第7話 魔狼
「アントン! レイを起こしたらすぐに木に登って来て!」
大木の上から緊迫感のある大声でメリッサが叫んだ。
故にメリッサの言う通り、今は熟睡中のレイラーニを起こして木の上に登って逃げるしかない。
僕は剣を鞘に戻すと、踵を返し、急いでテントの中で寝ているレイラーニのもとへ走った。
「ダミアン! アンタも登って来なさい! Dランクのアンタじゃ、
「馬鹿を言え! Dランクと言えど、獣くらいどうという事はない! この斧のサビにしてくれるわ!」
「無理だってば!
「なんっ……!? それ、は……! お前!」
斧を振り上げて威勢の良かったダミアンだったが、メリッサからの情報を聞くと急に困惑し始める。
僕はそんな2人のやり取りを背中で聞きながらテントの中に飛び込んだ。銀髪の美しい魔法使いは毛布に包まりすやすやと寝息を立てていた。
「レイ! 起きて!
気持ち良さそうに眠るレイラーニに大声をぶつける。
するとレイラーニはビクッと身体を震わせてすぐに上半身を起こした。
「わーぐ?? 嘘でしょ??」
若干寝ぼけているのか、眉間に皺を寄せてむにゃむにゃ言っている。
「嘘なんかでレイを起こすかよ! 早く起きて木の上に避難しなきゃ! 早く来て!」
僕は寝ぼけているレイラーニの腕を無理やり引っ張って立たせる。すると、レイラーニは三角帽子と杖を持ってよろよろとテントの外へ出た。
「さあ早……く……」
テントの外へと出た僕の目に飛び込んで来たのは、湿原を突っ切って来る大量の
まだ離れているが、その動きからもう1分もしない内にこの大木まで到達するだろう事は容易に想像出来た。
ダミアンがただ1人、逃げずに斧を構えたまま立ち塞がっている。
「さあ来るなら来い犬っころ共! こ、この俺が1匹残らず斬り殺してやるぞぉ!」
声を引き攣らせているダミアンの横に、僕が手を掴んでいた筈のレイラーニが並んだ。
「あ! レイ!?」
「ダミアンさん、メリッサさん! ギリギリまで惹き付けてください!私が奴らを怯ませます。そうしたら一気に攻撃してください!」
凛とした口調で堂々と的確な指示を出すレイラーニ。戦闘スイッチが入ってしまった彼女は普段の大人しい彼女ではなくなってしまう。
「「了解!!」」
ダミアンとメリッサはランクが下のレイラーニの指示に素直に従い返事をする。このパーティーでの最高ランクはメリッサのBランクだが、リーダーはEランクである魔法使いのレイラーニなのだ。
「レイ! 強力な魔法は無理でしょ!?」
僕が必死に呼び掛けるが、レイラーニはこちらを見ずにただ迫り来る驚異へと視線を向け続ける。
「敵を怯ませるくらいなら大した事はありません。それよりアントンは早く木の上に登ってください。吹き飛ばしますよ」
普段のレイラーニからは考えられない厳しい物言い。僕は仕方なく1人で木に登り始める。
「
この状況では誰も介抱出来んぞ」
「それはダミアンさんとメリッサさんの頑張り次第ですね」
「言ってくれるぜ。魔法使い殿」
僕は気を登りながら迫り来る
もう唸り声が耳に届く距離だ。
レイラーニは杖を前に傾けて構えた。
杖の先端の魔法石の白い光が強くなっていく。
「
静かに呪文を唱えるレイラーニの美しい声が聞こえたと同時に、杖の先端の魔法石から眩い光が、まるで水面に現れる波紋のように360度周囲に広がった。
不思議と目を瞑りたくなる光ではない。どこか温かさえ感じる。
「グルルル……!!?」
「ギャォン……!!?」
ところが、
「うぉおおおお!!!」
その機を逃すまいと、斧を構えたダミアンが雄叫びを上げて怯んだ
その頭上から数本の矢が空を割いて狼狽える
バタバタと矢で即死していく
小さな身体で彼の3倍はある巨体の獣を一撃の下に沈めてしまった。
「思い知ったか! お前たちの皮を剥いで肉を焼いて食ってやるぞ!! ハハハハ!!!」
1頭倒して気分が良くなったのか、ダミアンは続けざまに隣の
