07話.[今日も泊まるよ]

「おお、熱いよ」

「なんでそれで喜んでんだよ、あと、なんで新しく水着を買わねえんだよ」

「安い物ではないんだからしょうがないでしょ」


 なんて、安かろうが元々買うつもりはなかったけども。

 というかどうせ次に集まったときに負けるから頑張る意味なんてない。

 あと前も言ったように水着を見てもらうためにここに来ているわけではないからこれでいいのだ。

 緩く長く楽しむ、数時間とかわがままは言わないから一時間で解散なんてことにならなければそれでよかった。


「はぁ、だから先に行くことを許可したんだな、それでまんまと俺は騙されたというわけか」

「もっといい方に考えようよ、こうして文句も言わずに付き合っているんだからさ」

「はぁ、まあそうだな、テストのときは付き合いが悪かった存在が付き合ってくれているだけでも感謝するべきだ」


 それだって結局は彼が勝手に遠慮をしていただけだけど、いい方向に考えようと言ったのは自分だから言ったりはしなかった。

 それよりここは結構水も奇麗に見えるからなんかわくわくする、どこか落ち着いて座れる場所で休みながら会話をするというのもよさそうだ。

 ただ、もう体力がないとかそういう状態でもないため、とりあえずいまは水に触れたりして楽しもうと思う。


「あっちぃ、もう無理だわ」


 ……一緒に来ている彼がこんなことを言っていても問題ない。


「初めての夏休みか」


 ちなみに出会ってからは毎年彼とお祭りに行っているけど今年はどうなるのか。

 珠恵ちゃんがどうするのかも気になる、彼と出会った年から一緒に行けていないから今年も無理なのだろうか?

 お祭りぐらいは彼氏と二人だけで楽しみたいというやつかもしれない――ではなく、そうやって答えが出ていたのに私は最近まで二人が付き合っていたのを知らなかったわけで……。


