第2話 わんぱく猫と出会いの日
そして、次の日……巣立ちの時がやってきた。
家族で物置の家の主人から食事をもらうと、4匹の猫たちはお互いの様子を確認した後、1匹ずつ巣立っていった。
黒猫は一人になると、道路を彷徨い続けた。どこに行けばいいのか、よくわからないし、行った先の家で食事をもらえるのかもよくわからない。それでも不安を追い払いながら、できるだけ遠くを目指した。
歩き続けるとすぐに昼になった。お腹が空いているようで、何か食べたい気分だった。
周囲をふと眺めてくる。見たことのない家が並んでおり、見たことのない道が続いている。
ちょうど通りがかった家の門が空いていた。黒猫は警戒心を強めながら家の庭へと入っていった。
その家の庭には小さな中庭用の白い椅子が五脚と白い小さな屋外用テーブルが置かれている。家庭菜園をしているのか、花壇には花が植えられていた。
黒猫は少しだけ心が浮き立つような気がしてきた。花が綺麗に植えられている。
すると、家の人だろうか。女性が現れると、庭にいた黒猫に気づいた。
「あら?」
若い女性のようだ。長い髪と白いワンピースを着た女性だった。
「猫が来るなんて珍しいわね」
女性はゆっくりと黒猫に近づいてきた。
「どうしたの?」
女性の手が黒猫を撫でた。黒猫の警戒心は解けなかったが、どうやら好意的なことが伝わったようだ。
「お腹すいた。食べ物ちょうだい」
黒猫はそう言ったつもりだが、女性に言葉が通じるわけもなかった。しかし、偶然にも察したようだ。
「何か食べる? ちょっと待っててね」
女性は黒猫が野良猫であることに気がついていた。首輪がなかったためだ。
しばらくすると女性は猫用の皿にノンオイルのツナを盛り付けて戻ってきた。黒猫は匂いで何か気づいた。女性がお皿を置くと、最初は警戒して何度も匂いを嗅いで、問題がないのか確認した。
「大丈夫よ。落ち着いて食べてね」
女性が再び家へと戻っていくと、黒猫は勢いよくかぶりついて食事を始めた。食事の最中に女性はミルクを少し注いだお皿を持って戻ってきた。ミルクの皿を隣に並べて、様子を微笑ましいように眺めている。
「ふふっ、美味しい?」
黒猫は気に留めることなく、食事を続けた。
すると、他の人間が庭に現れた。
「姉ちゃん、ただいま」
「おかえりなさい」
その男性も黒猫に気付いたようだ。すぐに寄ってきた。
「猫?」
「ええ、さっき現れたんだけど、野良猫みたいね」
ふと、黒猫は顔を上げた。二人の顔を見た。両方とも若い人間に見えた。すぐに食事を再開した。
「随分お腹が空いているみたいだけど」
「そうね。親とはぐれたのかしら?」
二人は少しだけ黒猫を心配しているようだ。
「どうするの?」
男性も黒猫を眺めながら言った。
「後でキャットフードを買ってきてもらえるかしら?」
「うん、わかった」
「それで、しばらく様子を見て、ここに残るようなら面倒くらいは見てみたいの」
「飼うってこと?」
「ええ……かずちゃんは飼っても構わないかな?」
「別にいいよ」
「よかった。なら、家の中にケージを用意しましょうか」
「後で、ペットショップに寄ってみるよ」
「そうね。お願い。ともちゃんにも手伝ってもらってね」
「うん」
夕方には二人の男性が家の中にケージと猫用の座布団を用意していた。黒猫はそこに入れられるとゆっくりと眠ることができた。一人で知らない場所にいると、少しだけ不安だったが、どうやら良い人たちに出会ったようだ。警戒心は残っていたが、居心地の良さにすっかり緊張が解けて前よりもゆっくりと眠ることができた。
