第10話・試練って聞いてないんですけどっ?! その2
流石に剣士逐敵の装いのまま会談、ということにはならず、アプロニアは鎧を脱いでいた。その下から現れたのは登城した時のままの、馬に乗ることを考慮に入れたいつもの仕事着であったから急いで鎧を着込んでいたのだろうけれど、それにしても似たような格好のアコルニアは特に武装もせず立ち回りをしていたことについて、特に何も考慮しなかったのだろうか。
「ま、アコルニアに石の剣を扱わせてみよう、って話だったから。何か感じたか?」
「え、感じたも何も……急な展開に付いていけなくって……母さま、どういうつもりだったの?父さまも知っていたの?」
「知っていた、というよりは俺の提案だったからな。アコルニア、お前が剣を受け継ぐことを乞うていたこと、それから呪言で剣を従えることに嫌悪を示していたこと。この二点を聞かされて、それならばお前に何が出来るのか見てみよう、と伝えたのだ」
一年に一回あるか無いかの家族揃って、さらに娘の長年の願いを聞き届ける、という場面なのだから、本来なら団欒という名に相応しい長閑さがあって然るべきなのだろう。
けれど、広くとられた王の私室、という部屋の真ん中に据えられた円卓を囲む親子は、娘はまだ泣き出しそうな顔、父は鷹揚にそれを宥め、母は少し扱いかねて困ってる、という図で平和とは言い難い様子だ。
そしてその会話の内容ときたら母親の持ち物である刃物を娘がねだって両親を困らせている……と、書けばまだ微笑ましさの微量成分も得られようが、その刃物といえばかつて世界を危機に陥れた魔王を倒した切り札……となると、娘のおねだりとしては度が過ぎているというものではあるまいか。
「だからアコルニア。あなたの覚悟を見極めてみようと、陛下が仰ったのです。もとはこの剣は陛下の腰に納まっていたもの。それを扱い意義と意味を陛下の前に示すのは当然でしょう?……………って、兄上なんで笑うんですか」
なので、今の所有者であるアプロニアがそう畏まって述べたのは当然のことだ。
だがえらそうに娘に説教しているアプロニアを見て、父王ヴルルスカは廷臣の前では決して見せないだろう愉快そうな笑い顔、それもどちらかといえばイタズラっぽいものを、口元を片手で覆いつつ肩をふるわせていたのだった。
「い、いや済まんな……いつもならそんな固い口調でわざとらしい説教などしないであろうものを、どうもこう、なんだ……昔のお転婆と無軌道っぷりを覚えていると、な……くっくっく……」
「え。母さま、いつも父さまとお話する時と一緒だと思うんだけれど……」
「そうではないよ、アコルニア。お前の母は昔から何かとやんちゃではあったからな。物言いも行動も破天荒極まり無い娘であったから、そちらの素を出して娘への説教もいつも通りすればいいものを、俺の前だからとまた妙な格好をつけるものだから、可笑しくて仕方がないのだ」
格好付ける?母が、父の前だと?
