第28話 独りぼっちの王都奪還作戦

「なっ!? なんでこっちに入って来るんだ! 外から俺達を引っ張り出して、くれな…い…と……。こ、子供? なん……ヒッ! その髪色、まさか奴等の仲間か!??」


 私の手を引っ張って王都に引き入れたおじさんは身勝手にも顔を真っ赤にしながら私を怒鳴りつけるが、私が小さな子供(に見える外見)だと気付くと、次第にトーンダウンし、やがて私の髪色に気付くと悲鳴を上げながら後退った。

 正直、私の手を握った段階で大体の体格なんて分かるのだから、怒鳴りつける前にきちんと確認して欲しいところではあるが、面と向かってそう文句を言える性格ではない私はただ黙って(と言うかどう声を掛けて良いか分からない)事の成り行きを見守るしか無かった。


「だ、誰か! 誰か戦えるやつはいねえのか! 早くこの化物を何とかしてくれ!!」


 おじさんが後退るのと同時に、周囲にいた全員も私から離れていくのでどんどん私の周りには扇状にスペースが生まれていく。

 そして、私が視線を向けると皆決まって小さな悲鳴を上げながら恐怖の表情を浮かべるので、『なんで私がこんな扱い受けなきゃいけないの?』と若干涙目になりながらこれからどうしようかと悩んでいると、誰かが人垣を押し分けながらこちらに近寄ってくるのに気付き、そちらへ視線を向ける。

 すると程なくして、ゴルドラント高等学院の制服に身を包んだ生徒が数人こちらへと駆け寄ってきた。


「アイリスさん! 何故あなたが王都の外から?」


 そう声を掛けて来た男子生徒が誰なのか直ぐには思い出せなかったが、しばらくして同じクラスの三男くんだと気付いて私は慌てて口を開いた。


「わ、私…夏期休暇期間を利用して、王都の外に行ってたから……。そ、それで、その…空の様子がおかしくて、王都が心配だから見に来たら、おかしな事になってて…だから調べようとしたら、こうなっちゃって」


 出だしのショックもあってかおっかなびっくりと言った感じで何とか答えを返すと、三男くんは続けて「アイリスさんお一人ですか? 外に近隣領地からの援軍が来ていたりは?」と問い掛けて来たので、私は無言で首を数度左右に振った。

 すると、明らかに周囲を取り囲む人々の顔に絶望が広がっていくのが分かる。


「そう、ですか……」


「ええと…王都で、いったい何があったの?」


「それが、僕達にもよく分からないのです。今日の日没と同時に突然黒い壁が王都を覆い尽くしたかと思うと、突然あちこちに魔獣や不思議な髪色に背中に羽を生やした少年少女が現れて……。市民を守るために騎士団も動いてくれているのですが、不運にも騎士団長不在のタイミングでこの異変が起こったため、多少なりと混乱が生じているようなのです」


 正直、邪神召喚儀式の生贄って魔法的な効果で命を奪われるのだと思っていたので、王都に魔獣や恐らくユリちゃんが言ってた天使が現れているのは予想外だった。


(でも、良く考えるとこの異界化した王都がラスボス前最後のダンジョンだろうから、敵が出て来るのは普通、なのかな?)


 そう考えながら、私は空間の歪みによって様変わりしてしまっている王都の風景に目を向ける。

 そして、中央にある王城の上空に少しずつ魔方陣のような物が描き出されており、それが既に半分ほど完成しているのを確認したことで『アレが完成した時に邪神が降臨するんだろうから、それまでが王都奪還のタイムリミットになるのか』と理解した。


(とりあえず、ここでいつ来るかも分からない増援をのんびり待ってる暇は無さそうだなぁ。一応、変なデバフが掛けられたりとか魔力が使えないなんて事も無さそうだし、強制解除された影響か『分身わけみ』も直ぐに再使用出来るみたいだから私だけでも先に教皇様を止めに行ったほうが良いみたいだね)