だが、数日も経ち落ち着いてくると、わんぱくだった心が浮き足立ち始めた。人間たちに猫じゃらしを振られると、飛びつきたくなって仕方ない。人間たちはその様子を喜んでいるようだ。
そして、穏やかな毎日を過ごすうちに、人間たちは黒猫をロイと呼び始めた。何か理由があるようだが、詳しくは知らない。
人間たちは姉ちゃん、かずちゃん、ともちゃん、かえでちゃんと言うらしい。少なくともねえちゃんはそのように呼ばれているし、そう呼んでいた。黒猫にとっては変な名前だった。いちいち語尾にちゃんをつけなくてはならないのだろうか。
そうして、更にしばらくすると、青い色の首輪をつけられた。なんの意味があるのかわからないが少しだけ煩わしかった。すぐに慣れたが、少しだけ気になる。
姉ちゃんたちと過ごす毎日は平和だったが、同時に退屈だった。家の中に閉じ込められているだけで、どこにもいくことができない。姉ちゃんたちが戻ってくると、とにかく遊んで欲しい気分が沸き立って落ち着かない。
しかし、それでもやはり退屈だった。居心地はいいのだけれど、外を歩いていた頃は楽しかったような気がしていた。やっぱり外を歩きたい。
どうにかして外に出ようと、透明な壁を引っ掻き回してみたりもしたが、姉ちゃんたちが壁を開けてくれることはなかった。
しかし、そうした毎日が1ヶ月も続くと、流石に姉ちゃんたちは、外に出たがっていることに気付いたようだ。
「どうしよう。キャットドアでも作ればいいのかな?」
「いえ、ネズミや虫が入ったら嫌だから、ガレージに住んでもらいましょうか。少し可哀想かもしれないけど、あそこはコンクリートで覆われているから、温度の変化も少ないし、専用のキャットハウスを用意すれば問題ないわ」
数日で姉ちゃんたちはキャットハウスをガレージに設置した。そばには自動給餌器と給水器も設置してある。ロイにとっては初めての不思議な機械だったが、すぐに慣れた。姉ちゃんの用意してくれたキャットハウスには冷暖房がついており、この日は少しだけひんやりとしていた。姉ちゃんが小さな端末で温度の変更をしているようだ。
自動給餌器はいつでも食事ができた。でも、太らないか心配だ。給水器はペットボトルを逆さに装着しているだけのものだ。吸い込むように飲むのは大変だけど、そのうち慣れるだろう。キャットハウスも素晴らしいものだった。卵の殻に大きな穴が空いているような形をしている。そして、少しだけ冷たいが、この日は暖かかったのでちょうどいい。
ガレージは幸いにも小さな出入り口がある巨大なコンクリートでできていた。出入り口以外は分厚いコンクリートで覆われており、日は差し込んでこない。大きな出口は当然のことながら車用だ。小さな出入り口は人間用だった。ロイはそこから出入りできるようになっている。
姉ちゃんたちはロイの様子を確認すると、ガレージから出ていった。
一人になると、ようやく自由になったことを悟ったロイは、ガレージの中をゆっくりと見てまわった。しかし、ガレージには車とタイヤが置かれているだけだ。
外の世界が気になると、小さなドアから外の様子を伺ってみた。
外の世界は静かだった。家の前を行き交うような人は見られない。自動車もあまり通らないようだ。
恐る恐る道路へと出てみた。一人で彷徨った巣立ちの日を思い出すと少しだけ懐かしさが込み上げてくる。
この頃にはロイの体は大人とすっかり同じだった。全身を覆う黒毛並みは艶やかで、胸元の白いハートマークは勲章のようだ。
でも、ロイは自分自身のことにはあまり興味はなかった。それよりも久々に外を歩き回りたい。
それにしても、姉ちゃんたちはロイをどうしたいのだろうか? 外に出ても問題はないのだろうか?
