撃は続いた。何度も噛まれているうちにウニは疲れ果てて、もがくこともやめてしまった。
すると、完全に抵抗をやめたところで、テツが聞いた。
「お前らのしたことは、つまりこう言うことだ。卑怯だろ」
テツは不敵な笑みを浮かべている。
「お前らこそ卑怯だ! いつも一匹を三匹で襲いやがって! 俺たちはお前らのやり方を真似しただけだ!」
ウニが怒鳴りつけるように反論した。テチハの三匹は、こもれび公園に現れた猫を三匹で襲っていた。
「だからどうした? お前らもやったことに変わりないだろう。お前らが仕掛けてくるなら、俺たちも反撃するだけの話だ。でも、安心しろ。ひざかり公園には入らないでやる。せいぜい、お友達と仲良くしていろ」
テツたちは笑いながら、その場を後にした。残されたウニは少しだけふらつきながら立ち上がると、ひざかり公園へと向かった。
思えば、報復があるかもしれないとはギョウザ長老からも指摘されていた。それに、一匹を集中攻撃するやり方は効果的だ。しかし、テチハは何がしたいのだろうか? ひざかり公園を傘下に収めてもあまり意味はないように思える。テチハが現れるのはこもれび公園なのだから、縄張りを強引に広げても意味はなかった。そうすると、レミとの関係を作りたいのかもしれないが、却って関係は悪化することになる。
ウニの頭の中で、こうした考えが浮かんでは消えていく。ウニからすると出口が見えない問題に感じられた。
そんな考えに支配されているうちに、ひざかり公園へと到着してしまった。それにしても酷い格好だ。ところどころ噛まれたせいで傷跡が厚い体毛の上からでも見てわかる。それでも、仲間には状況を説明する必要があるだろう。
「ウニ!」
ひざかり公園に先に到着していた肉まんが驚いて声をあげた。
「テチハの三匹だ。待ち伏せしていやがった」
痛々しい傷を見せながらウニが言葉をもらした。すぐに、ロイ、レミ、ルル、ドニー、肉まんがウニのそばへと駆け寄ってきた。
「大丈夫か? 酷い怪我じゃねぇか」
これには流石にドニーも心配だった。ウニの状況に怒りを覚えたようだ。
「僕も昨日、家で襲撃されたんだ」
ロイは黒猫のせいか、傷が目立ちにくいが、それでもわかるほど怪我をしていた。
「くそっ! お前もやられたのかよ! アイツらマジでムカつくよ!」
ウニは今更ながらに怒りに支配されそうになっていた。テチハが残した去り際の笑い声が頭の中でこだまする。
「こんなことが続いたら本当にまずいわね」
レミも真剣な顔でウニとロイの状況を確認していた。
「どうする?」
やり返すなら、さっさと反撃する必要があった。いじめっ子とは必ず戦わなければならない。なぜなら、敵だからだ。
「俺に考えがある」
ドニーは怒りを感じながらも冷静に対処する決意をした。しばらくの間は、テチハとの争いが続くだろう。
「反撃は単純だ。テチハの三匹が散歩に出たら追跡する。そして、一匹になったところで襲撃するんだ。完全に復讐が復讐を呼ぶ悪循環だが、向こうが諦めるまで続けるんだ」
ドニーの言葉にルルが溜息をついた。
「他にアイディアはないの? 本当に泥沼になるわよ」
ルルからするば、出口が見えない抗争はかなりしんどいものに感じられた。
「残念だが、今に時点では思いつかないな」
「ひざかり公園を時間で区切って共有するのはだめかな?」
ドニーの言葉に、ルルが妥協案を提示した。しかし、ドニーは息をついた。
「それはダメだ。これはナワバリの争いでもある。安易に妥協はできないし、何よりテチハが俺たちを舐めるようになるからな。絶対に報復が必要だ」
「俺もそう思う」
ドニーの言葉にウニも頷いた。
「じゃあ、ロイとウニ……ついてくるんだ。アイツらを追跡して襲撃するぞ」
「わかった」
ロイ、ウニ、ドニーはひざかり公園を後にして、こもれび公園へと向かった。
この日は穏やかで優しげな日光が降り注ぐ平和な陽気に包まれていたが、テチハの三匹は違った。テチハからすると、三匹だけでひざかり公園の七匹に勝たなければならない。テツはレミを傘下に収めることが目標だった。チルとハスもおこぼれでルルやスシとの関係を作りたかったようだ。
「テツ……今後も襲撃を続けるのか?」
「ああ、当然だろ。絶対にレミをこちらに引き込むんだ」
