1-6 アイテムボックス

「教官、人が戦っている時に無暗矢鱈むやみやたらと声を掛けたんだから、ペナルティを貰いますよ」


 死亡した魔物から愛用の短槍を引き抜きながら告げる。


「仕方がない。ポーターの報酬を一割に引き上げる。全部で四割だ、それで勘弁してくれ」

「分かりました。ただ、自分が何をやってしまったのかはしっかりと言い聞かせてくださいよ」

「ああ。それが俺の仕事だからな。手間を掛けさせてすまない」


 頭を下げる教官を見て、この場はこれで手打ちにしようと決めた。時間をかけていては更に魔物が追加されるという危険もあったからだ。

 話に参加することができなかった残る連中は不満そうな顔をしていたが、戦闘中に振り返るという極端な動きをしたことで危険に晒してしまったということは理解できていたのか、それを口にすることはなかったのだった。


 そんな連中を無視してディーオは山になっている魔物の残骸へと足を向けた。部屋の中は粗方片付いている。

 残っているのは持って帰っても絶対に換金できないような部位ばかりだった。それを見て納得したように頷くと、腰の革袋を外して


「〈収納〉」


 と唱えた。すると、一番大きな山が忽然と消えてしまう。


「はあっ!?」

「あ、アイテムボックス!?」


 驚くのも無理はない。見た目からは想像もつかないほどの物品を放り込むことができるアイテムボックスは冒険者だけでなく、多くの人間にとって垂涎の品だったからだ。

 そしてそんなアイテムボックス持ちだとされていることが、ディーオがポーターとしてマウズで名が知られている要因の一つだった。


 手ぶらだったはずがいつの間にか武器を持っていたり、『転移石』設置部隊に果実水の入った水筒をいくつも渡したりということができた絡繰りがこれである。


 初心者たちが驚愕に目を見開く中、次々に山を消していく。そして最初の山が消えてから三十を数える頃には、部屋の中から魔物の残骸はほとんど消え失せてしまったのだった。


「あ、あんたアイテムボックス持ちだったのか?」


 新米たちの一人が恐る恐るといった感じで尋ねてくる。


「それがどうした」

「そ、それなら最初からそう言ってくれていれば――」

「アホか。どうしてお前たちに教える必要があるんだ。このくらいは常識だから知っているだろうけど、アイテムボックスは貴重品だ。容量の小さな物ですらべらぼうな値段が付く。そんな高級品を持っていることを敵か味方かも分からないような相手に教えるやつがいるはずがないだろうが」


 言い募ろうとするのを遮ってぴしゃりと言い放つ。どうにも腕っぷしが強いことを笠に着て、自分たちの主張が必ず通ると思い違いをしている節があるように感じられたのだ。

 こうした勘違いをしている冒険者というのはそれなりにいるのだが、大抵は教官に付き添われて迷宮に出入りしていく間に改善されるものである。


 八階層という本来であれば初心者が足を踏み入れることの場所にいた事といい、彼らはマウズにやって来る以前にも挫折や成長の壁といったものにぶち当たったことのないのだろうと推察された。

 周囲からも有望だと思われて丁重に扱われていたのだろう。その結果がこの増長に繋がったのだとすると、冒険者協会の責任も問う必要がありそうだ。

 『新緑の風』の一件もあったことだし、ねちねちと文句を重ねてやろうと心に決めるディーオだった。


「さて、隊列はどうしますか?」


 言い返すことができずに悔しそうに俯く一人と、それをどう取りなしていいのか分からずにおろおろする仲間たちを横目に、教官とこれからについて話を詰めていく。


「来た道を戻るだけだから、私が先頭に立つ必要もないだろう」

「大丈夫ですか?」


 モンスターハウスという罠に引っ掛かった面子ということもあり、ディーオからすれば信用などないに等しかった。


「だから、来た道を戻るのだ」


 迷宮では罠もまた時間により再度配置されることになるのだが、未だどの迷宮であってもどこに配置されるか等の規則性を発見することはできておらず、正確なことは分かっていない。

