第14話 ダンジョン探索

 死んだかと思った。

 だが、僕はどうやら生きているようだ。

 放心状態のまま、メリッサの背中にしばらくしがみついていたが、徐々に僕は正気を取り戻して来ると、メリッサに呼ばれている事に気が付く。


「アントン? 大丈夫? まさか気絶してんの?」


「あ、ご、ごめん、降りるよ」


「あ、やっと返事してくれた〜」


 僕はメリッサの背中から降りると、よろけながら頭上を見上げた。

 果てしない階段を彩る螺旋状に並ぶ松明の灯りが、点々と見えるだけで後は暗闇が支配している。僕はあの頂上付近から、この闇の底まで落ちて来たのか。なのに、何故無傷なのだろうか。


「あれ? あたしのスキル知らないんだっけ?」


 不思議そうに落ちて来た方を見ていると、メリッサが小首を傾げて言った。


「え? あ、知らない。でも、いつも凄いジャンプ力で高い場所に飛び上がってたりするのは知ってるから、それがスキルなんだろうな……とは思ってた」


「あー……50点」


「え? 50点? あとの50点は?」


 ──と、僕が訊ねると、突然メリッサの尖った長い耳がピクっと動き、急に腰に付けていた短弓と矢を1本抜いて構えた。


「何かいる」


「……え!?」


 僕は咄嗟に腰のロングソードを引き抜き、メリッサと背中合わせになるように移動した。


「魔物?」


「違うわ。人の気配」


「他の冒険者じゃないの?」


「なら何故姿を隠すのかしら?」


「た、確かに」


 僕にはその気配は全く分からない。

 だが、Bランク冒険者であるメリッサが言うのだから何かが近くに潜んでいるのは間違いないのだろう。

 僕たちがいる場所は、ちょうど拓けた空間で、道案内の看板が立っている以外は何もない。看板の矢印が指す4方向の通路の奥の方に松明の灯りが仄かに見えるだけだ。


 僕が辺りを警戒していると、メリッサは弓を下ろした。


「消えた。どうやら通路の方へ逃げたみたい」


 その言葉を聞いた僕も剣を下ろす。


「人がいるとしたら冒険者……だよね?」


「そうね。ダンジョンはギルドが管理しているから、盗賊とかそういう類の連中は入れない。あとはギルドの巡回員とか商人が時々いるけど、だとしたら隠れる意味が分からないわ」


「じゃあ……やっぱ魔物?」


 恐る恐るそう口にすると、メリッサはクスリと笑って僕の前に立ち、少し膝を折って目線を合わせてきた。


「魔物だったら可愛いもんよ。怖いのは、冒険者があたし達を襲って来る事。でも、大丈夫。あたしが付いてるから」


「ありがとう……でも、冒険者が僕たちを襲うって……何で? そんな事ある?」


「あるわよ。人間なんて何するか分からない。だから人間は嫌い。信用出来ない。滅びてしまえばいいのに」


 急に人間に対する恨みを吐き出したメリッサに僕は言葉を失う。その瞳はいつもの輝く綺麗な瞳ではなかった。


「あ……ごめんね、アントン。貴方は別。それ以外の人間の事を言ってるの。あたしは」


「ああ……うん」


 確かに、メリッサは出会った時から人間という種族を毛嫌いしていた。その嫌い方は尋常ではなかった。僕だけが気に入られたのはほとんど奇跡のようなものだ。

 理由は聞いていないが、恐らく、前のパーティーの時に何か人間とトラブルがあったのだろう。

 だがその事は、メリッサから話してくるまで無理に聞くべきではないだろう。


「ごめんね、さ、行きましょうか。どの道を進んでも雑魚しかいないし、宝箱も均等に配置されていた筈。片っ端から探しに行きましょ! 鉱石の採掘はダミアンに任せればいいわ。ドワーフはそういうの得意だから」