その間も、メリッサの放つ頭上からの矢は
「つえー……」
あまりの強さに感心して、僕は思わず呟いた。
──と、ここで僕は、ようやくサブスクリプションの事を思い出した。
昨日僕は500ゴールド支払いレイラーニの魔力を1000ポイント上昇させた。
もし、サブスクリプションの能力が本当ならば、レイラーニは少し魔法を使ってもへばる事はない。
僕がそれを踏まえた上でレイラーニの様子を見てみると、彼女はあれ程凄まじい魔法を使ったというのに、何事もなかったかのようにケロッとした様子でダミアンが奮戦する様子を注視していた。
本当に何ともないのか。それを確認する必要がある。
「レイ! 魔力は大丈夫??」
木の幹にしがみつきながら僕が問い掛けると、レイラーニはチラリとこちらを見た。
「大丈夫です。この程度の魔法を1回使ったくらいでは何ともありません。今の魔法はもう使えませんが」
涼しい顔をしてレイラーニは答えた。
そしてまた前を向いてしまった。
僕にはどの魔法が魔力消費が激しいのか分からない。先程の光の波動はかなり広範囲に魔法が及んでいたが、大した魔法ではないらしい。
確かに、レイラーニに焦りは一切感じられない。
「オラァ!! 4頭目だ!!」
僕がレイラーニと話してる間にダミアンは怯んだ
それよりも驚いたのは、矢が1本だけ刺さった
だが、次第に
「うおぉ!? レイラーニ! 援護してくれ!」
冷静さを保つレイラーニが、また杖の先の魔法石を
──が、ダミアンを狙っていた
「お前に援護を頼んだ覚えはないぞ! メリッサ!」
「文句言うなら1人で倒してみなさいよ!」
「レイラーニの魔法の援護があれば後は俺1人で──ぶっ!!?」
余所見をしたダミアンはその隙を突かれ突進してきた
「ダミアン!?」
メリッサが木の上から叫ぶ。
僕はダミアンを助けようかと一瞬迷った。
──が、レイラーニがすぐに駆け付けダミアンを抱き起こす。
「
レイラーニの呪文と共に、魔法の杖を中心とした半径1m程の半球の光輝くバリアがレイラーニとダミアンの周囲に出現。ダミアンを襲おうとしていた
「す、すまんな、レイラーニ。助かった」
「いえ。ただ、これが私の最後の魔法です。もう
「それは駄目だ! 死んでしまうぞ!」
何やら言い争っているが、とりあえず2人は無事なようだ。
そう、思っていたが、
「うわっ!! く、くそぉ!!」
大木の根元にあっという間に集まって来た。
僕たちのテントは一瞬で踏み潰されてしまった。
唸り声を上げながら涎を垂らした猛犬が僕を食おうと群がる。
どうしたらいい? 剣を抜いて戦うか。いや、Fランクの僕が飛び込んでいったところで勝てるはずがない。
そんな弱気な僕は、ギリギリ
あまりの恐怖に僕は必死に大木をよじ登った。
死にたくない。
「アントン! 頑張って! ……クソっ! 真下は枝が邪魔で狙えないわ!」
メリッサの位置からは矢での援護が難しいようだ。
僕は自分の弱さを呪った。
こんな時に何も出来ない。役立たずのスキルなんか授かったからこんな目に遭うんだ。
「お願いだよ『サブスクリプション!!』何とかしてくれ!!」
と、僕がヤケクソで叫ぶとまた目の前が一瞬だけ光ったような気がして目を閉じる。
「うっ!?」
すぐに目を開くと、昼に見たサブスクリプションの文字が浮かんでいた。
「嘘……またこの視界……」
僕はこんな切羽詰まった状況で視界に異常をきたした事でテンパりそうになったが、下のレイラーニを見てハッとした。
レイラーニ
冒険者ランク:E
種族:魔法使い
年齢:224
体力:72
魔力:1002
物理攻撃:38
物理防御:10
魔法攻撃:6889
魔法防御:726
速さ:22
回避:89
レイラーニの魔力はまだ1000ポイント以上あったのだ。しかし、本人は恐らくその事に気付いていない。
「レイ!!」
僕は一縷の望みに賭けてレイラーニを呼んだ。
「アントン?」
