第17話 嫌味なパーティー

「安地って、他の冒険者たちもいるのかと思ったけど誰もいないんだね」


 水色の光を放つ魔法石に四隅を囲まれた安地に到着した僕たちは、その空間の真ん中に集まった。そこは遺跡の一室のような場所だ。


「Eランクダンジョンじゃわざわざ安地に滞在する冒険者はそうそういないわよ。さっさと目的を達成して地上に戻っちゃうだろうし。ま、他の冒険者がいないのは都合がいいけどね」


 言いながらメリッサはせっせと服を脱ぎ始める。


「ちょっと待ってよメリッサ!? 何してんの??」


 すかさず突っ込む僕に対して、レイラーニは目を見開いて固まっている。


「何って、服を乾かす為にここに来たんでしょーが。脱がないと乾かせないでしょ?」


 何の躊躇いもなく、メリッサは僕の前で服を脱ぎ終え裸体を晒した。


「うわぁ!」


 初めて見る若い女性の裸。美人なエルフ、メリッサのナイスバディな裸。目のやり場に困り、僕は手で顔を覆う。……でも、指の隙間から少しだけメリッサの裸を見た。……ごめん。仕方ないんだ。僕も男の子だから。


「この変態! アントンがいるのにいきなり何してるんですか! 私のローブを着てください!」


「アントンは身内みたいなもんでしょ? レイは同じ女だし、他の冒険者もいない。ローブは要らないから早く火を点けてよ」


「駄目です絶対駄目! アントンの教育に悪いです! 身体を隠さないなら火は点けません!」


 自由奔放なメリッサに、顔を真っ赤にしたレイラーニは無理矢理自分が着ていたローブを押し付けた。


「まったく、うるさいリーダーね」


 渋々といった様子でメリッサはローブを受け取り、その妖艶な裸体に纏った。


「そもそも、何でメリッサさんは着替えとか荷物を持って来てないんですか? そんな身軽な格好で。遭難したらどうするんですか?? アントンもですよ!?」


「こんな低ランクダンジョンで遭難なんかしないわよ! 何日も滞在するところじゃないし、レイみたいに大荷物持ってくる方がおかしいわよ。それに全身に水浴びたんだから、着替え持ってても意味ないし。ねぇ、アントン?」


「う、うん……」


 レイラーニの言い分も、メリッサの言い分も正しい。現に僕はメリッサの言う通り、荷物になるからと、入口の小屋でリュックに入った着替えや寝具などの荷物は全て預けて来てしまった。

 ダンジョン熟練のメリッサの助言に従ったのは結果的に失敗だった。でも、ギルドの人も普通に荷物を預かってくれたから、ダンジョンには最低限の荷物だけでいいんだと思うだろう。


 だが、今回の件はいい教訓になった。これからは例え低ランクダンジョンでも、荷物はしっかりと持って行く事にしよう。


「さ、アントンこちらへ。服を脱いでください。全部ですよ? あの変態エルフさんの服と一緒に乾かしてあげますから」


 僕はレイラーニに急かされて、2人の女性に背を向け、大事なところを隠しながら服を脱いだ。もちろん、すっぽんぽんだ。しかし、すかさずレイラーニがリュックから毛布を取り出し貸してくれたので僕はそれを身に纏った。大事なところは見られていない筈だ。……たぶん。