 ただ、再配置にかかる時間は魔物よりも長く、丸一日以上は必要だというのが通説である。よって降りてくる際に通った道をそのまま戻るのであれば罠の心配はない、ということなのだった。


「俺と教官が中央で、前後を彼らに固めてもらう形ですか」

「飛び入りだからお互いに不安になるのは分かるが、それが一番無難だろう」

「通常ポーターを雇った場合でも同じ隊列になりますからね。仕方ない、それでいきますか」

「よし。聞いていた通りだ。これに関しては一切の異論を認めない。二人が前、そして二人が後ろに付け。配分についてはお前たちに任せる」


 ポーターを雇った際の基本隊列だと口にしたことが功を奏したのか、渋々といった雰囲気ではあったが教官に指示されて配置を決めていた。


「七階層の魔物も少なかったし、二階層上がるだけなら何とかなるか」


 どこかの戦闘狂の冒険者たちが通った後だったのか、幸いにも一つ上の七階層にはほとんど魔物がいなかった。モンスターハウスでの消耗があっても切り抜けることはできるだろう。


 ディーオの予想は当たり、特に問題が起きることもなく六階層に設置された『転移石』まで到着することができ、そこから全員無事に街へと帰還したのだった。




「だーかーらー、他所よそから冒険者を呼び込みたいという気持ちはよく分かりますけど、もう少し吟味してもらいたいんですよ。はっきり言って腕が立つだけの厄介者を押し付けられているんじゃないですか?迷宮の特に浅い階層には多くの冒険者がいるんです。最低限のマナーくらいは守れないようじゃ、周りが迷惑を被るんですから」


 町に戻ったディーオは予定していた通り、冒険者協会の一室でねちねちと文句を言い募っていた。が、


「そうだな。言いたいことはよく分かる。我々の方も頭数を揃えることにばかり注力し過ぎていたよ」


 口では賛同するようなことを言いながらも、応対した職員は顔を伏せて一切こちらを見ようとはしていない。毎日十件以上もの言い掛かりややっかみに等しいクレームを聞かされているという苦労を考慮しても、彼の態度は改善に向かっての努力が行われるとは到底思えないものだった。

 そんな姿を見せつけられたディーオの顔には失望の色がありありと浮かんでいたのだが、視線を手元に向けたままの担当職員がそれに気付くことはなかった。


 マウズの冒険者協会の人手が足りていないことは十分以上に知ってはいたが、自分たちがいかに危機的状況に置かれているのかをここまで理解していないとは思わなかった。

 今回の『モンスターハウス』が低階層に出現した件は、打つ手を誤れば『ラビトの悪夢』かそれ以上の惨劇、すなわち迷宮からの魔物の氾濫による町の壊滅すら起きかねないものであった。