少しだけ暖かな人間たちについて頭によぎるものがあったが、結局は好奇心の方がまさっていたようで、勢いよく外へ飛び出すと、目の前の道路へと躍り出た。
幸いにも誰もいないようだ。危険な自動車もいない。
『冒険の始まりだ!』
ロイは心の中で叫んだ。巣立ちの日は余裕がなかったため、気に留めなかったが、外の世界は広い。いくらでも楽しめそうだ。
この家に戻れば食事にはありつける。だから、近くの巡回から始めようと思った。他の猫に出くわしてら少しだけ厄介だが、恐れずに話してみればいいだろう。
外の風景を眺めながら、ゆっくりと歩を進めていく。家のそばは静かな住宅街のようで、日中は静かだった。時折、人間が歩いている。少しだけ警戒しながら見つからないようにしてみたが、特に人間たちはロイに気を留めないようで、関心がないように見えた。
しばらく道なりに歩いていくと、公園と小学校が見えてきた。巣立ちの日には気づかなかったが、結構な広い空間に見える。
『うわぁ、大きな建物だなぁ』
初めて見た小学校は、ロイにとってはとてつもなく巨大な建物に見えた。近づきたかったが、周囲をフェンスに囲まれているようで、入り口がわからない。
そこで、隣接されていた公園の方へと向かった。こちらは狭いながらも林のように樹木が植えられている。林は公園の縁をなぞるように植えられていた。林の内側には広い芝生があって、いくつかの遊具が見える。
公園の敷地内に入り、林をゆったりと歩いていると、そこには1匹の猫が座っていた。その猫はロイに気づくと警戒態勢を取るように腰を上げて、ロイを見つめている。
その猫はラグドールだった。耳と体の一部が黒っぽいブラウンの毛並みをしている。他は白い毛だった。ふっくらとした毛並みが柔らかい印象を与えている。
「何?」
ラグドールはロイを警戒しているようだ。声から察するにメス猫だろう。
「こんにちは」
ラグドールは黙ったままだ。
「僕は最近、この近くに住むようになったんだ。ロイって言います」
「そう。よかったわね」
ロイは少しだけ歩を進めてラグドールに近寄ろうとした。しかし、相手は警戒したままだ。これ以上近づくのは危険かもしれないが、気にせず近くへとよった。
「君はなんて言うの?」
「……ルル」
ルルと答えた猫は視線を林の向こう側に移した。林の外の道にはバス停があり、時折自動車が走っているようだ。
「静かな場所だね」
ロイの言葉をルルは無視した。どうやら想像以上に警戒されているらしい。
「……はぁ」
唐突にルルはため息を漏らした。
「あんた、警戒心がなさすぎるんじゃないの? どこの猫?」
答えてくれると途端にロイは笑顔を浮かべた。
「向こうにある家に住んでいるよ」
ロイは家のある方へ顔を向けた。
「私の家の近くね」
ロイは少しだけ嬉しくなった。こんな美人が近くに住んでいるなんて、少しだけ嬉しい。
「一応、注意しておくわ」
ルルはロイを見つめながら言った。
「このあたりは最近物騒になっているの。知らないようだけど、一部の猫が縄張りを勝手に設定し始めていて、縄張りに入ると喧嘩をふっかけられるから気をつけなさい」
「だから、警戒しているの?」
「ええ、連中はここまでは来ないようね」
ルルはロイの家から少しだけ左に顔を向けた。
「あのあたり……わかるかしら。私たちの家の近くにいくつか公園があるんだけど、そのうちの一つは、あいつらが頻繁に現れるの。うっかり縄張りに入ると、三匹から徹底的に襲われるから行かないようにしなさい」
「うん」
ルルはゆっくりと腰を上げた。
「あなた……私たちのグループに入る気はある?」
「グループって?」
「私は他の5匹の猫たちとグループを作っているの。問題の3匹とは違うグループね。平和主義だから、好戦的ではないし悪い猫たちではないわ」