 そう判断を下した私は、『聖なる翼ホーリーウィング』と『漆黒の翼ダークネスウィング』を待機状態で発動し、『フライ』も同時使用することで空中へと浮かび上がる。


「私、王城に向かいます。皆さんはここで、自分の身と戦えない人達を守る事に専念して下さい。あと、もしも後から私を探しに誰か来たら、私が王城に向かったことを伝えてくれると嬉しいです」


 私はそれだけ伝えると、三男くんの制止の言葉を聞かずに王城に向けて飛び立つ。

 そして、しばらく進んだところで行く手を遮るように現れた飛行型の魔獣を背中に生やした一対の黒白の翼から光と闇の羽を撃ち出す事で撃墜し、一切スピードを緩めること無く王城に向かって飛び続ける。

 だが、そうやって先を急ぐ私の前に複数の色が混じった髪色と背中に生えた茶色い羽が特徴の少年少女が立ちはだかったことで一旦動きを止めざるを得なくなる。


「……一応警告です。そこを退いて下さい」


 ユリちゃんからの情報で、天使はもはや人間では無く魔獣に近い存在なのだと聞かされていても思わずそう声を掛けずにはいられなかった。

 正直、このような剣と魔法のファンタジー世界に転生してから、『同じ人間であっても他人の生命と財産を力で奪うような悪人には情けを掛けるな』と散々教育されてきたので、その覚悟は十分持つ事が出来ているとは思う。

 だが、それでもやはり同じ人間らしい見た目をした相手の命を奪う事には大きな抵抗があるため、話が通じるのであれば出来る限り戦闘を避ける道を模索したいのだ。

 しかし、そんな私の希望も虚しく、天使達は虚ろな表情をこちらに向けながら、一切の躊躇いなく私へ魔法を放ってくるのだった。


(やっぱりダメ、か。仕方ない、な)


 心の中でそう呟きながらも私は一切天使達の攻撃を避ける事はしない。

 何故なら、その魔法は普通の人にとっては脅威となる威力であっても、今の私にとっては【竜皮ドラゴンスキン】を突破することさえ出来ない攻撃とすら認識出来ない程度の威力でしかないのだから。

 しかし、私に魔法が通じないと分かってもなお天使達は機械的に魔法を放ち続ける。

 恐らく、製造の段階で人間らしい感情はおろか、与えられた使命である『外敵の排除』意外の余計な思考が働かないよう、思考を制限されているのだろう。


「ごめんなさい。せめて、苦しまないように一瞬で終わらせるから」


 そう呟き、攻撃を受けながらも私は『エナジーブラスト』を発動し、可能な限り体内に魔力を蓄積し一気に解き放つ。

 そして、私と私を取り囲むように展開していた天使達を強力な魔力光が包み込み、それが収まった後の空中には私の姿しか無かった。


「……」


 少しの間複雑な心境で誰もいなくなった空間に視線を向けていた私だったが、軽くパチンと両頬叩くと、そのまま気持ちを切替えて王城へと真っ直ぐ向かって行く。

 その後、王城に到着するまでの間も何度か魔獣と天使の襲撃を受けるが、魔獣は速『聖なる翼ホーリーウィング』と『漆黒の翼ダークネスウィング』で打ち落とし(魔法の効果が切れる度に再発動しながら進んだ)、天使はある程度数が私の周りに集まるタイミングを見計らって『エナジーブラスト』などの強力な技を使って一瞬で消し去っていく。

 そうやって最短距離で突っ切った結果、そこそこ魔力を消費する事にはなったが一切ダメージを負うことも無く王城付近まで辿り着き、私はそのまま3階部分にあるバルコニーから一切の躊躇無く王城へと乗り込み、こちらの行く手を阻もうと現れる魔獣を神刀『三日月』で薙ぎ払いながら脇目も振らずに謁見の間を目指す。


「なっ!? おまえは――」


 そして、謁見の間に到着すると同時にそこで待ち構えていた教皇様が驚愕の表情を浮かべながら何か言いかけるが、私は一切気にする事無く『クイックチャージ』でチャージ時間を数秒に短縮した『ドラゴンブレス(中)』をぶっ放す。

 だが、流石は高レベルの教皇様と言うべきか、即座に『聖なる城壁セイントウォール』を発動させ、私の攻撃から自身とその背後にある邪神召喚術式の要であろう呪具を守り抜く。