「じー」
「な、なんだアコルニア、急に睨んで。私は別にいつも通り……だろ?」
「……うーん、なんだか父さまの前だと母さまかっこつける、って話……アリかも、って思って」
「なあっ?!」
慌てて立ち上がる。卓の足に体が当たってガタリと調度品が鳴ったが、幸いまだ茶の支度はされていなかったから、脛を打って悶絶するアプロニア、以外に被害は無さそうだった。
「くく、そんなところを見るのも久しいな。アコルニア、面白そうだからその手の話、もう少ししてやろうか」
「陛下?それ以上アコルニアに余計なことを吹き込むようでしたら、私にも考えがありましてよ」
「ほう、面白い。純粋な剣技であればまだお前に引けを取らない自身はあるぞ?久しぶりに立ち会ってみるか?」
「ふふ」
王様なのにまた随分と子供っぽいやる気を見せるものだなあ、と呆れながら父を見たアコルニアだったが、母はそんな父を余裕たっぷりにいなして、こう言ったのだった。
「そうやって時々ムキになるところも可愛いですね、お兄ちゃん」
「……………」
「え?」
すると、今度は父の方が絶句していた。
皮肉っぽく、だが親しげに浮かべていた笑みは固まり、反対に卓の上に乗せられていた手の指は落ち着き無く上下している。
そんな父の様子は見たことが……無いことも実は無いのだけれど、少なくとも王となってからは覚えが無いような気がする。まあ、動揺したところを余人に見せることのないよう、普段から心がけているためでもあるのだろうけれど。
「む……その、なんだ。アプロニア……いや待て待て、そんな呼び方を許した覚えなどないぞ!」
「あら、そうでしょうか?私にとっては懐かしくも楽しい記憶と共にあるのですけれど」
「おい、そんな澄ました顔で誤魔化すな!」
そういえば母さまって最初は王家に養子に入ったから、父さまのことを「兄上」と呼んでいたんだっけ、と思い出しつつアコルニアは気付かれないよう、そっと席を外した。
父と母は、アコルニアの知るような当たり前の夫婦とも在り方は大分異なるようにあ気がする。一国の王とその側室、というのだから違って当たり前なのだろうけれど、そういった一般論ともややかけ離れていて、けれどアコルニアにとっては二人とも間違いなく愛情を注いでくれる、大切な両親。
「……でも、なんていうか……うーん」
静かに後ろ手で父の部屋の扉を閉じる。
王城の奥の家政庁の、更にその奥ということで、この一角の存在を知る者はほとんどいないから、廊下に出ても静かなものだ。
もちろん、王の身を守るために必要な護衛はいるが、それらは王とその家族の生活の安寧を妨げないように心配りされている。
ただ、その空気までを隠しきれるものでもないし、隠しておくべきものでもないから、部屋を出ると即座に監視と護衛の目に気がついて、独り言の洩れる口を閉ざすのだったが。
(……母さまも、なんだか父さまの前だとしゃちほこばるっていうか、構えてるみたいなところがあるし、父さまも母さまを大切にはしてくださっているんだけど、それだけじゃない……よね。母さまの方が強いから、かな?)
アコルニアは同年代に比べれば聡い方に入るが、そうであっても親のことなど子供っぽい推察しか出来ないという点で、年頃を近くする少年少女とも大して違いは無い。
けれど、父母が仲睦まじいことを喜ぶくらいの育ちの良さはあったから、あまり深刻なことに考えが至ることもなく、そしてあてもなくよく整備された石造りの廊下を歩むうちに、先ほど別れたルードとレシュリスの兄妹に出くわした。
「お姉さま!」
「アコ姉!」
先に気がついたのは二人の方で、腕組みをして首を捻っていたアコルニアは、声をかけられてようやくその存在に気がついた。
「二人ともお止めなさい。王家の方々の住まいなのですよ?」
そして、賑やかな双子をたしなめる母親も共にいた。
いつもながら歳の離れた姉とその弟妹にしか見えないなあ、と感心しながら、アコルニアは叱られて小走りの速度を緩めた二人のところに、こちらはのんびりとした調子で歩み寄った。
「父さまと母さまは仲良くけんかの最中ですから大丈夫ですよ、マリスさま」
そして、二人の子供の後からついてきたマリスに「お久しぶりです」と挨拶。先ほどは現れるなりアプロニアと口論して二人の子供を連れて行ったから、アコルニアとは改めて、という場面になる。
「はい、アコルニア様。また息子と娘がご迷惑をおかけしたようで」
「母さん…」
「お母さま、わたくしたちは別に…」
「お黙りなさい。少し目を離した隙にお二人の元に駆け付けたなどと、いくら親しく接して頂いているとはいえ、延臣の分限というものを弁えなさい。まったく……」
