第15話 ゴーレムの正しい倒し方
「このダンジョン……2層目までしかない筈なのに……」
崩落した頭上を見上げたメリッサは、僕をお姫様抱っこのように抱えながら呟いた。
僕はまたもや無事だ。
どうやって助かったのか、目を瞑っていた僕にはハッキリとは分からないが、恐らく、メリッサが僕を落下中にお姫様抱っこに抱え直しながら、ピョンピョンと落下する岩を足場にこの場所まで降りたのだと思う。
メリッサならきっとそんな芸当は余裕で出来るだろう。
「アントン、下ろしていい? 腕疲れちゃった」
「あ、うん、いいよ、ごめん」
僕はメリッサの腕の中から慌てて下りようとすると、何やら柔らかいものが胸に触れた。
大きなメリッサの胸だ。驚く程に柔らかく、しかも温かい気がする。
その感触に動揺する僕を見てメリッサはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「レイにはないもんねぇ……ふふ」
「な、何言ってんの!? た、助けてくれてありがとう」
恥ずかしくなって僕はメリッサの腕から飛び下りた──が──
「冷たっ!?」
メリッサの胸ばかりに気を取られ全く下を見なかったので、足もとが水路になっている事に気が付かなかった。水深は僕の腰まである。
崩落した地面、もとい、天井の穴から上層の灯りが差し込んでいるのでギリギリ視界はある。
「地下水脈?」
「何だか知らないけど、ほんと最悪よね。あたしのお気に入りのスカートが台無しよ」
見ると確かにメリッサのギンガムチェックの可愛らしいミニスカートがちょうど股の辺りまで水に浸かってしまって水面に広がるように浮いている。
「それより、ここもダンジョンなのかしらね。このダンジョンに2層目より下があるなんて聞いた事ないわ。最近出来たのかしら?」
「確かに、水路しかないみたいだし、僕たちがいたフロアからはかなり下に落ちたみたいだ。ダンジョンの一部とは思えない」
「まあ、ダンジョンかどうかは、魔物が現れるかどうか、それと、宝箱があるかどうかで判断出来るわ。一通り回ってみましょう!」
何故か楽しそうなメリッサは僕がまだ同意していないのに水の中をずいずいと進んで行った。
「ちょっと待ってよ、メリッサ! 戻った方が良くない? メリッサのジャンプ力なら元のフロアまで戻れるでしょ?」
「戻れるけど、その前に探検しようって言ってんの! 行くわよ!」
好奇心旺盛なメリッサは、僕の話など聞かずに勝手に突き進んで行ってしまった。
1人では戻れないし、1人でここに残っても仕方がない。メリッサと一緒にいる方が安全なのは確かだ。
仕方なく僕はメリッサの後を追う事にした。
「それにしてもこの水冷たいわね。スカートが水面に浮かんで動きにくいし……いっその事脱いでしまおうかしら」
「え!?」
とんでもない事を言い出したメリッサは、僕の前で何の躊躇いもなくスカートのホックに手を掛けた。
──その時。
突然メリッサの目の前の天井が崩れ落ちた。
地響きと共に起こった土煙と水柱で僕たちの視界は塞がれた。
「何だ!?」
土煙が晴れると、そこには1体の岩の巨人・ゴーレムが立っていた。2つの瞳が真っ赤に輝いている。
「チッ!」
完全に油断していたメリッサは、弓を取る間もなく、そのゴーレムの大きな右手で水面ごと抉るような平手打ちを受け、僕の視界から消えた。
「メリッサ!? 嘘だろ!?」
水面を抉った衝撃で再び水柱が立ち、飛沫が僕に降り注ぐ。
「クソっ!!」
僕は意を決して腰のロングソードに手を掛けた……が、そこにロングソードはなかった。空の鞘が付いているだけだ。
「え!? あれ?? 何で……」
そうだ、さっき上のフロアで地面が崩落した時に驚いて剣を手放したに違いない。だとしたら、僕の剣はこの水路の底に沈んでいる。
「マズイ……武器がない……」