「ふーん」
「これから集会があるから、参加する気があるならついてきなさい」
そう言うと、ルルは立ち上がって歩き始めた。ロイは別に悪い猫ではなさそうだと察すると、大人しくついていくことにした。この周辺に関しては完全に疎いので、情報を得るためには、ついていくしかない。
少しだけルルの後ろからついていく。集会の場所はロイの家に近い位置にあるようだ。しばらく歩くと、先程の公園より小さな公園に着いた。
公園にはいくつかのベンチと隅にはブランコが設置されていた。
既に先客が2匹おり、歩いてきたルルとロイに気づいたようだ。
片方の猫は、虎の模様に見える毛並みが特徴的なベンガルだ。
もう片方はシャム猫だった。顔の一部と、耳、手足だけが黒い毛並みをしていた。
2匹ともロイに気づくと少しだけ緊張しているような様子を見せた。
「こんにちは。この猫は大丈夫よ」
「……おす」
シャム猫が答えた。少しだけ新しい猫のロイを視界に収めているようだ。
「こんにちは」
ベンガルは相変わらずロイを警戒している。
「じゃあ、紹介するわね。このロイはさっき会ったばっかりなんだけど、のんびりしているのか緊張感がないのか、最初から友好的だったわ。ほら、あいさつして」
ルルから促されると、ロイは二人の前へと立った。
「こんにちは。ロイって言います」
すると、シャム猫が答えた。
「おう、俺はドニーだ。よろしくな」
ドニーのあいさつに、ロイは少しだけ笑顔を見せた。なんだかんだでロイも少しだけ緊張しているようだ。
「あたしはスシ。虎みたいだけど、喧嘩とかは苦手だから、ロイが代わりに戦ってね」
スシは少しだけ意地の悪い表情でロイに言った。性格が悪そうに見えるが、別に悪い猫ではなさそうだ。
「他の3匹はどうしたの?」
ルルが2匹に尋ねた。
「あいつらは今日は来ないんじゃないかな」
「うん、この時間に来ない時は、大抵休んでるからね」
ドニーとスシが顔を見合わせて答えた。
「なら、今からこの四人でこもれび公園に向かうわよ」
その言葉に、ドニーとスシが再び顔を見合わせた。
「……ルル、何言ってんだ。あいつらの本拠地じゃないか」
「なんでそんなことするの?」
すると、ルルはロイを見ながら答えた。
「ロイを、あの3匹に会わせようと思うの。なんか、この辺りについて疎いみたいだし、警戒感もないから、少しくらい勉強してもらうわ」
ドニーとスシが少し憐れむような視線をロイに向けた。ロイは嫌な予感を感じ取った。
「僕が攻撃されるってこと?」
「ええ、そうなるわね」
ロイの疑問にルルはあっさりと答えた。ルルは見た目のわりに冷たいところがあるかもしれない。
「行くわよ」
ルルは3匹を先導するように歩き始めた。
「お前……やばくなったら叫べよ。俺たちが加勢するからな。それですぐに逃げろ」
「うん、無理しないでいいからね」
ドニーとスシは心配しているようで、ロイを憐れむ顔で見ながら言った。
先導するルルに釣られるようにして4匹はひざかり公園を後にした。
日の高い日中には静かな住宅街のせいもあって、人通りもなく、恐怖の自動車も見られない。
ロイは遅れまいと3匹の後ろを追った。
数分もせずに、こもれび公園へと到着した。こもれび公園は住宅街に包まれるように点在している、この一帯の公園のひとつだった。滑り台とベンチが見える。この時間には誰もないようだ。
「よかった。誰もいないみたいね」
ルルは草むらの茂みから覗き込むように公園の様子を確認した。後ろからロイたちが同じように覗き込んだ。
「現れるまで待つの?」
「ええ、あなたは公園の真ん中でしばらく座ってなさい」
ロイは嫌な予感しかしなかった。しかし、無言の圧力に押されるようにロイはゆっくりと公園の真ん中へ位置取った。周囲を観察するように眺めるが、特に猫の姿は見えなかった。
