第15話 偶には1人で自然中へ

 その日、私は1人でティターン大森林の中央部に位置する精霊の泉へと訪れていた。


「~~~♪~~♪」


 そして、近場の木を適当に切り出して得た木材を『道具錬成アイテムクリエイト』で加工し、今日から2日間過ごすための拠点となるログハウスを鼻歌交じりに錬成していく。

 わざわざ拠点など作らずとも【疲労無効】と【全状態異常無効】の影響で2日間くらいなら寝なくても動けはするが、どうやらこの2つは無敵の肉体を得ている訳で無くただ単純に限界を超えるまで肉体に影響が出て来ないだけで、限界を超えると突然倒れてしまうと判明して以来私は適度な休息と適切な栄養補給を心がけている。

 だから、たった2日間の仮住まいだとしても手を抜かずに最高の環境を追求する事にしたのだ。


(それにしても、こんなに早く短期集中でレベル上げを出来るチャンスが来るなんて思って無かったから、もう少し時間があればもっと色々と事前に準備出来たのに勿体ないなぁ)


 そう心の中で呟きながら、私はこうなった経緯について思考を向ける。


 事の発端は2日前、突然エルム領の領主であるエルム・ヘレーネ・ライザヘルト侯爵様がブルーロック村近隣へ視察に訪れるとの通達が来たところから始まる。

 別にそれだけであればライザヘルト侯爵様も私の存在をご存知なので問題にはならなかったのだが、その同行者の中にとある2名の名前が記載されていた事とライザヘルト侯爵様からとある指令を与えられた事からクロード神父が頭を抱える事態に陥ることとなる。


 先ずは同行者の2名についてだが、1人はエルム・ライナス・ユリアーナ侯爵令嬢、つまりはライザヘルト侯爵の一人娘で現状私がこの世界において悪役令嬢ポジションでラスボス候補だと考えている人物だ。

 そしてもう1人は、カルメラ・ジェネシス・ジルラント第2王子、つまりゴルドラント高等学院入学後に出会うであろう攻略対象か物語に関わる重要なキャラだと推測している人物なのだ。


 次に何故この2名がライザヘルト侯爵様の視察に同行するのかだが、これについては8歳の誕生日を迎えられた2人がレベルを上げのために出現する魔獣のレベルが比較的低いブルーロック村近辺への同行を申し出たためだと言う。

 この申し出に、ライザヘルト侯爵様は長らくエルム領と王都で離れて暮らさざる得なかった一人娘と久し振りに一緒にいられると言う事で二つ返事でOKを出したらしい。


 そして最後にライザヘルト侯爵様の指令についてだが、これは単純に『娘達に例の少女の存在を悟らせるな』と言ったものだ。

 なんでも、教皇様が危惧されていたようにユリアーナ様はその優秀な頭脳と次期王妃としての人脈を通じて伏せられているはずの私に関する情報をほぼ間違い無く掴んでいるとの事らしいのだ。

 更に、ユリアーナ様は9月の8歳になる誕生日を迎えた日、祝福の儀を同席するために顔を合わせたライザヘルト侯爵様に『もしもそのような少女が我が領地内にいるのであれば、安全を確保するためにもエルム家で保護すべきではないのか』と言った提案をしてきたのだと言う。

 勿論、ライザヘルト侯爵様は侯爵家としてかなりの地位にいるのに加え、次期王妃を娘に持つと言う王国内でもかなりの発言力を有する自身が私を保護することで生じる余計な騒動を危惧し、『そんな人物の報告は上がっていない』と提案を拒否したらしいが。

 その後はユリアーナ様が再びライザヘルト侯爵様に同じ提案を行うことは無かったものの、11月の半ばに突然『来月8歳の誕生日を迎えられるジルラント第2王子とは同じ歳と言う事もあり、今後も共に戦う機会が多くなる。よって、今の内から連携の取れた戦い方を学ぶためにも我がエルム領のブルーロック村近辺で魔獣狩りを行いたい』との申し出があったのだと言う。

 勿論、この提案に即了承したライザヘルト侯爵様と違い最初は難色を示す貴族や教会関係者も少なからず存在したが、第2王子もこの提案に乗り気である事から却下するもっともらしい理由も用意出来ず、流石に第2王子が8歳の誕生日を迎える12月3日から直ぐでなく、それからある程度の期間の空いた15日前後で日程を調整する方針で話しが決まってしまったのだ。

 そして、12月末には王都で年末年始に行われる祭事などもある事から、ライザヘルト侯爵様の領地視察に1週間ほど同行する形でレベル上げを行うことになり、その始まりとなるブルーロック村は低レベルでの経験を積むのに適した環境であると言うことから2日間の滞在が決定したというわけだ。