 それにもかかわらず、協会は教官が率いていた迷宮初心者たちから軽い聞き取りとちょっとした説教だけで終わらせようとしていた。

 当然、そのことを冒険者たちに周知することもしていない。


「さて、話は以上かな?迷宮で実際に活動している冒険者の貴重な意見として参考にさせてもらう」


 同じくその場に居合わせたディーオへの対応ですらこの有様である。さっさと帰りたいという気持ちを隠そうともしないで、担当者は定型文を口にしながら席を立とうとする。


「……マウズから離れるか」


 しかしディーオの口から飛び出した一言に絡め取られたように動きを止めた。


「い、今、何と言った……?」


 その目は大きく見開かれ、額には脂汗が浮かんでいた。


「この町を出て行くと言った。今のままだと危なくてやっていけない」

「ここから出てどこに行くつもりだ!?行く当てはあるのか!?」

「どこだっていいさ。まあ、思っていた以上に迷宮に潜るのが性に合っていたから、とりあえずはラビト辺りに行ってみるかな」


 まるで近所に散歩にでも行くような軽い口調で次の目的地を告げるディーオ。


「ゆ、許さんぞ、そんなこと!」


 対照的に職員の声はどんどんと険しさと激しさを増していた。


「あんたに許してもらう必要がどこにある?自由気ままな根無し草が冒険者だろ。そんじゃ、さよならー」

「ま、待て!」


 と言われて待つ人間はまずいない。その例にもれず、ディーオもひらひらと手を振りながら部屋を後にしたのだった。


 町を出て旅をするとなるとそれなりの準備がいる。幸いにも資金の当てはある。教官たちからのポーターとしての収入分だ。

 帰ってくるなり、収納してきた魔物の死骸は残らず買い取り部署へと渡してある。そろそろ計算が終わっている頃合いだろう。

 先ほどまでも憂鬱な会話は一旦忘れて、ホクホク顔で換金カウンターへと向かう。


「代金を貰えないってどういうことだ!?」


 ところが返ってきたのは無情なるお言葉だった。


「詳しくは知らんが、お前さんの取り分について揉めているらしいぞ。今、副支部長が仲介に入っているそうだ」

「あいつら……!文句があるならその場で言えよ!」


 ディーオの中では最低値に到達していたはずの初心者たちの評価が、底を突き破って永遠と思えるほどに落下していた。

 ドン!という鈍い音が辺りに響く。さすがに怒りを抑えきれずにカウンターを勢い良く叩いてしまったのだ。


「お、おいおい、気持ちは分からないでもないが、壊すのは勘弁してくれよ」


 普段あまり感情をあらわにすることがないディーオの見せた激しい怒りに、正面にいた職員だけでなく、他の職員や冒険者たちまで息をのんでいた。

 そして間の悪いことに、彼の怒りの火に燃料となる油をたっぷりと含んだ言葉が投げ掛けられることになる。


「ああ、そこにいたか。ディーオ、悪いが――」

「おい、ポーター野郎!俺と勝負しろ!」


 その時のことを後に受付嬢の一人はこう語っている。


「怒りで何かが切れる音って本当にするものなのね。ええ。換金のカウンターは丁度向かいになるからはっきりと聞こえたわ。ぶちんってね。……その後はただひたすらに怖かったわね。信じられる?荒事なんて日常茶飯事で、毎日のように殴り合いの喧嘩を目にしている私たちが、顔も上げられなかったのよ?下を向いて、ただひたすらに彼がいなくなるのを待っていたわ。中には気を失いかけている娘もいたわね」


 それから数日の間、気の弱い女性職員たちが彼の姿を見るたびに泣きそうになってしまい、それにショックを受けたディーオが必死に謝り倒す光景が冒険者協会の至る所で見受けられることになるのだが、それはまた別の話だ。

 この時のディーオは完全に自分の感情を制御できていなかった。


「勝負?いいぞ。受けてやるよ。単独二十階層到達は嘘じゃないってことを証明してやる」


 普段であれば絶対に言わない成果を口にすると周囲が途端にざわめき始める。

 得たアイテムを全て自分のものにできるということは魅力だが、人手が少ない分持ち運べる量も限られてくるという欠点もあり、何より危険を伴う。そのため、単独での迷宮探索に臨むものはまずいないのである。

 余談だが、ディーオの単独での最深到達階層は二十五階層であり、冒険者カードに記載されているポーターとしての最深到達階層は二十九階となっている。


「は、ハッタリだろうが!」

「そう思いたいならそう思っておけばいい」


 悲鳴じみた声で叫ぶ初心者の一人に冷たく返す。何せディーオの中では既に相手がどう思っていようが叩き潰すことが決定事項となっていたのだから。


「訓練場に来い。四人まとめて相手をしてやるよ」

「ふざけやがって!」

「舐めるな!」

「ぶちのめしてやる!」


 後から出てきたことで直接怒気をぶつけられていないためか、残る三人は言い返す気力を保っていた。ただ、近くで最初から見ていた冒険者たちは「あいつら死んだな」と思ったという。

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