復讐部隊襲来って話。
昼の十二時半。
放課後になった。
入学して最初の放課後である。
入学後から一週間のうちは、昼に授業が終わる半ドンであるため、学校にいる時間が短い。
それでも、どうにかこの危険地帯で一日乗り切れたことは大きい。
明日もなんとかなる。そう思えた。
僕はいっちゃんと駅まで一緒に帰ろうと、二人そろって校門から出ようとした……その時だった。
「——よォ」
校門の裏側——僕達二人から見て学校外側——から、大柄な影がヌッと出てきて立ちはだかった。
「——
そう。僕が数時間前にぶちのめした、佐竹であった。
鼻の穴にティッシュを詰め、鼻筋にガーゼのようなものを貼り付けている佐竹の顔は一見すると
その異様にギラついた瞳を保ったまま、佐竹はニヤリと笑った。
「このボケナスー。さっきはよくもやってくれたじゃねぇかよぉ。しばらく鼻血止まらなくて大変だったぞ? 慰謝料払えやコラァ」
ざっ、という地面を靴で擦る音。
いっちゃんが一歩退がった足音だ。怯えた表情だった。
責めはしない。いっちゃんが退がらなかったら、代わりに僕が退がってただろうから。
いっちゃんが怯えてくれたおかげで、僕は多少気丈に振る舞える。
「何のつもりだよ。また僕にケンカを売るつもり? もっかい鼻血出す?」
「おぉ、おぉ、イキるイキる。不意打ち、待ち伏せ、挙げ句の果てには二対一。卑怯くせぇ手しか使えねぇネクラ野郎が一丁前な口聞きやがるとは、このヌマ高も落っこちたもんだねぇ」
「勝ちは勝ちだ。手段は関係ない。武蔵だってそう言うよ、きっと」
「そうかい……その言葉、忘れんなよ」
佐竹が怒気を押し殺したような声で言った途端、そこかしこから足音がし始めた。
足音は徐々にハッキリしたものとなり、折り重なっていき、僕といっちゃんの周囲に集まってきた。
「な……!?」
息を呑んだ。
僕らの周囲には、あっという間にヤンキーどもの人だかりができていた。
ざっと目算しただけでも……二十人以上!
こいつらはみんな一様に僕といっちゃんを見ている。
極め付けに、こいつらは佐竹の発言を合図に集まったのだ。
つまりは——全員佐竹の仲間。
佐竹は冷笑を浮かべた。
「勝てば手段は関係ねぇんだよなぁ? だったらこの数でテメェらフクロにしても、卑怯だの汚ぇだの言わんよなぁ?」
……マズイぞ。数が多すぎる。
おまけに校門前であり、障害物も遮蔽物もほとんど無い。まっさらに開けた空間。
「ここならテメェの大好きな待ち伏せアターックも出来ねぇなぁ?」
おちょくったような口調で佐竹がうそぶく。
……どうする?
