第16話 サブスクリプション:レベル2

「さて、この子どうしよっか」


 またしても魔力を使い果たして倒れているレイラーニを見下ろしながら、メリッサは呆れ顔で言った。

 通路に設置された松明の灯りが仄かに照らしているだけなので薄暗い。


「ここに置いていくわけにはいかないから、起きるまで待とう」


「起きるまで……って、こんなダンジョンのど真ん中で? ここじゃあまたすぐ魔物が湧くわよ?」


「サブスクでレイのステータスを見ると、魔力枯渇で力尽きてるみたいなんだよね。体力は満タンだし。だから魔力ポーション飲ませたらすぐ目を覚ますでしょ、イグロート湿原の時みたく」


 僕の提案にメリッサは納得いってなさそうな表情をする。


「それなんだけどさ、何で体力はあるのに魔力がなくなると倒れちゃうの? あたし達エルフでも魔法使える人はいるけど、魔力がなくなったからって倒れる人はいなかったわ」


「それは……分かんない。不思議だよね。何でだろ?」


「確かにレイのお陰でさっきは助かったけど……ちゃんと魔力の残量とか計算しながら戦ってもらわなきゃ困っちゃうのよね。倒れてからだとポーションの効きも遅いでしょ? ここがBランクダンジョンだったら、倒れた時点でこの子魔物にやられてたわよ」


 無計画なリーダーレイラーニに、メリッサは不満をぶつける。ただ、それを聞いているのはレイラーニではなく僕だ。

 ほとんど家族のような存在のレイラーニに対する厳しい意見は僕の心にもグサリと刺さる。


 だが、僕はレイラーニが倒れた本当の理由を知っている。計算もなしに魔法を使いまくったわけではない。


「メリッサ、レイが倒れたのはレイのせいじゃないんだよ」


「はぁ? どういう事よ?」


「サブスクリプションの効果が切れたんだ。前回僕がレイに魔力アップのバフを掛けたのがちょうど10日前のこのくらいの時間……まさか時間まで正確にカウントされてるとは思わなかった……僕が悪い、ごめん」


 俯いて僕が謝ると、メリッサはバツが悪そうに目を泳がせた。


「べ、別に、アントンは悪くないわよ、もういいわ。この話はおしまい。レイが起きるまであたしも待つわ。とりあえずポーション飲ませたら“安地”に移動しよう」


「“安地”?」


「“安全地帯”。ダンジョンには必ず魔物が入って来られない安全地帯があるのよ。ギルドが魔物避けの魔法石を置いてる場所ね。このEランクダンジョンには10ヶ所くらいあるわ」


「あー、そっか、思い出した。研修の時言ってたね」


「それはそうと、早くポーション飲ませてあげて。飲ませてから復活までしばらく時間掛かるんだから」


「いや、ポーションは使わない」


「え? じゃあ、どうするの?」


 僕は目の前に表示されたままだったサブスクリプションの画面を指でスクロールする。


「サブスクリプションを使うよ。魔力をまた1000ポイント上げれば1000ポイント分の魔力は回復する事になるから」


 そう言って、僕は倒れているレイラーニをサブスクリプションの画面上でタップし、魔力1000ポイントアップの項目をタップした。

 すると右下の所持金の項目872ゴールドから500ゴールドが引かれ、レイラーニの魔力ステータスがちょうど1000ポイント上がり回復した。やはり思った通り。前回同様に追加分は回復する仕様だ。

 ただ、僕の残金は372ゴールド。このダンジョンで稼いで帰らなければ宿代も払えない……。


「ん……あれ……? 私……」


 回復して10秒も経たないうちに、倒れていたレイラーニは目を覚ました。

 サブスクリプション、物凄く有能なスキルかもしれない。


「レイ、大丈夫? ごめんね、サブスクで掛けた魔力上昇のバフが切れたんだ」


 起き上がったレイラーニの身体を支えるように、僕は手を添えた。


「あ、そうだったのですね。なら納得です。アントンに上げてもらっていた魔力の中で使える魔法を選んで使ったのですから、魔力が尽きる筈はありませんでした。それより、お二人ともご無事で何よりです」