咄嗟に一旦後方へ逃げようと踵を返すが、今度は先程僕たちが落ちて来た穴から、ゴーレムが2体降って来て水飛沫を上げた。
「挟まれた!?」
メリッサを吹っ飛ばしたゴーレムは確実に僕を敵と認識して迫っている。もちろん、背後の2体のゴーレムも同じだ。
「どうする……」
僕は側面の壁を背にした。両側から強そうなゴーレムが迫る。
武器はない。
何かないか……と雑嚢を漁ると、そこには小さな石が。レディーレクリスタルだ。
これを砕けばこのダンジョンから脱出出来る。しかし、それは仲間たちを置き去りにして1人で先に逃げる事になる。
レイラーニとダミアンはともかく、メリッサの安否が分からないまま置いていく事になる。
──そんな事出来るか!!──
「ほらウスノロ! こっちだ!!」
僕は左右のゴーレムの間に躍り出て3体を挑発した。
ゴーレムのような自我があるのかどうかさえ分からない魔物に挑発が通じるかは分からない。だが、今の僕にはこれしか思い付かなかった。
真っ赤な目をしたゴーレム達は僕の近くまで迫って来た。
拳を振り上げた瞬間。1体しかいないゴーレムの股下を潜って逃れよう。上手くいけばゴーレム同士相打ちになる筈だ。そういう算段を僕は立てた。
左右のゴーレムは僕へと手が届く位置で止まった。
腕を振り上げる。
「今だ!!」
──と、僕が水に潜ろうとしたその時、僕はゴーレムの頭上に浮いていた。あれ? しゃがんだ筈なのに……
そのまま1体のゴーレムの肩を飛び越え、水路に着水した。もちろん、僕の力なんかじゃない。
「メリッサ!?」
「ごめんねー、アントンはピンチになったらどうするのかなぁと思って、天井の蔦に掴まって眺めてたんだけど、逃げずに1人で立ち向かおうとするから何か申し訳なくって早めに助けに来ちゃった」
テヘペロ、と舌を出して謝罪するメリッサ。可愛いから許すが、こんな時に悪戯心を覗かせるなんて勘弁してくれよ。本当に死んだかと思ったんだからな。
「あとこれ、貴方の剣。拾っておいたのに渡すの忘れてたわ」
「あ、ありがとう」
メリッサは腰の矢筒に僕の剣をしまっていたようで、それを引き抜くと僕に手渡した。
「剣は返すけど、アントンは一旦下がってて、ゴーレムの倒し方、教えたげる」
「え!? ちょ!!」
僕の意見も聞かずに、メリッサは背中に背負っていた短弓を取り、ゴーレムへと突っ込んでいった。
するとすぐにゴーレムの太く大きな腕が、メリッサを捕らえようと襲い掛かる。しかし、メリッサはピョンと身軽に飛び上がると、手前のゴーレムの目の前で弓を弾いた。
「グゴォォォ!!?」
信じ難い事に、ゴーレムの真っ赤な両眼には1本ずつ矢が刺さっていた。僕の目にはたった1回しか弓を引いていないように見えたのに、一度に2本の矢を放ったのか、はたまた、目にも止まらぬ速さで2本目を放ったのか。
何にしても、ゴーレムはその場で膝を突くように水中に倒れ、そのまま身体が砕けて沈んでしまった。
その後に、メリッサの華奢な身体が着水した。
「はい、これが弓使いの正しいゴーレムの倒し方です。剣の場合も目を狙えば倒せるわよ? やってみる?」
爽やかな笑顔を見せるメリッサ。飛沫を浴びたせいか、すでに全身びしょ濡れだ。
「ちょっと……僕には難しいかな」
「そっか。じゃあ、残りの2体に用はないわね」
メリッサはそう言うと、腰の矢筒から矢を1本取り出し、弓に番えた。
巨大な2体のゴーレムが目の前から迫っているのに、まるで焦りを感じない。
「さあ、塵になりなさい」
メリッサの言葉と共に、目にも止まらぬ速さで弓が数度弾かれた。
そう僕が感じた瞬間には、すでに2体のゴーレムの両眼に矢が突き刺さり、またもやその2体は低い悲鳴のような声を上げ、バラバラに砕けて水中へと沈んでしまった。
「やっぱ強い……流石はBランク冒険者」