「うん。そうしようか」


 僕は頷くと、一番左側にあった通路に歩みを進めたメリッサの後に続いた。



 ♢



「メリッサ、このダンジョンにはどんな魔物が現れるの?」


 広い通路を歩きながら、僕はメリッサに問うた。

 もちろん、常に警戒を怠らない為、右手にはロングソードを抜いたまま持って歩く。

 左手には、先程の拓けた空間に置いてあった小さな松明を拝借して灯りにしている。メリッサは弓を使うので両手が塞がるから僕が持つしかない。


「まあ、虫とかコウモリとか蛇とかキノコね。雑魚ばっかよ。2層目には時々ゴーレムが出る事もあるわ。あたしがここに来たのはちょっと前だから今は違うかもしれないけど」


「メリッサがEランクだった頃? どのくらい前?」


「んー……そうねー、20年くらい前かなー?」


 20年前、人間の僕にとっては結構昔だが、長寿であるエルフのメリッサにとってはついこの間くらいの感覚なのだろう。

 だが、メリッサ程の実力者でも、EランクからBランクになるまでに20年も掛かったという事実に、僕は戦慄した。


「あ、ほら、見て。蜘蛛じゃない? アラクよ。うひー……おぞましい」


 見ると、目の前の少し拓けた空間に、5匹程の蜘蛛の魔物“アラク”がカサカサと動き回っていた。その大きさは日常生活で出くわす蜘蛛とは比較にならない。人間と同じサイズである。それが5匹。確かにおぞましい。

 だが、メリッサは構えもしないで蜘蛛アラクの動きを観察している。


「うん。あれならやれると思うわよ。地上の魔物より多く経験値手に入るから倒しちゃいなさい」


「え!? わ、分かった!」


「そんな緊張しなくても大丈夫よ。貴方Cランク相当の魔物の魔狼ワーグ1頭倒してるでしょ? それに比べたら雑魚よ。頭を狙いなさい。アントンでも一撃で倒せると思うわ」


「う、うん」


 メリッサのアドバイスを聞き、僕は落ち着いて剣を構える。

 蜘蛛アラクはまだこちらに気付いていないようだ。


点火イグニッション!」


 どこからともかく聞こえてきた呪文と共に、突然僕たちの目の前に炎が煌めいた。5匹の蜘蛛アラクを包み込み、燃え尽きると同時にそのおぞましい姿は消失した。


 蜘蛛アラクを倒す気満々だった僕は剣を構えたまま固まった。一体誰が魔法を……


 するとすぐに炎が煌めいた方向から女の子たちの声が聞こえてきた。

 どうやら数人の女の子のパーティーがアラクを先に倒したようだ。


「やったね! これで多分レベルアップじゃない? Dランク昇格出来るかも! 一旦戻って鑑定してもらお!」


「うん! 皆付き合ってくれてありがとう!」


 薄暗くてよく見えないが、声的にかなり若い冒険者だと推測出来る。


 僕は構えていた剣を下ろす──が、メリッサは大きな舌打ちをした。


「あのメスガキ共……! あたしたちの獲物を……!」


「め、メリッサ、口悪いよ! 落ち着いて!」


「いい? ダンジョンでは敵は先に仕留めた方が勝ち。こんな横取りみたいな事されても、相手を恨んじゃダメよ!」


「え? あ、うん。僕は恨んだりしてないけど、メリッサの方こそ大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。ただ、アントンの経験値を持ってかれたのがムカついただけ」


 まさに自分の事のように僕の事を考えてくれるメリッサ。ありがたい事なのだが、ヴィンセントの時のように揉め事を起こさないでもらえると尚ありがたい。


 結局、僕たちの事を認識しないまま、若い冒険者たちはレディーレクリスタルを砕いた。そしてその輝きと共にその場から消えてしまった。


「よし! それじゃ、気を取り直して進むわよ!」


「うん!」


 またメリッサの後に続き、僕は薄暗いダンジョンを進んで行った。


 通路を奥へ奥へと進むと、そこら中から冒険者たちの声が聞こえてきた。

 どうやら今も他のパーティーはこのダンジョンを探索しているようだ。メリッサの言う通り、人気ひとけがあるのでそれ程緊張感を感じない。


 警戒しながらしばらく歩いていると、前方からキノコの姿をした魔物が5匹ピョコピョコと飛び跳ねるように現れた。

 体長20cm程度の『マニタリン』という可愛らしい魔物だ。


「マニマニ来たよ〜、アントン斬って斬って!」


「よし!」


 僕はメリッサの前へ躍り出ると足もとに松明を置き剣を構え、マニタリンの群れへ突っ込んだ。そして剣を振り回す。1匹のマニタリンが僕の剣をまともに受け胴体が両断された。

 普段料理で包丁を使ってキノコを切るが、それと同じ感覚だ。


「もういっちょ!」


 さらに剣を振ると間抜けなマニタリンはその剣の軌道に飛び込んでしまい、同時に3匹が真っ二つになり地面に転がった。

 マニタリンには口がない為悲鳴はない。ただキノコを捌いている感覚だ。


 あっという間にマニタリンの集団は、まな板の上で乱切りにされたキノコの如くバラバラになった。

 そしてその死骸は、ものの10秒で緑色の光の粒子となり消え去った。


「ん? 何か、地上でマニタリンを倒した時とは違う感じがする」


「ダンジョンの魔物は経験値量が違うからね。雑魚でもEランク冒険者にとってはそれなりの経験値になるからそう感じるんじゃない?」


 弓のつるをビンビン弾きながら、メリッサは言った。


「それにしても、他にパーティーがいるからなのか、中々魔物に出くわさないわね。Cランクダンジョンとかだと頻繁にエンカウントするわよ?

