第5話 発現『サブスクリプション』

 目を擦っても文字は消えない。

 それどころか、何やら視界にはたくさんの文字が次々と出現する。


「うわ、何これ、やめろ!」


 あまりの不快感に僕は大きな声を出して喚いてしまった。


「どうしました? アントン、大丈夫ですか?」


 心配したレイラーニが近付いて来て優しく声をかけてくれた。


「あ、うん、大丈夫……何でもない」


 レイラーニには心配をかけたくない。咄嗟に大丈夫と言ってしまったが、視界が異常な状態になってしまったのに大丈夫なわけがない。


「あれ?」


 すると、僕はレイラーニの顔を見てある事に気が付いた。

 レイラーニの顔の近くに、何やら文字が並んでいるのだ。


 レイラーニ

 冒険者ランク:E

 種族:魔法使い

 年齢:224

 体力:72

 魔力:13

 物理攻撃:38

 物理防御:10

 魔法攻撃:6889

 魔法防御:726

 速さ:22

 回避:89


「ステータス……? レイの?」


 困惑する僕でも、そこに現れた数値が何を示しているのかはすぐに理解出来た。


「アントン? ちょっと頑張り過ぎちゃいましたか。もう少し休みましょうね」


 レイラーニは僕が疲労のあまり錯乱しているのかと思っているようだ。子供を宥めるかのように頭を優しく撫でてくる。


 だが、僕はそれよりも、レイラーニのステータスが見えるようになった事でスキルが発現したのだと確信した。

 魔法攻撃がずば抜けて高い事以外は、レイラーニのステータスが強いのか弱いのか、比較対象がないので分からない……


 と、思ったが、僕は少し離れたところで昼寝をしているダミアンと、まだパンを食べているメリッサへ目を向けてみた。


 ダミアン

 冒険者ランク:D

 種族:ドワーフ

 年齢:117

 体力:172

 魔力:3

 物理攻撃:369

 物理防御:105

 魔法攻撃:0

 魔法防御:0

 速さ:11

 回避:50


 メリッサ

 冒険者ランク:B

 種族:エルフ

 年齢:1875

 体力:220

 魔力:188

 物理攻撃:270

 物理防御:8

 魔法攻撃:45

 魔法防御:38

 速さ:208

 回避:332


 2人のステータスを見比べて、レイラーニのステータスが魔法攻撃だけが桁違いに高く、それ以外が絶望的に低い事が分かった。

 そして、メリッサはBランクだけあって全体的にステータスが高い。


 なるほど、僕のスキル『サブスクリプション』は、味方のステータスを見る事が出来る能力なのか……と、納得しかけたが、まだ視界には何やら文字がある。


『ステータス強化、オール500ゴールド。強化したい対象をタップして、購入する項目をタップ(10日間)。①体力+1000、②魔力+1000、③物理攻撃+500、④物理防御+500、⑤魔法攻撃+500、⑥魔法防御+500、⑦速さ+500、⑧回避+500、⑨運+500』


 どうやら、ステータスが見えるだけではないらしい。お金を支払って、一定期間味方を強化出来るスキル。それが『サブスクリプション』の能力のようだ。


 視界の右下には『所持金』という項目があり、そこには『680ゴールド』と書かれている。なるほど、初回からある程度の資金があるようだ。これなら500ゴールドは支払える。

 僕は試しに目の前のレイラーニをタップしてみた。

 ぷにっと温かくて柔らかい感触が指先に伝わる。


「え? どうしたのですか? 急に」


 視界のレイラーニをタップしようとして、僕は直接彼女の頬を人差し指で触っていた。


「あ、ごめん」


 謝りながらも、僕は続けて視界の下の方に映る『魔力+1000』 というのをタップする。

 すると、チャリンと音がして、所持金が180ゴールドに減った。

 ──が、僕の伸ばした腕は突然レイラーニに掴まれた。

 何故かレイラーニは頬を染めてムッとした様子で僕を睨んでいる。


「いくらアントンでも、そこは触っては駄目です」


 そう言われて僕は、自分の伸ばした指の先を見た。それは丁度レイラーニの左胸の位置で止められていた。薄い胸だった事が幸いして、僕の指はレイラーニの胸には触れていない。


「あ! ち、違うよ、レイ! 僕は別に胸を触ろうとしたんじゃ……」


 誤解を解こうと僕は慌てて左手を顔の前で振る。すると、今まで視界にあった文字は全て消えて、元のクリアな視界へと戻った。


「あ、あれ? 消えた?」


「どうしたました? やはり少し変ですよ、アントン。回復薬ポーションをあげましょうか?」


「いや、大丈夫! 何でもない! さ、午後もスライム討伐しなきゃ」


 僕が立ち上がると、レイラーニも一緒に立ち上がった。

 レイラーニの魔力を上げてみたが、特に変わった様子はなさそうだ。

 今のは本当にサブスクリプションのスキルだったのだろうか。もしかしたら、本当に僕は疲れでおかしくなって幻覚を見ていただけなのかもしれない。


「レイ、あのさ」


「何ですか?」


「何か変わった感じしない?」


「変わった感じ? ですか?」


「うん、なんか、魔力が溢れ出す……みたいな」


「いえ、特には……そもそも私は今回見ていただけなのですから何も変わらないですよ」


「あ……そう、そりゃそうだよね」


 苦笑いをする僕をレイラーニは不思議そうな顔で見つめる。




「あ! アントン、またスライム狩り始めるの?

 あたしも少し手伝おうか? このままじゃ寝ちゃいそうでさ〜」


 少し離れた所にいたメリッサが立ち上がって手を振っていた。

 僕はレイラーニの顔を見る。


「まあ、まだこれだけいるのです。メリッサが加わっても問題ないでしょう」


「流石はレイちゃん! よし! ダミアン! アンタもやるでしょ? どっちが多く狩れるか勝負しよう!」


「そういう事なら受けて立とう!」


 レイラーニの許可が下りると、メリッサは斧を振り上げたダミアンを誘って木道の外にいるスライムの群れに飛び掛って行った。


 僕はまたレイラーニの顔を見た。

 やはり何も変わった様子はない。

 となれば、先程のサブスクリプションが本物かどうか確認する方法は1つ。実際にレイラーニに魔法を使ってもらって魔力の消費量を確認する。もし、魔法を使ってもレイラーニが元気なら、サブスクリプションは本物だという事になる。


「ねえ、レイ。ちょっと何か魔法使ってみて?」


「え? 何故ですか? 魔法はスライムの一斉駆除の時に使うので無駄には使いませんよ?」


「あ、ああ、そうだよね」


 僕の唐突な依頼にレイラーニは怪訝そうな顔をする。それもそうだ。いきなり「何か魔法を使って」なんて意味が分からなすぎる。サブスクリプションの事を説明すればいいのだが、もし僕の勘違いなら恥ずかしいし、やはりレイラーニが自ら魔法を使ってくれるまで様子を見るのが得策だろう。


「よし! 僕も再開しようかな」


 ひとまず、今日やれるだけスライムを倒そう。皆僕の為について来てくれたんだ。今は真面目に経験値稼ぎをしよう。

 そう考え直し、僕も剣を抜いて木道から飛び降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る