だが、ロイが腰をおろした瞬間、茂みががさつく音が響いた。ロイが再び警戒すると同時に草むらから3匹がロイ目掛けて突進してきた。その瞬間、ロイは驚いて体を硬直させてしまった。
「逃げろ!」
ドニーの叫び声が届いた。しかし、精神的にショックを受けたのか、ロイは完全に硬直している。
「あいつ!」
ドニーがロイのそばに駆け出していく。ルルとスシは心配げに事態を見守っている。
3匹とドニーが全速力でロイに駆け寄ってきた。ロイは正気に戻ると立ち上がって逃げ出していく。しかし、タイミングが明らかに遅れている。襲撃者の1匹はほんの一瞬だけ空中を舞うように飛び上がりロイに襲いかかった。
必死にロイは体をくねらせて爪が引っかからないように、噛みつかれないようにする。勢いをそのままに2匹は取っ組み合いを始めた。地面を転がるように掴みあったまま、爪を立てて、剥き出しの牙で相手に噛み付いていく。
同時にドニーと他の2匹も襲いかかった。ドニーは2匹の猫を牽制するように少しだけ飛び上がって1匹を狙い撃ちにした。同じように地面を転がりながら取っ組み合いを始めた。
しばらく4匹は取っ組み合いすると、立ち上がり、再び睨み合うようにお互いの視線を交差させた。その時、ドニーが叫んだ。
「逃げるぞ!」
ロイはその言葉を聞くと、すぐに全力で公園から逃げ出した。人生で初めてとなった本気の取っ組み合いは、ロイにとって荷が重かったようで、今は必死に逃げることしか考えられない。
ドニーもすぐ横を一緒に走っている。先導するドニーに導かれるようにしてロイは懸命に走った。
すると、襲撃者の3匹はすぐに追うことを諦めたようだ。罠であることを警戒したのかもしれない。
全力で逃げたせいか、すぐにひざかり公園に到着した。2匹は息を切らせながらため息をついた。
「やばかったな」
「……うん」
その後、別のルートからルルとスシがひざかり公園へと戻ってきた。その頃にはロイはすっかりと落ち着いていた。
「あいつらのことはわかった?」
戻ってくるなりルルは落ち着いた様子でロイに言った。ロイは無言で頷いて返した。
「ようはアイツら、自分の縄張りでは好き放題しているのよ。最近は他の公園にも現れるようになったわ」
「ああ、ついこの前、こみちの公園にも現れたみたいだな」
ドニーからすれば、思った以上に3匹の行動が速いように見えていた。
「多分、こもれび公園に現れる猫がいなくなったからだと思う」
スシの指摘はもっともだった。好き好んで、あの公園に顔を出す猫はいないだろう。
「どうするの?」
少しだけ勇気を出してロイは尋ねてみた。
「どうするって、やっつけるしかないでしょ」
ルルは強い眼差しでロイに答えた。
「……ああ、俺も嫌だが、このままでは他の公園も危険になるからな」
「そうだよ。だから、私たちはそろそろ対抗策を考えようとしていたの」
ドニーとスシも同意するように言った。
すると、公園の隅を縁取るように植えられていた樹木がガサガサと音を立てた。
「よう」
大柄なジャパニーズボブテイルが姿を表した。すぐ後ろにも少しだけ大柄なジャパニーズボブテイルが続いて表れた。
「「こんにちは」」
「うっす」
ドニーが、その小柄なジャパニーズボブテイルを前足でつついた。すると、小柄なジャパニーズボブテイルもドニーを少しだけ前足で突いた。どうやら二人の挨拶らしい。
「この小柄なジャパニーズボブテイルがウニだ」
「おう、誰だか知らんけどよろしくな」
ウニは全身が白いが、ところどころに黒い模様がある。尻尾は短いのが特徴だ。今は招き猫のように右手の前足を立てていた。
「こちらこそ、よろしく。ロイって言います」
「それで、こっちが肉まんだ」