 それから、レイラーニはその辺に落ちていた木箱の残骸を掻き集めて魔法で火を点けた。

 僕とメリッサの服は、僕が木箱の残骸で組んだ簡易な支柱に干されて火にあてられた。


 僕はメリッサの隣に座った。

 メリッサは両手を焚き火に翳し気持ち良さそうにしている。

 レイラーニは僕の向かいに三角帽子を脱いでちょこんと座った。


「レイ、何であたし達だけあんなに沢山の魔物が寄って来るんだと思う?」


 不意にメリッサが疑問を口にした。笑顔は消えていた。


「分かりません。魔物寄せのスキルなんて誰も持っていないですし」


「レイはあたし達の所に来るまでに魔物に襲われた?」


「いいえ。魔物は見掛けましたが、私には目もくれず、どこかへ向かっていたので追い掛けてみたら2人のもとに辿り着きました」


「なるほどね」


 レイラーニとメリッサは真剣な表情で話している。僕が話に割り込む余地はなさそうだ。


 すると、メリッサの長い耳がピクリと動いた。何か来たようだ。


「おやおや、こんな所に美女が2人も」


「あらあら、どうしたんですか? こんな低ランクダンジョンで休憩ですか? 焚き火までして」


 僕たちの背後から話し掛けて来たのは、4人の冒険者パーティーの男女だった。ギルドで何度か見た事のある顔だ。

 ピアスをつけてタトゥーを入れ、派手な服装をしているから自然と覚えていた。ただ、名前は知らない。全員が高そうな装備を身に付けている。


「水に落ちちゃってねー。服を乾かしてるのよ」


 顔だけ背後の冒険者たちに向け、適当な感じで答えるメリッサ。


「水? このダンジョンには水場なんてない筈だけど」


 そう言いながら、1人のリーダーっぽい紫色の髪の冒険者の男がメリッサの肩に手を置いて顔を覗き込んだ。

 メリッサは嫌そうに顔を背けたが、男は図々しくもそのまま隣に座り込んだ。


 その行動のせいで、メリッサの顔は途端に憎悪に満ち溢れた。


「何か御用ですか?」


 僕が声を掛けると男は僕を見てニヤリと笑った。


「んー、キミは確かつい最近やっとEランクに昇格したアントン君だよね? 俺はキミと同期のチェイス。Dランクだ。よろしく」


「え? 同期……?」


「そうよー、チェイスはキミと同じ時期に冒険者になったの。初心者研修も一緒だった筈よ? あ、ちなみに、私も同期。フローラよ。覚えてない?」


 僕の隣に腰を下ろした白髪の長い髪が綺麗な女の子は笑顔でそう言った。向かいに座っているレイラーニは無表情でこちらを見ている。


「ごめん、覚えてないや」


「そうだよなー、アントン君は1年もFランクやってたんだもんな。ダンジョンに来るのが初めてなくらいに遅れてるんだし、他の同期の事なんか覚えてないか」


 嫌味ったらしくチェイスは言うと、メリッサが大きな舌打ちをした。


「何だこの野郎、喧嘩売りに来たのかコラ、殺すぞ」


 メリッサは精一杯の殺意をチェイスへと向け、睨みを効かせる。


「怖いなぁ、やめてくださいよ、メリッサさん。俺たちはたまたま貴方たちを見掛けたから声掛けただけですよ。喧嘩なんてとんでもない。でもなぁ、勿体ないなぁと思いますよ。アントンに付き合ってこんなレベルの低いダンジョンに時間を使うなんて」


「余計なお世話よ。あたしもレイもあんたら下等な人間とは違って時間はたっぷりあるんだしね。用がないならさっさと消えなさいよ」


「下等な人間!? アントン君、キミの連れは人間を見下してるようだぞ? 一緒にいて大丈夫かな? いつか突然裏切られたりして」


 チェイスが笑うと、フローラも他の仲間の男2人も笑い出した。


「やめなさい」


 カツン、と杖で床の石を叩くとレイラーニは立ち上がった。


 チェイスたちは笑うのをやめてレイラーニへと視線をやる。


「さっさと消えないと、タダでは済みませんよ」


 レイラーニの瞳は赤く煌めいている。

 まさかとは思うが、また人間相手に『禁忌の瞳アルカナ・マーティー』を使うつもりではないだろうか……。


「それが『禁忌の瞳アルカナ・マーティー』。初めて見ましたよ。でも、そんなものまで出してタダでは済まないとは、一体どうするつもりですか?」


「やめといた方がいいですよー、レイラーニさーん」


 僕の隣でフローラが小馬鹿にしたように口の横に手を添えて言う。


「もう皆やめようよ。僕たちが争っても意味ないでしょ」


 僕の一言に、レイラーニの瞳はまたいつもの綺麗な碧色に戻った。

 メリッサもチェイスから顔を背け大人しくなった。


「おお、カッコイイね、アントン君だけ大人の対応だ。これ以上絡むのは俺たちがガキになっちまうな。行くぞ、お前たち」


 チェイスは透かしたように言って立ち上がった。


「じゃあね、アントン君。また会いましょう」


 フローラはニコリと微笑むと、立ち上がってチェイスたちと安地から出て行った。


「何しに来たのよ、アイツら。てか、ホント、人間てクズよね。冒険者やめて人間狩りでもしようかしら」


 はらわたの煮えくり返ったメリッサはチェイスたちが見えなくなるとまた酷い暴言を吐き始めた。


「メリッサさん」


「何?」


「何故彼らは、私やメリッサさんの名前を知っていたのでしょうか?」


「え? それは、同じギルドで見掛けたとかじゃないの? あたしって滅多にギルドには行かないけど、美人だから目立つのよね。レイだってあたし程じゃないけどその辺の人間の女よりはいいと思うし」


「『禁忌の瞳アルカナ・マーティー』の事も知っていました」


 レイラーニの真剣な眼差しに、メリッサも黙って腕を組んだ。


「ヴィンセント達が言ったんじゃないの? アイツらに禁忌の瞳アルカナ・マーティー見せてたし」


 僕が提示した可能性に、レイラーニは表情を変えずに答える。


「そもそも、ヴィンセントさん達が知っているのも不思議なのですけどね。禁忌の瞳アルカナ・マーティーの事は、アントンとメリッサさん、そしてダミアンさんにしか話していません。使用したのもヴィンセントさん達にアントンが初めて手を出された時だけ」


「うーん……そう考えると不思議だね。何か引っ掛かる……」


「おーい!」


 僕たちが神妙な面持ちで考えている所へ、大きなリュックを背負い斧を持ったドワーフが走って来た。


「ダミアン!」


 僕は立ち上がりダミアンを出迎えた。


「あら、早かったですね、ダミアンさん」


「『早かったですね』じゃないぞ! レイラーニ! お前ズルいだろ! 魔法で先に行っちまうなんて。まあ、アントンに移動速度を上げてもらってたからあっという間にここまで来れたけどな」


 結構な距離だったろうにそれ程疲れた様子はないし、きっと迷いもせずにここまで来たに違いない。流石はドワーフだ。


「それより、ここまで来る途中で少しだが鉱石を掘って集めといた。2、3万ゴールドはくだらないな……って、メリッサ!? 何でお前裸なんだ?? そんな趣味か!?」


 自慢げにリュックの中身を見せてくれたダミアンだったが、普段とは装いの違う3人の姿に気付いて困惑したように目を擦る。


「どうした? お前たち、その格好」


 だが、そんなダミアンの登場で、固くなっていたパーティーの雰囲気は少しだけ和んだのだった。

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