そこで口答えもせず、「はぁい……」とか「わかったよ……」とかごにょごにょ言っている双子にはいくらか言いたいこともあるのだろうけれど、お説教が長引くのも本意ではないのだろう、そういった繰り言は口の中に留めて首をすくめるだけにしてあるようだ。
アコルニアは、「あはは、まあわたし相手に臣下も何もないですし。わたしには二人とも仲の良い友達ですし、マリスさまも叱ってくれる近所のひと、ですから」と、マリスが恐縮がるようなことを言って、双子への助け船としておいた。
それよりも。
「……で、あのー、母さま戻って来るまでもう少し時間あると思うので、少しお話しません?わたし、聞きたいことがあるんです」
「アコルニア様が?わたくしに、ですか?」
「はい。お時間とらせませんから」
「いえ、アコルニア様のことですし構いませんよ。わたくし達も一緒にアプロニア様を待たせて頂きますわ」
どうにもこうにも、気になることがここ最近で噴出してきているアコルニアだった。
・・・・・
「……陛下とアプロニア様の馴れ初め、ですか?」
「はい。あのその、当たり前の話は聞いているんです。けれど、それ以上の……その、マリスさまは昔からずっと母と付き合いがあったと聞きます。ですので、当たり前以上のお話が聞けたらな、って思って」
家政庁の建物の中に一室を取れたのは、アコルニアの立場によるというよりマリスの手配による。そういった王宮での実務的なことが分かるはずもないのだから当然のことだが、そんな話とは別に、手配がアコルニアの求めによるもの、と告げると庁の職員や役人は皆顔をほころばして快く応じてくれる辺り、アコルニアの人気というものを改めて思わせるものなのだ。
そんなこともあって、通された部屋は普段であれば国賓を招いて饗応するような部屋で、しかも四人が中に入った時には既に完璧な茶の支度が用意されていたのだ。もっとも子供の三人組は「わあ、なんかすごいね」「ですわねっ!」……とか言って呑気に喜んでいたものだったが。
「……アコルニア様は何故そのようなことをお気になさるのです?ご両親がけんかなさる姿に何か不安でも覚えましたか?」
「いえ、そーいうわけでは。ただ……ええと、上手く言えないんですけれど、わたしの知らないところでわたしのことを知っているっていうか……夫婦になってからわたしが生まれたっていうより、わたしを間にして夫婦をしてるっていうか……えと、その母さまは陛下の側室なので、夫婦、なんて言っちゃったらもしかしてまずいかもなんですけど………」
貴賓室の片隅、お茶の道具を一時的に置いておくだけの卓を囲んでそんなやり取りをする。流石に人目を避けるためだけの目的に大手を振ってこんな部屋は使えません、という大人の判断でこうしたのだが。
「……そも側室というのも、陛下の意に添わない話でしたのでアコルニア様が気になさる必要はありませんわ」
「そうなんですか?母さま。わたくし、めおと、というものは好き合って一緒になるもの、と思っていたのですけれど」
「そりゃあ父さんと母さんだけを見てればそう思うだろうけどね」
「いちいち混ぜっ返すのではありません、二人とも」
そう言ってふくれるマリスではあったけれど、双子の両親の仲が「極めて」良好なのは周知の事実だ。
マリスの夫、レシュリスとルードの父はマイネルといってやはりアプロニアとは古馴染みだった。古馴染み、というより魔王討伐の戦いにおいて居並んで戦った仲でもある。
それが教会の「聖女」とも称されたマリスと結婚した経緯というのは散々聞かされた、というより惚気られたので双子もアコルニアも今さら深く突っ込みたいとは思わないのだけれど。
「……まったく。お父様が戻られたら叱って頂きますからね。親をからかった罪への報いとして」
「えええ……母さまのいけず!」
「大丈夫だよ、レシュ。どうせ父さん帰ってきたら母さんもふにゃふにゃになってそれどころじゃなくなるし」
「それもそうね」
そういうところを見せられていては、それはそんな感想にもなるだろう。
そんな雰囲気になってしまえば、アコルニアも真面目に自分の感じた違和感について重ねて問う気にもなれず、結局は旧交を温めるだけの場になってしばらくしてから、ようやくアプロニアが戻ってきた。
もっとも、戻って来たところで教会の重鎮を転がして楽しむ会の第二部が開催されることになっただけ、だったのだが。
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