「当たり前でしょ? 何年冒険者やってると思ってんのよ」
誇る事もなく、メリッサは僕のもとへ近付いて来た。
僕は剣をしまう。
「さて、前後の道は瓦礫で埋まっちゃったし、これ以上探検するなって事かしらね。一旦1層目まで戻ろっか。掴まってー」
メリッサは弓を背負うと、両腕を広げた。
え? 抱き着くって事? レイラーニならまだしも、メリッサに抱着くのはちょっと抵抗がある。
「レイがいたらもうこんな事出来ないかもよ〜」
メリッサは不敵な笑みを浮かべ僕を挑発する。
こんな時に年下の僕を揶揄うのか、このお姉さんは。
そう一瞬だけ思ったけれど、男である僕はメリッサがそこまで言うなら、と、やはりお言葉に甘える事にした。
ところが、僕がメリッサに抱き着こうとしたその時、前後の崩落した頭上の穴から、ゴーレムが複数体、さらにはこれまで出て来た魔物の群れが一斉に落ちて来た。
「うわっ!! メリッサ!! あれ!!」
「はぁ? めんどくさい。何なのこの量」
ゴーレムは10体程だろうか。その他の雑魚は数え切れない。とにかく、メリッサがいても中々にマズイ状況だという事は理解出来た。
「ちょっと矢が足りなそうね。戦うより、逃げた方がいいわ。アントン、早く掴まって」
僕は言われるままにメリッサに抱き着くようにしがみついた。
ところが、僕たちの頭上の天井は、ミシミシと不安な音を立ててヒビが生じ始める。
「あ、マズイ、ここも崩れる……!」
メリッサの言う通り、すぐに天井は崩れ始めた。だが、メリッサは瞬時に横に跳び、落盤を躱す。──目の前にはゴーレムの腕──流石に避けられない……
僕は片手で剣を抜いた──が──
「
突然のレイラーニの声。微かだが僕には分かった。と同時に、辺りが急激に寒くなった。そう認識した刹那、目の前の魔物たちが水路もろとも一斉に凍っていくのが分かった。メリッサに手を伸ばすゴーレムも同様、パキパキと音を立てて凍り付いた。だが、このままではその凍り付いた腕に激突する。
「えい!!」
右手に握った剣を僕は振った。凍ったゴーレムの腕は簡単に砕け、落下していく。そしてその衝撃でゴーレムの胴体も砕け、周りの氷漬けになった魔物たちも粉々に砕けて消えてしまった。
「よっと」
メリッサは凍結してしまった水路へと僕を抱き締めたまま下りた。不思議と氷に足を滑らせる事もない。
僕はメリッサから離れると、足をツルツル滑らせながらもすぐに上を見上げた。
「アントン!!」
穴の上から僕を呼ぶレイラーニが小さく見える。やはりこれはレイラーニの魔法だったのだ。
「レイ! 助かったよ! ありがとう!」
僕が大声で礼を言うと、突然視界に文字が現れた。
『サブスクリプション』の画面だ。
発動したつもりはないのに勝手に発動したようだ。どういう事だろう。
僕が疑問に思っていると、何やらいつもと内容が違う事に気が付いた。どうやら今倒した魔物たちから得た経験値でサブスクリプションがレベルアップしたようだ。
「どうしたの? アントン」
突然固まった僕を気にかけてメリッサが声を掛けた。
「サブスクリプションが……レベルアップしたみたい……」
「え! 本当?? 良かったじゃない!」
「うん……良かっ……あ!! 大変だメリッサ!」
僕は大穴からこちらを覗くレイラーニを見て慌てて彼女を指をさす。
「何よ?」
「レイの魔力が……また0になってるんだ……」
「え? マジで」
僕が指摘すると同時に、レイラーニは穴の上でフラフラとしてそのまま後ろに倒れてしまった。
「あの子は本当に世話が焼けるわね」
「お手数をお掛けします……」
ぺこりと頭を下げた僕を、メリッサはまた抱き締めるように抱えると、レイラーニが倒れたフロアまで軽々と飛び上がった。
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