第12話 ダンジョン入場申請

 エフィの防具屋を飛び出した僕とレイラーニは、早速冒険者ギルドへと戻り受付のアン=マリーにEランクダンジョンへの入場を申し込んだ。


「Eランクダンジョンへの入場申請ですね。お2人ですか?」


「いえ、あとBランクのメリッサとDランクのダミアンもお願いします。まだ誘ってないですが」


「いつものパーティーメンバーですね。でも、どうしたんですか? いつもはクエストだけ受注してくださっていたのに」


 赤髪のアン=マリーは不思議そうに小首を傾げる。容姿はもちろん、声や仕草まで可愛らしい。制服の胸元のリボンもとても似合っている。それでいて仕事も早い。もう僕たち4人の名前を名簿に書き終えている。

 流石、看板娘をやるだけはある。


「ちょっと防具が欲しくて、ダンジョンで手に入れようかな……と」


「ああ、なるほどです。でも、Eランクダンジョンだとあまりいい防具は出ないですよ?」


 アン=マリーは手元の資料を見ながら言った。どうやらEランクダンジョンで手に入る防具やアイテムの類はその紙に書き起こされているようだ。


「最終的にはBランクダンジョンに挑戦予定ですが、とりあえずアントンも私も初挑戦なのでEランクダンジョンからにしたのです」


「そういう事ですか。御2人とも初めてでしたら、簡単にダンジョンについてご説明しておきましょうか?」


「そうですね。お願いします」


 レイラーニが承諾したので僕も頷いた。


「ダンジョンは冒険者ギルドが管理している、魔物やアイテムが無尽蔵に生成される魔力の宿った空間です。その危険度に応じてSランクからEランクに等級が別れており、それぞれのダンジョンに挑戦するには必ず挑戦する冒険者のランクが、そのダンジョンのランク以上、または同伴者がランク条件を満たしている必要があります」


「はい」


「各ランクのダンジョンには、何種類かあり、冒険者さんはその中から挑戦したいダンジョンを選択してもらいます。Eランクダンジョンですと、『フジョウ坑道』『リッカ遺跡』『トード洞窟』の3つからお選びいただけます。どこにしますか?」


 僕とレイラーニは顔を見合せた。

『坑道』『遺跡』『洞窟』。正直僕はどこも一緒に思える。


「アン=マリーさんのオススメはありますか?」


 レイラーニも困ったようで、アン=マリーに質問で返した。


「オススメ……そうですね。Eランクなのでどこも危険はほとんど無いですが、私が行くなら『リッカ遺跡』ですかね。ここの坑道は臭いらしいですし、洞窟は虫がすごいと聞いてます」


「では、『リッカ遺跡』にしますか? アントン」


「うん。そこでいいよ」


 僕が承諾すると、アン=マリーはまた手元を何か素早く動かし4枚の紙切れを僕たちに差し出した。


「ダンジョンへ入場する際には、入口にいるギルドの監視員にこの『入場許可証』を見せてください。これがないと、例えここで入場の許可を得ていてもダンジョンには入れません」


 僕は4枚の入場許可証を受け取り眺めた。

 可愛らしいアン=マリーの直筆で僕たちの名前が書かれている。


「分かりました」


「Eランクダンジョンなので死ぬ事はないと思いますが、万が一ダンジョン内で命の危機を感じリタイアしたい時の為に、『レディーレクリスタル』の持参を推奨します。ダンジョン初回挑戦特典で今なら1パーティーにつき1つを無料で差し上げています」


 アン=マリーは白く濁った手のひらサイズの石を僕に差し出した。


「ありがとうございます! これは確か砕くと光が出て、その光を浴びたら外に出られる……ってやつですよね? 仕組みはよく分からないですが」


「その石は、対になるもう1つの『親石』が存在していて、この『子供石』の方は必ず親石の場所へ戻るようになっているんですよ。恐らく、ダンジョンの入口にいる監視員の方がその親石を持っているんでしょうね」


 得意げにレイラーニがレディーレクリスタルの仕組みを解説すると、アン=マリーが笑顔で小さく拍手をした。


「流石は魔法使いさん。その通りです。ただ、この子供石は一度使うと粉々に砕けて効力を失うので慎重にご利用ください。まあ、予備もうちでたくさん販売してますのでご入用であれば──」


「結構です。いざとなれば私が魔法でその石と同じ事が出来ますし」


 レイラーニの冷めた言い方に、アン=マリーの笑顔はすっと消えた。


「Eランクダンジョンは他にも冒険者さんがたくさん入場してますので、いざこざに巻き込まれないようご注意ください。それと、危険な状態に陥っている冒険者さんがいたら救護活動をお願いします。まあ、Eランクダンジョンなのでそのような状況には出くわさないと思いますが」


