第6話 スキルの対価

 日が落ちて辺りが暗くなった頃、僕たちは湿原の入口の大木付近にテントを張って休む事にした。

 結局、僕とダミアンとメリッサの3人掛りでスライム駆除を5時間程休憩を挟みながら続けたが、スライムを全滅させるには至らなかった。

 僕のレベルもせいぜい5くらい上がっただけだろう。正確な数字はギルドに戻って鑑定してもらわないと分からない。もちろん、僕自身には力が湧き上がった実感はない。きっとサブスクリプションが発現してなければ何の戦果もなく落ち込んでいた事だろう。


 僕は鍋の中のビーフシチューをお玉でクルクルと掻き混ぜると4つ並んだ木製の器に取り分けた。


「はい、ご所望のビーフシチューの出来上がり」


「おお! こりゃ美味そうだ!」


 真っ先に皿を手に取ったのはダミアンだ。

 出来上がるまで待ち切れなかったのか、既に干し肉をかじっていた。

 それにしても、ビーフシチューを鼻に近付けてその香りを堪能して喜んでいる姿を見ると作った甲斐があるというものだ。


「はい、メリッサは肉抜きね」


「わー! ありがとう、アントン!」


 皿を受け取って舌をペロリと出して唇を舐めるメリッサ。

 エルフは動物の肉は食べないらしい。だからいつもメリッサの分は肉を抜いて野菜のみにして渡す。

 そんなメリッサの皿を横目で見たダミアンが鼻で笑った。


「ふん、肉抜きのビーフシチューなど、ただのシチューだわ」


「うるさい!! 髭もじゃ!! いいでしょうが!!」


 メリッサは容赦なく皮肉を言ったダミアンの頭を拳で叩く。

 しかし、痛がっているのはメリッサの方で、ダミアンは夢中で僕が作ったビーフシチューを口にかき込んでいる。


「この石頭がぁ……」


 相手にすらしてもらえないメリッサは涙目でビーフシチュー (肉抜き)を食べ始めた。


「美味しい……!」


 尖った耳をピクんと動かし、キラキラと目を輝かせたメリッサが僕の顔を見て微笑むので、僕は照れて視線を逸らす。

 だが、逸らした視線の先には帽子を取ったレイラーニが、大木の根に腰を下ろして上品に食事をしている姿があった。

 月明かりに照らされて輝く銀髪と白い肌。

 そのあまりの美しさに僕は息を呑んで見蕩れてしまった。


 すると、それに気付いたレイラーニが首を傾げる。


「どうしました? アントン」


「あ、いや、その、味は……どうかな?」


「もちろん、とても美味しいですよ。アントンのお料理が美味しいのはいつもの事。いつも美味しいお料理を食べさせてくれてありがとうございます」


「ありがとうな、アントン!」


「ありがとうー!」


 レイラーニの言葉に合わせてダミアンとメリッサも僕に礼を言った。


「あ、いや、僕に出来ることはこれくらいだし……その、皆にはいつもお世話になってるから……」


 少し恥ずかしくて、まとまらない返事を返すと、ダミアンとメリッサが楽しそうに笑い声を上げた。


「照れるなアントン! お前に世話になってるのはこっちの方だ! さ、おかわりをくれ!」


「可愛いわね、アントン。あたしもおかわり頂戴!」


 ニコニコしながら2人は空になった皿を差し出した。


「あ、うん! まだ沢山あるからいっぱい食べてよ! レイもおかわりいる?」


「頂きます」


 僕は嬉しくなってレイラーニの空の皿も受け取ると、3枚の皿にたっぷりと濃厚なビーフシチューを注ぐ。



 この日は楽しい夕食を終えると、夜の見張りを買って出てくれたレイラーニを残し、僕たちは深い眠りに就いた。



 ♢


「よし! それじゃあ今日も始めようか! スライム狩り」


 一晩寝てすっかり回復した僕は、元気良くクエスト再開の号令を取ってみた。


「元気だな、アントン。俺はまだ眠いんだが」


「何言ってんのよ、ねぼすけ! 一番眠いのはレイだからね。レイ、見張りありがとう。寝てていいよ」


 寝ぼけ眼を擦りながら気だるそうなダミアンとは対照的に、元気の良いメリッサは、杖に寄り掛かって辛うじて立っている眠そうなレイラーニに気を遣って言った。


「ありがとうございます、メリッサ。それじゃあ、後はよろしくお願いします」


 小さく欠伸をしながらレイラーニはのそのそとテントの中へと潜り込んでいった。


「おやすみ、レイ」


 僕はテントの中に消えたレイラーニに声を掛けたが、返事が帰ってくる事はなかった。


「おい、メリッサ。昨日の討伐数の少なかったお前は今日は見張りだぞ。俺はアントンと共にスライムを潰す」


