2-2 新たな弊害
ディーオが新人四人組をのしてから二カ月が経とうとしていた。
この間、マウズの町と迷宮ではそれなりの騒動が起きていた。何があったのかというと、低階層、とりわけ第五階層よりも浅い階層で度々『モンスターハウス』の罠が発見されるようになったのだ。
冒険者協会は支部長権限で非常事態を宣言。一部の高位冒険者を除き、低階層を中心に活動するように指示を出したのだった。
当然、幾組かの冒険者たちからは反発が起こったのだが、せっかく迷宮で魔物を狩ってもそれを売りさばく町が壊滅していては元も子もなくなると諭され、渋々ながらも従うことになるのであった。
そんな状況下で頭角を現す者たちも現れていた。『新緑の風』や、ディーオにコテンパンにのされた四人組もその一つだった。
迷宮独自の特徴を掴むことができると、元々二等級であった『新緑の風』はその経験を十全に発揮して、低階層はおろか中階層区域まであっさりと踏破して見せたのである。
また低階層の見回りも精力的に行っており、この一月の『モンスターハウス』発見数及び処理数ではトップとなっていた。
そして一方の新人四人組はというと、
「あ、兄貴たち!お疲れ様です!」
ディーオやブリックスを兄貴と呼び慕うようになっていた。
あの後、四対一という圧倒的に有利な状況であったにもかかわらず、ディーオに負けたことで伸びた鼻っ柱を叩き折られた四人はすっかり意気消沈してしまっていた。迷宮に潜るどころか町の外にいる弱い魔物にさえも手こずる始末となってしまったのだ。
これに焦ったのが彼らを期待のルーキーだと持ち上げていた冒険者協会だ。
しかし、そもそもディーオとの問題が起こった背景として彼らへの行き過ぎた干渉があったことは明白な事実――支部長自ら「肩入れし過ぎていた」という発表がなされていた――であった。
そのためこれ以上は手を差し伸べることができなくなっていたのだ。
一時はこのまま遠くない間に四人は冒険者稼業を廃業してしまうかもしれない。そんな噂がまことしやかに流れるようにすらなってしまった。
だが、捨てる神あれば拾う神もある、とはよく言ったものだ。低迷を続ける四人を助ける者が現れたのである。それがブリックスだった。
冒険者としての下積み生活が長かった彼は四人が潰れてしまうのを見過ごすことができなかった。教官の協力も得つつ、冒険者としての基礎を叩き込んでいったのだ。
そしてブリックスと一緒にいるということは、ディーオとも顔を合わせる機会が増えるということでもある。
折を見て四人はディーオに正式な謝罪をし、彼もまたそれを受け入れたのだった。
と、表向きにはそうなっているのだが、四人の窮状を見聞きしたディーオが少々やり過ぎたと反省して、ブリックスや教官に協力を頼んだというのが本当のところだったりする。
同郷の者たちが一人前になるまで見守っていたりと、実は面倒見の良いところもあ持ち合わせているのだ。
もちろん打算的な部分もある。彼らポーターは他の冒険者たちと組んでこそ、その力を十分に発揮できる職だ。優秀な冒険者は一人でも多い方がいい。
四人にはその才能があるとディーオたちは見込んだのである。そしてそれが正解であったと示すように、四人はめきめきと力をつけていったのだった。
「よお!お前たちも今帰りか?」
「そうっす。兄貴たちは見回りに行っていたんですか?」
この日は迷宮入り口に置かれた『親転移石』へとそれぞれの階層から戻ってきたところで、丁度鉢合わせたのだった。
「ああ。この通り、こいつがまた使い物にならなくなっていたからな……」
くいとブリックスが指さした先にいたディーオはまたしても土気色の顔をしていた。
「あー……。ディーオの兄貴は昨日もまたドノワ親方に捕まってしまっていたっすからね……」
昨夜『モグラの稼ぎ亭』で揃って夕食を取っていたところにドノワが現れたのだ。後輩に押し付ける訳にもいかず、ディーオが相手をしていたのだが、結局酔い潰されてしまった。
「一度素面の親方と話をした方がいいかもしれないな」
「確かに。俺たちの安全のためにも!」
今はディーオに矛先が向いているが、それがいつ自分たちの方へと向かってくるのかは分からないのだ。あらかじめ安全を確保できるのならばそれに越したことはなく、冒険者としてはそうした努力は怠ってはいけないのである。
「お前らなあ……。はあ、まあいい。俺は狩った魔物を市場に卸してそのまま帰るから、協会への報告は頼んだ」
「それは構わないが……。なにかあるのか?」
ディーオからアイテムボックス――本当はただの大きめのポーチで、空間魔法を使って異空間に仕舞っている――から取り出した魔物の討伐証明部位――それぞれ少量だが薬や錬金の材料として有用なことが多い――の入った袋を受け取りながらブリックスが尋ねた。
「なんとなく支部長が待ち構えている気がする」
「支部長が?まさか」
と鼻で笑ったブリックスだったが、いざ冒険者協会へと着いてみるとディーオが言った通り建物のど真ん中で支部長が待ち構えているのを見て唖然とすることになるのだった。
