閑話

箒で空を飛ぶには


「ねぇ、箒で空を飛ぶ、ってどういう仕組みになってるの?」


 僕は満を持してそう尋ねた。

 ウルフはいつものように真っ赤なコートをハンガーに掛け、いつものようにデスクについた――と見せかけているが、目の輝きを隠しきれていないでいる。

 前にチラリと聞いたんだけど、魔法使いで“なぜ”を考える人はあまりいないらしい。長い歴史を紐解いても、片手で数え上げて指が余るほどだとか。いっそ触れないほうが賢明だという風潮まである、とウルフが嘆いていたのを思い出す。

 無論、彼は考えに考えて考え尽くすタイプだ。そしてせっかく考えたことは人に話したくなるというのが人情だろう。

 つまるところ僕は今、彼の鼻先に最高の人参をぶら下げたということだ。


「あくまで仮説です。なんの根拠もありませんが、それでも良いですか」

「もちろん」

「では」


と彼は椅子ごとこちらを向いて、膝の上で指を組んだ。


「まず私は、魔力というものを『あらゆるエネルギーの代替品になるものである』と定義しています」

「つまり、光エネルギーとか熱エネルギーとか……待って、“あらゆる”ってことは、位置エネルギーとかも含めて?」

「そうです。魔力はトランプでいうところのジョーカーにあたると思っています。ポーカーで役を作るときに、ジョーカーがあればあらゆる札の代替をしてくれるでしょう? そういう感覚です」

「なるほど」


 頷きながら、僕は彼が魔力を“万能のエネルギー”ではなく“ジョーカー”と表現した理由について考えていた。それってつまり、


「あくまで“代替”なんだよね。ポーカーでいうジョーカーのように、足りないものを補うことしかできない、って理解していい?」


 ウルフは「その通りです」ととても嬉しそうに頷いた。


「魔力は決して万能のものではありません。ジョーカー一枚では役を作れないのと同じように。フルハウスを作ろうと思ったら、ツーペア分は他のカードで揃えなければならない。その、他のカードに当たる部分が、現実的なエネルギーであったり物質であったり、あるいは呪文や薬、魔法陣になるのです」


 魔力だけで飛べるなら箒は要りません、とウルフははっきり言った。確かにね。わざわざ箒に跨がるのなら、それ相応の理由がなくては。


「ちなみに、原則としてジョーカーは一枚のみ、つまり魔力で代替できるエネルギーは一種類のみ、だと思っておいてください」

「オーケー、“原則”ね」


 僕がわざと強調してみせると、ウルフはにやりとした。


「さて、それでは箒で飛ぶために必要なものですが――そもそも空を飛ぶときに必要な力とはなんでしょう」

「浮力か揚力だろ」

「そうですね。ですが、人間には翼もプロペラもないので、浮力も揚力も生み出せません。なので、そこを魔力に代替してもらいます。人間に浮力あるいは揚力を無理やり付与する。これで浮かび上がることはできました」

「ふむ」

「問題は移動です」

「そっか、それだけじゃ推進力がないのか」

「そうなんです。そこで呪文の登場です」

「呪文」

「はい」


 ウルフは足を組み替えて、楽しげに続けた。


「呪文にはいくつかの役割があります。魔力の増幅、イメージの固定、効果範囲の拡大、などなど。いろいろとありますが、今回重要なのは“並列展開”と呼ばれる役割です」

「どういうこと?」

「ジョーカーを二枚以上に増やす効果を持っています」


 なんてことだ。さっそくさっきの“原則”が崩れてしまったじゃないか。


「もちろん、限度はありますし、その分一つ一つのエネルギーの強さは下がりますよ。増やせば増やしただけ準備にも手間がかかりますし、魔力の消費も激しくなる。理論上は何枚にもできるということになっていますが、現実的には二枚にするくらいが限度でしょう」

「なるほど……じゃあ、それで推進力も補って、自由に飛べるようになってるってことか」

「はい。その分、呪文も長くなっているんですがね」

「どんなの?」


 ダメもとで聞いてみたら、ウルフはあっさり暗唱してみせてくれた。


「『豚だって空を飛びたいように、箒となればなおさらだ。蓋だって時に旅立つように、雲間の役目もなおざりさ。翼を与えよ、天使のように、綺麗なものでなくていい。翼を与えよ、悪魔のように、汚くなけりゃそれでいい。君らを目指し箒よ行こう、から小路こうじを突き抜こう。僕らを乗せて箒よ行こう、そらの掃除と洒落込もう』――以上です」

「確かに長いね」

「はい。なので私は縮めて使っています」

「縮めることができるの?」

「役割さえ理解してしまえば。この場合は“箒と自分に浮力と推進力を与える”ことが目的ですので、そのことをきっちりイメージできていれば、『翼をbestow与えよWINGs』の一フレーズで済みます」

「そうなんだ」

「イメージに失敗するとひどいことなりますけどね」

「なったことあるんだ」


 ウルフはちょっと視線をそらした。


「まぁ、軽く宙吊りになったりとかはざらに……」

「万能じゃないってことがよく分かったよ」

「理解していただけて嬉しいです」

「それじゃあ、こういうのは? 魔法でさ――」


 なんて調子で、僕らの話は尽きることがなくて。

 翌日そろって朝一の授業に寝坊していったことは秘密だ。


 めでたしめでたし!

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