06話.[二人はすごいな]

「はぁ」


 なんかあれから千葉君と一緒にいづらい。

 今回もこちらが勝手に悪く考えているだけだけど、どうしても気になってしまう。


「あなたがため息をつくなんて珍しいわね、どうしたのよ?」

「ああ、ちょっと不安になっちゃって」

「だから休み時間にもやっているのね」


 それだって高得点を取るためにしているわけではなく喋ることにならないようにしているだけだった。

 実際、こちらの教室に来ていても勉強をやっているからなのか千葉君が近づいてくることはない。

 ……まあ、その際に彼女と楽しそうに話しているのを見てもやもやしたりもしたけども……。


「偉いわね、そういう理由からであってもしっかり向き合えるのはいいことよ」

「抱きついてもいい?」

「別にいいわよ? ふふ、力が強いわね」

「やっぱり珠恵ちゃんがいてくれないと嫌だ」

「今日は不安定みたいね」


 微妙なときだけ利用するみたいになってごめんよ。

 でも、彼女に抱きついたらごちゃごちゃしていた内側もちょっとマシになった。

 ただ向き合っているだけ、手を動かしているだけになっていたからこれで少しは意味のある勉強ができそうだ。

 嬉しかったのは彼女も一緒にやってくれたこと、そのおかげで追加で二時間ぐらいは頑張ることができた。


「暗くなっちゃった、ごめんね」

「気にしなくていいわ、暗いところが怖いとかそういうことも――ひゃあ!?」


 びくっとなって恐る恐る確認してみると彼女の両頬を掴んでいる両手が……。


「女の子二人でこんな時間まで残ったら危ないでしょ」

「柏倉君でよかったよ」

「送るよ、帰ろう」


 あ、何回も叩かれているけど気にしなくていいか。

 二人はすごいな、ちゃんと向き合って好きになって付き合っていてすごい。


「……で、どうしてあなたがここにいるの?」

「珠恵の家に行ってもいないって言われたからそれなら学校だろうなと思ってさっき出てきたんだ」


 違う場所に行っていて会えなかった可能性もあるのに彼は全く気にしていなさそうだった。

 今回みたいに会えずに終わったとしても楽しめそうな強さがある。

 なんかいまこの二人を見るのはきついかも、せっかくよくなっていた内側も再び悪くなってきた。


「連絡しなさいよ、あと、急に触れるのはやめなさい」

「ごめんごめん」


 それでもね、ちゃんと付き合ってもらったのだから一人で帰ったりはしない。

 大丈夫だ、どうせあと少しで自然と別れられるからそのときまで我慢だ。


「珠恵ちゃん今日はありがとう」

「ええ、また明日ね」

「うん、またね」


 今日は母と話したい気分だから寄り道をしないで歩いて行く。

 途中でそれでもお菓子を買ってくればよかったなどという気持ちになったものの、コンビニから離れてしまったため諦めた。


「よう」

「……おかしいな、ここは私の家じゃなかったとかかな」

「お前の家だぞー」


 彼と勉強をした日よりも遅い時間に帰宅したのもあってか母はもう休んでいるみたいだった。

 休んでいるのに無理やり絡みに行くのも違うため、温めてご飯を食べさせてもらうことにする。

 私が食べている間、彼はソファに寝転んでゆっくりとしていた。

 特に用があったわけではないっぽい感じ、まあ、用があるなら学校のときに来るだろうと片付ける。


「また柏倉とこそこそしていたのか?」

「ううん、珠恵ちゃんと勉強をしていたの」

「はは、お前は勉強が好きだなあ、今日はずっとやっていただろ」

「ちゃんとやっておいた方が終わった後に気持ち良く遊べるからさ」


 まあ、柏倉君はこそこそしていたけども。

 というか、思ったよりも普通だな、もっとやられるかと思ったけどそうでもない。

 もちろん家だからとか母のご飯を食べられているからなどもあるだろうけど、想像していたよりは普通でそれが微妙な気分にさせた。

 珠恵ちゃんに言われていた通りこれは悪い癖だ、で、いつまでもやれてしまうからこんなことになる。


