第13話 Eランクダンジョン『リッカ遺跡』
リッカ遺跡に到着したのは、馬でポリティアの街を出た2日後の昼前だった。
今回何故『馬車』ではなく『馬』での移動にしたかと言うと、レイラーニの乗り物酔いを回避する為だ。
どうやらレイラーニは、自分で動かす事が出来る馬であれば乗り物酔いを発症しないようで、今日は顔色が非常に良い。
ただ、問題があるとすれば、僕自身が馬に乗れないという事だ。
生まれてこの方馬に乗る機会がなかったので今回が初めての騎乗となる。
練習時間も確保出来なかったので、仕方なく僕はレイラーニの前に乗せてもらい、仲良く馬に揺られる事となった。
同行してくれる事になったメリッサもダミアンもそんな僕たちの姿に特に何も感じないのか茶化して来る事はない。
ただ僕は最近、レイラーニに姉のようにかなり親密に振る舞われる事に対して少し恥ずかしさを感じるようになっていた。
つまり、僕は彼女の事を1人の女の子として見るようになってしまったという事だ。
小さいながらも、微かに柔らかな2つの感触が背中に伝わるのを意識せずにはいられない。レイラーニはその事について何も感じていないのだろうかと、不思議に思う。
「馬は快適ですね。次回から移動は馬にしましょう。お金の節約にもなりますし」
大きな岩山の前に馬を停めたレイラーニが清々しい表情で言った。
「あ、そうだね。次回の出発までには僕も馬に乗れるようにしておくよ」
先に降りたレイラーニに手を差し出された僕は、恐る恐る馬から降りる。本当なら僕がレイラーニの手を取りエスコートしたいのに……情けない。
メリッサとダミアンは慣れた体捌きで馬から飛び降りていた。この2人は本当に逞しい。冒険者として早く2人のようになりたいものだ。
ちなみに、3人のスキルは道中しっかりサブスクリプションで確認してある。
レイラーニ
冒険者ランク:E
種族:魔法使い
年齢:224
体力:1072 (あと3日+1000)
魔力:1013 (本日期限+1000)
物理攻撃:538 (あと5日+500)
物理防御:10
魔法攻撃:6889
魔法防御:726
速さ:22
回避:89
ダミアン
冒険者ランク:D
種族:ドワーフ
年齢:117
体力:172
魔力:3
物理攻撃:369
物理防御:105
魔法攻撃:0
魔法防御:0
速さ:511 (あと1日+500)
回避:50
メリッサ
冒険者ランク:B
種族:エルフ
年齢:1875
体力:1220 (あと1日+1000)
魔力:188
物理攻撃:270
物理防御:8
魔法攻撃:45
魔法防御:38
速さ:208
回避:332
試しにお金の許す限り仲間たちのステータスを弄ってある。ステータスアップの終了日が違うものがあるのは、お金が入る度に少しずつ支払いをしたからだ。
レイラーニのステータスを2つも追加で増やしたのは一緒にいる時間が長く、気軽に弄れるからだ。それに他の2人と違ってステータスが低いからというのもある。
決してお気に入りだから贔屓しているとか、そういう事はない。断じて違う!