「分かりました。では行きましょうか、アントン」


「うん、ありがとう、アン=マリーさん」


 僕たちが行こうとすると、アン=マリーが受付のカウンターから身を乗り出しレイラーニの腕を掴んだ。


「ちょっと! 入場料のお支払いがまだですよ!」


「入場料?」


 レイラーニは顔をしかめた。

 僕も足を止める。アン=マリーが困り顔でカウンターから身を乗り出している光景はどこかシュールだ。隣の窓口のベルーナも何事かとこちらを見ている。


「ダンジョンはギルドで管理していると言ったじゃないですか! 管理するにもお金が掛かるんですよ。なのでダンジョンには入場料があるんです! 最後まで話を聞いてくださいよ、もお!」


「そうなのですね。それは失礼しました。おいくらですか?」


 レイラーニが話の通じる女だったので、アン=マリーは安心してまた席に腰を下ろした。


「お一人様5百ゴールドです。4名様なので、2千ゴールドになります」


 満面の笑みで言うアン=マリーに対し、レイラーニに表情はない。

 僕にも表情はない。大量の冷や汗をかいた。だって今の僕にとって5百ゴールドは大金なのだから。


「高いですね」


「高くないですよ。レイラーニさん。その分ダンジョン内で元を取ればいいのですから。いちご狩りと同じです」


 僕には分かる。レイラーニには表情こそないが、アン=マリーの言い方に対してイラついているのが。


 大丈夫だとは思うが、レイラーニがアン=マリーに文句を言わないかと、僕はハラハラしながら2人を見ていた。隣の窓口のベルーナも僕と同じように2人を見ている。

 ──と、そのベルーナが僕の視線に気付き目が合った。彼女は慌てて目を逸らし仕事に戻った。

 僕、嫌われているのだろうか……


 微妙に落ち込みながら、僕はなけなしのお金を財布から取り出そうとすると、レイラーニが4枚の5百ゴールド紙幣をカウンターに置いた。


「4人分、2千ゴールド。私がお支払いします」


「確かに。それでは、どうぞお気を付けて」


 笑顔のアン=マリーにレイラーニは会釈だけすると、杖をカツカツと突いてそそくさと歩き出す。


「行きますよ、アントン」


「あ、うん」


 僕もアン=マリーにぺこりと頭を下げると、彼女は笑顔で手を振ってくれた。

 とりあえず僕は笑顔で応えた。



 ♢


「ありがとう、レイ。入場料立て替えてもらっちゃって」


 外に出て無言で歩いて行くレイラーニの隣で僕は声を掛けた。


「いえ、今回は私がダンジョンに入場料が掛かると言う事を把握していなかった失態ですので、お気になさらず」


「ううん。お金貯めてちゃんと返す。レイに奢ってもらう理由はないでしょ? その……僕も1人前の冒険者なんだから」


 すると、何故かレイラーニはクスリと笑った。


「それは、ちゃんとお金の管理が出来るようになってから言った方がいいですよ」


「なっ! そ、それを言うならレイだってちゃんと朝1人で起きて、ご飯作って洗濯して掃除出来るようになってよね!」


 僕の反論に、レイラーニは前を向いたままカーッと顔を真っ赤にする。


「あ、いや、そこは頼らせてください……。2百年以上生きてて、私それが全然出来るようにならないのですから……」


「……ま、まあ僕は別に構わないけど。レイと一緒にいるのは楽しいし。でも、お金の管理だけは出来るのって不思議だね」


「不思議な事はありませんよ。1人では何も出来ない私がこれまで生きて来れたのは、お金の力でしたから。お金を確保する事だけに全力を注いでいましたので。当時は大した収入源がなかったので結局貧乏生活でしたが」


「そ、そっか……」


 美人なポンコツお姉さんレイラーニ。

 やはりこの人は放っておけない。僕が一緒にいないと、また出会った頃のように、不衛生な身なりのまま、栄養失調で倒れてしまうだろう。


「レイ、先にダミアンのところ寄らない? 食材貰ってその後メリッサの家で食事にしよう」


「そうですね! 私チーズリゾットが食べたいです!」


「任せて! 飛び切り美味しいの作るから」


 レイラーニは子供のように嬉しそうに微笑むと、急に足を早めた。


「ちょ、レイ走らなくても……」


「実はさっきからずっとお腹ペコペコで……。急いでください!」


 三角帽子を押さえながら街中を走って行くレイラーニを、僕は小走りで追い掛けた。

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