第8話 嘘
「しかし惜しいな。
酷い獣臭さの漂う
解体しているのは僕が倒した
その光景に僕もレイラーニもメリッサも直視出来ずに顔を背けた。
「
どうせそんな粗悪品お金にならないんだから! 肉だってゴブリンかオークくらいしか食べないわよ!」
「ふん! エルフは汚いものには価値がないと思っているのか? いいか?
「じゃあ何で素材集めしてんのよ? 何? グロテスクなものを見せて嫌がらせのつもり?」
完全に背を向けてしまったメリッサが文句を言うが、ダミアンは気にせず長く鋭い1本の爪を取り外した。
「ほら、アントン! コイツを持って帰れ!」
「え!? うわっ!!」
ダミアンが放り投げたものを、僕は何とか受け取った。
「Fランクで
「あ、ありがとう……」
僕の手のひらの上にはドス黒い血の付いた大きな黒い爪。酷い臭いを放っていて、ダミアンには悪いがすぐにでも捨ててしまいたい程邪悪な力を感じる。
不意に僕の隣に立ったレイラーニが、手のひらの邪悪な爪を一瞥すると、無言で杖の先の魔法石でその爪をコツンと叩いた。
すると、不思議な事に、僕の手のひらの爪に付いていた血や悪臭、そして邪悪な気配は綺麗さっぱり消えてなくなった。
「な!? レイ、今何したの!?」
「魔法で邪気を払いました。邪気は邪悪な生命体を呼び寄せます。邪気を孕んだまま持ち歩かない方がいいですから」
「ま、魔法って、詠唱してなかったよ?」
「その程度の邪気を払う魔法に、わざわざ詠唱など必要ありません」
涼しい顔で凄い事を言うレイラーニ。やはり僕は彼女のそんなクールなところに憧れる。
「魔法と言えば、レイ。貴女どうして急にたくさん魔法使えるようになったの? いつもはちょっと魔法使っただけでバテバテだったのに」
メリッサは興味深そうにレイラーニの隣に来て肩を小突いた。
「俺もそれは気になっていた。1人でクエストに出て経験値稼ぎでもしたのか?」
血塗れの斧を担いだダミアンも話の輪に入る。
「さぁ……思い当たる節がありません。ですが、まだまだ私の魔力はたくさんあるように感じます」
自分の手を見ながら、レイラーニは怪訝そうに首を傾げる。
「あの、実はそれ、僕のせいなんだ」
「「「え???」」」
3人は同時に声を出して眉間に皺を寄せる。
無理もない。Fランクの僕が何をどうしたらレイラーニの魔力上昇に関与出来るのか、想像も出来ないだろう。
「実はね」
僕は今も視界に映ったままの3人のステータスを見ながら、サブスクリプションを発現した事を説明した。
♢
「『サブスクリプション』。アントン、良かったわね! めちゃくちゃ有能そうな能力じゃない!」
「うむ! これで一安心だな。
自分の事のように嬉しそうに笑うメリッサとダミアン。
レイラーニの顔にも微笑みが見て取れる。
「私の魔力が上がった事は嬉しいですが、それよりも、アントンが成長した事に私はとても感動しています」
両手で杖をギュッと握り締めているレイラーニの瞳がキラリと輝いたように見えた。
「皆がそんなに喜んでくれるなんて思わなかった。この能力が発現出来たのは皆が僕を見捨てずに付き合ってくれたお陰だよ。本当にありがとう」
「いいのよ、そんな事。言ったでしょ? 私たちには、貴方に大きな
「メリッサの言う通り。礼には及ばんよ」
「でも、アントン。こんな素晴らしいスキル、何かリスクはないのですか?」
流石はレイラーニ。メリッサとダミアンが喜んでいるだけなのに、彼女だけはサブスクリプションのリスクを指摘してきた。
「え……あー、まだレベルが低いのか、上げられるステータスは1人1つだけ。しかも10日間限定。あと、自分自身のステータスは今のところ弄れない」
「それは
論点をずらそうとしたが、レイラーニには通用しなかった。
「あー……リスクはないんだよね」
「本当ですか? 私にはリスクなしに使えるようなスキルには思えません。貴方の魔力を消費するとか、そういうのもないのですか?」
詰め寄るレイラーニ。綺麗な碧眼が僕の瞳を覗き込む。
『お金を支払う』などと言ったらきっとレイラーニは自分のステータスを上げてくれたのなら、その分のお金を僕に返すだろう。僕はそんなの望んでいない。だから余計な事は言わなくていいだろう。
「魔力も何も消費しない。そういうスキルだよ」