こうは言っているものの、実はレミからは嫌われているだろうと知っていた。実際のところ、強さを見せつければ関係を作れるかもしれないと言った単純な打算があった。
自然界では強いオスこそがモテる存在だとテチハの三匹は信じていた。当然その通りなのだが、レミの思考は少し異なっており、グループの中で最強のオスこそが一番好きだった。グループに属していないテチハは外部の猫であり、恋愛対象にはなりにくかった。
「でも、テツ。アイツらも絶対にやり返してくるはずだ」
「そうだな」
チルの言葉に頷いたテツは、今後の襲撃について思案するものの、良いアイディアが思いつかない。
「襲撃は繰り返す。特に三匹のオスは徹底的に攻撃して、猫の契約で服従させるんだ。そうすれば、いずれ反撃しなくなるだろうからな」
「諦めるまで続けるのか?」
「ああ」
ハスの確認をテツは簡単に肯定した。しばらくの間、均衡状態が続くことになる。だが、それでも最終的には不利な状況だ。数で劣っているのは問題に感じられた。そのため、筆頭として挙げられる三匹のオス猫を抑える必要があった。
「明日からも忙しいから、覚悟しておけよ」
「ああ」
テツの言葉をチルたちも頷いて受け入れた。チルやハスにとってもそれ以外に計画がないのだろう。
「じゃ、俺は先に散歩に行っているからな」
「ああ」
チルはテツの返答を聞くと、一匹だけでこもれび公園を後にした。その後ろ姿をロイが追跡を開始した。
ロイからすると、他の猫の追跡なんてしたことがなかったので、少しだけ緊張してしまった。改めて、散歩しているところを追跡していると、反撃なんて散歩の最中なら問題なさそうだ。
チルはこもれび公園の北側をナワバリにしているようだ。散歩と言っても、本当に散歩しているだけで特に警戒感を表すような素振りも見られない。もしかしたら、自分を襲う猫なんていないと自信に溢れているのかもしれない。この周囲の猫はテチハを心から恐れていた。
三十分ほどの散歩でチルはこもれび公園へと戻ってきた。他の二匹の姿はない。ロイはこっそりとドニーたちとの集合ポイントへと向かった。その場所はこもれび公園の南に位置するこみちの公園だった。
しばらく周囲を警戒しながら、こみちの公園へと向かっていく。やはり覚えにくい光景が続いており、指定された場所にたどり着けるか不安だったが、街路樹の植えられた道を辿っていくとすぐに到着した。
こみちの公園は、この住宅街に位置する公園の一つだ。公園には滑り台が設置されており、周囲を閑静な住宅街に囲まれていた。
ロイは公園の隅に陣取ると、ドニーとウニの到着を待っていた。すると、一匹の猫が警戒しながらロイのそばへと寄ってきた。
「こんにちは」
「どうも」
その猫はスシと同じくベンガルの猫だ。虎模様の体毛が強そうだが、性格は穏やかなようで優しげな立ち振る舞いをしている。
「このあたりに引っ越してきたんですか?」
「いえ、違いますよ。家はひざかり公園の近くなんですが、今日は用があって、友人をここで待っているんです」
「そうですか、それなら良かったです」
ベンガルの猫は、ロイの隣に座った。
「最近、この公園に顔を出す猫が増えたんですよ」
「……テチハのせいですか?」
「知っていたんですね。テチハから追い出されたこもれび公園の猫たちがこっちに来るようになったんですよ」
「大変な状況ですね」
「いえ、みんな賑やかで楽しいですよ。このあたりは猫が少なかったので、却って良かったです」
「テチハがあんなに暴れている理由を知っていますか?」
「はい、少しだけ聞いていますよ。レミ……と言う猫がいて、テツが好きだったんだけど、フラれたのが原因で暴れるようになった……と聞いていますね」
「僕もそう聞いています」
「でも、今後も暴れるのは確実でしょうね」
「どうしてですか?」
「だって、テチハって全然モテないので有名ですよ。むしろすごく嫌われていて、絶対にレミさんからも嫌われるだろうって、いつもここの猫は話しているんですよ。つまり暴れる理由しか揃ってないんですよね」
その言葉を聞いて、ロイは笑った。確かにモテないだろうな、と納得していた。しかし、襲撃も当分は続きそうだと考えると頭が痛い思いもした。
「そういえば、ひざかり公園の猫って言いましたね」