サブスクリプションで弄れるステータスは以前と変わりない。どうやらまだサブスクリプションのレベルは変動していないようだ。
今回のダンジョンで経験値も稼いでサブスクリプションのレベルを上げられれば、もっと他の事が出来るようになる筈だ。
防具の入手もそうだが、僕は経験値稼ぎにも期待している。果たしてダンジョンという場所ではどれ程の経験値が稼げるだろうか。
「さ、皆、馬はこっちよ。ダンジョン前には必ずギルドの職員の監視小屋があって、そこで馬を預かってくれるの」
そう言いながらメリッサは手綱を曳いて迷いなく馬を岩山の脇にある建物の方へと歩いて行く。
彼女はいつも通り、大弓と短弓、そして、大小2種類の長さの矢がそれぞれ満載された矢筒を1本ずつ背負っている。
僕たちはその後に続いた。
「メリッサはダンジョン経験はあるんだよね?」
「ええ。前のパーティーではダンジョンでよく経験値稼ぎしてたからね」
「そっか。そう言えば、メリッサの前のパーティーの事聞いた事なかったね。どんなパーティーだったの?」
「話したくないわ」
僕の質問に、メリッサはキッパリと即答した。
それ以上聞く事も出来ず、僕は口を噤むと、メリッサは何事もなかったかのようにまた話し始める。
「多分Eランクダンジョンだと、アントンみたいにEランクになりたての新人がたくさんいて獲物横取りされちゃうかもよ? やるならBランクダンジョン以上がいいと思うんだけどなー」
確かにBランクダンジョンは、防具屋のエフィにも勧められた。だが、流石にEランクなりたての僕がBランクダンジョンにいきなり挑戦するのは怖い。いくら僕が3人をサブスクリプションで強化してるとは言え、自分自身を守れる程強くないと、きっと皆に迷惑を掛けてしまうだろう。
「まあ、リーダーの決定だからお前がとやかく言うな、メリッサ」
馬を曳きながらのしのしと前を歩く、ずんぐりむっくりな体型で斧と大きなリュックを背負ったダミアンが言った。
「別に文句とかじゃないわよ? あたしはアントンも同じ意見なら何でもいいんだから」
長く綺麗な金髪を風に靡かせ、メリッサは微笑んで言う。
「本当にお2人にはいつも感謝してます。ありがとう、メリッサさん、ダミアンさん」
レイラーニの突然の感謝の言葉に、メリッサとダミアンは同時に震え上がった。
「な、何よ急にお礼なんて、気持ち悪い!」
「そうだぞ、レイラーニ。せめて俺たちがシラフでない時に言ってくれ」
「いや、シラフって……アンタお酒呑めないでしょうが、ダミアン」
「う……! そうだった! 俺はいつもシラフだ!」
ダミアンの小ボケとメリッサの的確なツッコミに笑いながら、僕たちは管理小屋に向かった。
♢
管理小屋に到着すると、職員が併設の厩舎に僕たちの馬を連れて行った。
そのまま管理小屋の中へ入ると、そこには既に大勢の冒険者たちがいた。
ぱっと見たところ40人くらいはいる。
ただ、そのほとんどが既にダンジョン探索を終え帰るだけの冒険者のようで、入場受付の方はスムーズに出来た。
僕たちは受付の男性職員にギルドで貰った入場許可証を提示する。
「はい、Eランク・アントンさん、Eランク・レイラーニさん、Dランク・ダミアンさん……え?? メリッサさんはBランク!?」
受付の男性職員はメリッサの入場許可証のランクを見て目を丸くした。
「そうよ? 何か問題でも? あたしはこの子たちが安全にアイテム探索出来るように同伴するだけ。このドワーフもそうよ」
メリッサはダミアンを指さして得意げに言う。
「問題はありません……が、Bランクの方がここに来るのは珍しくて。なんせ高ランク冒険者の同伴なんていらないくらいに危険度は低いですから」
「あら、そう。でも、あたしも行くわ。せっかくここまで来たんだし、入場料も払ってるからね」
「かしこまりました。では、4名様、どうぞお進みください。万が一、危険を感じたら、リタイトクリスタルをお使いください。お気を付けて」
受付の男性職員は、カウンターに置いてある大きな白いクリスタルを手で示した。
なるほど、これが僕たちがアン=マリーから貰ったレディーレクリスタルの親石というやつか。何とも不思議な魔力を感じる。
僕は興味本位で腰の雑嚢から子供石を取り出して親石と見比べた。
すると、親石と僕の持つ子供石が同時に青白く光り始めた。
「『共鳴』です。転送魔法で繋がれたレディーレクリスタルは、互いに同じ色で輝くのです」
レイラーニはそう言うと、カウンターの上の親石を、自らの持つ魔法杖の先端の魔法石でコツンと叩いた。
