第11話 誕生日の朝

 新暦1830年8月8日、私はとうとう8歳の誕生日を迎えてレベル上げが解禁されようとしていた。

 前日から待ちに待った瞬間が訪れることにドキドキし過ぎたのか、その日の朝はいつも以上に早く目が覚めてしまい、日課の朝練(走り込みや素振り)を終わらせて簡単な朝食の準備を済ませると明け方から村周辺の見回りに出て行ったクロード神父の帰りをソワソワしながら待っていた。


 私が転生してきたあの日から、私は元々住んでいたと言う孤児院には戻らずにクロード神父と2人で教会の近くに建設されている宿所で生活を行っている。

 正確には今年の3月までガブリエルさんも一緒に住んでいたのだが、去年二十歳の誕生日を迎えると同時に受けた試験で昇進したらしく、4月からは前任者が高齢で引退した別の村の担当を任された事でこのブルーロック村を去っていた。

 そして、本来ならガブリエルさんと入れ替わりで新たな人員が配属される予定となっていたらしいのだが、この村に派遣予定だった貴族出身の新人さんが家庭の事情で実家に戻らなければならなくなり、しばらくはこのブルーロック村の担当はクロード神父1人で行うことになったらしい。


 余談だが、この世界の聖職者、つまりはアルテミス教会(通称『教会』)の主な仕事は騎士団の常駐が難しい地方の小規模集落を魔獣の脅威から守る事である。

 他にも求めに応じて薬を調合したり、村民の要望でお使いや護衛などを請け負うこともあり、よく漫画やゲームで出て来る『ギルド』に近い仕事を受け持っているのが教会だと思ってもらっても良いだろう。

 そして、人口が多い都市部に近い集落では仕事量も膨大になるためそこそこの人員が配置されているのだが、ブルーロック村のように辺境にある小さな集落には大抵1人か2人程度の人員しか配属されないのだ。

 そのため、そのような集落に配属される人員は有事の際、周辺から応援が来るまで少数での対応を迫られるため、そこそこの実力者が割り当てられる事が多い。

 因みに、教会の序列としてはトップに『教皇』、次に6人の『枢機卿』、128人の『守護者』、1万人程度の『聖騎士』、10万以上の『信徒』と言った形になっており、活動の実績や定期的に実施される試験によって序列が決定される。

 当然ながら教皇や枢機卿に選ばれる者は相応の人格者である必要があるが、この序列はほぼそのまま教会内でのレベル順のような形になっており、128人の守護者についてはその強さを『階位』で現し、その数値が少ないほど上位の実力者である証なのだ。

 つまり、私が転生してきた初日に『守護者第6位階』と名乗ったクロード神父は実はとんでもない実力者であったのだ。


(現在、王国で一番強いのは騎士団長様の682レベルで、次が教皇様の600レベル台って話だから、もしかして500レベルとか行ってたりするのかも。だって、神道『三日月』装備の本気モードでやっても全然勝負にならないもんなぁ)


 先日の模擬戦で『分身体と一緒に魔力が尽きるまで高火力魔法を遠距離から打ちまくる作戦』を一瞬で破られたのを思い出しながそんな事を考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえたので私は急いで玄関へと向かう。

 そして、想像通りクロード神父の姿を見つけた事で私は「お帰りなさい」と声を掛けた。


「ん? おお、ただいま。わざわざ玄関まで出迎えなんて珍しい……いや、そう言う事か」


 ソワソワとした私の態度で悟ったのか、クロード神父は『ハァ』と軽くため息をつきながら玄関近くに設置されている武器置き場に持っていた槍を立て掛け、呆れたような表情を浮かべながら再度口を開く。


「昨日も言ったが、8歳から魔獣討伐が許可されるって言っても同行者がいないと、つまりは俺と一緒じゃ無きゃダメだからな」


「わ、分かってるよ! そして今日は午前中に座学、午後から来客があるからダメなんでしょ!」


「まあ、分かってるんなら良いが……また前みたいに分身体を影武者にして逃げ出そうとするなよ」


「し、しないよ! ……でも、分身体に手伝って貰って早めに課題を済ませたら少しだけ時間を取れたり――」


「しないからな。そもそも、何度も説明した通り今日の午後から教皇様がお忙しい中にわざわざ時間を作ってここをお尋ねになるのはお前に会うためだからな。決して失礼の無いようにしろよ」


「うう、分かってるよぉ」


 そんな会話を交わしながら、私とクロード神父は並んで朝食を用意しているリビングへと向かう。

 この約3年、私はだいぶ普通にクロード神父と会話を交わすことが出来るようになっていた。

 正直、クロード神父に対する私の感覚としては前世の兄に対する接し方に近い身内のような感覚かも知れない。

 まあ、これまでほぼクロード神父(と今は遠くの村へ行ってしまったガブリエルさん)と一緒にいたので当然と言えば当然なのだが、私はこの異世界に転生して以降この2人以外とまともに会話を交わした覚えが無い。

 その要因の1つとして、私の生来の人見知りが関係している事を否定はしないが、当然それだけが理由と言う訳では無い。

 端的に言ってしまえば、私は村民ほぼ全員から避けられているのだ。


 私が最初にその事に気付いたのは、転生から2週間後に転生前のアイリスちゃんが生活していた孤児院を訪れた時だ。

 『治療とその後の経過を見るためにこの宿舎でしばらく生活してもらったが、そろそろ大丈夫だろうから一度孤児院へ顔を出してみるか?』と言うクロード神父の発言により突然孤児院へ戻る事になったのだが、なんとそこで孤児院側から以前のように孤児院で預かる事を拒否されたのだ。

