わんぱく猫ロイの十日間戦争
せきろく
第1話 わんぱく猫の誕生
ある春の夜中、1匹の母猫が出産した。一軒家の庭に設置された物置の下、母猫がゆっくりと子猫たちの体をなめている。子猫たちは鳴き声をあげながら、誕生したことを懸命に合唱しているようだ。
子猫の中には1匹の黒猫がいた。胸には白いハートマークの模様があった。生まれたばかりで目も開かない。この黒猫がのちにわんぱく猫ロイと呼ばれる子猫だった。
母猫は必死に子猫たちの世話を続けた。野良猫にも関わらず、幸いにも食事をくれる人間には恵まれており、食べるには困らなかった。しかし、オス猫たちから子猫たちを守るのは大変な仕事だった。
母猫は子猫たちの様子を確認しながら、周囲の家を周り、必死に食事を求めた。家により与えられる食事は異なっていたが、味など気にしていられる状況ではなかった。とにかく素早く食事を済ませて、すぐに子猫たちの元へ戻る日々が続いた。
子猫たちはすくすくと成長した。あっという間に可愛らしい子猫時代が終わり、冬が近づく頃には大人の猫へと成長していた。
兄弟3匹の中でも、黒猫は特にわんぱくだった。物置のある家の主人と仲良くなり、猫じゃらしに必死で噛み付くのが好きだった。
家の主人も黒猫をあやすことが好きなようで、1日に何度か黒猫を猫じゃらしで遊ばせていた。
母猫は主人を警戒していないものの、周囲への警戒を怠らなかった。
一方、他の2匹はそれほど猫じゃらしには興味がなかったようだ。黒猫が必死に戯れている様子を眺めているだけだった。
そうして、冬が訪れた。子猫たちにとっては初めての冬だ。とにかく寒い。物置の下で、家族一緒に体を寄せ合って、寒さに耐えた。
冬は厳しい季節だ。野良猫にとっては特に厳しい。まともに眠れないし、とにかく寒い。それでも黒猫は時に兄弟の前でふざけた振る舞いをとって元気に遊んでいた。
それは黒猫なりの気遣いだったのかもしれない。
厳しい季節は長く続いた。
初めての雪に心を弾ませた日。
初めて、虫を前足で狩った日。
初めて野生のたぬきを威嚇して追い払った日。
大人になっても忘れられない日々の毎日だった。
黒猫にとっては、一番の輝かしい毎日だった。この日々の思い出はビー玉のように透明で輝かしい思い出として頭の片隅に、いつも残り続けた。
一方で母猫は子供たちを独立させるために、段階的に食事のありつき方を教えた。離乳の時期に入ると、一緒に近くの家を周り、食事を求めた。
その様子を見た子猫たちは、食事の貰い方をゆっくりと学んでいった。
子猫たちは野良猫として何をすればいいのかを知った。その生活は不安定で厳しいものだったが、生きていけないことはなかった。
道路には小さな子猫からすると巨大な自動車が頻繁に行き交っており、危険なことを知った。1匹の猫が交通事故で亡くなっていることもあった。何が起きたのか黒猫はおおよそわかっていた。
家にいる人間たちは食事をくれたり、くれなかったりを繰り返した。時折、大量の猫に食事を与えている家もあったが、猫同士が群がっており、子猫の黒猫達が割り込めるほど穏やかな場所ではなかった。
そして、知り合いの猫が唐突に消えたこともあった。猫同士の噂では人間に連れて行かれたらしい。その後、何があったのかは知らない。多分、知らない方がいいのだろう。母猫は何も言わなかった。
そして、次の春がやってきた。うららかな季節。黒猫にとっては待望の日だ。
みんなで食事を済ませるといつもの物置がある家へと戻ってきた。すると、母猫が子猫たちの前に座った。
「今日は……」
少しだけ母猫の様子がおかしかった。何かを決心しているような、思い詰めているような表情だ。
「みんなに話があります」
黒猫たちはなんだろうと首をかしげた。少しだけ様子がいつもと違うことには気づいていた。
「今日からみんなは別々の場所に暮らしてもらいます」
母猫の意図は伝わらなかった。すぐに母猫は言い直した。
「巣立ちしてください」
黒猫は意味がわからなかった。
「巣立ち?」
「ええ、もう、みんなすっかり大きくなりました。だから、いい加減、私の元から離れてそれぞれに暮らしてください」
黒猫は他の猫と目を見合わせた。ようやく理解したらしい。
「……うん」
少しだけ寂しげに猫たちは頷いた。
その日は家族全員で物置の下で眠った。
母猫や兄弟の優しげな香りをまとって眠った。この日のことは、なぜかいつまでも忘れられない思い出として黒猫の中に残り続けることになる。
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