「はい」
「それなら、話が早い。レミさんはテツのこと好きなんですか?」
「……いや、全く好きではないみたいですよ。嫌っているようにも見えましたね」
ベンガルの猫も笑った。テツが既にフラれていることを思い出してロイも笑みがこぼれてしまう。
「でも、レミさんのことを諦めきれていないのか、ひざかり公園の猫にも攻撃を仕掛けるようになったんですよ。それでテチハを追跡した帰りです」
「それは大変ですね。でも、申し訳ないんですが、お手伝いは流石に無理ですからね。このこみちの公園にいる猫は平和主義者ばかりで、喧嘩が嫌いなんですよ」
「残念です」
「それ以外なら協力はしますよ。長老会でテチハに関する投票でも開催されたら、あなたたちの有利な方に投票しますからね」
「ありがとうございます」
長老会での決議はロイにとって意味のわからないイベントに感じられた。他人に決めてもらうことがそんなに重要なのだろうか。でも、親切に話してくれる目の前のベンガルに話を合わせておいた。
他にもベンガルとロイは話を続けた。どこの家がマタタビをくれるのか。ある猫は妊娠していて子供が産まれそうだ……などなど。ロイにとっては興味深い話ばかりだったが、同時にこのベンガルは口が軽いようだ。会ったばかりのロイにここまで噂話をすることが少し信じられないことに感じられた。
しばらく、ベンガルと話しているとウニとドニーも姿を現した。テツがモテないと言う話をすると、二匹も嬉しかったようで、笑い転げるながら大喜びした。
しばらくの間、ベンガルを交えて四匹は話を交わしたが、気になる噂話はもうないようだ。
「じゃあ、俺たちはもう行きますんで」
「はい、また何かありましたらお会いしましょう」
このベンガルは丁寧な猫なのかもしれない。少しだけロイは感心した。
ベンガルが帰宅して、三匹だけになると、少しだけ状況の確認をした。
「ロイ、チルの様子はどうだった?」
「一匹で北側を中心に散歩をしただけだったよ。しばらく散歩したら、最後にこもれび公園に戻ったかな」
「ウニ、ハスはどうだった?」
「あいつは東側だったな」
「……そうか。テツは南側だったよ」
三匹は状況の確認をすると、少しだけ考え込んだ。すぐにドニーが沈黙を破った。
「つまり、三匹は散歩エリアが重複していないんだな?」
「ああ、一匹で行動していた」
ドニーの確認にウニも頷いた。
「なら、簡単だ。一匹のところを襲撃すればいい」
「その通りだ」
ドニーとウニが真剣な眼差しで方針を決定した。
すると、ドニーが提案した。
「けんぼく公園にも寄ろう。長老会の見解が気になるからな」
他の二匹も頷いた。
この住宅街の南に位置するけんぼく公園には簡単なアスレチック用の遊具が二つあった。それ以外には特に目ぼしいものはない。猫の額のような狭い公園だった。猫たちは夜になると、この公園に集合して、地域の問題について話し合うのが常だった。集会を繰り返すうちに猫たちの間にヒエラルキーが生まれた。その上位に位置していたのが、三匹の老猫だった。これが、長老会の始まりと言われている。
しかし、昼間のこの時間には一匹の猫がいただけだった。
「こんにちは」
「……どうも」
ドニーが声をかけた猫はマンチカンだ。額には虎のような模様が少しだけあり、体毛は白とベージュで覆われていた。耳が垂れており、穏やかな印象を与えている。
「長老会の見解を聞きたくてきました」
「なんでしょ?」
引き続きドニーが質問をかけていく。
「テチハの件は、長老会で話し合われているんですか?」
「はい、話していますよ。非友好的な猫がこもれび公園をナワバリにしていると聞いています」
「それで、ひざかり公園の俺たちにまで喧嘩を売ってくるんですよ」
「……ふむ。更に被害が拡大しているわけですね」
「長老会のメンバーは制圧に動いたりしないんでしょうか?」
「ええ、今、制圧するためのメンバーを選んでいるところです。しかし、決まっていませんね。長老会のメンバーに喧嘩をするような猫は少ないですから、決まらないようなら数の力で抑え込むかもしれません」
「制圧を早くしてもらうことはできますか?」