「千葉君、まだいられるなら一緒に勉強しない?」

「しゃあねえな、それじゃあさっさと食べろよ」


 味わいつつも急いで食べて学校にいたときみたいに広げた。

 今日は喋りかけて中断させてくるようなこともなかったため、いい一時間を過ごせたけど……。


「程々にしておけよ、一日だけ頑張っても意味はないからな」

「うん、付き合ってくれてありがとう」

「じゃあな」


 いや待って、このまま帰すのは違うだろう。

 私はまだ彼がなにをしたかったのかも知らないままだ、このままだと眠れなくなりそうだからちゃんと聞いておく必要がある。


「じゃないよ! どうして来ていたの?」

「どうしてってそりゃ、今日は話せていなかったからだろ」

「それなのにこれだけで帰るの?」

「テストが終わった後に相手をしてもらうからいい、じゃあな」


 彼的には無茶をしたり頑張ったりしなくても私とは話せると思っているのか。

 でも、そうやって遠慮をするところにむかついた。

 勝手だと言われても気に入らないものは気に入らないから普通に話しかけてきてよと言いたくなる。


「なんてね」


 もう全部いい方に考えてしまおう。

 気の持ちようや捉え方次第だと自分でこの前は片付けたのにこんなのじゃ意味はないから頑張るのだ。




「ぐー……はっ、終わったのはいいけど何故か連日眠たすぎる……」


 油断しているとすぐにもっていかれそうになる、七月で気温も高いのに落ち着くのは何故だろうか。

 授業があるわけではないから学校の方への問題はあまりないけど、時間ができれば寝てしまうというのはもったいないとしか言いようがない。


「由望」


 反応するのも面倒くさく感じてきて勢いに任せていると「おい、聞いてんのか!」と耳元で大声を出されて飛び上が――らなかった。

 それにすらも勝てる眠気のようだ、逆にすごいからこのまま黙っておこうか。


「起きろごらあ!」

「え、え? ど、どこに触っているの!」


 ちょっと無駄なお肉がついていて最近ヘコんだばかりなのだからやめていただきたい!

 抱きしめてきたときといい本当に全く考えずに行動する子だ。

 同性扱いをしているからこそなのだろうけど、やられるこちらとしてはたまったものではない。

 

「腹だよ腹っ、つかわざと無視をしていやがったなお前!」

「ちょ、やめ、これ以上はやばいって!」

「うるせえ!」

「うるさいのはあなたよ」


 おお、家ではなく学校だったのもあって最強の味方がやって来てくれた。

 本当にこれ以上やられると乙女として死んでしまうから止めてもらうしかない。

 なんでもポジティブに~なんて考えた私だけど、実際にそうできるのであれば誰も苦労はしないのだ。


「まったくもう、付き合っている僕達よりもいちゃいちゃしちゃってくれているじゃないですかー」

「誰だよお前は」

「柏倉陽だよ、さ、いまの内に矢橋さんはこっちに来て」

「うん」

「待て、いい加減そろそろ相手をしてもらうぞ由望」


 意外にこうして腕を掴んできたときなんかは私が痛くならないようにしてくれているから彼は優しかった。

 だからすぐに落ち着ける、冷静になれていい判断ができる。

 

「落ち着いてくれたらいいよ」

「ああ、落ち着くから柏倉のところに行ったりするな」


 最近は言うことを聞いても腕を掴まれたままというのが多かった。

 でも、一人でずっと立っていると寝てしまいそうだからこの方が避けられていいのかもしれない。

 そういうのもあって、三人が会話しているのをなんとか耐えながら見ていることができた形になる。


「帰るか」

「そうね」


 それでも帰ったらすぐにベッドで寝よう。

 この感じだと彼が家に来る可能性が高いけど、彼がいても普通に寝られるから問題ない。


「じゃあね」

「ええ、また明日会いましょう」

「じゃあねー」


 早く休みたいから腕を掴まれているのをいいことに連れて行くことにした、そうしたら意外にもなにも言ってこないから部屋にまで移動することになってしまったのは問題だと言えるけど。

