エピローグ

「うぅ~~~、疲れたぁ」


 フラフラとリビングに辿り着いて自分の席に座った私はそう言葉を漏らしながらグッタリとテーブルの上に上半身を投げ出す。


「こんな事になったのは完全に自業自得だから我慢しろ」


 そして、そんな私にクロード神父はキッチンで晩ご飯の準備をしながらそう言葉を投げかける。


「でも、咄嗟に私が人の気配が無い方向に暴走した魔力を放ったから人的被害は無かったんだよ! だったら、もっと手心を加えてくれたって――」


「でもそれは結果論でしょ? もし学院にいた守護者達と騎士団が王都にいる人々の大半を王都南西にあるゴルドラント高等学院付近と北側にある騎士団の駐屯地まで避難させてなければどれだけの被害が出たか分からないじゃない」


 そう冷静なツッコミを入れたのは、今まで生活していた王城が吹き飛んでしまった事でしばらく私の家に泊まることになったユリちゃんだ。

 因みに、ユリちゃんはまともに料理が出来ないらしく(正直、化学兵器レベルの危険な料理を作る人物に初めて遭遇し、ある意味感動すら覚えた)今は私の対面の席で腕を組んだまま私にジト目を向けている。


「そ、それはそうだけど……」


「まあまあ、2人ともそれぐらいで勘弁してあげて。そもそも、アイリスちゃんが邪神を倒さなければこの程度の被害で終わらなかった可能性だってあるんだから」


 クロード神父と一緒に晩ご飯の準備を進めながらミリアさんがそうフォローを入れてくれる。


 現在、あの最終決戦から10日が経過しており、深刻な被害が出た王都は復旧作業に追われ、9月1日から始まるはずだったゴルドラント高等学院の2学期も開始できず休校状態となっている。

 だが、その代わり学生達も王都の復旧作業に駆り出されており、王都東側の倉庫街を吹き飛ばした私はその責任を取るために『転移魔法テレポーテーション』で各地を周りながら素材を集め、『道具錬成アイテムクリエイト』で失われた資材や機材をひたすら錬成するという日々を送っていた。(それでも学生と言う事で朝は8時から夕方も遅くて18時には帰してもらえるのでかなり優遇されている方ではあるのだろうが。)


「そう言えば今日は2人とも早かったんだね。教会の方も今はかなりバタバタしてるって聞くけど大丈夫なの?」


 ミリアさんがフォローを入れてくれた隙に話題を逸らしてしまおうと私がそう話しを振ると、クロード神父が「とりあえず急ぎで片付けないといけない問題は粗方片が付いたからな」と答えを返す。


 あの邪神降臨騒動の黒幕は教皇様(現在、新たに教皇に就任する人員の選定を行っているため教皇不在の状態が続いている)だが、その事実は世間には秘匿されている。

 何故なら、国教にもなっているアルテミス教会のトップがこの未曾有の大惨事を引き起こしたなどと知られれば国中にかなりの混乱が生じるだけで無く、最悪その混乱に乗じて他国に介入の口実を与えしまうのが目に見えているからだ。

 そして、教皇様は王都で大規模な邪神降臨の儀式を行った邪神信仰者を止めようとしたが止めきれず、王都に出現を許してしまった邪神との戦いで命を落としたと言う事になっている。

 更に、王都の中核である王城に邪神信仰者を引き入れたのはヴァンパイアロードが成り代わっていた騎士団長と言う事になっており、その不審な動きを察知して警戒をしていたオルランド様、ジルラント様、ユリアーナ様の3人を王都から引き離すために『教会が管理するオーラント自然公園に不審な施設が建設されており、月食が起こる8月25日にそこで大規模な実験が行われる』と言う偽情報で誘き出し襲撃を仕掛け、結果的には騎士団長に成り代わっていたヴァンパイアロードが討たれる結果に終わった、と言う事になっているらしい。

 それと、私と邪神の戦いを多くの人々が目撃していた事で『白銀の髪を靡かせながら黒白の双翼で空を駆け、巨大な光の剣を振るう騎士』と言う噂が広まっているらしく、そんな噂から私の事を『白銀の騎士』と呼ぶ人も増えているのだとか。

 まあ、中には『破壊神』とか『神をも食らう竜ゴッドイーター』とか呼ぶ人々もいるようなのだが。


「それじゃあしばらく早く帰ってこれるの?」


「いや、俺は明日からしばらくは遅くなることが増えるな。だから、ミリアが早く帰れない時にはおまえが晩飯を作るか、それか2人で適当に開いてる店を探して食べといてくれ」


 そのクロード神父の言葉に私とユリちゃんはそれぞれ了承の返事を返す。

 そして、私は晩ご飯の準備を続けるクロード神父とミリアさん達からユリちゃんの方に視線を向けるとこれまで聞きそびれていた騎士団長との一戦について話題を振ってみることにした。


