第1話 ありふれた日常
「それにしても、ここ数日でだいぶ車の通りが増えたよね」
現在、私とユリちゃんは通っているゴルドラント高等学院に通学するため、2人並んで王都西側の住宅街から南西にあるゴルドラント高等学院に向かって歩いていた。
もっとも、私達の住んでいる家は南の商業区寄りに立地しているため、通学時間は徒歩10分と大したものではないのだが。
「たぶん、12月の復活祭に向けていろいろ出入りしてる商人が増えているんでしょうね」
「え? でもまだ11月の初めだよ?」
「今年は王都の復興を祝う行事も合わせて行うから、これだけ早い段階から準備してるのよ。普通だったら王都が賑わい出すのは11月終りか12月初めだもの」
「へー、やっぱり大きなイベントになると皆やる気が違うんだろうね」
そう言葉を返しながら、私は話題に出た復活祭についての情報を思い出してみる。
復活祭とは、12月25日から31日までの7日間と、1月1日から3日までの3日間、計10日間に渡って開催されるお祭りだ。
この世界では、12月31日で1年間世界を守る女神の加護が一旦役目を終え、1月1日の朝に女神アルテミスの祝福によりその加護が新たな1年を守るために蘇ると言った伝承があるらしい。
そのため、毎年年の終りには1年間無事に生き残れたことを女神に感謝しながら共に生き残った人々と喜びを分かち合い、年の初めには新たな加護に1年の無事を祈りながら家族とゆっくり過ごすと言う風習があり、多くの人々が休暇を与えられ(飲食業は稼ぎ時なので勿論休みなど無いのに加え、騎士団も魔獣への警戒を怠るわけにはいかないので普段どおりの勤務となるのだが)、特に多くのイベントが開催される王都に地方から多くの人々が集まってくるのだ。
「そう言えば、アイリは王都の復活祭は初めてなのよね?」
「うん。そもそも、私がそう言った人が集まる場所に行くと余計な混乱が起こる危険性があるってブルーロック村の復活祭も行ったこと無いんだけど」
「それじゃあこの世界で人混みを経験したのって観光シーズンのメルポティシアくらいってことよね? だったらきっと最終日の人の多さにはビックリすると思うわよ。まあ、前世に比べると全体の人口がそもそも少ないから、精々ラッシュ時の駅より多少多い程度じゃあるんだけど」
「そう言われても、前世で私は田舎の方に住んでいた引きこもりだから想像がつかないかなぁ。……あっ! そう言えば、今まで聞きそびれていたけどさっきの発言から考えるとユリちゃんって前世では東京とか人が多い都市に住んでたの?」
「高校と大学は東京だったわ。でも、出身は京都ね。そう言うアイリは?」
「私は熊本」
そう私が答えると、ユリちゃんは少し驚いたような表情を浮かべながら「九州の人って結構方言がきついイメージがあるから、ちょっと意外だわ」と失礼なことを口にする。
「むっ、そう言うユリちゃんだって標準語じゃん」
「私の場合は高校と大学で6年くらい東京だったからよ。……ああ、でもこの世界って基本標準語だからその間に馴染んだ、とか?」
「それもあるんだろうけど、私は前世の頃から普段は比較的標準語で話すのが多かったかなぁ。親の教育方針で、スムーズなコミュニケーションを図れるようにって家の中でも家族全員基本的には標準語で喋ってたし」
もっとも、私は標準語で喋れたところでそもそも人見知りをするうえにコミュ障気味であるためスムーズなコミュニケーションなど出来ないのだが。
「そうなのね。そう言えば、アイリは前世では普通に社会人として働いてたんだったわよね? しかも確か公務員だったかしら? だったら、仕事でも普段から標準語で敬語だったのだろうし、逆に方言を使うのが珍しかったんじゃないの?」
実はそうでも無い。
私は公務員と言っても人口数万程度の小さな町役場に勤めていた地方公務員だ。
そう言った地方公務員は県や国の職員と違い、直接町民と関わる業務が多くなるため下手をすると標準語で会話が成立せず、方言を使わないとこちらの言葉を理解してもらえないことも珍しくない。
「
とりあえず、全く方言を使えないと思われるのもなんなので久し振りに方言を使ってみると、ユリちゃんは感心したような表情を浮かべながら「そうやって方言を使ってるとやっぱり九州っぽいわね」と感心したように呟いた。
「さあ、私も方言を喋って見せたんだから、次はユリちゃんの番だよ!」
「え? 前世で私はほとんど標準語しか使ってなかったから関西弁はほとんど覚えていないわよ?」
その言葉に、少しだけ京都特有の品のある方言が聞けると期待していた私はガックリと肩を落とす。
「はぁ。せっかく私は方言を披露した
「なんとなく言いたい事は分かるんだけど、方言で喋られると会話しづらいから標準語で喋ってもらって良いかしら?」
そんな他愛無い会話を続けながら私達はのんびりとした登校時間を過ごし、いつものように10分ほどでゴルドラント高等学院へと辿り着く。
