第27話 決戦の地へ

 早朝4時半にオーラント自然公園付近に辿り着いたとは言っても、騎士団長がやって来るのは昼過ぎの予定であるため、直ぐに私達がオーラント自然公園に向かうわけでは無かった。

 それでは何故こんな時間にやって来たかというと、早朝のこの時間であれば国内を飛行する飛空艇が存在しないため、事故や発見のリスクを最大限軽減できるからだ。

 そのため、早めに目的地付近に到着しておき、『幻影魔法イリュージョン』で周囲から発見されないよう偽装を施し、『魔獣召喚』で呼び出した使い魔できちんと対象の騎士団長がオーラント自然公園に向かうのか、突入後素早く騎士団長に強襲を仕掛けるために何処にいるのかを常に把握するため、監視を行うことにしたのだ。

 因みに余談ではあるが、分身体の新たな特性が判明した際、召喚した魔獣の獲得した経験値も私に入るのか検証してみたが、召喚魔獣が獲得した経験値は召喚魔獣に取り込まれて私には全く流れてこないことが判明している。


 そんなこんなで来たるべき決戦に向け、(召喚魔獣による監視を行っている私以外)体を休めつつじっくりと突入の機会を窺っていると、昼を過ぎた辺りでようやくターゲットの騎士団長がオーラント自然公園に到着したことを確認する。

 ただ、同行している他の教会関係者や国の重役もいる影響か、怪しい施設に向かうようなことは無くある程度入場料を払えば誰でも入ることが出来るスペースや、見られても問題無い公園の管理施設を回るばかりで怪しい動きを見せることは無かった。

 そのため、流石に無関係な人達を私達の戦いに巻き込むわけには行かないので、騎士団長の動向を探りながら突入のタイミングを見定めるべく、直ぐに隠し通路を使って乗り込めるよう近場で待機する事となった。

 だが、それからいくら待っても騎士団長がオーラント自然公園の奥に隠されるように建っている研究施設(既に場所と構造は召喚魔獣で把握済)に向かうことは無く、時間だけが刻々と過ぎ去っていく。


「もしかして、今日は普通に視察するだけで研究施設には行かないのかな?」


「かも知れないわね。でも視察が予定されている3日間の内、流石に1日くらいはそっちに立ち寄ると思うし、気長に待つしか無いわね」


 私とユリちゃんがそんな会話を交わすころには既に日が傾き始めており、それからしばらくして視察団が近くの村に用意された宿泊所に移動する流れになるまで大きな動きは全く無かった。

 そのため、私達も今回は飛空戦艦『大和』内に用意している宿泊スペースで一夜を明かす事になりそうだと話していると、なんと騎士団長は他の視察団と共に宿泊所に移動せず、そのままオーラント自然公園に残ることになったのだ。

 そのため、この好機を生かすべく早速私達は行動を開始したのだが、拠点として隠し通路付近の森林に建設していたログハウスを出たところでその異変に気付き、私は思わず足を止めて前を行く仲間達に声を掛けた。


「ちょっと待って! なんか変じゃない?」


「変?」


 私の言葉に、クロード神父は訝しげな表情を浮かべながら周囲を見渡す。

 そして、私の言いたいことにいち早く気付いたドロシーちゃんが声を上げる。


「あっ! 8月の終りだとは言っても、この暗さは流石におかしいね」


 現在、時刻は午後7時を少し過ぎた辺りで普段だったらもう少し明るいはずなのだが、どう言うわけか周囲はまるで深夜のように暗くなっていた。


「曇っているのか星や月が見えないせいかしら?」


 そうミリアさんは声を上げたが、ドラゴンの能力を有するため夜でもしっかりと周囲の風景が確認出来る私は、空が雲1つ無い晴天なのに星も月も確認出来ない状況だという事をしっかりと把握している。


「そういや今日は月食があるんだろ? その証拠に……ほら、あそこに薄らと光って見えるリングって月だろ?」


 ライアーくんの言葉通り、そこには赤い光のリングが浮かんでおり、不気味な光で闇夜を照らしていた。


「ちょっと待ってくれ。月食ってあんな感じになるもんだったか?」


「ハッキリとは分からないけど……あんなダイヤモンドリングが出来るのって日食の時だけじゃなかったっけ?」


 ジルラント様の言葉に私がそう答えを返すと、オルランド様がボソリと「何だか嫌な予感がしますね」と深刻な表情を浮かべながら呟いた。


「とりあえず、何か思い当たる事は無い?」


 そう私はユリちゃんに問い掛けるが、ユリちゃんも思い当たるイベントが無いのかしばらく悩む素振りを見せた後に首を数度左右に振り、そこでハッと何かに気付いた表情を浮かべたかと思えば「似たような現象なら心当たりがあるわ」と漏らした。