僕はレイラーニの瞳を見つめ返した。目を逸らせば嘘だと疑われる。彼女の瞳は心を見透かしているのではないかという程に凄まじい魔力を感じる。目を逸らさないようにするのがこれ程難しいものだとは思わなかった。
「そうですか。なら、いいのですが」
ようやくレイラーニは僕から目を逸らしてくれた。何故か冷や汗が止まらない。僕はホッと息を吐くと額の汗を拭った。
「でも何か嫌ね。アントンにはあたしの年齢も見えちゃってるんでしょ? 他に何かあたしの個人情報見えてるの? スリーサイズとか」
腕組みをしたメリッサが、睫毛の長い妖艶な瞳で僕を見る。
「いや、そういうのは見えてないよ。レベルアップしたら他にも見えるかもしれないけど」
僕の発言に、レイラーニはギョッとして僕に耳打ちする。
「アントン。もし変な数字が見えるようになったら、真っ先に私に教えてください」
「え、うん。いいけど……」
「なーに内緒話してるの? 感じ悪いわねー! 大丈夫よ、レイ。貴女のスリーサイズが見られたところで貧乳なのは皆知ってるんだからさ」
ニヤリといやらしい笑みを浮かべレイラーニの肩に腕を回すメリッサ。
頬を赤く染めてムッとするレイラーニは少し可愛い。
だが、レイラーニはメリッサの腕を払って咳払いをする。
「さ、アントンがサブスクリプションを発現し、ついでに
「え? う、うん。僕は大丈夫だけど」
「なら早いところ残りのスライムを滅殺してしまいましょう。アントン、私の魔力はあとどれ位ありますか?」
「えっと……875」
「十分過ぎますね」
そう言うとレイラーニは杖を湿原の方へと向けた。
「皆さん、下がっていてください。強力な魔法を使ってスライムを蒸発させます。ついでに
レイラーニが左手で下がれと合図したので、僕たちは急いでその場から離れた。
「
いつも通りの静かな詠唱だったが、レイラーニの杖の魔法石には真っ赤な光の魔力が集まり始め、それは徐々に肥大化し、あっという間に大木の高さと同じくらいの大きさ程の巨大な火の玉になった。まるで小さな太陽のようだ。
10mは離れているのに、火の玉の熱は僕たちの方まで伝わっている。
大木はその熱で発火し燃え始めた。
そして、レイラーニは杖の先に灯したその巨大な太陽を湿原へと放り投げた。
「はぁっ!!」
太陽の火球は杖から離れると、スライムで埋め尽くされた湿原へと墜落し、スライムはもちろん、
「や、やり過ぎでしょ! アホかーー!!」
あまりの破壊力にメリッサが絶叫する。
僕とダミアンは叫び声さえも出ずにただ絶句した。
湿原に放たれた火は全てを焼き尽くすとすぐに消えてしまった。
もうそこには墨しか残っていない。
大木さえも消し炭になってしまった。
「あーー!! こんなの久しぶり!! 気持ち良過ぎぃぃ!!!」
地形を変える程の魔法を使い終えて、子供のようにはしゃぐレイラーニの声が聞こえた。いや、きっと気のせいだ。クールなレイラーニがそんな事言う筈ないのだから。
だが、こちらに振り向いたレイラーニのその表情は色っぽくどこか恍惚としていた。
そして、ニコリと微笑み親指を立てたかと思うと、そのまま崩れるように地面に倒れてしまった。
「え!? レイ!? 何で……」
僕はレイラーニのステータスを確認する。
「あ!!」
「どうした、アントン? レイラーニはどうしたんだ!?」
ダミアンが僕の身体を揺する。
「魔力のステータスが……」
「魔力がどうしたのよ!? アントン!」
今度はメリッサが僕の身体を揺する。
「魔力が0になってる……」
僕は腰の雑嚢から魔力回復用のポーションを取り出すとすぐにレイラーニのもとへ走った。
「はぁ!? 自分の魔力を数字で把握してたのに何でそんな馬鹿な事してんのよあの子はぁ!!」
「魔力が上がったからと言って調子に乗って魔法を使い過ぎるとは、本当に大人の魔法使いなのか、レイラーニは!」
「すみません、レイがお手間を掛けます……」
レイラーニの間抜けな失態に文句を言いながらも、メリッサもダミアンも倒れたレイラーニのもとへ走った。
でも、地面で寝ているレイラーニの表情はニコニコとどこか満足気だった。
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