そして、クラス棟に辿り着いた私達はそれぞれの教室に向かうために別れ、私は自分のクラスであるⅩ組の教室へと向かった。
「あっ! おはよう、アイリスちゃん!」
クラスに辿り着いた直後、私に最初に声を掛けて来たのは鮮やかな青い髪をおさげに纏めた少女で、如何にも優等生とか委員長とか言った雰囲気が似合う小柄な少女(と言っても154.8cmで144.6cmしか無い私よりは大きいのだが)、ファウル・ドロシーちゃんだった。
「ドロシーちゃん、おはよう。今日は早いんだね?」
「朝からパパ達の手伝いをして、そのまま送ってもらったんだ」
ニコニコ笑顔を浮かべながらそう告げるドロシーちゃんの言葉を聞き、『ドロシーちゃんのお父さんが経営するファウル商会も年末の復活祭に向けてもう動いているんだなぁ』と言った感想を思い浮かべながらも「そうなんだね」と簡単な返事を返す。
「やっぱり、今年の復活祭は王都復興を記念する式典とかもあってどこの商会も力を入れてるから、ボクもつい力が入っちゃって」
「ドロシーちゃん、楽しそうだね。でも、あんまり力を入れすぎてこの前みたいに危険なダンジョンに1人で向かったりしないでよ?」
あれは私が王都復興のために駆り出されて忙しくしていた時だったので、9月の中旬頃のことだったか。
ドロシーちゃんは珍しいアイテムの噂を聞くと商人の血が騒ぐのか確かめずにはいられない悪癖があり、近くで発見されたダンジョンで取れる珍しい素材の噂を確かめるべく1人でダンジョンに向かい、その情報を聞きつけた私が慌てて救出に向かうと言う事件があった。
幸い、ドロシーちゃんも『黒の聖女と白銀の騎士』に登場する主要キャラであり、今後の戦いに備えてそれなりにレベルを上げて装備も揃えていたので大した怪我も無く無事だった(と言うか、私が行かなくても平気だった可能性が高い)のだが、それでも私にとってはこの世界で数少ない友人の1人なので心配になるのだ。
「もう、ほんとアイリスちゃんは心配性だなぁ。大丈夫だよ、次はちゃんと事前に一言声を掛けるから! と言うか、早速その関係で話があったんだよね」
「また新しい素材? 最近新しいダンジョンが発見されたって情報あったっけ?」
基本的に王都付近に存在するダンジョンは優先的に騎士団により探索が行われ、そこで採取出来るアイテムも1月以内にはほとんど判明してしまうので新たなダンジョンが発見されない限り新たな素材の情報が入ることはほぼ無い。
そのため、新たな素材の発見=新たなダンジョンの発見に等しい情報なのだ。
「ううん、ボクが行きたいのは前回と同じ最近発見されたリンロット村の密林型ダンジョンだよ」
通常、ダンジョンは入り口のワープホールを通ると異空間に通じており、そこは室内型の迷宮になっているものや屋外型の森になっているもの、洞窟で溶岩が流れているものなどいろいろなタイプがある。
そのため、普段どこのダンジョンかを区別するために近隣にある町村名とその形状がそのままダンジョン名として語られることが多く、先程のダンジョンも名前どおりリンロット村の近辺で発見された密林状の異空間に通じるダンジョンであることを指している。
「でも、あそこは50階層全ての探索が終了していて、その先に進む出口が見つからないからボスが存在しないダンジョンとして結論付けられたんじゃなかったっけ?」
「それが、47階層で隠し通路が見つかったらしくて、そこからしか行けないもう一つの50階層でボス部屋に繋がるワープホールが見つかったんだって。でも、そのボス部屋の探索に向かった部隊はボス討伐を断念して撤退してしまったらしいんだけど、その部隊が持ち帰った情報によるそこにはかなり強いドラゴンタイプのボスがいるって話なんだ!」
キラキラと瞳を輝かせながらそう語るドロシーちゃんに、私は「つまり、私の力を借りてドラゴンを討伐したい、ってこと?」と尋ねると、ドロシーちゃんはコクコクと何度も首を上下に振った。
この世界で出現する魔獣において、ドラゴンは最強クラスに分類され、亜竜と言われるワイバーンでさえ普通の人達には脅威となる存在だ。
そのため、騎士団でも討伐が困難なレベルの強力なドラゴンを討伐し、その素材を手に入れる事が出来ればかなりの利益を得ることが出来るだろう。
(うーん、私も
そんなことを考えていると、ドロシーちゃんは少し遠慮がちに「やっぱり、ダメ、かな?」と聞いてくる。
「いや、今の私ならエルダードラゴンどころかエンシェントドラゴンが出て来ても倒せるだろうし、丁度ドラゴン討伐で手に入る可能性があるアイテムが欲しかったから良いんだけど……」
そこで一旦言葉を切り、少し考えた後に私はドロシーちゃんにとある条件を付けてドラゴン討伐を手伝うことを承諾する。
そして、早速今週の土日を利用してダンジョン攻略に挑むことにしたのだった。
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