「何をしたの?」
「私の魔法石にこの親石の魔力を覚えさせました。これで貴方のレディーレクリスタルが使えなくても、万が一の時にはここへ戻って来れます」
何でもないようにサラリと凄い事を説明するレイラーニ。魔法に関してはやはり天才的な知識と技術を持っている。私生活のだらしなさとのギャップが堪らない……。
「何やってんの? 早く! こっちよ!」
「時は金なり。早く潜って良いお宝を発掘しようではないか!」
モタモタしている僕とレイラーニを、いつの間にか裏口のところに進んでいたメリッサとダミアンが急かす。
「ごめん、今行く!」
僕は少しワクワクしながら、仲間たちと初めてのダンジョンへと潜った。
♢
ギルドの裏口だと思っていたところは、遺跡に通じる下りの石の階段だった。遺跡は地下にあるようだ。
何段あるか分からないくらいの途方もない階段を僕たちは静かに降りていく。
右手側の壁には松明が等間隔で設置されていて、まさにギルドの手が入っている事を感じさせる。しかし、左手側は手すりはおろか壁もない、ただ暗闇が広がっており、一歩間違えれば奈落の底へ真っ逆さまだ。
足の竦む高さ。
僕はガクガクと足を震わせながらレイラーニの後に続いて石の階段を降りていく。
階段には僅かに砂が落ちていて、時々滑りそうになって生きた心地がしない。闇の底へと果てしなく続いていて、終わりが見えないのも絶望感を助長する。
それなのに、先頭を行くメリッサは、軽快な足取りで誰よりも早く階段を降りている。
「ちょっと、メリッサさん、早過ぎますよ」
「そんなビクビクしてたら今日中に帰れないよ〜?」
恐怖心の一切なさそうなメリッサは、僕とレイラーニが遅々として進まない様子に呆れて笑っている。
「アントンとレイラーニは初めてのダンジョンなんだ。もう少しペースを合わせてやれよ、メリッサ」
僕の後ろから付いてくるダミアンは庇ってくれるが、彼もまたこの高さと暗さに恐怖心はないようだ。
「アン=マリーは、絶対ここに来た事ないよね?
こんな序盤から高くて暗い場所を初心者の僕たちに勧めるなんて……」
声も震えていた僕は、とうとう前を歩くレイラーニのローブを左手で掴んだ。
「あ、ちょっとアントン、引っ張らないでください。バランスが崩れます……」
「もお、何やってんのよー! アントン、おんぶしてあげようか? 目を瞑ってたら下まであっという間に連れて行ってあげるわよ?」
「え、いや、し、下までって、これ、どのくらいあるの?」
「そうね……たぶん300mくらいじゃない?」
「い、300m?? 今何メートル降りたかな?」
「10mくらいかしらね?」
「まだ全然あるじゃん……」
この恐怖がまだまだ続くという絶望に僕は辟易した。
「アントン、メインは防具を手に入れる事だから、メリッサと先に行ってていいですよ? 私とダミアンさんは後から追い掛けますから」
「おう、そうだな。早く行け。メリッサと一緒なら下に着いても問題ないだろう」
レイラーニとダミアンの言う事は最もだ。ここでモタモタしている場合ではない。
「分かった。じゃあ、メリッサ、お願いするよ」
僕はレイラーニの横を慎重に通り抜け、先頭のメリッサの後ろに付いた。
メリッサは背負っていた大きな弓と矢筒を胸の方に回してしゃがんだ。
「さ、どうぞ」
「失礼します」
僕は少し躊躇いながらも華奢なメリッサの背中にしがみついた。
「しっかり掴まってね」
言われるままに、僕はメリッサの肩に掴まり歯を食いしばった。僕の脚を彼女の手がしっかりと固定する。
きっと一気に階段を駆け降りるのだろう。
「ちょっとフワッとするわよ。目を閉じていた方がいいかも」
「フワッと!? 何で、目を??」
「行くわよー! とう!」
軽い掛け声と共に身体に伝わる浮遊感。
目を閉じていない僕の視界は、メリッサが階段横に広がる暗闇の空間へ飛び込んだ事を認識してしまった。
もちろん、メリッサが空を飛べる魔法など使えない事は重々承知だ。
「ちょ、まっ……メリッ……サぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあァぁあぁぁぁあぁぁあぁっっっ!!!??」
僕の叫びが暗闇に虚しく響く。
レイラーニとダミアンが驚いて落下する僕たちを見ているのがチラッと見えた。
そのまま僕は、叫び声を上げ続け、およそ290mの高さからメリッサと共に転落した。
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