第10話 因縁
僕がEランクに昇格してから、レイラーニ、メリッサ、ダミアンと共に、Eランクのクエストを10日の内に5回もこなした。
Eランクのクエストは、Fランクのクエストに比べて敵の強さも上がり、危険度に応じた報酬が貰える。4人で報酬を山分けにすると決めているので、Eランククエストの平均報酬である1万ゴールドでも、1人2千5百ゴールド。この世界での1日の生活費は、相当節約して千ゴールドなので、単純計算で千5百ゴールドは貯金が出来る。さらに、クエストで入手したモンスターの素材や鉱石などの物資を換金すればお小遣い稼ぎにもなる。
僕も
ところが、僕は全然お金が貯まっていない。
所持金は常に千ゴールドに満たない。
それは僕がこっそりとサブスクリプションのスキルでメンバーのステータスを弄っているからだ。3人分のステータスを上げるとそれなりにお金が掛かるのだ。
「アントンさぁ、何で装備新調しないの? もう結構お金も貯まってるでしょ? 装備品もクエストランクに合わせていいのにしないと、経験値稼ぐのに効率悪いわよ?」
5回目のEランククエストを終えてギルドの清算係のベルーナから報酬を貰い、ロビーのテーブルでお金を配分しながら、メリッサが怪訝な顔で言った。
「あ、あぁ。そうだね。その内買い換えるよ」
僕はメリッサから目を逸らし、当たり障りのない回答をする。
「アントン。今度一緒に装備品選んであげましょうか?」
「い、いいよ、レイ。そのくらい1人で選べるし」
隣に座って果実酒を呑んでいたレイラーニが僕の顔を覗き込んで言う。
「まさか、アントン。お金貯まってないの? まあ、アントンも男の子だから、女の子にお金使ってたりするのかしら? んー、例えば、ほら、受付のアン=マリーとか、ベルーナとか? 種族も一緒、歳も近いし、なくはないわよね? どっちが好みなの? やっぱ看板娘のアン=マリー? それともちょっと地味で芋っぽいベルーナ?」
ニヤニヤとしながら僕に顔を寄せて来るメリッサ。堪らず僕は顔を背けると、背けた先にはムッとしているレイラーニの顔があった。
「アントンはそんな子じゃありません。女の子にお金を貢ぐような事するわけないじゃないですか!」
「魔法使いのくせに、男の生態も知らないの? レイ。男ってのはね、どの種族も性欲には逆らえないものなのよ」
「やめてください! アントンに性欲なんてありません! こんなに純粋無垢な瞳をしているのに! やはりメリッサと2人きりには出来ませんね!」
プンプン怒りながら、レイラーニは果実酒をグビグビと一気飲みした。
ごめん、レイラーニ。流石に僕に性欲がない事はない。
「怒るなよレイラーニ。このエルフが品のないのはいつもの事じゃないか。だが、まあ、アントン。お前も早くランクアップしたいなら、装備品はちゃんと考えた方がいい。金が足りないなら、エルフの分をお前に付けようか?」
樽のグラスに入ったミルクを飲んでいたドワーフのダミアンが笑いながら口を挟んだ。
「ちょっとドワーフ! 何勝手な事言ってんのよ! あたしも報酬で生活する冒険者なのよ??
報酬は4人で山分けがルールでしょ??」
「お前は金持ちのところの娘だろうが! 少しくらい貰わなくても何とかなるだろ」
「それとこれとは別なの! あたしは生活の事で親に頼らないって決めてエルフの森から出てきたの! 自分の生きる為のお金は自分で稼ぐ! この前の賠償金の件は別よ!」
少し冗談を言ったダミアンだったが、思いのほかメリッサが怒るので、すっかり大人しくなり、しょんぼりした顔でまたミルクをチビチビと飲み始めた。
「あ、あの、イグロート湿原の件は本当に申し訳ありませんでした。必ずお金はお返ししますので」
「あ、いや、いいのよ、レイ。もうあの事は忘れなさい。でも、もう親に頼るのはこれっきりにしたいから、そこんとこ宜しく」
メリッサはそう言うと気を取り直して報酬を配っていった。
──と、その時。
「おや、レイラーニ。久しぶりだな」
忌々しいこの声。忘れもしない、僕が大嫌いな男、Cランク冒険者のヴィンセントだ。
いつも通り、連れのゲイブを連れてやって来た。
何やら背中に大きな革の袋を担いでいる。
「元気そうで何よりだ。元気過ぎてイグロート湿原を焼け野原にしたって聞いたぜ? お茶目だな」
「よくもぬけぬけと私の前に顔を出せましたね?」
レイラーニの表情が厳しくなった。レイラーニは今までヴィンセントたちに対しては『苦手』という感情を抱いていたように思ったが、今回は明らかに『嫌悪』を感じる。
「まあまあ、そう怖い顔するなよ。てか、他のパーティーメンバーも一緒とは珍しいな。そんな端金しか稼げてないのか、可哀想に」
僕たちのテーブルにメリッサが分けてくれた数枚の紙幣を見て、ヴィンセントは鼻で笑う。
「……ん? あれあれ? アントンじゃないか。お前まだレイラーニと一緒にいたんだ。てっきり冒険者辞めたかと思ったが」
僕は首から提げている銀色のプレートを摘み、そこに刻まれた『Eランク』の文字をヴィンセントに見せ付けた。
「Eランクに昇格しました。これからも冒険者は続けます」
「……へぇ」
ヴィンセントもゲイブも、僕がEランクに昇格した事を知ってもあまり驚いた様子はなかった。僕はそれが少し引っ掛かった。
「ま、Eランクに昇格するのは誰でも出来る事。そんな威張るような事じゃないぞ? Eランクのプレートなんか見せ付けて偉そうにするなんて事、他所でやるなよ? 恥ずかしい」
小馬鹿にしたようにヴィンセントが言うと、連れのゲイブがクスクスと笑った。
「お前か!!!」
突然の怒号と共にテーブルが叩かれ、上に乗っていた食器がガシャンと音を立てた。
ギルドにいた冒険者たちの視線がその声の主であるメリッサへと集まる。
「な、何だよ」
「お前がアントンを虐めてるクソ冒険者ね!