 そのため、私は『ドラゴンブレス(中)』の余波で教皇様が身動きが取れない間に『心眼』でこの階よりも上に人の気配が無いことを確認すると、続けざまに『混沌なる光カオスエナジーレイ』を発動して『聖なる城壁セイントウォール』の守りを打ち破り、そのまま光と闇の入り交じったレーザーで教皇様諸共呪具を呑み込んだ。


 本来なら、この魔法をまともに食らえばこの世から跡形も無く消え去ってもおかしくは無い程強力な魔法であるため対人戦で使用するような魔法では無いのだが、高レベルで悪魔の力を有する(しかもラスボスクラスの)教皇様であれば大丈夫だろうと言う安易な考えで放った技だったが、幸運にもその予想は正解だったようで、強大な魔法の余波で発生した粉塵が晴れると、ボロボロながらも震える足で辛うじて立っている教皇様と、強力な魔法を受けてボロボロになった呪具の残骸が姿を現した。


「くっ! いきなり、現れたかと思えば…好き勝手しおってからに!!」


 そう吐き捨てながら教皇様は『収納空間アイテムボックス』から何らかの呪具らしき物を取り出すが、直ぐさま私は『聖なる矢ホーリーアロー』でその呪具を打ち抜き破壊を試みる。

 だが、その呪具には破壊耐性か高い魔法耐性が付与されているらしく、結局破壊することが出来ずに発動を許してしまい、教皇様と私を取り囲むように禍々しい魔力が満ち溢れて来る。


「器となるキサマをどうやってここにおびき寄せるかが問題であったが、わざわざそちらから出向いてくれるとは好都合! 己の無謀さを後悔しながら正しき神がこの世に降り立つための器となれる事を幸運に思うが良い!!」


 もはや完全に本性を曝け出しているのか、完全なる悪役ムーブで教皇様がそう吠えると同時に私の中に何か巨大な力が入り込み、意思を呑み込もうとしてくる。

 だが、こちらが体内の魔力を高めて抵抗すると案外進行を食い止めることが出来たので、『これって、普通に抵抗しながらこの禍々しい魔力の効果範囲を脱出すれば良いだけでは?』と察し動こうとした直後、突然更に大きな意思のような物が私の中に溢れ出し、私の抵抗力を奪い取ろうとしてくる。


(っ!! これが、ユリちゃんが言ってた女神アルテミスの意思!? ドラゴンの力の影響か完全に抵抗力を奪われてるわけじゃないけど、このままだとマズい、かも!)


 そう判断した私は、直ぐさま考えていた『邪神対策作戦』をぶっつけ本番で試す事を決め、実行に取りかかる。


「『分身わけみ』! 『幻影魔法イリュージョン』!」


 分身体を作り出した瞬間、私の中に流れ込んできていた力の流れが半減するが、異質な魔力が流れ込んだことで分身体の存在が不安定なる。

 そして、それと同時に『幻影魔法イリュージョン』で私の適合属性を適当に闇属性に偽装し、女神由来の力である星属性適合者が分身体だけになったことで流れ込んでいた邪神と女神の力が一気に分身体に集中する。

 その結果、自由になった私は素早く禍々しい魔力から抜け出し、形を保てなくなった分身体は異形へと変じながら呪具を発動して禍々しい魔力に呑み込まれた教皇様と混ざり合い、1つになっていく。


(よし! ここで『分身わけみ』の発動を解除すれば、器を失った力が霧散して邪神降臨も防げるはず!)


 そうして私は『分身わけみ』を解除したのだが、どう言うわけか分身体が消える事は無く、そのまま教皇様と融合が進み禍々しくも神々しい巨大な異形の化物が姿を現したのだった。


「もしかして、邪神の力と女神の意思が介入したことで分身体が私の制御下から完全に離れた、とか? つまりもしかして、完全な形で邪神エイワスが降臨しちゃったんじゃ……」


 『幻影魔法イリュージョン』を解除しながら神刀『三日月』を構え、私はゴクリと唾を飲み込みながら目の前に現れた強大な敵に対峙するしかなかった。

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