「そう言えば、結局騎士団長戦は作戦通り上手く行ったの?」


「行くわけ無いじゃない。そもそも、想定以上の力を付けてたアイリを要に一気に押し切る作戦だったのだから、それに加えてクロード神父やシスターミリアもいなかったからかなり苦戦したわよ」


 苦笑いを浮かべながらそう告げるユリちゃんに、私は「そんな状態で2人を私の援軍に送ってくれたんだ」と驚きの表情を浮かべながら告げる。

 しかし、ユリちゃんは呆れたような表情を浮かべながら「そうしないと邪神が降臨している場合に対応が不可能と判断したのよ。事実、かなりヤバかったんでしょ?」と言葉を返した。


「まあ、そうだね。あそこでクロード神父達が助けに来てくれなかったから死んでたかも知れないかも。だから、今更だけど…ありがとう」


 若干の気恥ずかしさを覚えながら私がそう告げると、ユリちゃんはプイッと視線を逸らしながら「どういたしまして」と短く返事を返す。

 そして、軽くコホンと咳払いをした後に私に視線を戻すと「そう言えば」と会話を続ける。


「邪神エイワスの【神域】をどうやって突破したの? ゲームだとアレ、2人以上の協力技じゃないと突破出来ないはずなんだけど」


「そうなの? 確かにあの手みたいなやつがいる間は属性攻撃は無効にされたけど、ドラゴンブレス系の攻撃を無属性で撃ったら普通にダメージが通ったよ」


「え? それって邪神の右腕と左腕が持つ『対応属性無効』の【神域】と【対応属性変更エレメンタルスイッチ】の効果でしょ? 私が聞いてるのは本体が持つ『単体攻撃無効』の【神域】の方なんだけど」


「えっ!? アレって効果が違ったの!? でも、6つの手を落とした後は普通に攻撃が通ったよ?」


 私の言葉にユリちゃんは暫く考える素振りを見せ、やがて「まあ、今までも全てがゲーム通りじゃ無かったから、【神域】の効果もゲームの効果と違ったのかもね」と納得したように呟いた。


「もしかして、私の力がアレ由来だから、眷属である奴に有効だった、とかは?」


 キッチンにいるクロード神父達に聞こえないよう小声で、しかも内容がユリちゃんにしか通じないようにそう告げると、ユリちゃんは「それもあり得るわね。どちらにせよ、もう終わったことだからどっちでも良いのだけどね」とあっさりとした口調で流されてしまった。


「それより、これからアイリはどうするつもりなのかしら?」


 そして、突然そう話を変えたユリちゃんに私は戸惑いの表情を浮かべながら「どうする、ってどう言う事?」と問い返す。


「これで、本来アイリス様が命を落とすはずだった『黒の聖女と白銀の騎士』で語られるシナリオの範囲は超えたわ。それに、アイリが生きていることで本来起こるはずだった大きな事件はほとんど起きないだろうし、もしも続編に関わる何らかの事件が発生しても本来そのシナリオに登場しない……本人が登場しない以上、アイリが巻き込まれ無い可能性も高いでしょうから、教皇に無理矢理入学させられたゴルドラント高等学院へ無理に通う必要も無いのよ」


 そのユリちゃんの言葉に、わざわざ『本人が登場しない』と言い直したと言う事は偽物とかが出て来るのだろうかと疑問に思いながらも、私はユリちゃんに私の素直な考えを答える。


「せっかく入学したんだし卒業まで通うよ。それに、せっかくユリちゃんとかドロシーちゃんとか友達が出来たんだから、2回目の学生生活を満喫しないと!」


 笑顔で私がそう答えると、ユリちゃんは少し驚いた表情を浮かべた後に今まで見たことなに柔らかい笑みを浮かべ、「そう」と短く一言を返した。

 そしてその直後、キッチン方から「そろそろ出来るぞ! せめて、料理を運んだり皿を出したりくらいは手伝ってくれよ」とクロード神父に声を掛けられた事で私達は会話を終わらせ、2人並んでキッチンへと向かう。


 これから先、ユリちゃんの言うように大きな事件など起きずに穏やかな日常が続くかも知れないし、私の特殊な力を巡ってゲームには無かった事件が巻き起こるかも知れない。

 それに、世界の修正力が働いて本来アイリスの死が引き金となって起こるはずの事件が別の要因で起こる可能性だって否定出来ない。

 だから、私はこれから先も何が起こっても大丈夫なようにレベル上げや新たな戦術の探求を止めることはないだろう。


 だが、今の私は1人じゃ無い。


 私を守ってくれる、そして私が守りたいと思う心強い仲間達がいるのだ。

 だから、時には仲間を頼り、頼まれれば仲間を助けながら私はこれからの困難も乗り越えていきたい。


 そして叶うのならば、せっかく転生したこの世界で前世以上の楽しい日々がいつまでも続くことを願わずにはいられないのだった。

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