第8話 自分の意思はきちんと伝えよう

「さて、それじゃあ気は乗らないけど先に進みますか」


 軽く溜息をつきながらそう自身に言い聞かせるように呟くと、私は部屋の奥に設置された入り口に勝るとも劣らない豪奢な装飾が施された扉に目を向ける。


(まさか、さっきのが中ボスでこの先に真のボスが、なんて事は……あっ、結構そう言うゲームって多いかも?)


 軽く頭を振って不吉な思考を振り払い、もはや『なるようになれ!』と言う半ば自暴自棄な思考で私は扉へと近付いていく。

 そして、私が扉の目の前に到着するタイミングを見計らったかのように扉は開き、その先には紅い絨毯に絢爛豪華な装飾で彩られた通路が奥へと続いており、300m程行った先に再び大きな扉がそびえ立っているのが確認出来た。


(なんでこんな無駄に長いんだろう……。普通に、2,3mくらいの長さでも良いじゃん)


 心の中でそう愚痴りながらも、私はさっさと次の扉へ向かおうと歩き出す。

 最初、『縮地』のスキルを上げて移動速度が上がっているのでそこまで時間が掛らないだろうと考えていたが、どうやら『縮地』で移動速度が上がるのは走った場合の最大速度であるらしく、しばらく歩いたところで子供の小さな歩幅ではかなりの時間が掛ることに気付いたので途中から走り出し、疲労度も上がらないので結局そのまま一気に全力で走り抜けることになった。

 結果、『今の私だったら陸上競技で世界記録を目指せるのでは?』と思うほどの速度が出せることと、【疲労無効】で息切れしないどころか一切の疲れを感じないことの恩恵を十分すぎるほど実感することが出来た。


(これ、俊敏力が向上すれば自動車いらずで何処へでも行けるんじゃないかな? だったら、いっそ何かが起こる前に何処か人気の無い場所に逃げ出せば……ダメだ、私1人で生活していく自信は無いし、もし私が将来魔王を倒さないと世界が滅ぶ設定だったらその時点でアウトだ。はあ、やっぱり何が起きても良いように強くならないとどうしようも無いってことかぁ)


 目の前の大扉が開くまでそんな思考で時間を潰し、扉が開ききったところで改めて警戒するように扉の先へと視線を向ける。

 だが、扉のあちらとこちらの境界を隔てるように光の膜が張られているせいで、扉の先にどのような風景が待っているのかは確認する事は出来なかった。


(とりあえず、出たとこ勝負って事だね。はぁ、ほんといきなり扉の先で戦闘だけは勘弁して欲しいなぁ)


 そんな事を考えながら、私は思い切って光の膜を潜る。

 そして、体を光に包まれながら『そう言えば、ボス戦の可能性が有るのならば魔力が完全回復するまで扉の前で待った方が良かったのでは?』と言う初歩的なミスに気付いて慌てて戻ろうとするも、どうやら私の体は光に包まれた直後に何処かに転送され始めたようで戻る事は出来なかった。


 数秒の浮遊感を味わった後、気付けば私は教会にある聖堂のような場所に辿り着いていた。

 そして、背後を振り返るとそこには出入り口となるはずの扉が付いていない壁が有るだけで、正面の100m程先にはステンドグラスから取り入れられた光で鮮やかに彩られた祭壇とそこに誰かが立っているのを確認出来た。


(あれがここのボスキャラ? 近付いてみないとどんな相手なのかはっきりと分からないけど……こう言うのって、大体先に会話があっていきなり襲って来たりしないはず、だよね)


 若干ビビりながらも私は慎重に正面の祭壇で待つ人物へと近付いていく。

 そして、ある程度近付いたところでそれが豪華な衣装に身を包む2m程の大男で有る事、顔に刻まれた皺からかなりの年齢にも見えるが覇気のある顔付きから壮年だと言われても納得出来るほどの風貌である事、そしてその短く切りそろえられた短髪が私と同じく白銀の輝きを放っていることを確認する事が出来た。


(この人も私と同じ『星』の魔力を持っているって事? それに、ここまで近付いても魔法を打ってきたりしないって事は戦闘は無い? それともやっぱり先に会話パートが入るパターン?)


 そんな事を考えながら歩みを進めていると、とうとう私はその謎の男と数メートル程の距離まで近付いた。

 するとそれまでまるで石像のように一切動きを見せずに静かな視線を私に向けていた男が突如として口を開いた。


「よくぞここまで辿り着いた。我が名はプロメテウス。古の盟約に従い、我が試練を乗り越えた其方に1つだけ望む力を授けよう」


 その声は、別に大声と言う訳でも無いのに何故か体の奥まで響くような重圧を感じ、その人物が只者では無いことを感じさせた。

 そしてもう一つ、何故か私はその『プロメテウス』と言う名前に聞き覚えがあるような気がした。


(何処で聞いたんだっけ? 確か、この世界で崇拝されてる女神がアルテミスでやってたいくつかのゲームでも良く名前が出て来たくらい有名な神様だったよね。だったらこのプロメテウスって名前も神様の名前?)


 しばらくそう思考を巡らせ、私は古い記憶の中にその答えを見付ける。


(あっ! 確か私が小学生の時、遊んでて破いちゃったせいでお兄ちゃんから凄く怒られたカード! あのドラゴンの名前ってプロメテウスじゃなかったっけ! 確かそうだ! じゃあ、この人もしかして人の姿をしたドラゴンだったりするのかな)


 実際はそのドラゴンのカードは『プロメテウス』では無いのだが、記憶力の弱い私がその間違いに気付くことはこの先無いだろう。


(うーん、でもこの男の人がドラゴンだったら、本来『星』属性はドラゴン由来の力だったり? それとも、ドラゴンだけじゃ無くて幻獣だったりそう言った部類の存在が持ってる力で、今後のストーリーもそこら辺が関係するとか?)