「どうも」
肉まんは短く返事をした。どうやら、ロイの様子を見ているようだ。
肉まんもウニと同様にジャパニーズボブテイルだった。こちらも同様に全身が白っぽいが、頭やお尻、後ろ足に茶色や黒色の模様があった。少しだけ肉まんよりも体が大きい。後で知ったが、生まれた時期が異なっており、ウニは今年生まれたようだ。
少しだけお互いの自己紹介を済ませると、話は襲撃者たちに戻った。
襲撃者たちはつい最近、この一帯に引っ越してきた家の飼い猫のようだ。混血種のようで、体毛は黒やら縞模様、茶色などが混じっている。一方でラガマフィンのように首から胸にかけての体毛が長かった。そのせいで、大柄の猫に見える。名前はテツ、チル、ハス。テツが最も大柄で威圧感があるリーダーだ。だが、モテない。チル、ハスは、テツほどではないが大柄だった。チルは社交的で、ハスはやや神経質な猫だった。
3匹は、こもれび公園の近くに住んでいるようで、毎日姿を表すようになった。しかし、こもれび公園に現れていた猫たちと何かがあったらしく、頻繁に喧嘩をするようになった。この時点で多くの猫たちが、散歩のついでにこもれび公園に訪れることができなくなった。
3匹は堂々と公園に陣取った後、公園に入ってきた猫を3匹で襲った。大抵の猫たちは驚いて逃げ出すのが常だった。
ウニは果敢にも立ち向かったが、三対一と言う圧倒的不利な状況だったこともあり、あっという間にボロボロにされたため、やむなく逃げたようだ。
ところで,テツ、チル、ハスの3匹にも欠点はあった。それはただひたすらにモテない……という現実だったが、ウニはその点もしっかりと馬鹿にしていた。メスには襲撃をしなかったが、非常に評判が悪いため、モテなくなるのも無理はなかった。
「どうやって、テチハをやっつけるの?」
ロイは単刀直入に尋ねた。テチハとはテツ、チル、ハスの略語だった。他の猫たちが頻繁に使うため、ロイもすぐに覚えた。
「襲撃してくるなら、こっちもやり返すまでだ!」
ウニは小柄で見た目は友好的に見えたのだが、実際にはかなり攻撃的だった。反撃を仕掛けるべきだと最も訴えている。
「ええ! 何よりムカつくから、さっさと攻撃を仕掛けるべきよ!」
肉まんも同様に攻撃的だ。この2匹の親はよほど攻撃的な猫に違いない。
「待ってくれ。ちょっと落ち着けよ。アイツらは強いからかなり酷いことになるかもしれないぞ」
ドニーはウニと肉まんの剣幕に引いているようだ。
「別に好きにさせておけばいいと思う。私たちはこのひざかり公園に集まれば良いだけだわ」
スシは平和主義だった。ロイ、ドニー、ルルも、その言葉を肯定した。
「それは良いことを聞いた。好きなことをさせてもらうぞ」
突然の声に6匹は振り向いた。ひざかり公園の入り口にはテツ、チル、ハスの3匹が並んで座っていた。テツが自信に満ちた顔でうっすらと笑顔を浮かべている。チルとハスは意地の悪い笑顔を浮かべている。
テツがゆっくりと腰を上げると叫んだ。
「追い払え!」
それを聞いて、すぐにドニーが叫んだ。
「逃げろ!」
だが、肉まんとウニはドニーの声に従わなかった。すぐに2匹でテツへと襲い掛かった。
「……畜生!」
それに気づいたドニーが加勢した。2匹では勝てないことが明らかだったが、すぐに取っ組み合いの喧嘩が始まった。幸いにも特に大きな優劣があるわけでもなかったが、6匹は傷だらけになってしまった。
「あんたたち! やめなさい!」
公園にひときわ大きな声が響いた。全員が喧嘩の手を休めて、そちらを向いた。
「レミ! お前は逃げろ!」
ドニーが懸命に叫んだ。しかし、レミと呼ばれた猫は動じずにこちらを睨みつけている。
「テツ、チル、ハツ! あんたたちはさっさとこもれび公園に引きこもっていなさいよ!」
