束の間の勝利の余韻を楽しむ話。

 決死の一戦ののち、僕といっちゃんは二限目の授業をサボった。


 手強い相手とのケンカ。しかも僕にとっては生まれて初めての殴り合いだ。


 それを経た僕らの体はもうヘトヘトだったのだ。


 授業をサボるのなんて初めての経験だったので、罪悪感は感じつつも新鮮さも同時に味わった。


 まぁ、ヌマ高生が授業サボるなんていうのは珍しいことではなさそう。実際、佐竹たちだって真面目に授業受けるって感じじゃなかったから、外なんかでタムロってたんだろうし。


 だから一回や二回サボったって……いやいや待て、そういう考え方はマズい。こういう軽い考え方は常態化のモトだ。一応、サボった罪悪感だけは大切に秘めておかなくては、単位足らずで卒業できなくなる可能性が出てくる。


 ——閑話休題。


 時刻はおよそ午前十時半。二限目をサボった僕といっちゃんは現在、屋上に来ていた。


 通常、学校の屋上というのは開放されていないはずなのだが、そんなことが天下のヌマ高で守られているはずもなく、生徒ヤンキーが当たり前のように出入りしていた。僕らも屋上への階段を登っている途中、下る生徒とすれ違った。


 そうして訪れた屋上は、澄み渡った快晴の空が天蓋てんがいのように上に広がっていた。伸び伸びとした解放感を感じさせる。——「度胸試し(飛び降り)禁止!!」「バンジー禁止!!」などといった張り紙があることからは目を背けよう。


 途中で昇降口にて購入したクリームソーダを一緒に煽りながら、僕といっちゃんは談笑していた。


 いっちゃんの頬には、保健室から黙って持ち出したデカい絆創膏が貼ってある。痛々しいその見た目に反して、いっちゃんの表情は明るかった。きっと、佐竹というトラウマを乗り越えたからだろう。


 そんな談笑の中で、ある話題が出てきた。


「——そういやユキ、お前知ってっか? 『雷夫ライオット』のこと」


「ライオット? 破城槌はじょうついのこと?」


「はじょ? ……まぁいいや。その反応は「知らねー」って事だろうし」


 気を取り直したいっちゃんが、説明してくれた。


「『雷夫ライオット』っていうのは、この辺で幅利かせてる暴走族ゾクの一つだよ」


「ゾク、って……今時まだいるのぉ? 暴走族なんて」


「いるんだよぅ。いいかユキ、世の中お前が思ってるほど平和じゃねーんだぜ? それにゾクってのも案外バカにできない存在なんだよ。ゾクの中には独自の稼業シノギを手に入れて半グレとかギャングに進化しちまう連中も少なくないんだからな。オレオレ詐欺とか、違法スレスレのヤク売ったりとか。むしろそういう連中が今のアウトローので、厳しい掟と上下関係でガチガチなヤクザなんてもう時代遅れになってる。K察けーさつが追い込みかけまくったせいでもあるけどな」


「ええ? だったらとっととしょっぴかないと。完全に犯罪者予備軍じゃないか」


 僕の言葉に、いっちゃんは「ちっちっ」と人差し指を振った。


一括ひとくくりにしちゃいけねーぜ、ユキちゃんよぉ」


「ユキちゃんはやめてってば。女の子みたいじゃん。ほら見て僕の腕、サブイボだよ?」


「わーってるっての。まぁとにかく、「ゾク」って一口に言っても、いろんな連中がいるわけよ。『自転車チャリ乙徒オット』とか『ジャ暗屠アント』みたいな悪辣な連中も確かにいるけど、ケンカ以外は悪い事してない比較的穏健な連中もいるんだよ。んで、俺が知る限りでは、『雷夫ライオット』はその穏健派の中で一番の武闘派だよ」


 「穏健派の武闘派」ねぇ……なんか意味が矛盾してる気がする。


「『雷夫ライオット』の基本スタンスは「専守防衛」。自分達のテリトリーを汚した連中には容赦なく武力を振るうけど、そうしなければまず手は出さない。何もしてこない。むしろ正当な理由も無く誰かに暴力振るう団員には罰を与えるまである。この神奈川では一番暴力と秩序のバランスがいいゾクだよ」


 いっちゃんは、まだ見ぬ期待に胸をふくらませたような顔で続ける。


「おまけに、『雷夫ライオット』のトップは女なんだ。アホみたいに強くて、んでもってめちゃくちゃ美人らしいぞ?」


「ふーん」


「ふーん、って、お前な……一度見てみたいと思わねーの? めっちゃ美人なんだぞ? もっと興味持てよ」


「いや、美人って言われても……僕はそれより、アホみたいに強い、ってところに興味があるかな」


「枯れてんなぁ。うーん……俺も聞いた話でしか知らないんだけど……」

 

 いっちゃんは少し考えてから、口にした。


「パンチとか、蹴りとか、そういうハッキリした技は使わねーんだよ。なんていうか……変な技を使うんだとよ」


「変な技?」


「だから俺も聞いた話でしか知らねーんだってばよ。あと『雷夫ライオット』のリーダーは、武士の兜みたいなデザインのヘルメットを被ってんだと。俺も素顔は直接見たことねーけど、そのヘルメットかぶって突っ走ってるとこなら一瞬見たことあるぜ。あんなデザイン、一回見たら忘れねーよ。あと、顔は見えなかったけど、ライダースーツがエロかったのは覚えてる」


「うわー、いっちゃんサイテー」


「う、うるせー! 男のサガなんだよ!」


 やいのやいのと笑い合う僕ら。


 








 そんな感じで、僕らは二限目をサボって楽しんだのだった。


 僕はたった二日で、すっかり不良になってしまったかもしれない。


 今日、生まれて初めてケンカをしてしまったし。


 だけどそのケンカも、無事に勝利で幕を下ろした。


 これからもこの調子で、かもしれない。


 勝利をもたらしてくれた『五輪書』には、感謝の言葉もない。


 僕はスッキリした気分で、屋上の青空と微風を楽しんだのだった。






 だが、その解放感は、一時的な快感でしかなかった。


 ケンカというのは、その場を勝つ事だけ考えてればいいとは限らない。


 、も時には重要なのだ。


 僕は今日の放課後——それを思い知ることとなった。

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