第2章 『機械仕掛けの神』編
プロローグ
「ちょっと、いい加減に起きて! と言うか、離れなさいよ!」
少し離れた位置から聞こえる声に私はボンヤリと瞼を開けたのだが、布団の隙間から入り込んでくる冷たい空気に身震いすると、今まで抱き付いていた柔らかく温かい感覚に今まで以上にガッシリとしがみ付く。
「う~ん、あと1時間……」
「あと1時間、じゃないわよ! そんな『あと5分』感覚で1時間も寝てたら遅刻どころじゃないからさっさと起きなさい!」
その声の主は必死に私を暖かな感覚から引き離そうと格闘するが、そもそも声の主が私が今しがみ付いてる熱源その物であるため、上手く力が入らないのか引き離しにかなり苦労しているようだ。
あの王都で起きた『邪神降臨騒動』から約2ヶ月、11月初旬となり、最近では朝はかなり冷え込むようになっていた。
そして、とある事情で半分ドラゴンになってしまった私は当然の如く寒さに弱く、冬場になると朝に起きることが出来なくなってしまうのだ。
まあ、ドラゴンが混じる前から、なんなら前世の頃から冬場は布団から出る事が出来ないタイプだったような気もするが、きっと私が冬場の朝に布団から抜け出せないのはドラゴンの特性に違いないだろう。
「と言うか、なんでまたアイリが私の布団に潜り込んでるわけ!? 鍵も掛けてたし、転移無効の結界魔道具も発動してあったわよね!?」
なおも私を引き剥がそうとする声の主は、半分キレたような口調でそう私に言葉を投げかける。
(結界なんかあったっけ? ……そう言えば先週、下級の結界を無効化する魔法を覚えたような?)
ボンヤリとした頭でそんなことを考えながら、私は声の主に「寒さを…逃れるには、命懸けなんだよぉ」と纏まらない思考で返事を返す。
「だから、何度も言うけど寒いんならちゃんと服を着なさいよ! なんで今日も下着姿なわけ!? いくらクロード神父がしばらくいないからって、そんな姿で家の中をウロウロするのは……いえ、あんたの場合はクロード神父が居ようがお構いなしに下着姿でウロウロしてたわね」
後半はなぜか呆れ気味に声の主はそう告げ、やがて深いため息と共に私を引き剥がすのを止めると、平坦な口調で恐ろしい脅し文句を呟く。
「もしまた私がアイリのせいで遅刻したら、クロード神父が予定を繰り上げてでも戻って来てくれるって言ってたし、アイリは早くクロード神父に戻って来て欲しいからこんなことをするのよね? その結果、どれだけ説教を受ける事になるとしても」
その言葉を聞いた瞬間、一気に目が覚めてくる。
正直、クロード神父が早く帰って来るのが嫌だと言う訳ではないが、その結果に待っている長時間のお説教だけは勘弁願いたい。
「それに、私は知ってるのよ? 9月の王都復旧の手伝いをしている時、あちこちで魔道具の廃材を集めていたわよね? アレって、前の武術大会で壊れた『
次の瞬間、私は今まで抱き付いてた人物から瞬時に離れ、そのまま床で土下座をしながら謝罪の言葉を発していた。
「すみません! 調子に乗りました! このとおり、誠心誠意謝罪させて頂きます! なので、なにとぞその事はクロード神父だけにはどうかご内密に!」
パジャマ姿のまま腕を組み、その人目を惹き付ける美貌に若干不機嫌そうな表情を浮かべて私を見下ろす少女の名前はエルム・ライナス・ユリアーナ(私はユリちゃんと呼んでいる)。
私、アイリスの生まれ育ったブルーロック村が所属するエルム領領主の一人娘で、その漆黒のセミロングが示すとおりこの世界では珍しい高い闇属性魔力への適性を持つ人物であり、次期国王である第1王子のカルメラ・ジェネシス・オルランド様の婚約者で、次期女王と言う立場にある人物だ。
いや、間違った。
現在、彼女はオルランド様の婚約者では無い。
8月の終りに起こった『邪神降臨騒動』後、黒幕であった教皇様(公式には黒幕は騎士団長で、教皇様は邪神と戦って命を落としたことになっている)を慕っていたオルランド様は、亡き教皇様に代わって教会を立て直すために王位継承権を第2王子のカルメラ・ジェネシス・ジルラント様に譲り、顧問という立場で教会所属になってしまったのだ。
それにより当然ながらユリちゃんは婚約解消となるわけだが、王位継承権と同時にユリちゃんとの婚約関係もそのまま自分に移すことをジルラント様が発表し(ユリちゃんへの事前の確認は無かったらしいが)、今も変わらず次期女王の立場にあるのだ。
では、なぜそんな立場にあるユリちゃんが私の家に居るのかと言えば、単純にジルラント様から逃げて家出中なのである。
もっとも、逃げると言っても身の危険を感じたとかそんな理由じゃ無い。
幼少の頃からユリちゃんに思いを寄せていたジルラント様は、ようやく念願だったユリちゃんとの婚約を手に入れた事で舞い上がり、『同じ王城に住んでいるんだったら、学生の身分とか関係無くさっさと結婚しちまおうぜ!』と直ぐにでも式を挙げる勢いなのだとか。