「残念だが、それは無理な話だ! このひざかり公園もじきに俺たちの縄張りに変えてやるからな」
ボス猫のテツが答えた。ロイにはいかにも虚勢でも張っているかのように見えたが、言葉にはしなかった。
しかし、テツ、チル、ハツの3匹はレミが現れるなり、不利だと悟ったのか、早々に立ち去ってしまった。
レミは小柄で伏せた耳が特徴的なスコティッシュフォールドだった。胸元と内側が白い毛で覆われており、輪郭を縁取るようにグレーの毛で包まれていた。小柄だが、運動的な見た目をしていた。
テチハの3匹が完全に見えなくなると、レミはみんなの元へと近づいてきた。
「ありがとう、レミ」
「いえ、ドニー、気にする必要はないわ」
再び6匹の猫はひざかり公園の中央へと集まった。そこで、全員で何があったのかを一度共有した。すると、レミはため息をついた。
「ルル、いくら状況を理解させたいからと言って、いきなりあの3匹に会わせるのはやりすぎよ」
「わかっているわ。でも、警戒心のない猫には一度くらい勉強させる必要があったのよ」
二人の言葉が止まったので、ウニが口を開いた。
「それでどうすんだ? アイツらをみんなで襲撃しないか?」
「いや、ちょっと待て。お前はともかく、ロイにはその気はなさそうだ」
そう答えたドニーにも、実はやる気はなかった。やる気のない上司が、部下のせいにして逃げようとしている光景に似ていた。
「そうね、やり返すとしても全員でやり返さないと危険よ」
ルルもその点に関しては同意した。
「アイツらがここを襲撃してきたらどうするの?」
肉まんからすると、ひざかり公園は死守したかった。みんなの集会場所でもある。
「それは戦うしかないわ。私は昔みたいに肉まんの庭で集まるのも悪くはないけど、ここの方が広いからね」
ルルだけでなく、全員にとってひざかり公園は自宅に次ぐ第二の重要拠点だった。他の猫もルルの言葉に頷いている。
「当分、ここを守るだけでいいか?」
ドニーの言葉に多くの猫が頷いた。ウニと肉まんは不満があるようで、少しだけ苛ついた表情だ。ロイは少しだけ気後れしていたが、襲撃者の3匹に比べたらまともな猫ばかりに見えていた。
「私たちは反対だわ」
「ああ、守るのは難しいからな。絶対に先に攻撃を仕掛けたほうがいい」
肉まんとウニの提案には賛同する猫はいなかった。
「おい、ロイとか言ったな。お前、今度から俺について来い。一緒に偵察しに行くからな」
ウニの荒い言葉に少しだけロイは驚いた。でも、こういう猫のようだ。どうも、悪気はないらしい。
「えっ?」
「え、じゃねえよ。アイツらが襲撃するかどうかを話し合っていたら、事前に分かったほうがいいからな。それに情報は多い方がいい。お前たちもそれくらいはいいだろ?」
ウニはレミに尋ねた。
「ええ、構わないわ。ただし、喧嘩を避けてちょうだい」
「分かってる。こいつは喧嘩が強いかわからないから、当分は逃げるだけだな。ムカつくけどしょうがない」
レミとウニの会話にロイは結構安心していた。この中では一番若い上に、自分が喧嘩に強いかなんてわからなかったためだ。少なくともさっきはピンチだった。
「それと、ロイ。日が高くなったらここには誰かしらいる。だから、明日から暇だったらここに来い」
「うん」
ドニーは少しだけ心配気に言った。初日からキツい出来事を体験させたため、明日から来てくれるのか心配だった。しかし、ロイの反応は薄かったため、あまり気にする必要はなさそうだと感じていた。
会話が終わると、6匹の集会は終わった。あと1匹、今日は参加していなかったようだ。ロイは新たな出会いに少しだけ感謝して公園を去った。
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