 だが、計画が煮詰まるにつれてライザヘルト侯爵様は『もしかして、娘は噂の白銀の髪を持つ少女がブルーロック村にいることを知っているのではないか』と言った疑念が大きくなり、今回の提案も私を探し出すために計画されたものである可能性を考え始めたのだという。

 そして、何故かユリアーナ様はブルーロック村周辺での魔獣狩りにクロード神父が同行することを要望しているらしく(現在、クロード神父の守護者としての階位は4位階まで上がっているらしく、それほどの実力者が警護に就けば第2王子に危険が及ぶ心配も無いと言う主張らしい)、あまりにも私の情報に近付き過ぎている現状を危険視したライザヘルト侯爵様が現状では絶対に娘と私を引き合わせる訳にはいかないと判断を下したことが指令が発せられた原因なのだとか。


 まあ、私としても十分にレベルも魔法熟練度もスキルも上がりきっていない状態でラスボス候補と対面するのは何が起こるか怖くて是非とも避けたいので賛成なのだが、当然ながらクロード神父はどう言った対応を取るかで頭を悩ませる事になる。

 現在、8ヶ月経ってもガブリエルさんの後任が決まらず私の面倒はクロード神父1人で見ており、他の村民も相変わらず私を恐れているのでユリアーナ様達に見つからないよう私を匿ってくれる人は誰もいない。

 それに、私が今まで村の外に出たのはクロード神父同行の下レベル上げのために魔獣が発生する森や山など向かったくらいなので1人でガブリエルさんが赴任した村まで向かうことも難しい。(もっとも、ガブリエルさんが赴任した村は王国の南端くらいにあって、王国の東端にあるブルーロック村から向かうには魔動車と飛空艇を使わないと無理なのでどちらにせよ私1人では行けないが。)

 かと言って、近隣の村に私1人が宿を取って隠れる案もユリアーナ様達はブルーロック村以外にもレベル上げや視察で立ち寄るので最悪鉢合わせる危険性が排除出来ないのに加え、私を狙う過激派がクロード神父の監視から外れた私を発見した場合何をしてくるか予想が付かないので結局採用を見送ることになった。


 こうして様々な案が1日掛かりで検討された結果、採用されたのが『低レベルでは絶対に近寄らないティターン大森林の奥地、精霊の泉付近に隠れる』といった案だった。

 その際、『どうせ止めても聞かないから好きにレベルを上げても良い。ただし、アイリスのステータスでは絶対に勝てないような魔獣が出現する地点もあるのでそこにだけは近寄るな』と、クロード神父から判明しているティターン大森林の危険箇所マップ(ティターン大森林の最奥はかなりの危険地帯で、未だ人類未到の地となっている場所もある程奥に進むと高レベルの魔獣が出現する)を渡され、注意すべき魔獣や強力な個体が多い野生生物タイプの魔獣についても徹底して覚えさせられた。

 まあ、野生生物タイプの魔獣は魔石タイプの魔獣と違ってこちらから攻撃を仕掛けたり縄張りを侵したりしなければそれほど危険は無いらしいので、基本食料として狩る以外で相手をしない方が良いともアドバイスをもらったのだが。


「さて、これで良しっと!」


 これまでの経緯を振り返りながら錬成を続けていた私は、ようやく思い描いた通りのログハウスが完成した事で軽く声を出して思考を現在へと引き戻す。

 完成したログハウスは素人作ではあるもののスキルで錬成したものなのでかなりしっかりとした造になっている。

 流石に上下水道まで整備は出来ないので水洗トイレやお風呂までは用意出来ないが、それでも簡易式ではあっても清潔なトイレを準備は出来ているし、お風呂についても『収納空間アイテムボックス』で持ち込んだ鉄くずと先程切り出した木材、周辺の土を使って簡易的な五右衛門風呂を錬成したので2日くらいならどうにかなるだろう。

 それに、水は精霊の泉から飲用にも使える綺麗な物が直ぐに調達出来るし、火を起こすための魔道具もクロード神父が2日分には多少多いくらいの食料と一緒に持たせてくれたので問題無い。


「さあ、これで生活に必要な環境整備は終わったし、これから2日間今まで我慢してた分まで目一杯レベル上げに勤しむぞーー!!」


 拳を振り上げ気合いを入れながら、はやる気持ちを抑えつつ私はクロード神父から授かった『レベル上げマップ』を片手に森の奥へと進んでいくのだった。

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