第12話 緊張のトップ面談その1

 午前中の課題を難無く終わらせ、午後からやって来るという教皇様をお迎えするために一応再度面会場所となる礼拝堂の大まかな掃除を行い、早めの昼食を済ませてそれなりにしっかりと身なりを整えたところで丁度来客を知らせるベルが鳴る。


「さて、何度も言ったがくれぐれも失礼の無いように頼むぞ」


 最後の念押しを行うクロード神父に肯きを返すと、彼は一度心を落ち着けるように深呼吸をして私と共に玄関へと向かった。

 そして、ドアを開けて外で待っていた豪華な衣装に身を包んだ男性(事前にクロード神父から聞いている話しによれば、この人は枢機卿のお一人で教皇様では無いらしい)と2,3会話を交わし、その後に宿所の隣にある礼拝堂へと向かった。


(はぁ、少し緊張してきた。教皇様ってこの王国で2番目に高いレベルを持ってる人って話しだし、見るからにアレな厳つい顔付き人が出て来たら上手く話せるか自信ないなぁ)


 不安から段々と足取りが重くなるが、それでも相手が私に合いに来ている以上逃げ出すことも出来ないので渋々クロード神父の後について礼拝堂へと向かう。

 そうして迎えに来た枢機卿、クロード神父、私の並びで会話も無くしばらく歩き、やがて礼拝堂の入り口へと辿り着く。


 既に教皇様は礼拝堂の中にいるのだろう。

 入り口の扉を守るように立っていた二人の男性(どちらもクロード神父と同じキャソックを着ていたが、若干装飾などが異なっている気がするので特別な役職の人達なのだろう)は私達が扉の前に辿り着くと、芝居がかった恭しい仕草で扉を開く。

 そして開かれた扉の先、礼拝堂の最奥にある祭壇の前には一段と豪華な祭服に身を包んだ人物が片膝を付いて正面の女神像に祈りを捧げているのを確認出来た。


(あの人が教皇様? うーん、しゃがんでるし向こう側を向いてるからどんな年齢とか人相とか全然分かんないなぁ)


 そんな事を考えていると、ここまで先導していた枢機卿がクロード神父と私に「それではお二人とも、このままお進み下さい」と先に進むように促してくる。


(あれ? この人も中で一緒に話しをするわけじゃ無いんだ)


 アルテミス教会で2番目に偉い役職の人がわざわざ案内役だけで終わるなど思っておらず、てっきり最後まで一緒にいるのかと思っていた私は少し驚くが、特に何も言わずにクロード神父がさっさと歩き出したので直ぐに頭に浮かんだ疑問をかき消して慌てて先へと歩みを進める。

 そして、私とクロード神父がある程度の距離まで近付いたところで教皇様は立ち上がり、クルリとこちらを振り返えった。


 教皇様と初めて対面した印象としては、『只者では無いオーラを感じるお爺さん』と言った印象だった。

 身長は170中盤くらいで強い光魔力の適性を示す腰まで伸びた金色の髪。

 顔中に深く刻まれた皺から相当な年齢である事が窺えるが、ただ立っているだけなのにやたら貫禄があり、相当腕が立つであろう事を感じ取れた。

 そして、常に目を細めて笑みを浮かべたような表情を崩さないおかげで『穏やか』とか『優しそう』と言った印象も受けるが、同時に『こう言った一見優しそうで穏やかな糸目キャラって敵だったりする場合が多いんだよね』と言った余計な思考も浮かんでしまう。


「本日はご多忙の折にもかかわらず、わざわざこのような辺鄙な場所へお越し頂き誠にありがとうございます」


 クロード神父がそう告げながら片膝を付き、教皇様へ向かって深々と頭を下げたので私も慌ててそれを真似る。


「ああ、そんなに畏まらないで下さい。今回の訪問は私が是非に、と提案したものですので、そう畏まられるとこちらとしても無理を言った手前申し訳なくなってしまいます」


 笑顔を崩さないまま少し困ったように告げる教皇様はとても気さくな印象を受け、これならば(人見知りの影響でそこまでスムーズなコミュニケーションは難しいだろうが)ある程度普通に話せそうだなと安心する。

 だが、クロード神父は逆に自分が所属する組織のトップと接する以上相応の礼節を重んじる必要があるため、「そう言われましても、こちらとしては最大限の敬意を持って接しないわけにはいきません」と頭を上げることは無かった。