「恥ずかしい、なんで素直になれないの? とか言っちゃっていたし……」


 片方だけでも素直になれるように~などと考えて行動していたことがもうね。


「まーた悪く考えてんのか」

「あ、くれるの?」

「ああ、ちゃんと飲んでおけ――じゃなくてだな、悪く考えるのはやめろ」


 そう言われてもやらかしたことを思い出したら誰だってこうなると思う。

 もう全くポジティブマシンではいられていないけど、悪いこともいい方にばかり捉えて反省できないよりはマシな気がした。


「美味しいね、ありがとう」

「で、今度はなんだよ?」

「ああ、前も言ったけど二人が付き合っていることにも気づかずに変な発言とかをしていたからだよ」

「まあでも、言い合いを続けていたし、分かりやすい行動をしていたわけじゃねえから仕方がねえだろ」


 今回はそんなことはないと言ってもらうために口にしたわけではなかった、笑ってもらえた方がこういうときは助かるというものだ。。


「もう、『気づかないとかアホだな』ぐらい言えばいいのに」

「俺は教えられたから知っていただけだしな」


 一人ではしゃいでいても仕方がないからと結局日陰に移動することにした。

 動いているよりもお喋りをしていた方が私らしいと言える。


「なにもなくてもあのとき違って毎日が楽しいよ」

「あのとき?」

「まあ細かいことはどうでもいいんですよ、あ、君がいてくれるからというのは大きいけどね」


 うん、そこで黙られると気になるけどいいか。

 本当の私は基本的に口にしていくタイプだから戻せているということだ。


「なあ」

「うん?」


 うーん? なんか妙に真剣な顔に見えるけどどうしたのだろうか、やれることがなくて帰りたいということであってもせめてあと三十分ぐらいは付き合ってほしいところだった。


「今日も泊まるわ」

「もう、それなら早く言ってよ」


 彼は私を不安にさせる天才だった、で、私が結構不安になってしまう人間だと分かっているから敢えてやっていそうでもある。

 でも、言っていかないと変わらないからあまり意味のないことでも繰り返していくしかない。


「三宅に彼氏がいてくれてよかったわ、そうしないとお前は無駄に悪く考え始めるからな」

「珠恵ちゃんに柏倉君という彼氏がいなかったとしても変わっていなかっただろうけどね」

「いなかったときの話をしても意味がないだろ」


 だけどいなかったらアタックすることができたのだから彼的には損だと思う。

 その場合でも受け入れられるかどうかは珠恵ちゃん次第だけど、アタックすることができたというだけで全く違うだろう。


「そろそろ帰るか、風邪を引かれても困るからな」

「はぁ、仕方がないからそうしようか」

「お前のためを思って言っているんだぞ?」


 ならそういうことで終わらせておこう。

 せめて三十分は~などと無駄な抵抗をしていた私だけど、四人で行ったときに新鮮さがなくなるからこれでいい。

 そもそも私だけ水着で浮いているし、早く服を着て自分を安心させる方が優先するべきことだった。




「朝から暑いな……」


 ただいい点もある、それは小学生のときと違ってラジオ体操をしなくていいことだ、だから朝から微妙な状態で外に出る必要はなくなって最高だ――ったはずなのに……。


「最高なのは出なくていいだけで、家に一人でいるのはつまらないなあ」


 むしろそうやって強制された方が自然と人とも関われてよかったのかもしれない。

 全部が全部強制だったら窮屈だけど、中学もなんらかの部に強制ルールというのがあったからこそ千葉君と会えたわけだからなぁと呟く。

 でも、連絡もなしに出たところで自然と会うことは不可能だから結局家でだらだらしている状態が続いているというわけだった。


「電話……あ、珠恵ちゃんからか、もしもし?」

「いまから私の家に来られる?」

「うん、暇だから余裕だけど」

「じゃあ来てちょうだい、それじゃ」


 なんでかは分からないけど行くことにしようか。

 人の家に上がるということでなるべく汗をかかないように気をつけつつ歩く。

 まあ、気をつけていたところで汗は出てくるけど、多少なら許してくれるはずだ。


「鍵を開けるわ」


 うん、中に入らせてもらってもあくまでいつも通りの三宅宅だった。

 柏倉君がいたとか千葉君がいたとかそういうこともなく、きょろきょろしている私に彼女はまず飲み物をくれた。


「えっと、今日はどうしたの? 私としては暇すぎてどうしようもなかったからありがたいけど、こんなこと久しぶりだからちょっと落ち着かないよ」


 正直、これなら柏倉君がいてくれた方がよかったかな、と。

 黙られて気まずくなってしまうよりはいちゃいちゃを見ていた方がマシというか、柏倉君は上手く前に進めてくれるからだ。