「うーん、どうでしょうね。実は話し合いが難航しているんですよ。こもれび公園の猫には悪いんですが、基本的には自治に任せる方針なんです。ですから、長老会としては、よほどの問題でなければ介入自体したくないんですよ」
「なら、放置すると言うことですか?」
「いえ、今は選択肢を増やしている段階です。交渉、制圧、放置、追放……多くの選択肢から最善の道を選ぶことを目標にしています」
「そこまで考えているのなら、とりあえず制圧をしていただけますか?」
そのドニーの言葉を聞いて、マンチカンは少しだけ悩んでいるようだ。
「昨日の会議では制圧を早めるべき、との意見は既に出ていますが、賛同は得られていません。単純に制圧する方も大変だからです。怪我や病気になった場合、猫の世界では何もできませんからね」
「それはそうですが……」
ドニーは反論が思いつかない。
「それとも、あなたが制圧する猫たちに報酬を与えることができますか? 例えば、マタタビやキャットハウスを与えるとか、病気や怪我を治してあげる……とかですね。どうでしょうか?」
「……すみません」
「いえいえ、いいんですよ。別に怒っていません。ここに来る猫は大抵、陳情をしに来るんです。でも、単純に無理なんですよ。よほどの事態でなければ動くことは難しいんです。猫の世界は弱肉強食ですからね。強い猫は一定の正しさを持ってしまうんですよ。たちが悪いことに自然とそうなってしまうんです」
「……わかりました」
ドニーを始めとしてロイとウニも苦い表情でマンチカンの話を聞いていた。
「でも、本当にまずい事態の時には来てくださいね。流石に長老会の猫も、他の猫を食い殺すような猫は絶対に許しませんから」
「わかりました」
会話を終えると、ロイたち三匹はけんぼく公園を後にした。
「おい、大空公園にも寄らないか?」
けんぼく公園からの帰り道。ウニが尋ねた。
大空公園は、ロイたちのひざかり公園と長老会のけんぼく公園の中間に位置する公園だ。砂場と1.5メートルほどの高さしかない小さな山があった。ちょうど、帰り道に位置している。
「別に構わないが、これ以上、新しい情報はないんじゃないか?」
「ついでに寄るだけだ」
「わかった」
ドニーが頷くと、ロイも続いた。
この時間の大空公園には一匹の猫がいた。小さな山の頂上から景色を見ているのか、一匹のサイベリアンが陣取っている。サイベリアンは灰色の体に首元にふっくらとしたボリュームのある毛が生えていた。
「よう!」
ウニが声をかける。
「ん? 誰かと思ったらウニ殿か。久しぶりですな」
サイベリアンとウニは知り合いだったようだ。ウニは素早く勢いをつけて山を登ると、サイベリアンを片足で突いた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なんだ?」
ウニの質問が始まった。
「テチハって知ってるか?」
「ああ、知ってるぞ。そいつらのせいで、こもれび公園の猫がこっちに来るようになったんだ」
「なんかテチハについて知っていることはないか?」
「いや、特にないな。こもれび公園から移ってきた奴らも悪い奴じゃないしな」
「噂話とかはあったか?」
「うーん、どうだろうな。特にないぞ。こもれび公園の奴らはここまで来るようになったが、ちょっと遠いから気の毒に感じている程度だ。それに、俺はテチハに会ったこともないからな」
「こもれび公園の周辺から、この公園に来るのはちょっと遠いな」
「ああ、でも、白山神社の方にも流れたんじゃないか? 知らんけどな」
「白山神社の周りは羨ましいよな」
ロイたちが住んでいる住宅街から東の位置には白山神社と呼ばれる広場があった。当然、神社もあるのだが、周囲の土地は広場になっており、猫にとっては最高の環境だった。
「そんなにテチハのことを気にするなんて、なんかあったのか?」
「ああ、ちょっと対立関係になっちまったんだよ。奴らと揉めてて困っているんだ。それで何か知らないかと思ってな」
「悪いな。俺は全然詳しくないんだよ」
「すまんが、喧嘩の時には協力してもらうことはできるか?」
その言葉を聞いて、サイベリアンは驚いた様子で答えた。
「待ってくれよ。喧嘩なんてしたくねぇんだって。俺ってこんなふわふわの毛が首に生えてるから、なんか猛獣みたいで強そうに見えるかもしれないけど、実は全然強くねぇんだよ」