 ここの魔物レベルだと、一度にたくさん相手にしないと話にならないわ」


 ヤレヤレとメリッサは首を振る。


 言われてみればしばらく歩いたと思うが、これまでに出会った魔物は蜘蛛アラクマニタリンだけだ。

 本来のダンジョンはこんなものではないらしい。


「外ではむしろ想定外の魔物に襲われる事が増えてたのにね。ちょっと拍子抜けだ」


「そう! それよ、アントン!」


 僕のさり気ない発言に、メリッサは目の色を変え人差し指を立てて言う。


「それ?」


「想定外の魔物に襲われる。それって普通は滅多にないのよ。なのにここ最近……そう、魔狼ワーグに襲われて以来毎回何かしらの魔物に襲われるようになったわよね?」


「うん。そうだね。レイも言ってた。やっぱおかしいんだね」


「おかしいわよ! じゃなきゃEランクやFランクの冒険者のみのパーティーなんて生き残れないわ。アントンはあたしやダミアン、それにEランクのくせにめちゃくちゃ強いレイがいたから生きてるようなものよ?」


「なるほど。魔物の異常発生とか異常行動なのかな?」


「でも、他のパーティーはそんな報告してないんでしょ? あたし達のところだけみたいじゃない?」


 メリッサの言う通り、ギルドからは魔物の異常発生や異常行動などの報告はない。

 という事は……


 僕が1つの仮説を立てようとしたその時。

 またメリッサの尖った耳がピクリと動いた。


「あはは! 噂をすれば何とやら! 敵さんがおいでなすったわよ!」


 楽しそうに弓を構えるメリッサ。僕も剣を構える。


 すると、すぐに四方の通路から様々な種類の魔物がこちらへ駆けて来た。

 蜘蛛アラクマニタリンはもちろん、ヴァイパー蝙蝠ポポなどの魔物が真っ直ぐ向かって来る。まるで今まで出て来なかった分がまとめて出て来たかのような数だ。ざっと20匹はいるだろうか。


「数は多くても大丈夫! 落ち着いて! やばそうならあたしが援護するから!」


「わ、分かった!」


 この閉鎖空間でこの数をしかも1人で捌くのは初めてだ。剣を握る手に汗が滲む。

 大丈夫。いざとなったらBランクのメリッサがいる。

 その心強いバックアップを頼りにしながら、僕は魔物の群れに単身で突っ込んで行った。



 ♢


 10分くらい掛かったが、何とか魔物の群れを、僕はたった1人で倒し切った。……いや、正確に言うと、メリッサが僕の死角の魔物を的確に倒してくれたから怪我もなく倒し切る事が出来たのだ。


「流石に疲れたなぁ。ちょっと休もう」


 体力の限界に達した僕は、その場に座り込む。

 魔物が雑魚ばかりで助かった。いきなりBランクダンジョンなんて行ったら間違いなく僕は死んでただろう。


「もう……だらしないんだから。ね、見て! さっきアントンが戦ってる時に見付けたの。ルビーよ」


 僕の隣にしゃがんだメリッサは、小さいが真っ赤に輝くルビーの鉱石を見せてきた。嬉しそうにルビーを見ながら笑っている。


「本当だ、綺麗……けど、あんな戦闘中にそれを見付ける余裕があったんだね」


「当たり前でしょ? こんな雑魚ダンジョン。お望みならあたしが先に2層目まで行って、アイテムかっさらって来てもいいくらいよ。でも、それじゃ嫌でしょ?」


「……うん。嫌だね」


 僕が苦笑すると、メリッサはまた笑った。



 ──と、その時。

 突然地響きと共に、僕たちのいた地面にヒビが入り、そのままバラバラに砕けた。


「うわっ!? 何だ!?」


「崩落!? アントン、あたしに掴まって!」


 メリッサに抱き寄せられたが、地面の砕けた岩諸共、下のフロアへと僕たちは落下した。

 頭上から落ちてくる大きな岩。

 避けられる気がしない。

 僕は歯を食いしばり目を閉じた。

 本日二度目の落下。

 今度こそ、死ぬだろう。


「大丈夫よ」


 僕を抱き締めているメリッサは、耳元でそう囁いた。



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