 私は確定として、千葉君にもできないとまでは言えなくても勝っているあの能力はいま必要なのだ。


「私は千葉君ばかりを優先しているからたまには相手をしてもらおうと思っただけよ、海にいつ行くのかも話し合いをしたかったのもあるわ」

「千葉君を優先って言うけど、珠恵ちゃんが柏倉君とばかりいるだけじゃない?」

「でも、昔のあなたなら私はいらないなんて冗談でも言わなかったわ」

「あ、ちょ、無言で近づかれると怖いんですが」

「あなたはちゃんとこっちのところにも来なさい」


 詰めてくるのをやめて普通に座り直した。

 それから電話で柏倉君と千葉君を呼んでいたけど、何気に交換していたんだなという感想を抱く。

 やっぱり危うかったということになるのか……って、こんなことを考えていたら駄目だ。

 恋愛感情なんて抱かない方がいい、なにもなければ楽しくやれるところをちょっとしたことでもやもやしつつ生きていかなければならなくなるんだぞと内だけで止める。


「よっこらしょっと、あ、お前もいたんだな」

「目が合ったのにそれは無理があるでしょ」


 くぅ、迷いなく隣に座ってくるとは。

 ただ、これだと普通に話しづらいからそこは自分が移動することでなんとかすることにした。

 この子に頼むよりもよっぽど早く長引かなくて済むというものだ。


「まあな、で、海にいつ行くかだよな」

「私は明日でもいいわよ」


 それなら明日デレデレしている彼を見られるということで、そこで現実というやつを分かりやすく知ることができれば馬鹿な感情を抱いたりはしなくなるだろう。


「僕的にはいまからでもいいよ」

「いまからはめんどいから明日からにするか」

「「分かった」」


 残念、今日行くことにはならないみたいだった。


「で、だ、なんで俺は逃げられたのかだ」

「僕らのために譲ってくれたんだよ」

「それならいいが、こいつ、すぐに悪く考えるからな」

「大丈夫だよ、矢橋さんを信じよう」


 ほらね、やっぱり柏倉君みたいな存在がいないと駄目なのだ。

 まあ、利用するみたいになって申し訳ないのもあるけど、どう躱せばいいのかを必死に考えることにならなくて済んでいるからありがたさの方が大きかった。

 何度も言っているように直接頼んで味方をしてもらっているわけではないからまだマシ……と思いたい。


「ソファが一つしかなくてごめんなさい」

「金持ち宅でもなけりゃそんなもんだろ」


 そうだそうだ、そんなにいくつもある物ではないだろう。

 もし複数あるよ、複数あるのが普通だよなどと言う存在がいるならそうなんだで終わらせておけばいい。

 なにが普通かなんて各々で違うのだから気にしすぎても疲れてしまうだけでメリットがない。


「でも、由望の隣に座りたかったわよね?」

「別にそれならいまからでもできる、気にするな」


 うーん、いちいち近いんだよなぁ。

 付き合っている二人だって私達がいるときはそれなりに距離を作っているというのに昔から彼はこうだから困ってしまう。

 あ、いや最近まではこの距離感になにも違和感を抱かずにいたんだけど……。


「おい由望」

「なんだい?」

「いや、やっぱりなんでもない」


 見られると言いにくくなるのだろうか? これまでは全くそんなことはなかったのに最近はやりにくくなっているのかもしれない。

 でも、そうやってなんでもないと言われた側は気になってしまうもので、これも前にも言ったけどはっきり言ってくれた方が楽なのだった。




「雨だ」


 多分四時ぐらいからだろうけど、雨音的なものが聞こえ始めて嫌な予感は前からしていた。

 ただ、こうやって直接雨が降っているところを見ることになると微妙な気分になってしまう。

 色々な理由から海に行けていない内に時間だけが経過してやらかしてしまいそうだからだ。

 誰かのせいにはしたくないけど千葉君が優しすぎるのが……。


「はいはいはいっ、どちらさま……って、なんでそんなに濡れているの?」

「傘をさすのが面倒くさかった」

「もう、夏でも油断したら風邪を引いちゃうんだから駄目だよ」


 何気にここには彼の服が一組だけあるからシャワーを浴びてもらうことにした。

 あ、もちろんぱくったとかではなくて泊まったときに忘れていったというだけだから勘違いしないでほしい。


「ふぅ、ありがとな」

「うん、あ、今日は無理かな?」

「雨の中無理して行っても意味ないしな、また今度にしようと連絡をしておくよ」


 海に行く気はなかったのに私のところには来るとかもうねぇ。

 逆にはっきりしてくれたら恋愛感情なんて抱くべきではない! などと無理やり抑えようとしなくて済むけども。

 でも、はっきりしてよなどと自分から言うのはとてもできない。