「それはいったい何だ?」


 クロード神父がそう尋ねると、ユリちゃんはちょっとだけ躊躇うように思考を巡らせてから口を開いた。


「皆既日食の日、教皇が邪神召喚の術式を発動させると同時に空にあんな赤い光輪が出現し、それと同時に王都が異界化してたはずなの」


 ユリちゃんのその証言に、全員の表情に戸惑いの色が浮かぶ。


「でも、皆既日食が起こるのは今年の12月、それも年末頃ですよね?」


「ええ、そうよ。それに、術式発動には強大な負のエネルギーが必要で、日食により生じる膨大な負のエネルギーが必要だから、月食で生じる負のエネルギーぐらいじゃ術式を発動出来るわけが無いの。もっとも、その日食で得られる負のエネルギーに匹敵する量の膨大な魔力を秘めた魔石でもあれば月食で得られる負のエネルギーでも代用できるのかも知れないけど」


 オルランド様の問いにユリちゃんがそう答えた所で、ふと思い当たるアイテムの存在を知っている私は声を上げる。


「その膨大な魔力を秘めた魔石って、『竜宝珠』でも良かったりしない?」


「『竜宝珠』? ああ、『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』の炉心として使われるやつね。……そうね、アレだったら十分だと思うけど、あんな珍しいものをそう簡単に手に入れる事が出来るわけが……もしかして――」


「うん。エルダードラゴンを倒した時に手に入れて、教皇様が私から買い取ったの」


 絶望的な表情を浮かべるユリちゃんに私は険しい表情を浮かべながらそう告げる。


「とりあえず、一度王都の様子を見に行った方が良さそうだな」


「そうね。私1人ならギリギリ王都まで『転移魔法テレポーテーション』で移動出来るでしょうし、少し様子を見てくるわ」


 ジルラント様の提案にユリちゃんがそう声を上げたところで私は待ったを掛ける。


「その偵察役、私が行ってくるよ」


「おまえ1人で大丈夫か?」


 私の提案に、クロード神父が心配そうな表情を浮かべながら問い掛けてくるが、私は胸を張りながら「大丈夫! それに、私の方が適任な理由もあるし」と返事を返しながら『分身わけみ』を発動し、1体の分身体を召喚する。


「こっちに分身体を残しておけば直ぐに何が起こっているか情報共有が可能でしょ? それに、『転移魔法テレポーテーション』で移動出来る限界ギリギリまで転移させると1時間くらい再使用が出来なく無くなるから、この中で1番ステータスが高くて1人でも時間稼ぎくらい余裕で出来る私が行った方が危険が少ないだろうし。それに、どちらにせよここで騎士団長は倒しておかないと後々面倒なことになるかも知れないし、同時進行で騎士団長討伐も進めなきゃだよね?」


 その私の言葉に全員不安げな表情を浮かべてはいるものの否定の声が上がることは無かった。


「分かったわ。それじゃあ一先ず、アイリが1人で王都に向かい何が起こっているかを確認してきて。ただ、くれぐれも無茶はしないように。それと、王都が一刻を争う事態になっているようだったら私とオルランド様の『転移魔法テレポーテーション』で増援を送るから、絶対に1人で突っ走ってはダメよ」


 真剣な表情を向けながらそう告げるユリちゃんに、私は「分かった」と大きく肯きを返した後、直ぐに王都のゴルドラント高等学院を対象に『転移魔法テレポーテーション』を発動しようと試みる。

 しかし、何故かゴルドラント高等学院や王都で私達が暮らしている家を目的地に『転移魔法テレポーテーション』を発動する事が出来ず、仕方なく私は王都から徒歩5分ほどの距離にある良く素材集めに向かうダンジョンが存在する森を目的地に『転移魔法テレポーテーション』を発動するのだった。


 しばらくの浮遊感の後、目的地に到着した私は直ぐさま近くにある大きな道まで向かい、そのまま王都を目指そうと王都がある方面に視線を向ける。


「何、あれ」


 そして、私は目に入ってきた光景を前に思わずそう呟いていてしまう。

 現在、王都があるはずの場所は黒いドーム状の物ですっぽりと覆われており、その漆黒のドームに覆い隠され王都の状況を外部から確認する事が出来ない状態になっていた。

 更に、その漆黒のドームは王都全体を包み込むほど強大な物で、王都を囲う外壁のようにその全体を把握するのが難しいほどの規模を有していた。


(とりあえず、近付いてみないと何も分かんないや)


 そう判断した私は、そのまま王都まで続く道をひたすら走り、やがて王都に出入りするための城門が設置されている付近まで辿り着く。

 だが、門から中の様子を窺いたくても門の境を漆黒の壁が覆っており、どれだけ近くに寄っても漆黒の壁の向こう側がどうなっているのかを確認する事が出来なかった。


(とりあえず、中に入ってみる? そもそも、これって入れるのかな?)


 そう考えながら恐る恐る漆黒の壁に手を近付けてみるが、特に何か起こるわけでも無くすんなりと伸ばした右手は漆黒の壁を通り抜ける。


 だが、次の瞬間いきなり壁の向こうで誰かが私の手を引っ張り、思わず手を引き抜こうと力を込めるのだが、壁の向こう側へはすんなりと通れるのにこちら側には一切進めないことを理解し、思わず引かれる力に任せて壁の向こう側へと入り込んでしまう。

 そして、それと同時に強制的に発動中の『分身わけみ』が解除され、ろくに情報をユリちゃん達に伝える事も出来ないままに外部との連絡手段を断たれてしまうのだった。

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