余談だが、なぜ忙しい支部長が仕事を放り出してそんな所にいたのかというと、数日前にディーオが女性職員たちの機嫌を取るために差し入れした菓子の評判が非常に良かったため、次回からは自分の分も用意するように伝えるためだった。
それを聞いたブリックスや四人組を始めとしたその場にいた冒険者たち全員が呆れた顔をしたことは言うまでもないことだろう。
一方のディーオはというと宣言通り市場へとやって来ていた。
「ディーオじゃないか。今帰りなのか?」
「ああ。……おばちゃん、二日酔いに効く薬草茶をちょうだい」
顔馴染みの男性――市場全体を取り仕切っている役員の一人でもある――の問いかけに一言だけ答えると、すぐ近くで薬草茶を出している屋台へと向かった。
半ば無視されたような格好となったが、そこはかれこれ一年近い付き合いである。男は苦笑いを浮かべながらディーオの後を追った。
「なんだ、また飲み過ぎか?若いからって無茶していると体をダメにするぞ」
「……ご忠告ありがとさん。だけど俺にも付き合いっていうものがあるんだよ」
「ありゃりゃ、またドノワの親方さんに捕まっていたのかい?ねえ、ヒューリさん、市場の方から親方さんに一言釘を刺してもらうことはできないのかね?」
そこに屋台の主である女性が注文された薬草茶を持って割って入って来た。
「それぞれの付き合いをどうこう言うことはできないんだが……。ディーオは魔物の肉や毛皮の大口の卸元だからなあ。他の役員連中と話し合ってみるか」
日によって違いはあるが、マウズの町の市場へと入ってくる魔物肉――主に迷宮産だが、中には町の外で狩られたものも含まれている――の実に二割がディーオによる持ち込みなのである。
本人の意図を超え、今では食材の安定供給にはなくてはならない存在に育ちつつあるのだった。
「あー、あんまり大袈裟にはしないでもらいたいんだけど……」
「そう思うんだったら、もっと上手く酔っ払いと付き合えるようになりなさいな」
心配半分、呆れ半分で注意されてしまい、それ以上は何も言えなくなるディーオであった。
「ところで、最近の迷宮の中はどんな様子だ?」
ディーオが出された薬草茶を飲み干して、更に一息つくのを見計らってから男がそう尋ねた。
「あまり良くないな。曲がりなりにも順調に進んでいるのは『転移石』の設置くらいなものさ」
その作業も予定よりは遅れているのではあるが。ちなみに現在十二階層で『子転移石』の設置作業が行われている。
「そうか。例のモンスターハウスとかいうやつはどうなんだ?」
「そっちも相変わらずだな。今までなかった低階層で定期的に見つかっていて、そのせいでなかなか深い所まで潜ることができなくなっているよ」
罠の解除に失敗した場合に対処するため、できるだけ浅い階層での活動が推奨されているためだ。幸いバドーフなどの食肉用に市場へと卸されている魔物は元々低階層に出現するものが多かったため、出回る量全体としてはそれほど減少してはいない。
ただし、中階層以降に出現する魔物や採取物などが品薄となり、高騰する兆しを見せていた。
「何か問題でも起きたのか?」
「いや、今すぐにどうのっていう話ではないんだが、な……。ただ、このままの状態が続くとなると、まずいかもしれない」
役員の男性は難しい顔になっていた。
「ディーオだから言うが、この市場には珍品奇品を求めて貴族御用達の商人たちも出入りしている。そしてここの儲けの大半はそんな連中が落としていく金なんだ」
つまりようやく定着しかけていた大口の顧客が、今回の一件で離れそうになっているということだった。
迷宮の存在は貴重ではあるが、替えが全く効かないというほどのものではない。残念ながらマウズの迷宮ではまだ、ここならではという逸品が見つかってはいなかったのだった。
「それは確かに問題だな。市場からの意見ってことで冒険者協会に要望を出しておいてくれ。それと、一応俺の方からも協会の職員の人に相談してみることにするよ」
「分かった。先触れということで頼む」
マウズの町限定ではあるが、市場は人々の胃袋等々を握っていることもあって、それなりに大きな組織であり権力も持っている。
そのため行動を起こすためには諸々の許可や承認などが必要であり、どうしても時間がかかってしまうのであった。
こうした体質は一定以上の規模の組織では共通のことであり、そのため顔の効く人間が先触れとして情報を伝えておく――もちろん、機密情報などはこの限りではない――ことが一般化していた。
「了解。ただまあ、今日のことにはならないけどな」
「そいつは重々理解しているよ。さっきよりはマシになったとはいえ、まだ顔色が良くないぞ。さっさと狩ってきた魔物を卸して、家に帰って寝ろ」
「言われなくてもそのつもり。おばちゃん、ご馳走様」
「はいよ。気を付けて帰りな」
薬草茶の代金を払うと、ディーオは男と連れ立って市場の買取りをしている区画へと向かうのだった。
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