この前アントンに怪我させただろ!」
「はぁ? 知らねーな。何だ、アントンがそんな出任せ言ったのか? それともレイラーニか?」
「2人は何も言わなかった。だからあたしはアンタの存在を今の今まで知らなかった! でも確信した! お前がアントンとレイラーニにちょっかい出してる小物冒険者だってね!」
「小物……だと? お前、証拠もないのに言い掛かりを言って大丈夫か? 皆見てるぞ?」
ヴィンセントの言う通り、周りの冒険者たちも、ギルドの職員たちも皆メリッサとヴィンセントを見ている。
ここで喧嘩などしようものならメリッサはもちろん、僕たちパーティーメンバーに何らかの罰がくだされる。
「おい、よせ、メリッサ、落ち着け。そんな奴放っておけ」
「そうだよ、メリッサ。構わないで」
ダミアンと僕が宥めると、メリッサは狂犬のような目付きのままだったが、何とか椅子に座った。
レイラーニはただ俯いていた。まるで怒りを抑えているようだ。
「ああ、貴女Bランク様ですか。いきなり突っかかってくるような危険な奴をBランクにしたのはどこの誰だよ」
メリッサの胸のプレートを見たヴィンセントは、また小馬鹿にしたように鼻で笑うと、ギルドの窓口の職員たちを見渡した。
「ん? 鑑定官が爺さんになってるな」
カウンターの左端の窓口にいる老人を見付けたヴィンセントは、興味深そうに近付いていった。
突然、ハッとしてレイラーニが立ち上がった。
「なあ、爺さん。新しい鑑定官か? あのエルフ危険だぜ? いきなり俺に噛み付いて気やがった。とてもBランクの器じゃないと思うんだが、降格した方がいいんじゃないか?」
窓口の白髪頭の老人、テオドールは厳つい顔の長身のヴィンセントが威圧的に言ってもまるで動じた様子はなく、黙ってヴィンセントの顔を見ていた。
「なあ! 何とか言ったらどうなんだ? あのエルフの女を降格──」
「確かに、不適格だな」
「だろう? 話が分かるじゃないか?」
「降格どころか、冒険者の資格を剥奪してもいいかもしれんな」
「お! 流石は爺さんだ! 伊達に歳はとってないな! なら今すぐアイツのプレートを──」
「いや、不適格なのはお前じゃよ」
「なっ……!?」
予想外の答えに、ヴィンセントは絶句した。
テオドールは顔色一つ変えていない。
「爺さんよ、それはどういう意味だよ」
「お前にこそ冒険者としての品格がないと言っているんじゃ。ずっと見ていたが、初めに絡んだのはお前の方だったろう? それに、もしあのエルフの言う事が本当だったなら、お前、本当に冒険者の資格剥奪になるぞ? 儂は昇格の権限こそあれど、降格、剥奪の権限はない。が、ギルド評議会に議題として提出する事は出来る。どうする?」
テオドールに論破され言い返せなくなったヴィンセントの顔は怒りか羞恥で真っ赤に染っていた。
「おい! ゲイブ! さっさとクエスト完了報告済ませて報酬貰って来い! 俺は先に行ってる」
ヴィンセントは担いでいた革袋をゲイブに放り投げると、そそくさとロビーから出て行ってしまった。
「マジかよ……」
残されたゲイブは気まずそうにアン=マリーの窓口へ行きクエスト完了報告を済ませると、隣の窓口のベルーナから報酬を受け取り、逃げるようにヴィンセントの後を追って出て行った。
ヴィンセントとゲイブがいなくなったギルドはまた賑わいを取り戻した。
「あのお爺さん、どっかで……」
いつの間にか怒りが収まっていたメリッサが、テオドールを見ながら呟いた。
「あの、メリッサ。僕の為に怒ってくれてありがとう」
「え? いや、いいのよ。てか、マジで腹が立ったから……」
「俺も腹は立ったが、冒険者同士で暴力沙汰を起こしたら一発アウトだ。あんな輩はその内淘汰される。だけどな、アントン、レイラーニ。また何かされたらいつでも俺たちに相談してくれ。何か力になれる事があるかも知れん。俺はお前たちとこれからも冒険者としてやっていきたい。平和にな」
「ま、平和的な交渉は、ダミアン得意だしね。でもちょっとは相談して欲しかったな」
「ごめん、2人共、ありがとう。あんまり心配掛けたくなくてさ。これからはちゃんと相談するよ。ね、レイ?」
僕は立ったままぼーっとテオドールを見つめていたレイラーニに声を掛けた。
「え? あ、はい。そうですね」
「お前……俺がせっかくいい事言ったのに、聞いてなかったな?」
「いいわよ、アントンが聞いてたからレイは聞いてなくても」
「す、すみません……」
ぺこりと申し訳なさそうにレイラーニは頭を下げた。
「固いな、謝らんでもいいのに」
ダミアンはガハハと笑った。
それに釣られて僕とメリッサも笑った。
レイラーニは腰を下ろすと、恥ずかしそうにまた果実酒をチビチビ呑み始めた。
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