いくらいっちゃんがいると言っても、たった二人でこいつら全員倒しきることは不可能。さっきのケンカとは数の差が違いすぎる。
そう。
もはやこの場における最適解は——逃げる事のみ。
しかし、校門はすでに佐竹とその仲間がしっかり塞いでしまっている。強引に通れる見込みは薄い。
校舎に逃げる? それもダメだ。すでに後ろも囲まれている。逃げても捕まるだろう。
くそ、何か方法は無いのか——
無意識に足が退く。
「うわ」
その表紙に、空き缶をかかとで少し蹴ってしまった。
ああもう、この学校は本当に汚いなぁ。そこかしこにゴミが落っこちてる。もっとちゃんと掃除を——
「……あ」
いいもの発見。
「ねぇ、いっちゃん……ちょっと聞きたいんだけど……」
僕は隣のいっちゃんにだけ聞こえる声量で尋ねた。
「……ああ。一応あるけど。
こんな時に何言ってんだ、と言いたげないっちゃんだったが、それでもちゃんと答えてくれた。
「貸して」と小声で頼み、僕はいっちゃんからすばやく「ソレ」を受け取った。
「いっちゃん、僕が「ナマステー」って叫んだら、それを合図に、迷わず校門目掛けて走って。いい?」
「え、でもよ…………あ、いや、分かった」
戸惑いこそしたが、いっちゃんは僕の提案に頷いてくれた。
信じてくれたのだ。僕を。
であれば、キチンと作戦は果たさねばなるまい。
いっちゃんから受け取ったソレ——小型の使い捨てライターを掌の中でしっかり握り、心の中でカウントする。
3、2、1——
「——ナマステェェェェェェ!!」
いきなり何言ってんだこいつ、と怪訝な顔をする佐竹一派。
しかし、その言葉の持つ意味をしっかり理解していたいっちゃんは、迷わず走り出した。
意味不明な掛け声に呆気に取られた佐竹たちは、いっちゃんのダッシュに反応するのがワンテンポ遅れた。
さらに、僕への注意もワンテンポ遅れた。
真っ直ぐ突き進むいっちゃんとは別に、僕は右斜め前へ向かって飛び込んでいた。転がって受け身をとり、その途中で「あるモノ」を拾った。
それは——おもちゃの手持ち花火。
何でこんなもんが落ちてるのかは知らないが、まだ未使用。
雨に濡れている可能性もあるため上手く動くか分からないが、これに賭ける!
僕はいっちゃんから貰ったライターで、手持ち花火に着火。
それから、火が噴き出すのを待たず、いっちゃんと同じく校門めがけて走り出した。
——点いてくれ、火、頼む……!!
ダッシュしつつ、そう手持ち花火に祈りを送り続ける。
仏神は尊し、仏神をたのまず——神や仏に己の運命をゆだねることを良しとしなかった、宮本武蔵の信条の一つだ。
運に任せるなんて、『五輪書』の信奉者にあるまじき行いかもしれない。
けれどこればかりは許して欲しい。この手持ち花火が不発だったら、僕らが無事に逃げられる可能性はグッと低くなる……!
全速力のダッシュで、僕は先にスタートしたいっちゃんと並ぶ。足の速さは僕の数少ない身体的長所の一つだ。逃げ足なら自信がある。
校門と、それをアメフトのごとく塞ぐ佐竹たちに近づいた。あと少しで、連中の腕のリーチ内に入る。
僕の手元の手持ち花火は、今なお火を吹く気配は無かった。
ダメか……!
そう諦めかけた瞬間——花火の先端から、しゅわっ!! と火が噴き出した。
奇跡だ。祈りが通じた!
武蔵なら難色を示すかもしれない運任せの展開だが、それでも運は僕に味方してくれた。
運すらも道具にするのが、僕流の兵法だ!!
「そぉら!!」
僕はいっちゃんより前へ飛び出し、しゅわしゅわと火を噴き続けている花火で前を薙ぎ払った。
『うわぁぁっ!?』
案の定、校門を壁のごとく塞いでいた佐竹たちは、花火にビビって我が身を遠ざけた。それによって、校門に穴が開いた!
「どけどけぇっ!!」
僕は気分が良くなり、なおも花火を振り回して敵を追っ払う。
五輪書「水之巻」に曰く——
刀を動かすという「攻撃」は、そのまま相手を寄せ付けない「構え」にもなる。当然だ。刀が動いてる場所に入ったら斬られてしまうからだ。
ゆえに、構え有って構え無し。
「いっちゃん!!」
「オウ!!」
一声だけで「逃げよう」という意思疎通を補完した僕達二人は、校門に出来上がった「穴」を全速力で通り抜けた。
学校外へ出たのと同時に、花火が切れた。
「逃すか、このガキャァァ——!!」
校門は抜けられたが、ここからが本番だ。
僕らの決死の逃走劇が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます