1-7 少々苛烈な新人教育
冒険者協会には訓練施設が設けられている。大抵の支部では大きな屋外訓練場があり、その一角に雨天用の屋根付きのスペースがあるという形式だ。
しかし、マウズの冒険者協会の場合は迷宮という天候に関係のない活動場所を擁しているためか、いつでも修練に励めるようにと屋内型の訓練場が用意されていた。
その中央付近で相対する一人と四人。審判はいない。どちらかが敗北を認めるまで続けられるからだ。
強いて言えば壁際に並んでいる野次馬的な冒険者や、最悪の事態だけは防ごうと見守っている協会職員たちが審判代わりとなる。
ディーオが持つのは普段使いの短槍と同じ程度の長さの棒だった。彼だけではなく向かい合う残り四人の手に握られているのも訓練用の木製の武器だ。一応『試合』という体裁を取っていたためである。
それでも頭部など当たり所が悪ければ大怪我を負うか、運が悪ければ死ぬ可能性もある。ゆえに見守る職員たちの緊張感は半端ではなかった。
その緊張感が伝わっていたのか、それとも先ほどのディーオの怒気に当てられた後遺症なのか、茶々を入れるような冒険者は一人もいなかったのだった。
「このコインが地面に落ちたら試合開始だ」
そう言いながらコイントスの準備をする。それは即ち先手を譲ってやるという意味でもあった。
「上等だ……。後悔させてやるからな!」
そしてディーオの目論見通りいきり立つ迷宮初心者たち。
そう、今の行動は狙って行われたものだったのだ。訓練場へと移動してきた時点で彼はもう普段通りの冷静さを取り戻していた。
(冒険者協会からの依頼になるまで待てば少額でも謝礼金が出て、しかも恩を売ることもできたのに……。早まったなあ)
などと考える余裕があるほどに。
ただ、これには〈地図〉と〈警戒〉の併用によって周囲の者たちを含めた全員の動向を把握していたことも大きく影響していた。
一方の迷宮初心者たちはというと、感情に捕らわれきってはいないものの、明らかに苛立っている様子だった。その証拠に陣形も組まずにただ単に横一列に並んでいるだけである。
既に迷宮内で何度も目にしていて分かっていたことではあるが、腕に自信があるだけに彼らが武器を持つ姿は様になってはいた。
だが、反対に言えばそれだけなのである。ディーオ一人に対して四人と数で大きく上回っているという油断もあるのかもしれないが、これでは各々の武器の性能が生かしきれないのではないだろうか。
初心者たちはそれぞれ右から小盾と鈍器、片手でも両手でも扱える大ぶりの剣、迷宮内では取り回しが難しいかもしれない長槍、そして短槍と異なる種類の武器を持っていた。
迷宮内の浅い層では蟻の巣のように通路と小部屋が入り組んでいるため接近戦が主体となり易いので、悪くない選択肢だと言える。武器攻撃に耐性のある魔物への切り札として魔法攻撃に長けた者と、罠対策としての偵察系の人材を加えれば、それなりの形にはなりそうだ。
しかし、それも連携が上手くいくことが前提の話である。今のようにそれぞれが自分勝手に立っているだけならば、
「がっ!?」
「ごふっ!?」
あしらうのはそれほど難しいことではない。
弾かれたコインが地面に落ちてから三拍――一拍は約一秒――で、盾持ちと剣士の二人が地面に倒れ伏していたのだった。
特に難しいことをした訳ではない。先にも述べた通り、ディーオとしては先手を譲ってやるつもりだった。
しかし、コインを弾いてからも動きがみられなかったので、こちらから攻撃を仕掛けたのだ。
無拍子によるカウンター狙いなのかという考えが頭をよぎったが、そんな達人級の技能があるならばこんな所で自分と向かい合ってはいないだろうとすぐに打ち消して、攻撃に専念することにした。
盾持ちを沈めたのは槍の動きでも基本中の基本である突きによるものだ。大振りな動きでは盾によって防がれたり受け流されたりしてしまう可能性が高い。
それゆえに最速最短最小の動きによる攻撃を繰り出したのだ。構えた盾と武器の隙間をすり抜けた杖の先は胸部へと命中し、エネルギーを余すことなく伝えられた体は後方へと吹き飛んでいった。
迷宮帰り直後で鎧を着たままになっていたので大きな怪我にはなっていないだろう。ここまでで一拍強。
続いてほぼ真横にいた剣士の足を後方から掬い上げる。
成す術もなく仰向けに転倒したところで、これまた鎧の上から止めの一撃を与え、都合三拍で半数の二人が戦闘不能となっていた。
刹那というには手間取り過ぎていたが、高速の連撃という分には十分だっただろうその交錯の後、残された二人は最悪に近い反応を示してしまった。
もしもこの時すぐさま反撃なり牽制に動き出していれば、勝機は残されていたかもしれない。いや、未だ二対一と数の上で勝っていたことに、槍という同じ得物を使う者同士だ、熟知とまではいかなくとも多少の動きを予測することはできただろう。
更に内一人はより間合いが広い長槍であったことなどなどを考えていくと、むしろ勝てる見込みは高かったのではないだろうか。
とはいえ、これらはすべて仮定の話で終わってしまった。なぜなら、彼らは事態の推移について行けずに硬直してしまっていたからだ。