「いや、ちょっと協力してくれるだけでいいんだよ。数を見せてビビらせたかっただけだ」
サイベリアンはウニの言葉にため息をついた。
「……無理だ。すまんな。俺は怪我も病気もゴメンだからな。まぁ、この公園に来る奴らに声をかけるくらいはできるけど、みんな平和主義者だから、多分無理なんじゃないかな」
「そうか。残念だよ」
サイベリアンはウニを慰めるように言葉を続けた。
「説得することは無理なのか?」
「無理だ。もう戦いが始まってる状況なんだ」
「それはキツイな。テチハの狙いはなんだ?」
「レミって猫、知っているか。そいつを自分のチームに入れたいらしい」
「恋愛沙汰が背景だとキツイな。聞いた話じゃ、テチハもねちっこい感じがしたし、しつこいかもしれないな」
「ああ、そんな感じだ。解決策は思いつくか?」
「それは単純だ。猫の交渉は最終的には喧嘩だからな。テチハと喧嘩して勝つ……なるほどな。それで猫の手を借りたいわけか」
「ああ、向こうは一匹一匹が強いからな。俺たちは数で押したいんだよ」
その言葉を聞いて、サイベリアンは考え込むような動作を見せた。
「……すまんな、ウニ。手伝いたいが、ちょっと厳しいな。俺はこの公園以外を守る気はないんだよ」
「そうか……他の猫にも聞いておいてもらえるか? 協力できる場合には、ひざかり公園に来るよう伝えておいてくれ」
「ああ、それくらいはしておくよ。今日の集会で説明してみるからな」
「ありがとう。今度、うちに来てくれ。じいちゃんにマタタビおごるように頼んでおくからな」
「わかった」
ウニは会話を切り上げると、ロイとドニーを引き連れて大空公園を後にした。
ひざかり公園へは5分ほどで到着した。近くにある周囲の公園は一通り訪ねることができたようだ。早速、留守番していたレミたちに状況を報告しなければならない。
「どうだった?」
レミが心配気に尋ねた。ロイたちが遅かったため、また喧嘩したのではないかと内心では心配していた。
「テチハの散歩コースはおおよそわかった。後は襲撃するだけだ」
「なら、良かったわ」
ドニーの言葉にルルは安心した。とりあえず、計画通りに進んでいるようだ。
「襲撃のタイミングは単純だ。テチハが一匹で散歩している最中にこもれび公園から離れた位置で攻撃する」
「どこまでやるんだ? 相手が立ち上がれなくなるまでか?」
ドニーが説明を始めると、ウニが質問した。
「いや、俺たちはそこまでやらない。ただ、倒して押さえつけてから、俺たちから手を引くように猫の契約をするだけだ」
「随分と控えめだな! 俺はボロボロにやられたんだぜ!」
「やりすぎると、報復が過激化するからな。敗北と警告だけで十分だ」
ドニーの意見には、他の猫たちも頷いて肯定した。
「全員の賛同も得られたし、今日は長老のところで少しだけ襲撃のトレーニングをしておかないか?」
ドニーが提案したギョウザ長老の庭は、公園とは異なり芝生があった。トレーニングには最適な環境だ。
「おう! そうしようぜ! 俺たちは早速、特訓だ!」
「ええ、行きましょうか」
相変わらず意気込みが空回りしているウニと共に、ロイたちはギョウザ長老の家へと向かうことになった。
ひざかり公園からウニの家であるギョウザ長老の家は、それほど離れていない。近くに位置する家だった。
到着すると、ウニは家の中へ向けて一声かけた。すると、のっそりとギョウザ長老が現れた。
「お主たちじゃったか。今日はどうしたんじゃ?」
ウニ達は、今の状況を説明した。テチハの襲撃、こもれび公園の猫達が他の場所へ散っていった話、あるいは長老会の見解なども伝えた。
「ふむ、厄介な状況じゃのう。お主達だけで解決しなければならんのか」
「ああ! だから、襲撃のトレーニングをしたいんだ!」
ギョウザ長老はウニの意気込みを確認すると、少しだけため息をついた。
「ふぅ……別に構わないんじゃが、悪循環じゃのう。テチハの三匹が更に襲撃してきそうじゃ」
「でも、やられっぱなしもムカつくんだって!」
ウニの訴えをギョウザはすぐに受け入れた。ウニはうるさいが、性格は素直で嘘をついたりはしない猫だった。
「わかった、わかった。なら、さっさとトレーニングを始めよう」
「ああ!」