それに、周囲の人達もジルラント様に味方しているため(理由としては、早い内に第一子を産んでもらった方が先々多くの跡継ぎを産めるので良いとされているらしい)、このまま王城で暮らし続けるとなし崩し的に学生の内に結婚させられそうなので逃げて来たのだとか。
因みに、この世界では男女共に15で結婚が認められ、平民の多くは二十歳頃までには大抵結婚して子供を産むらしく、29で未婚のガブリエルさん(とは言っても、3年ほど付き合っている相手がいるらしいが)はおろか、27のミリアさん(こちらは一切浮いた話を聞かないが、いずれクロード神父とくっつくんじゃないかと考えている)もかなり遅い方なのだとか。
あと、男性も大抵は20代の内に結婚するのがほとんどのため、31のクロード神父も結構遅い方なのだが、その原因は間違い無くこの10年間私の面倒を見ていたせいなので絶対に弄ったりはしない。
「はぁ。とりあえず、こう言うことはこれで最後にしてよね」
呆れた口調でユリちゃんはそう言葉を投げかけるが、私はそれに返事を返さない。
なぜなら、たぶん数日は無いだろうがしばらくすると同じことを繰り返すだろうからだ。
そもそも、私が寒くなると他人の布団に潜り込む悪癖は今に始まったことではないのだ。
遡れば10年前、私(の肉体)が幼い頃から冬場は何度もクロード神父の布団に潜り込んでおり、小さい内はクロード神父も『親がいない寂しさから来る行動だろう』と黙認してくれていた。
だが、10を超えた辺りからこの悪癖(と寝ている間に服を脱ぎ捨てる悪癖)を注意するようになり、12を超えた辺りから怒られるようになった。
しかし、それでも私の悪癖が治らないことを察したクロード神父は高価な(それこそ国の機密情報を守るレベルの強固な)結界魔道具を自室に設置し、物理的に扉を破壊されないように物理防壁を何重にも張り巡らせた部屋で寝るようになってしまったので、この悪癖が現れるのはミリアさんが泊まりに来た時だけになっていた。
だが、今は教会の立て直しでバタバタしている影響でクロード神父もミリアさんも家を空ける事が多くなっており、必然的に対象が私以外で唯一家に居るユリちゃんになっているのだ。
「……と言うか、似た遣り取りを4日前もしたわよね?」
「……うん、あったね」
相変わらず土下座を続けたまま私がそう告げると、ユリちゃんは深いため息をつきながら「確か、反省はしているけど無意識でやってしまうからどうしようも無い、だったかしら?」と言葉を続ける。
「うん。でも、私も折角予定より順調に製作が進んでいる試作2号機を没収されたくないし、治すよう善処はします」
「まあ、せめて私が起こしたら直ぐに起きて離れてくれることを願っておくわね」
若干疲れたようにユリちゃんはそう告げた後、ベッドから立ち上がると「それじゃあもう自分の部屋に戻って服を着てちょうだい。それから、洗濯とかはやっとくからいつも通り朝食はお願いね」と言葉を続けた。
「うん、分かった」
そう返事を返した後、部屋の中よりも寒い廊下には出たくなかったので『
そして、長時間人が不在だったことですっかり冷え切った部屋の冷気で身震いしつつ、素早く着替えを済ませると床に放り捨てられたパジャマを拾い集め、洗面所へと向かう。
その後、拾い集めたパジャマを洗濯機に突っ込み、顔を洗ったところで鏡に映った自分の顔をチェックする。
その鏡に映ったのは、12の頃から一切成長していない幼い少女のものであり、その腰まで伸びる長髪は見る角度によって色合いが変わって見える白銀の輝きを放っていた。
これが現在の私、この『黒の聖女と白銀の騎士』と言うタイトルのゲーム世界で、本来存在しないはずの星属性の魔力を持つ希少な存在として知られるアイリスと言うの名の少女だ。
そして、本来なら私は黒幕の手先として暗躍し、最後には命を落としてしまうはずだったのだが、2ヶ月前に私はその黒幕である教皇様、正確には教皇様に取り憑いた邪神エイワスを打ち破り、待受ける死の運命を乗り越えることが出来たのだ。
では、なぜそんなことを私が知っているのかと言うと、じつは私には前世の記憶、
と言っても、私はこのゲームを知らなかったのでとりあえずどんな試練が訪れても良いようにレベル上げとかを頑張り(上手く行ったかと問われれば微妙なのだが)、普通では有り得無い強力な力を手に入れることが出来た。
そして、もう1人の転生者、先程私と話していたユリちゃん(前世の名は
そんな私達は『邪神降臨騒動』の直後は王都の復興に駆り出されたりと忙しい日々を送っていたが、復興も一段落して今ではのんびりとした学生生活を送っていた。
(さて、あんまりのんびりしてるとまたユリちゃんに怒られちゃうから、早く朝食の準備を終わらせますか!)
軽くパチンと両頬を叩き、私は足早にキッチンへと向かう。
何気ない日常。
穏やかな一日に始まり。
この時私はまだ、12月の終りに再び大きな動乱に巻き込まれることになるとは想像すらしていなかったのだった。
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