25 僕ら二人
さて、こうして僕らの激動の二ヶ月弱は過ぎ去っていった。ここからはちょっとした後日談。
タイナー准教授は殺人の罪で逮捕され、当然グランリッドを去った。ヴィクター・モフェットの関与、および不正入札の件もすべて明るみに出て、モフェット・グループは解体。グランリッド大学の補修工事は、指名入札で別の業者に引き継がれた。このスキャンダルは一時世間を賑わせたけれど、すぐに下火になっていった。
ゴシップ記事やサマーヘイズ刑事の話をつなぎ合わせたところによると、タイナー准教授は相当厳しい父親の監視下に育てられたらしい。完璧主義の萌芽はそこだ。そうやって培われた完璧主義が、少年時代に上級生からいじめられたことで歪んでしまった。上級生からのいじめなんてだいたい誰もが通る道だけれど、程度と対応は十人十色。もちろんその後、どれだけ尾を引くかってことも。タイナー准教授の場合はかなり根深い影響を受けた。相手がめちゃくちゃな金持ちで、あらゆる悪事を財力でもみ消し、タイナー准教授を暴力で黙らせたのである。おそらく、“失敗しても消してしまえばいい”と思うようになったきっかけはそこなんだろう。
ちなみに、ギャンブルはモフェット氏に誘われて参加したそうだ。
「最初からはめるつもりだったんじゃねぇかな」
とは、サマーヘイズ刑事の談。
マダム・バルコニー改めミセス・クラークも逮捕され、彼女が不当にせしめてきた数々の美術品たちは本来の居場所に戻っていった。あの時に言っていた三点は氷山の一角で、余罪が山ほどあったようである。……ティムがどうなったかは、残念ながら分からない。
エイト・ブリッジのガーゴイルは無事に修復された。そのついでに裏口へ防犯カメラが設置されてしまい、一部の人間がひどい嘆きようを見せていたのは記憶に新しい。幽霊騒ぎが起きるよりずっとましだと思うんだけど。アンドリューズは寮を出て、一人暮らしを始めた。クームズとはなんだかんだいってずるずると続いているらしい。浮気癖は全然治っていないみたいで、ひどい痴話喧嘩を定期的にすると有名だ。まぁ、何はともあれ、エイト・ブリッジには平穏が戻ってきた、というわけだ。
そして、僕ら二人の元にも。
「反省文三枚と二日間の奉仕活動で許されることになりました」
いつもの真っ赤なコートをハンガーにかけながら、ウルフはまったく反省していない様子でそう言った。
「それは良かったね」
僕を助けるためとはいえ、箒であちこちを飛び回ったり、人に向けて魔法を使ったりした件がちょっと問題になってしまって、魔法庁に呼び出されたのである。けれど、お咎めは前述の通り、そこまでひどくなかった。事情をきちんと考慮してもらえたらしい。
「戻ってこいって言われなかった?」
「言われましたよ。きっぱり断りましたが」
ウルフはブラックホールをきらりと輝かせながら、強者の笑みを浮かべた。やっぱり彼はこうでないと。たとえ目の前にあるのがまっさらの反省文だったとしてもね。
彼にまとわりついていた悪評はあらかた拭われていた。もちろん、完璧に馴染んだ、ってわけではない。“場合によっては排除しなくてはならない異物”が、“とりあえず放置しておいても大丈夫そうな異物“に変わった程度だ。でもこれってとっても大きな一歩だと僕は思う。
寒さは十一月に向けて準備運動を始めていた。セントラルヒーティングの電源が入るのはもうちょっと後。それを待ち遠しく思いながらベッドに寝転んで、新しく借りてきた『トマシーナ』を読んでいたときだった。
「ところで、ロドニー」
「何?」
「最近、図書館で本を読んでいると、謎の相談者が来るようになりまして」
あ、やばい。僕はさりげなく壁のほうへ寝返りを打って、なるべく普段通り「へぇ、そうなんだ」と頷いた。
ウルフがこちらを向いたのが気配で分かった。
「私の正面に座って、それから三分以内に私が顔を上げたら、相談を聞いてくれる合図なんだそうですね」
「ふぅん、そんな噂が」
「先日いらした方が、あなたから聞いたと言っていましたが?」
僕はぐっと黙り込んだ。
沈黙。窓の向こうで葉がさわさわと擦れ合う音が聞こえる。ああいい天気だな、なんて思うのもあまりに白々しい。
しばらくして、ウルフがわざと音を立てて溜め息をついた。
「分かりました。ではその代わりに、少し手伝ってくれませんか?」
僕は即座に「もちろん!」と答えて飛び起きた。
――『ほんものの魔法使』を読み終えたとき、僕がこの本のことをよく覚えていなかった理由がはっきりした。
ラスト。魔法使いは姿を消し、彼と親交の深かった者たちは寂しさに打ちひしがれた。追い払った当の本人たちでさえ、そうしたことを後悔した――金が目当てだったとはいえ。悪党は死んだけれど、それが何だって言うんだろう? ヒロインは自分だけの魔法を手に入れて、きっと幸せを掴むのだろうけれど、大好きになったあの魔法使いに再会するのは望み薄だ。
はっきりと思い出す。物語のくせに「めでたし、めでたし」で終わらないなんて、と少年時代の僕は裏切られたような気分で本を閉じたのだ。幼い僕は、大好きになった魔法使いにあっさり置いていかれてしまったことが、ショックでたまらなかったんだ。
同じことが現実に起きるのを、どうして許せよう。
現実は小説より奇なり――ロード・バイロンは素晴らしい言葉を残してくれた。そうだ、現実は小説より奇なり。ならば小説ができなかった「めでたし、めでたし」を、現実が達成したってなんら不自然ではないはずだ。
そういうわけで、例の噂話を作り出したのである。悪い噂が人を殺すなら、良い噂は人を生かしていいんじゃないか。たとえ逃げ場として選ばれた場所であったとしても、いや、逃げ場だからこそ、居心地はよくなければならないだろう。そうでなければ、癒える傷だって癒えなくなる。そう思って。余計なお世話かもしれないけどね。
でもその噂を積極的に広めていったのは僕でなく、エイト・ブリッジの八人だ。彼らが架け橋になって、真っ赤なコートの魔法使いを“冷たいけれど頼れる相談相手”に仕立て上げていったのである。僕がしたことといえばちょっとお話ししてお願いしただけだ。
ウルフの反応を、そして周囲の反応を見る限り、僕の企みは上手くいっているらしい。良かった、彼が人助けを好むタイプだと踏んだ僕の目は狂っていなかった。果たしてこの行動が本当に正しいものだったかどうかは、ずっと後になって死んでみないと分からないのだろうけど。
少なくとも現状だけで判断するなら、はっきりとこう言っていいよね。
めでたし、めでたし――ってさ!
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