「ううん、レイが来てくれなかったら、僕たちちょっとだけ危なかったよ。ありがとう」


「来てくれなくてもあたしで何とか出来たけどね。ま、お礼は言っとくわ、ありがとね」


 素直じゃないメリッサの言葉に、レイラーニはコクリと頷いた。

 そして、レイラーニは呪文を唱え、杖の先端の魔法石に灯りを灯した。すぐに周囲がパァッと明るくなる。同時にレイラーニのステータスの『魔力』から20ポイント減った。つまり魔力消費は20。かなり省エネな魔法だ。

 サブスクリプションの画面を開いていれば仲間のステータスを視覚的に管理出来るというのは中々便利な機能だ。視界が遮られる難点に目を瞑れば、だが。


「それで、アントンさー、サブスクリプションのレベル上がったんでしょ? どんな特典があるの? 服を乾かすやつとかない? もう寒くて限界なのよね」


 メリッサは震えながら言った。だが、都合良くそんな特典がある筈もない。メリッサが震えてるのを見ると、同じくびしょ濡れの僕も堪らなく寒くなってきた。


「服を乾かす特典なんてないよ。増えたのは今までの単純なステータスアップ系じゃないみたいだ。『経験値獲得率1.2倍』『ゴールド獲得率1.2倍』『ダンジョン内宝箱生成速度1.2倍』『魔物避け』『魔物寄せ』。今言った5つの特典が10日間有効になる」


 その分金額も上がるのだが、そこまでは言う必要はない。お金が掛かる事はまだパーティーの皆には言っていないのだから。

 ちなみに、追加で使えるようになったものは一律1000ゴールド。とても払える金額ではない。


「へぇ〜、面白そうなのが増えたのね。じゃあ一旦皆に『経験値獲得率1.2倍』と『ゴールド獲得率1.2倍』を付けといてよ」


「あ、えっと……」


 無遠慮に注文するメリッサに僕が困惑して言葉を詰まらせると、ムッとしたレイラーニが杖で僕の前からメリッサを遮る。


「メリッサ、貴女今回の目的はアントンの防具獲得ですよ。不要なスキル付与は駄目です」


「何でよ? 別にアントンには不利益ないんでしょ? 魔力消費とかさ。なら別にいいじゃない?

 駄目? アントン」


「それは……」


 小首を傾げてメリッサは僕の困惑する顔を覗き込む。

 手持ちのお金があれば別にスキル付与は問題ではない。しかし、お金が掛かる事を話していないからお金がなくて出来ないとは言えない。それ以外に僕にデメリットがないという事になっているので今更好き放題スキル付与が出来ないと言い出しづらい。


 僕が言い訳に困っていると、メリッサは腕を組み急に大人しくなった。そして、レイラーニをチラリと見て互いの視線が交わった。


「まあ、いいわ。ところでレイ、ダミアンは?」


「ダミアンさんは後から追い掛けて来ます。私はアントンが心配だったので魔法で先に来てしまったので」


「ああ、置いてったんだ。ウケる」


 さっきまで気まずい空気だったのに、何故かレイラーニとメリッサはにこやかに話し始めた。この2人はたまに意見が合わなくて喧嘩しそうになるが、何故だか喧嘩にはならない。僕はそんな2人の関係が不思議で仕方なかった。


「じゃあ、あたしは“安地”に行って服乾かしてるわ。ダミアンも待っといてあげないと、あの鈍足じゃ一生追い付けないからね。アントンはどうする? 貴方も服びしょ濡れでしょ?」


「あー、そうだね、僕も服乾かしたいかも」


 僕は目の前に展開したままだったサブスクリプションの画面を手で横に払って消した。


「アントンも安地に行くのなら、私も行こうかしら。私1人で先に進んでも意味ないですし」


「じゃあ3人で安地に行って休憩しよう」


 話がまとまったので、僕たちはメリッサの案内のもと、一番近くの安地へと向かった。道中、魔物がまたたくさん襲って来たが、ゴーレムはいなかったので僕だけで何とかなった。

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