第11話 防具屋のエフィ

 ヴィンセントたちとの一件があった翌日。

 僕はレイラーニに無理やり引っ張られて街の防具屋にやって来た。


 確かに僕の装備はあまりにもみすぼらしい。

 ボロボロの着古したただの服とズボン。ただの革のベルトに糸のほつれた雑嚢、革のブーツ。そして、やたらと頑丈でピカピカのロングソード。防具の一つも装備していない、今思えば完全に舐め腐った装備だ。


「Eランクになって分かったと思いますけど、Fランクで相手にするような弱い魔物ばかりじゃなくなってるんです。私たちが全力で貴方を守るから怪我なんてする事はないとは思いますが、万が一の時の為に、せめて防具は装備しておいた方がいいです。最近、クエスト対象外の魔物の襲撃も増えてきてますし……」


 不安そうな表情でレイラーニは言った。

 レイラーニの言う通り、スライムの幼生討伐のクエスト以来、想定していない魔物が出現する事が頻発していた。魔狼ワーグ程ではないが、Dランク以上の魔物が何故か突然現れるのだ。

 僕はその度に、サブスクリプションで強化した仲間たちに助けてもらうので危険な目に遭った事はない。

 だが、確かにいつまでもそれではいけない気がする。


「分かったよ。防具ね。なら安いので……」


 店内には他にも数人客がいて各々棚の防具を手に取り品定めしている。

 僕も棚に並んでいる鎧系の防具を眺めた。

 中々カッコイイデザインだ。まさに冒険者と言った感じの盾や鎧がたくさんあり、何だかワクワクしてきた。

 その日の生活費を稼ぐのに精一杯だった僕は、高価な装備品は見ないようにしていたから、新鮮な気持ちだ。

 見るとやはり欲しくなる。

 だが、僕は値札を見て驚愕する。


「うわ……この鎧、5千ゴールドもするの?」


「鎧にしては安い方ですよ。ほら、適正ランクFからEって書いてありますよ。……まさかアントン、これも買えない程貯金ないのですか?」


「えと……あの……うん」


「何故ですか? それはおかしいです。だってアントンは生活費を節約する為に宿もわざわざ1人用の部屋を借りて私と一緒に寝食を共にしているではありませんか? 宿代はお食事付きで1泊千ゴールド。折半だから1人5百ゴールドしかかかりません。他にお金を使っている様子はないから、私たちと同じクエストの報酬を貰っていたら絶対2万ゴールドくらい貯まっている筈ですよね?」


「うん……えっとね……」


 流石にバレるか。一緒に暮らしていて1人だけお金がないなんておかしい。それにほとんどの時間レイラーニと一緒にいるのだから、お金を無駄遣いしているなんて事もないのはバレている。

 サブスクリプションの対価でお金がなくなっているなんて今更言い出せない。


「もしかして、アントン。ヴィンセントさんたちにお金を……」


「あ、いや! それは絶対ない! アイツらは関係ない!」


「じゃあ何ですか? 何でお金がないのですか?

 か、考えたくないですが、メリッサの言う通り、私が知らない間に、お、女の子に貢いで……」


「……まぁ、そんなところかな。なんていうか、大切な人たちに投資している」


「アントン……そんな……誰ですか? そんな人がいるなんて聞いてませんよ。アン=マリーですか? ベルーナですか? アントンの性格からして大人しいベルーナでしょ? 確かにあの子は良い子だけれど」


「お、落ち着いてよ、レイ! 何でギルドの受付の女の子限定なんだよ! か、家族への仕送りだよ!」


「え! ご家族? 本当?」


「ほ、本当だよ。家族は大切な人だろ?」


「はい、そうですね。そっか、そうでしたか。でも、そうだとしたら──」


 安心しきった顔でレイラーニは僕の身体を突然抱き締めた。


「何て家族想いの良い子なんでしょう。尊い。可愛い」


 抱き締めながら僕の頭を優しく撫でてくるレイラーニ。僕の顔は真っ赤に染まる。


「や、やめてよ、こんなところで! 他のお客さんも皆見てるよ!」


 僕がレイラーニを振りほどこうとしても、彼女はお構いなしに僕を愛で続ける。本当にレイラーニは僕の事を弟かなんかだと思っているに違いない。


「その子が前話してた男の子ですか、レイラーニさん」


 そんな恥ずかしい姿の僕たちに話し掛けてきたのは、いつの間にか僕たちの後ろに立っていた女性だった。

 この厳つい防具が並ぶ店の雰囲気には似つかわしくない、ホワイトブロンドのセミロングヘアーが素敵な若くて綺麗な女性だ。服装がオーバーオールだからそれだけがこの店に馴染んでいる。