 ダミアンが斧をメリッサに向けて言うと、メリッサはフンと顔を背け、テントが張ってある大木の方へと戻っていった。


「分かってるわよ。てか、スライムなんか相手じゃ相性悪いのよね。矢で1匹ずつ刺してくのより、斧で数匹まとめて潰せた方が楽だもんねー」


 不服そうに口を尖らせて文句を言うメリッサだったが、突然、その姿が僕の視界から消えた。

 いや、メリッサはいつの間にか大木と同じ高さまで跳び上がっていたのだ。大木は悠に30mはある。それと同等の跳躍力はまるで風に乗る木の葉のように軽やかだ。

 ヒラヒラと靡くスカートの中には純白の下着。

 ──と、僕がメリッサの下着に目を奪われていると、彼女は空中で回転し、大木のてっぺんの枝を掴み、手馴れた様子でその細い枝に着地した。

 そして、自分が座れそうな太い枝を見つけるとそこに腰を下ろす。


「ここから見といてあげるから安心しなさーい!」


 大声で手を振るメリッサ。

 だが、彼女の超人的な跳躍を見ていたのは僕だけだった。

 ダミアンはお構いなしに木道の外の水溜まりの葦の草むらに飛び込み、バッサバッサとスライムを刈り取っている。


 僕も負けじとロングソードを鞘から引き抜いた。


「いてっ!」


 だが、剣の束を握った手に走った痛みで僕は剣を振り上げるのをやめて自分の手のひらを見た。手のひら全体に血が滲んでいる。どうやら昨日剣を一日中振り回していた為、血豆が破れて流血したようだ。両手剣なのでそのうち左手の豆も破れるだろう。


「どうした、アントン?」


「何でもない!」


 僕はすぐに腰の雑嚢から包帯を取り出し両手にぐるぐると適当に巻き付けるとまた剣を握った。やはり痛みはあるがこのくらいでポーションなど使うのは勿体ない。

 僕は剣を振り上げると、ダミアンとは反対側のスライムに剣を振り下ろした。



 剣を振りながら僕は考えた。

 もうかれこれ昨日から今まで500体は倒したのではないか。スライム1体の獲得経験値が1だとしても、すでに500の経験値を得ている事になる。それなのに、サブスクリプションがちゃんと発現した実感が湧かない。昨日の事は夢でも見ていたのではないかと言う程に、サブスクリプションの能力を使った形跡がないのだ。

 あれからサブスクリプションの選択項目も出現しない。発動条件も何も分からない。本当に一体何だったのだろうか。

 確認手段としては、やはりレイラーニが魔法を使った後の様子を見るしかない。レイラーニが魔法を使ってもピンピンしていれば、僕のサブスクリプションは本物だというこ事になるだろう。


 しかし、レイラーニがもしも魔力が上がっていなければ、その時彼女は確実に倒れるだろう。その可能性があるのに、レイラーニに魔法を使わせるのはやはり気が引ける。


 僕は何とか他にサブスクリプションが実在した証拠はないものかと考えた。


「……待てよ。最初の所持金の680ゴールドって……もしや」


 思い当たる節があり、僕は剣を足もとのスライムに突き刺すと、雑嚢の中の革の小銭入れを確認する。


「……え!? あれ!? もっとあった筈なのに!?」


 所持金が減っていた。僕は慌てて残金を確認する。


「100……150……180……180ゴールド……」


 確かサブスクリプションで使ったのは500ゴールド……最初の680ゴールドから500ゴールド使って180ゴールド。それはサブスクリプションというスキルの中で使用出来るいわば仮想通貨かと思っていた。だが、実際に僕が持っていたお金もちょうど180ゴールドになっている。

 これは、サブスクリプションの中の残金と僕の残金がリンクしているという事なのではないか?

 だとすれば、サブスクリプションは実際に存在していたスキルで、僕は昨日本当にそれを発現しレイラーニの魔力に課金したという事になる。


「なるほど……そういう事か……じゃあ、レイラーニは今魔力が1000アップしてるから、普段よりもたくさん魔法が使えるんだ!」


 嬉しくなった僕は思わずニヤける。


 だが──


「アントン! ダミアン! 大変! 西の方から何か来る……それもたくさん!」


 大木の上にいるメリッサがかなり緊迫した様子で叫んだ。


「来るって、何が?」


 僕が下から大声で訊ねると、少し間が空いてメリッサの返事が来る。


魔狼ワーグの群れよ!」


 僕は自分の耳を疑った。





――【後書き】――

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