「まあ、良いでしょう。しかしこのままではまともに会話も難しいので、そろそろ顔を上げてもらえませんか?」


 教皇様のその言葉の後、クロード神父が「はい、分かりました」と立ち上がる気配を感じたので私も同じように立ち上がる。


「それでは先ず、アイリスさんの祝福の儀を行いましょうか」


 そう告げると同時、真っ直ぐ伸ばした教皇様の右手に光が集束したかと思えば豪華な装飾を施された1本の杖がその右手に握られていた。

 恐らく何らかの魔法(もしくは『収納空間アイテムボックス』のようなスキル)で取り出したか作り出したかしたのだろうが、どれだけ頑張ってもなかなか格好いい武器の出し方を習得出来ない私としては是非ともコツを教えてほしいものだ。

 だが、当然ながら私がそんな事をいきなり初対面の人にグイグイ聞き出すことも出来るはずが無いので、そのまま黙って成り行きを見守るしか無い。


「さあ、ではアイリスさん、こちらへ」


 空いた左手で近くに来るよう促されたので、私は促されるままに教皇様の直ぐ1m前くらいまで近付き前日クロード神父から教えられていたように片膝を付いて祈るように手を組み、そのまま視線を少し下げる。

 そして、それと同時にクロード神父が数歩後ろに下がり、動きを止めたところで教皇様は高々と杖を掲げると歌うように呪文のようなものを詠唱し始める。


 直後、私の周りを光の球が飛び交い幻想的な光景が生み出されて行った。


(わぁ、すっごい綺麗!)


 そうやって最初は興奮と感動を覚えた私だったが、その風景が3分ほど続いたところで若干飽きだし、5分を過ぎた頃には『まだ終わらないのかな?』とソワソワしだし、最後のほう(大体始まって10分くらい)はうつらうつらと眠りかけていた。


「さて、これで祝福の儀は終了です。やはり、この儀式はまだ年端もいかぬ子供には長すぎますし少々退屈なのでしょうね」


 その教皇様の言葉で私は一気に目が覚め、そのまま勢い良く立ち上がりながら「そんな事をありません! あの、ありがとうございました!」と勢い良く頭を下げた。

 その際、後ろからクロード神父の『なにやってんだ』と言いたげな視線を感じた気がする。


「どういたしまして。さて、それでは少しだけ私とアイリスさん、2人だけでお話をさせてもらっても構いませんか?」


 突然の教皇様の言葉に私は少し動揺したが、クロード神父の方は既に話しが通っていたのか教皇様に軽く頭を下げた後、そのまま礼拝堂の外へと出て行ってしまった。


(え!? ちょっと待って! いきなりこんな偉い人と二人っきり!? こんなの聞いてない!!)


 心の中でクロード神父に抗議の声を上げるが、そんな私の内心など知るわけが無い教皇様は穏やかな口調に少し真剣な色合いを滲ませながら語り掛ける。


「突然のことで不安でしょうが、これからお話しすることは例えアイリスさんの親代わりをしているクロードくんにもお聞かせすることが出来ない内容ですので許してください。さて、話を始める前に先ずクロードくんから上がっている報告が正しいのかどうか確認するため、アイリスさんのステータスを見せてもらっても良いですか?」


 何となく『クロード神父にも聞かせることのが出来ない話』と言うのに不安を感じながらも、教皇様の問い掛けに肯きを持って返事を返す。

 すると、教皇様は「ありがとうございます」とお礼を告げた後でこちらへ右手をかざし詠唱どころか魔法名さえ省略して魔法を発動した。


(魔法やスキルを発動する時って、私だとその名称を告げないと発動出来ないけど高レベル帯になるとそれすらも省略できるのかな? それとも何かコツがあるのかなぁ。……それにしても、圧倒的高レベルの相手からステータスを見られてるせいかなぁ。何時もより何となく落ち着かない気がする……。うーん、知らない人と二人っきりで緊張してるのもあるかも)


 そんな事を考えていると、やがて確認が終わったのか教皇様は「ふむ、なるほど」と声を上げて右手を下ろした。

 因みに、最初にクロード神父が使った時私に見えるように情報を表示していたのでそれがしばらくの間それが当たり前だと思っていたのだが、解析魔法や解析技巧で他人のステータスを確認する場合や自分のステータスを自分で確認する場合、やろうと思えば普段視界の端に映る体力ゲージなどと同じように自分の視界上にだけ投影できるらしい。

 だが、その場合はタップやスワイプのような肉体的動作で無く、頭の中で特定のコマンドを送ることで操作を行う必要がるので私は戦闘中以外は外部出力方式でステータスの閲覧を行うことが多いのだ。


「クロードくんの報告を疑っていたわけでは無いのですが、やはり自身の目で確認してこれが現実だと認識すると少なからず動揺を覚えてしまいますね。いやいや失礼しました。それでは何から話しましょうか……。そうですね、先ずは約8年後にアイリスさんが入学する事になるゴルドラント高等学院についてお話しさせていただきましょうか」


 そうして私とアルテミス教会トップの教皇様との2者面談が始まるのだった。

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