「今日は十七時ぐらいまでいていいか?」

「うん」

「じゃあゆっくりさせてもらうわ」


 床に寝転ぶのかと思えば急に足に頭を乗っけてきた。

 父がいたときのままの家だからソファはあるけど、広めではないから窮屈だろうになにも気になりませんとばかりに目を閉じて黙っている彼。

 なんとなくではなく狙って頭を撫でてみると一瞬見てきたものの、それにもなにも言ってこなかった。

 この熱さはシャワーを浴びたからだろうし、濡れたことによる影響というわけではないだろうけどおかしい。


「じゅ、淳平君?」

「重いか? 重いならどくが」

「ううん、ただ、ちょっとおかしいなって思って」

「おかしいか、確かに最近の俺はそうだな」

「だよねっ、今回ばかりは私の勝手な妄想みたいにならなくてよかったよ」


 って、自覚してくれているのがいいのかどうかが分からないぞ……。


「でも、由望も悪いんだぞ?」

「私? ああ、構ってちゃんみたいになっちゃっていたからか」


 結局出会ったときから最近まで一緒にいたいという気持ちがあることには変わらなかったのに他の男の子と付き合っている珠恵ちゃんのことを出して距離を作ろうとしてしまった。

 あ、それもちゃんと一ヶ月ぐらいは守れたらよかったんだけど数日どころか一日も時間が経過せずに終わらせてしまったから問題なのだ。


「違う、思わせぶりなことばかり言うからだ、だから抱きしめたくなったり……とかさ」

「思わせぶりかあ、私にとっての事実しか言っていないからなあ」


 ちなみにこちらは一緒にいられて嬉しいとかありがとうなどとしか言っていない。

 友達としてであっても好きなどとは言っていないため、影響力というのはかなり小さいもののはずだった。

 少なくともいてくれるだけで支えになっている彼とは違う、本当ならちょっと前から一緒にいるただの普通の女子程度の人間でしかないのにこうなってしまっている。


「なのに三宅のことを本気で狙っているとか思われていたんだよな」

「それは仕方がないよ、君だってはっきり奇麗だとか珠恵ちゃんに会いに行くために来ているとか言っていたんだからさ」


 ただね、お世辞でこちらになにもかすっていないことを言ってきていたというパターンよりはいいと言える。

 私が近づいた理由は奇麗だからというわけではないけど、事実、奇麗なのだから仕方がない。


「つか、昔から俺は由望のところにいただろ」

「うん、中学校のときはよく付き合ってくれていたからね、だけど高校になってからは学校以外のときはあんまり付き合ってくれなくなっちゃったからさ」

「ああ、飽きていたとかそういうことじゃないんだ」


 彼は体を起こすと「確かめたかったんだよ」と。


「言ってからにしてよ、不安になっちゃったじゃん」

「いや、不安になる方がおかしい、興味がないなら学校のときすら近づかないだろ」

「無茶言わないでよ。男の子の友達なんて君だけだったんだし、いつでも優しくしてもらえたら……」


 それに私からすれば彼は格好良かった……わけなんだからさ。

 勘違いしてしまうのも問題だけど、正直に言わせてもらうと彼側も気をつけるべきだと思うのだ。

 無駄に振らなくて済むようになるのだからメリットはある、ちょーっと気をつけるだけでいいのだから簡単ではないだろうか。


「よく言うよ、絶対ガードで甘々な雰囲気になることとかもなかったんだからよ」

「確かになかったね」

「はぁ、由望がこんな感じだから俺は苦労することになったんだな」


 同じかは分からないけどこちらも彼関連のことで精神的に疲れたことも多いから一方的に私が悪いと言える件ではない気がした。

 まあでも? 私が悪いとか彼が悪いとかそんなことを言い合っていても仕方がないからここで止めよう。

 これからどうするのかを話し合っていけばいい、過去は変えられないけど未来なら変えられるのだからその方が遥かに後の私達のためになる。


「私はどうすればいい? 無茶なことでなければその通りに動けるように努力をするけど」

「一緒にいてくれればそれでいいと言おうと思ったが、柏倉と楽しそうに会話をするのはやめてほしい」

「はは、珠恵ちゃんの彼氏なんだよ?」

「関係ねえよ、由望は俺といればいいんだよ」

「うわあ、そんなことも言えちゃうんだ」


 すごいよ、なにがすごいって普通の私相手に言えてしまっているということがね。

 やっぱり風邪を引いてしまっているのかもしれないとおでこに触れてみたけど今回も問題ないレベルだった。

 そのため、いいことのはずなのになんだかなあという気持ちが強くなってしまったのだった。

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