 そんな思考を続けていたせいでしばらく沈黙が続いてしまうが、それをどう解釈したのかプロメテウスさんは軽く咳払いをしながら再度口を開いた。


「ふむ、突然の事で理解が及ばぬか。無理も無い、いくら我らと同じ星の力を授かっていようとも、よもや其方のような幼子がこの試練を乗り越えてくるとは……。ふむ、その風貌……もしやアルテミスの?」


 突然意味の分からない質問をされ、混乱しながらも『これは重要そうな情報だからきちんと詳細を聞いておかないと!』と直感し、即座に口を開く。

 だが、ここでも私の『初対面の人とまともに会話出来ない』と言う悪い癖が出てしまう。


「えっと……、あの、そ…の……」


「しかし……ふむ。なれば……。まあ、よい。今の我にはどうすることも出来ぬ事故な。其方がどのような立場に置かれておるのか我には分からぬが、言えぬのであれば深く詮索はせんよ」


「うっ、いや…その……そうじゃ――」


「もうよい。して其方は試練の褒美に何を望む? よもや、我と戦うことを望むわけではあるまい?」


 何故ここでプロメテウスさんと戦うと言う選択肢が褒美になるのだろうか?

 もしかして、この人が実は世界を裏から操っているラスボスで、本来ラストダンジョン的なあの自分自身と戦うイベントの後にその褒美扱いで戦って倒さないといけなと言うようなストーリーなんだろうか?


「止めておけ。いくら我が仮初めの体として力が制限されているとは言え、将来は分からぬが今のお前では勝ち目は無い」


 そうプロメテウスさんが告げる直前、体の中を何かに覗かれるような不快な感覚を感じたので恐らくは解析魔法か解析技巧でステータスを見られたのだろう。


「まあ、口で言われても納得は出来ぬだろうから、特別に我が能力の一端を見せてやろう。さあ、我に解析技巧アナライズを使用してみよ」


 そう言われたので私は大人しく指示に従う。

 そして、知ることが出来たのは(能力情報)の一部だけでは有ったものの目の前の人物がどれだけ規格外の存在であるかを認識する事になる。


プロメテウス レベル3,452

(能力情報) 属性:星・?  疲労度:―  疲労補正:0%

 体力:128,600/128,600  魔力:56,000/56,000

 攻撃力:?(32,658)  魔法力:?(72,850)

 防御力:?(31,026)  俊敏力:?(41,658)

(装備)

 解析不能

(状態)

 解析不能


(えっ? ちょっと待って、桁が…桁が違いすぎる!? なに、このステータス! レベルってここまで上がるの!? それに攻撃力とか括弧書きされてるって事は素の状態でこの数値で、装備でもっと上がってるんだよね!? ムリ! 戦うとかこんなの絶対ムリだよ!!)


 心の中で全力のツッコミを入れながら、プロメテウスさんの「それで? 我と戦って勝利し、我が力を奪い取ってみるか?」との問い掛けに全力で首を横に振ることで否定の意思を示す。


「ふむ、では其方は我に何を望む?」


 いきなり『望みを言え』と言われても咄嗟には思い付かない。

 正直、今の私が考えつく望みなんて――


「あの……元いた場所に、帰るのは――」


「なに? ただの帰還を望むだと? 勘違いされては困るが、我は其方をこの空間に捕えるつもりなど無いぞ。其方の望みを叶えた後は入り口となる転移の洞窟まで送り届ける事は約束しよう」


 そう言われても、その『転移の洞窟』とやらに戻ったところで私には元いた家に帰る術が無いのだ。


「それじゃあ…あの、困るん…です」


 怪訝な表情を浮かべるプロメテウスさんに、私は真っ直ぐ目を向けられずに明後日の方向に視線を彷徨わせる。

 そして、その仕草をどう取ったのかプロメテウスさんはしばらく考えるような間を開け、「なるほど、そう言う事か」と呟いたかと思うと豪快な笑い声を上げたので思わず体をビクリと小さく震わせた後に慌ててプロメテウスさんへ視線を戻す。


「確かに、先程調べた限りではその器に『次元のディメンショナル支配者ドミネーター』のスキル適性は無かったな。だが、我が誓約による奇跡を行使すれば習得は可能であろうが……よもや、そこまで考えているとはな!」


 心底愉快そうにプロメテウスさんは語るが、当の本人である私には何の話しをされているのか全くと言っていいほど分からない。

 だが、私の性格的にはここでズバッと『いいえ、前提から何か大きな勘違いをされていませんか?』なんて言えるわけがない。


「良かろう! では始めるぞ」


 プロメテウスさんがそう告げた直後、突然辺りが若干薄暗くなる。

 そして突然私とプロメテウスさんの足下に光り輝く魔方陣のような物が浮かび上がったかと思えば、次の瞬間に凄まじい光を一瞬発してその輝きは消え失せた。

 直後、聞き慣れた謎の声が頭に響く。


『スキル【次元のディメンショナル支配者ドミネーター】を授与されました』


 その声と同時にスキルについての知識も頭に流れ込む。


【特殊】次元のディメンショナル支配者ドミネーター Lv.Ⅹ 時間・空間を支配する者の証。


 こうして、私は【特殊】スキルを転生11日目と言う異例の速さで手に入れる事になるのだった。

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