「レイ! まだ魔力に余裕あるんじゃない? もしそうなら、もう一度さっきの光の波動をやってよ!」
「そんな事……」
反論仕掛けたレイラーニは、何かに気が付いたように光の球体を見渡す。
「魔法が弱まってない……? もう魔力はほとんどないはずなのに……何故……?」
「どうした、レイラーニ?」
「この光の防御魔法の維持には徐々に魔力を消費します。私の想定ではもって5分。でも、もうかれこれ5分は過ぎてるし、それに魔力が底を尽きそうな感じがしないのです。まだまだ余裕がありそう……」
ダミアンと話しているレイラーニに僕は催促する。
「どうなの!? いけそう!?」
「はい! 試しにやってみます! ダミアンさん、光の防御魔法を解きます。私が再び波動を放つので、もう一度斬り込んでください」
「よっしゃー! 任せとけ! だが、無理はするなよ?」
ダミアンの返答に、レイラーニは頷くとすぐに光のバリアを消した。
そしてまた杖の先の魔法石が光り輝き出した。
「
レイラーニの詠唱と共に、再び光の波動が周囲に拡散する。
「しめた! 行くぞおぉ!!」
ダミアンは雄叫びを上げながら近くで悶絶している
「どうしちゃったのかしら、レイがこんなに魔法使えるなんて……ま、今は討伐ね!」
大木の根元から離れた
僕の視界はレイラーニを捉え続けた。魔力はまだ900程残っている。
レイラーニが辛そうな様子は見られない。
ダミアンとメリッサの奮戦で、
「
突然ゆっくりと歩き出したレイラーニは、杖の先の魔法石に強烈な光を灯し、その杖でそばの
「ギャン……!?」
3m超えの巨体の
1頭の頭をかち割っていたダミアンは、レイラーニが
もちろん、それは僕も同じだ。後方支援のレイラーニが積極的に戦闘を行う姿を見るのは初めての事だからだ。
「やっぱり、レイの魔力は本当に上がったんだ。サブスクリプション、本物だったんだ!」
レイラーニの戦いぶりを見た僕はサブスクリプションの能力が本物である事を確信した。
未だ彼女の魔力は800もある。
そして、光る杖を振り回しながら残りの
あっという間に《ワーグ》は僕の足もとにいる1頭だけになった。
まだ光の波動のダメージが残っているのか、大木の根元で動けずにグルルと唸っている。
僕は左手と両脚で木にしがみついたまま、右手で腰のロングソードの柄を握った。
皆が戦っている姿を見て奮い立っていた僕は、剣を抜き木から飛び降りた。
「やぁぁぁぁ!!」
決死の攻撃。
落下の勢いを利用した突き。
剣は見事に
返り血が吹き出し僕の顔にベッタリとくっ付いた。
暴れる
「アントン!!」
レイラーニが真っ先に駆け付け僕を抱き起こしたが、僕は
「やった……やったよ、レイ、僕も
「そうですね、でも、危険な事はしないでください。アントン」
「ごめん……レイ、身体は大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。まったく問題ありません」
レイラーニが微笑むと、辺りを警戒しながらダミアンが走って来た。
「アントン、お前凄いじゃないか!」
嬉しそうに言うダミアンの隣に人影が降ってきた。
「なになに? アントン、アレやっちゃったわけ? 凄い凄い!」
レイラーニに抱かれている僕の頭をメリッサがくしゃくしゃと雑に撫でた。
30mの高さから飛び降りたのかよ、と思ったが、自分の事のように嬉しそうにしているメリッサの笑顔に今はそんな事どうでも良くなった。
僕の視界に映る3人の横にはそれぞれのステータスが表示されたまま。
どうやって消すんだっけ、これ。
完全に使いこなせてはいないが、サブスクリプションのスキルはかなり使える。
これからはサブスクリプションの使い方を考察しないといけない。
1年以内にEランク昇格も現実味を帯びてきた。
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