 理由としては私の同年代では有り得無いほど、と言うか一般的な魔力が低い大人でさえ敵わないような高いステータスを上げ、『大人でも押さえることが出来ない程強大な力を持った彼女が問題を起こした場合、私どもの手に余るので考慮して欲しい』との事だった。

 その時は『まあ、確かにそう言う反応になるのも仕方ないのかな』程度にしか感じなかったのに加え、同年代(精神年齢で言えば圧倒的に下)の子供達と一緒に生活する自信も無かったので身柄の引き受けを申し出たクロード神父の提案を喜んで承諾した。

 だが、後で知った事実によるとこの時断られた理由は私のステータスばかりが原因でも無かったのだという。


 端的に言ってしまえば未知の力を持った私を皆が恐れていたのだ。


 なんでも、この未知の力は『災いの前兆ではないか』といった噂が村中に広がっていたようで、私の事を『呪われた子』と影で呼ぶものもいたのだという。

 それに、最初に森の入り口でボロボロの私が発見された時、生きているのが不思議なぐらい重傷を負っていたことから『本当のアイリスは死んでおり、あれはアイリスの死体に憑依した悪魔が操っているのではないか』とさえ言われていたらしい。

 そんな事を全く知らない私はクロード神父やガブリエルさんとの模擬戦でバンバン強力な魔法を打ちまくり、スキルでこれでもかと言うほど分身を繰り返していたので、気付いた時には『呪われた子』では無く『化物』と呼ばれるようになっていた。

 しかも、最初のレベル上げがマズかったのか121.4cmと同年代の同性の中では小柄な方であるため、『やはり3年前に彼女は死んで悪魔の依り代となったのだ』と言う噂が今も絶えず、時々クロード神父に『早い内に手を打った方が良いのではないか』と言った相談が舞い込み、それをクロード神父が根気強く説得して誤解を解くと言う状況になっているらしい。

 因みに、そう言った状況であるから私は同年代の子供達と一緒に基礎学部(前世で言う小・中学校に当たる王国内で運営される教育機関)に通うことが出来ず、毎週基礎学部から発行される課題をクロード神父の講義を受けながら熟す事で授業免除の措置を受けているのだ。


「そう言えば、なんで教皇様は私にわざわざ会いに来るんだっけ?」


 朝食を取りながら私がそう尋ねると、クロード神父は「ほんとお前は忘れっぽいよな」と呆れ顔を浮かべながらも答えを返してくれる。


「そもそも、8歳から魔獣狩りを許可されるに当たって今後の無事と健康を女神に祈るために教会で祝福を受けるのが通例となってるわけだが、それをわざわざ教皇様自らが買って出たんだよ。まあ、恐らくは色々と複雑な立場になるだろうお前のことを心配して直接様子を見たいと考えておられるんだろうがな」


「ふーん、そうなんだ。でも、王都からここまで魔動力車でも2時間くらい掛るんだよね? 普通わざわざそれだけのために来るものなの?」


「それだけお前が特別な立場にいる、って事だからしっかりと自覚するように。それに、教皇様の移動手段は基本飛空艇だからここまで1時間も掛らねえさ」


 クロード神父の言葉に「なるほど」と肯きを返しながら、私はこの世界の技術レベルについて思考を向ける。

 最初、この世界は剣や魔法の世界で文明レベルも中世程度かと思っていたが実は相当文明レベルが発達していることが判明した。

 上下水道や道路の舗装もきちんと行われ、魔力を動力に動く自動車や列車、それに魔力で空を進む船などもあり交通の便で言えば現代日本とさほど遜色ないレベルで発達しているように思う。

 それに、テレビやラジオ、電話などの情報伝達の手段も普通にあるので、現代日本にあってこの世界に無いのはスマホやインターネットぐらいではないだろうか。

 それに、銃火器も普通に存在するものの、普通に火薬で撃ち出すタイプでは魔力付与の無い弾丸を撃ち出すだけで魔力に守られた人体や魔獣の肉体を貫通することが出来ず、魔力を込めて魔弾を撃ち出すタイプは消費魔力を考えれば普通に魔法を打った方が効率が良いのであまり人気が無い。

 強いて言えば魔石を媒介に自分の適性属性以外の魔弾を撃ち出せる利点もあるが、その場合は魔力消費が桁外れに増大するので連射が出来なくなってしまう。

 そのため、直接矢に手を触れて打ち出す時に魔力を付与できる弓矢の方が威力が出ると言った前世とは全く違う状況になっているようだ。


「さて、それじゃあいつも通り8時半から始めるからな。最初は前回半端に終わった歴史から始めるから、講義を始める前に前回やった新暦以前の話についてもう一度目を通しておけよ」


 食事を終えたクロード神父が告げた言葉で思考が中断され、私は「はーい」と気のない返事を返しながら手早く朝食を済ませていく。


 今日は確かに特別な日ではあるが、この世界ではあまり誕生日を祝うと言う風習が無いので当然のように当たり前の日常が過ぎて行く。

 だから、私も年相応の8歳児として日々の義務を粛々と熟さなければならないのだった。

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