結局、それから五つ数えるまでの間に残る二人も蹲って呻き声を上げるだけの物体へとなり下がったのだった。
「大口を叩いた割にはこの程度なのか……?」
モンスターハウスの罠で集まっていた魔物を捌いていた様子から、もう一段から二段上の苦戦を予想していたため、ディーオからしてみると調子外れもいいところだった。
しかし、彼らはどうやら本気で悶え苦しんでいるようだ。何より手に残った感触が、彼らに与えたダメージがかすり傷程度ではないことをしっかり伝えてきていた。
ワンサイドゲームに驚いていたのは当時者たちだけではない。息つく間もなく一方的に終わった試合を見ていた周囲の者たちもまた目の前の出来事を咀嚼しきれずにいた。
「なあ、あそこに転がっている四人ってここ最近でやって来た中では珍しく期待できるルーキーだと言われていた奴らじゃないか?」
「確か、ラトの村で起きた家畜襲撃事件を解決したんだったか?」
「人違いじゃないのか?あの事件の犯人というか家畜を襲っていたのは『灰色の荒野』から迷い出てきたファングサーベルだって話のはずだ。そんな連中があそこまで簡単に負けるわけがないだろう」
ファングサーベルというのは身の丈が五メートルにもなる巨大な虎型の魔物であり、名前の由来にもなっている長い牙が特徴の極めて危険な種である。
『魔境』と呼ばれる地から出てくることは稀であり、数年に一頭程度しか目撃情報がなく、討伐されたのは実に十数年ぶりの事であった。
「いや、その連中で間違いないらしい。協会の方も有望だと判断したから、教官を付けて迷宮に送り出したそうだ」
「それっていつの話だよ?」
「彼らが迷宮に向かったのは今朝の話だ。そして教官がいたということもあるけれど、初めての迷宮探索で八階層まで潜ったそうだ」
突如割り込んできた職員の言葉にギョッと目を見開く冒険者たち。
初めて迷宮へと足を踏み入れる場合、一般的には様子見を兼ねて一階層を粗方回り、二階層へと降りた時点で引き返してくるものだ。
実際、一日違いで昨日迷宮へと初挑戦した『新緑の風』ですら五階層へと到達する前に戻ってきている。
「おいおい……、そんなやつらを瞬殺するとか、ディーオはどれだけ強いんだよ!?」
「始まる前の様子を思い出してみろよ。明らかに油断していたから、実力の一欠片も発揮できていないだろう」
「だが、勝負は勝負だ。油断していたあいつらが間抜けなだけじゃないのか?」
「そりゃあ、そうだ。ディーオは奇襲を仕掛けた訳でもないし、コイントスだって俺たちの立っている場所からもよく見えた。言い訳はできねえよ」
よく見えていたからこそ、周囲の者たちには余計に異常さが際立って感じられていた。
「だからと言って、ディーオがべらぼうに強いってことにはならないっていう話か。まあ、単独で二十階層まで行けるっていうんだから、俺よりは絶対に強いだろうけどな!」
「それを堂々と言うのはどうかと思うぞ……」
外野の会話にオチが付くのを待っていた訳ではないのだが、ちょうど一区切りがついたタイミングで、ディーオが転がっている四人へと近づいていった。
「聞こえているか?迷惑料として今日の稼ぎの一割を明日中に冒険者協会へと預けておけ」
「ぐ……、ふ、ふざ、けるな……!お前なんて、俺たちが本気を出せ――っぶあ!?」
脇腹を蹴り上げることで戯言を強制的に中断させる。
「さっき周りで話していたのが聞こえなかったのか?油断していたお前たちが間抜けなんだ。それとも、これから本気を出すので殺さないでくださいと魔物に言うつもりなのか?」
呆れたように言うと、その光景を想像したのかあちこちから噴き出す声が聞こえた。
「文句はいいから今日の稼ぎの一割五分、きっちり用意しておけよ」
「なっ!?さっきは一割だって――」
「負けたのに態度が悪かった罰だ。まだ騒ぐようなら二割に増やす。」
「うぐ……。わ、分かった。一割五部の金を冒険者協会に預けておく……」
「最初からそう言えばいいんだよ。ああ、適当なことを言ってごまかそうとしても無駄だぞ。もしも明日の夕刻に金が用意されていなかったら、今日あったことを町中に話して回るからな」
アイテムボックスも持ちであるため大量の魔物素材を持ち帰ることができると思われているディーオは、町でも一部の人間には知られた存在である。
特に食材類は直接市場へと頻繁に卸していた――冒険者協会を通すと倉庫がいくらあっても足りなくなることや傷む前に食材を流通させることができないため――こともあり、そちら方面とは強固な信頼関係を構築することができていたのだ。
最悪、一切の食糧が手に入らなくなる可能性すらある。いくら他所で多大な功績を上げているとはいってもマウズでは新米に過ぎない彼らでは、到底太刀打ちすることができないだろう。
要求を飲ませたことで気を良くしたディーオが立ち去った後で、その事実を知らされた四人が真っ青になったのは言うまでもない。
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