「エフィさん! ご無沙汰しております。そうです。この子がアントンです」


 ようやく僕を離したレイラーニは、姿勢を質して女性店員に答えた。

 僕も乱れた髪を整える。


「そうですか〜ほんと可愛い子ですねぇ。アントンくん。初めまして。この防具屋の店主のエフィです。宜しくね」


「あ、Eランク冒険者のアントンです。宜しくお願いします」


 僕はエフィが気さくに話しかけて来たので畏まって頭を下げた。


「それにしてもお久しぶりですね、レイラーニさん。1年前にうちでチェーンメイルを買って頂いたきり顔を出してくれないからどうしているかなと思ってましたよ」


「あの時はお世話になりました。でもまさか、一度しか来なかった私の事を覚えていてくださるなんて」


「そりゃあ覚えてますよぉー。こんな若くて綺麗な魔法使いさんなんですからねー。魔法使いという種族の方はここでは珍しいですし。それよりも、私の事を覚えていてくださったのは光栄の極みです! しかも名前まで!」


「初めて防具を買いに来た私に、とても親切にして頂きましたからね。忘れる筈ありません。あの時のチェーンメイルは今も現役です」


 レイラーニは自らの胸を触って微笑んだ。

 どうやらレイラーニとエフィは顔見知りだったようだ。

 楽しそうにお喋りをする2人を、僕は微笑ましく眺めていた。


「あ、ところで、この子の防具を買いに来たのですが、安くてEランクでも取り扱えるものはありませんか?」


「毎度! ご予算は?」


 ニコニコとしたエフィが僕を見ると、レイラーニも釣られて僕を見た。

 僕は慌てて腰の雑嚢からボロボロの革財布を取り出し中を検める。


「えっと……生活費差し引いたとして……250ゴールド」


 予算を聞いたレイラーニはそのあまりの少なさにドン引きしていたが、エフィはニコニコしたまま僕を見ていた。


「あら〜それじゃあちょっと、売れる物はないですねぇ」


「あ……うーん……私が出してあげてもいいけど」


 レイラーニが自分の財布を取り出そうと肩掛けの鞄に手を入れようとしたので僕はその手を掴んだ。


「いいよ! レイにお金出してもらってまで防具買わなくても」


「でもそれじゃ万が一の時困ります」


「けど……自分の管理不足のせいでこうなってるんだからレイには迷惑掛けたくないんだ」


「アントン……」


 情けない。16にもなってパーティーの仲間にお金を借りるなんて。僕はもうEランク冒険者になったんだ。もう見習い冒険者じゃない。レイラーニに頼らなくても何とかしなくちゃいけない。

 僕は1人で生きていけるように冒険者の道を目指した。その為に自炊スキルを身に付けた。

 それなのに、お金の事で世話になるなんて不本意極まりない。


 しばらくはサブスクリプションの支払いを見送って、貯金するようにしようか。

 いや、その内サブスクリプションの効果期間が過ぎたらまた皆のステータスは元に戻ってしまう。スキルは使わないとレベルが上がらないと聞いた。おそらく僕のサブスクリプションはレベル1。レベルが上がる度に強化項目や強化上限が増えていく筈だ。


 だが、サブスクリプションを使うにはお金がいる……。レベルが上がれば掛かるお金も増えるに違いない。


 お金も欲しい。同時に防具も欲しい。


 実に困ったものだ。


「それなら、ダンジョンに行ってみてはいかがでしょうか?」


 難しい顔をして考え込んでいた僕に、ニコニコしたままのエフィが人差し指をピンと伸ばして言った。


「え? ダンジョン?」


「はい。冒険者さんだからご存知かとは思いますが、ダンジョンとは冒険者ギルドが管理している魔物が無限に湧く洞窟や神殿の事です。Eランク以上の冒険者ならダンジョンへ入る事が出来ます。通常のクエストとは違い、魔物を倒すと死体は勝手に消えますが、その際、魔法石などのドロップアイテムを落とすんです。また、ダンジョンは冒険者を誘い込む為に高価なアイテムが入った宝箱を生成する性質があるので、それを狙うのもありですね」