長老の言葉を肯定したウニの一声で、トレーニングをする芝生の上に七匹が集合した。
「今日のトレーニングは一対三でのトレーニングじゃ。まずは、相手の攻撃を積極的にかわすことから始めよう」
ギョウザ長老の指導は的確だった。一見おとなしいおじいちゃんにしか見えないギョウザ長老だが、若い頃には何度も戦ってきたのだろう。その成果が、今のロイ達に受け継がれることを願っているようだ。
一対三のトレーニングでは、初歩的な動きに終始した。つまり、立ち回りだ。猫は後ろ歩きが得意ではないため、斜め前方へと体を滑り込ませて、敵の攻撃をかわしていくトレーニングだった。
当然のことながら、1日で習得できるような技術ではない。ウニと肉まんは得意だったが、これは以前からの訓練の結果だった。
三匹の敵役が一匹を攻撃していくだけの訓練だったが、敵の攻撃をかわすやり方は参考になったようだ。もっとも、テチハに待ち伏せされた場合には、走って逃げる方針に決まったので、役に立つかはわからなかったが、特にロイにとっては参考になったようだ。
しばらくの間、トレーニングは続いた。途中、ギョウザ長老の飼い主が家へと戻ってくると、たくさんの猫が集まっていることに気づくと、喜びながら、全員に餌を与えた。それでみんなは一息ついた。
穏やかな陽気に包まれながら、汗を流すのは気分が良かった。爽やかな気分だ。もっとも、トレーニングは甘い内容ではなかったし、みんなの姿勢はいたって真剣だった。おかげで、今回の騒動を一番怖がっていたスシですらも、良い動きが取れるようになった。
トレーニングは夕方まで続いた。良い頃合いを見計らったかのようにギョウザ長老が解散を命じた。ロイは完全にクタクタに疲れきっていた。
「練習するのは良いけど、大丈夫かな?」
帰り道。ロイはルルと一緒に歩いていた。
「何が?」
ルルは問い返した。
「今日のトレーニングは襲撃された時にしか役に立たないように感じたけど」
「そうね」
ロイからすると、明日の攻撃に役立つトレーニングをしてほしかったようだ。
「ところで、どうやってテチハを抑え込んだらいいと思う?」
ルルの考えが少しだけ気になる。
「そうねぇ、私は一度くらい、ちゃんと話し合いの場を設けるべきだと思うわ。要するにレミと関係を作りたいのなら、最低限、しっかりと話し合うべきだと思うの」
「でも、レミはテツが嫌いだって言ってるから、話は進まないんじゃないかな」
「ええ、それはわかっているわ。でも、話し合いをするべきよ。攻撃と報復の繰り返しじゃ、キリがないわ」
「テチハは話し合いで納得するような猫ではないと思うけどね」
「なら、攻撃を繰り返す毎日がいいの?」
「それは、猫の契約さえ取れれば問題ないと思うけど……」
ロイは言葉を詰まらせてしまった。ロイも既に襲撃を受けているし、猫の契約には穴があるのが普通で、攻撃が終わるような確信はなかった。
「いずれ、私からもグループに話し合いの提案をするつもりよ。今は様子を見ているだけだけどね」
ルルは一人で別の解決策を考えていたようだ。しかし、ロイからすると少し甘い。要するにテチハは喧嘩で上下関係をハッキリさせて、レミを取り込みたいのだろう。その思惑を織り込んで考えると、話し合いでは明確な上下関係は決まらない。特に猫の場合はそうだった。
テチハについての話は、そこで途絶えた。その代わり、ルルは別の話を始めた。ルルはギョウザ長老の話をするのが好きらしい。本当とも嘘とも見分けがつかないようなギョウザ長老の武勇伝は、ロイからすると少しだけコミカルな話が多かった。ギョウザ長老がスパイになって、他のグループへと紛れ込んだ話や、囚われたメスの子猫を救出する話だ。本当なのだろうか?
ルルの家にたどり着くと、ギョウザ長老の武勇伝は終わった。
「じゃあ、また明日ね。ロイ」
「うん、バイバイ」
ルルが家へと入っていく姿を見送ると、ロイは自宅へと戻った。今日は襲撃されないことを願うしかない。今更ながらに対策を用意しておかなかったことを後悔したが、諦めて寝ることにした。
『明日も楽しい一日でありますように』
心の中で静かな祈りを捧げると、ロイは眠りについた。
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