「そういえば初心者研修の時にそんな説明されたなぁ」


 1年間もFランクだった僕は、ダンジョンとは無縁だった為、その知識が記憶から消えかけていたが、エフィの説明を聞いて完全に思い出した。


「ダンジョンの最奥には、地上では存在しない珍しい鉱石や金属などが手に入る事もありますし、お金を稼ぐのにも都合がいいのです」


「なるほど。確かダンジョンはクリア報酬はギルドから支払われないんですよね?」


「はい。ですがその代わり、入手したアイテムを換金すれば、拾った分だけ儲かりますし、モンスターも無限に出て来るので経験値稼ぎにもなります。お金をかけずに装備品が欲しい冒険者は皆ダンジョンに行ってますね」


 エフィの説明を黙って聞いていたレイラーニが、「うん」と頷いた。


「そうですね、エフィさん! その手がありました! 私とした事が完全に盲点でした! ありがとうございます!」


「いえ、お役に立てて良かったです! ちなみに私のオススメは大蚯蚓ワームのいるBランクダンジョンの『砂地獄の地下道』! あそこはまだあまり他の冒険者も最奥まで辿り着いた人は少ないらしいので、探索の価値はありますよ! 噂によると、オリハルコンとか希少な金属もあるらしいですし。ま、その分危険ですが」


 相変わらずニコニコしながらエフィは言った。


「Bランクダンジョンですか……私もアントンもEランクなんですよね……」


 レイラーニはふむと顎を触る。


「あ、ごめんなさい……。パーティーにBランク以上がいないとBランクダンジョンには入れないのでした。つい先走った提案を……」


「大丈夫です。うちのパーティーにはBランクのエルフがいます。それに地下に強いドワーフも!」


「あら、頼もしいお仲間が増えたのですね」


「ですが、いきなりBランクダンジョンは怖いので、手始めにEランクダンジョンに行ってみようと思います。どうですか? アントン?」


 何故かレイラーニは僕以上にやる気に満ちた瞳で見つめてくる。

 まあ、レイラーニもメリッサもダミアンも、僕がサブスクリプションでステータスを上げてるし、Eランクダンジョンなら負ける事はないだろう。

 毎日受注出来るかも分からないクエストを探すより、確定で入れるダンジョンに行った方が確かに効率はいい。

 ダンジョンにはクエストと違って誰かの役に立つという“やりがい”はないが、冒険者として一度くらい行ってみてもいいだろう。


「分かった。ダンジョンに行こう」


 僕が承諾すると、レイラーニは満足そうに微笑んだ。

 エフィはニコニコしながらパンパンの胸ポケットから小さな紙切れと万年筆を取り出し、何やらメモをし始めた。


「でも、エフィさん。何で初めて会った僕にそんなに親切にしてくださるのですか? レイとも会うのはまだ2回目なんですよね?」


 僕は親切過ぎるエフィに少しだけ疑問を持った。商売がしたいなら、少しでも防具を売り付けてくるようなものだが、そういったガツガツした感じはない。


「え? それはですね、私にはアントンくんが将来大物になる未来が見えるからですよ。ですから、期待の意味も込めてちょっとしたアドバイスをしたまでです」


「大物に? 僕が?」


「はい。なので、これからもお付き合い出来たらなぁ……なんて思います」


 エフィは相変わらずニコニコしながら言った。


「流石はエフィさん。私も、アントンには期待しています」


 大人の女性2人に期待されるのは悪い気はしない。僕はすっかり上機嫌になっていた。


「ありがとうございます! なら、早速Eランクダンジョンに行ってきます!」


「はい、頑張ってください! 宜しければ、後で感想なんか聞かせてください、アントンくん」


「分かりました! 行こう! レイ!」


 僕はレイの手を取り、店の外へ連れ出した。

 向かうは冒険者ギルド。まずはEランクダンジョンへ入る手続きをしなくてはならない。


「Eランクダンジョンなら私たち2人でも大丈夫かと思いますが、メリッサとダミアンにも声掛けてみますね」


「分かった、お願いね。僕は手続き済ませとくよ」


「かしこまりました。ああ、楽しみです!」


 何故か異様に嬉しそうなレイラーニと僕は一旦別れた。テンション上がり過ぎて上級魔法なんか使わないだろうかと、少しだけ不安になった。

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