 いやほら、彼がいる場合ならリビングの床とか客間の床でという風にするのが普通だと思うし、これだと私が彼とイケないことをしたくて連れ込んだみたいになってしまう。


「着替えるから出ていて」

「別にいいだろ、反対を向いているからさっさと着替えて休め」

「え、休んでいいの? あ、休むつもりでここに来たんだけどさ」

「無理をさせたところで反動で酷くなるだけだからな、早く着替えて寝ろ」


 彼だからいいかとはならない、でも、このまま続けても平行線になるだけだから廊下に出て着替えた。

 絶対に寝ると決めていたのもあってベッドに寝転んだら座っていた彼がわざわざ移動してきてこちらを見下ろした。

 無視をするのも違うからじっと見ていたものの、彼は結局なにも言わずにどかっと床に座っただけだった。

 気になるのは気になるけどベッドに寝転べている安心感からか眠気がきて任せて、次に目を開けたときには既に真っ暗になっていた。


「いないか」


 そりゃそうだ、病人というわけでもなかったのだから帰るのが普通だ。

 むしろ暗い中ずっと座っていたとしたら怖いから帰る選択をしてくれてよかったとすら思う。

 ただ、意外どころか驚いたのはもういい時間なのに母も帰ってきていないということだった。

 一応全部探せるところを探したうえでの結果だからなおさらそうなるというわけだだけど……。


「よう」

「うん、君がいたのはお母さんを探している間に気づいていたけどさ」


 客間に布団を敷いて寝転んでいた。

 調子が悪いわけではないということはすぐに分かったからそっちについては特になにも感じてはいない。

 帰るのが普通だとか考えておいてあれだけど、いまの彼なら敢えて逆の選択をしてもなにもおかしくはないという感じで……。


「あの人に会いに行ったんだ」

「あの人ってことはお父さんか、最近はどうしたんだろう」


 私達が仲良くできている……かどうかは分からないけどそれを見て影響を受けたということなのだろうか? 付き合う前を思い出せてよかったのかもしれない。


「それよりちょっと外に行こうぜ」

「いいよ、連絡をするから待ってて」

「いい、由望が起きたら出かけてくると言っておいた」

「あ、そう? じゃあ行こうか」


 夜は涼しいとかそういうこともなく夜も暑かった。

 それでも汗をかくほどではないからゆっくりと彼の横を歩いていると「やっと終わってくれたぜ」と彼が唐突にそう言った。

 長々話すことはなくても普通に挨拶やちょっとした会話はしていたから大袈裟だなあなんて感想を抱く。


「やっぱりお前と話せないのは違和感があるんだよ」

「そう言ってもらえるのはありがたいけど、最近はちょっとおかしいね」


 躊躇なく頭以外のところに触れてきたり、抱きしめてきたりと実に彼らしくないことをしている。

 それで少しだけでも乱れることになったのだから適当にしているのであれば勘弁してほしい。

 ずっとポジティブでなんかはいられないし、適当に利用されて大丈夫などとは言えないからやるならもっと強い子相手にしてほしかった。

 ……彼的にもそれができないからこそ余裕な私に、という考えだろうけど……。


「そうか? 俺は前からこのスタンスでいたと思うが」

「ないない、教室に来ている理由だって珠恵ちゃんだと言っていたじゃん」

「ああ、それは放課後になると一緒にいられねえからだ、その点、お前とはいられるからな」

「いやいや、放課後に君と安定して過ごせたのなんて中学生のときが最後だけど」


 まあ、中学生のときに出会ったのだから当たり前と言えば当たり前だけど。


「つまり足りねえってことか? いまのままだと安心できないから来るならちゃんと来いよと?」

「え? あー、まあ、人間なんてそんな感じじゃない?」


 男の子であっても来たり来なかったりの友達が相手なら似たような感想になる……はずだ。

 男の子ではないし、なにより私だから自分だけの可能性もある、だから断言することはできないけどさ。


「他の人間のことなんてどうでもいい、お前がそう思っているのかどうかだ」

「そ、そりゃまあ……もっと来てもらえたらちょっとしたことで不安になることもないんだし……」

「はぁ、勘違いするなよと言っておいたのに結局勘違いしているのかよ」


 ただ仕方がないだろう、むしろあそこでなにも感じずにすっと受け入れられるような人間はいないと思う。

 本命と上手くいかないからとすっきりさせるために違う異性を抱きしめる方がどうかしているのだ。


「いいか? あんなことはお前にしかしねえよ」

「え、嘘つき」

「はあ!? くそ、俺が他の女子にほいほいとするような人間だと判断されていたってことかよ」


 あ、なんか少し縮んでしまったように見えた。

 もちろん物理的にはなにも変わっていないものの、彼的にはショックだったのか少しの間はなにも言ってこないことが続いた。

 でも、こんなことは一人ではやらないから新鮮な気持ちになっていて気まずくはなかった。


「……お前にしか触れていなかっただろうが」

「珠恵ちゃんが柏倉君と付き合っていることを知っていたからでしょ?」

「いやだから、別にそういうことで遠慮していたわけじゃねえんだよ」


 彼は足を止めてこちらの頭に手を置く、それから「これだってお前にしかしてねえだろうが」と。


「まあほら、確かに三宅は奇麗だが皆が皆その相手を好きになるわけじゃねえってことだ」

「え、わ、私が好きってこと?」

「それは段階を飛ばしすぎだ、だが、放っておけない存在なのは確かだな」

「うーん、そういう理由で近づかれるのはちょっと、だって相手は不安になるから近づいているだけなのに好きになったらアホみたいじゃん」

「って、お前はそこまで影響を受けねえだろ」


 こちらの頭から手をどけて「意外とガードが硬いしな」と重ねてきたけど、全くそんなつもりはなかった。

 私なんか他の誰よりも一番影響を受けてあっという間に好きになることはなくても気になってしまう感じなのにまるで合っていない。

 というかそうだからこそ彼に対して一緒にいてほしいとか相手をしてほしいとか考えてしまっているのではないかと内で叫ぶ。

 こういう人間でなければ私はもっと楽に、そして毎日を楽しく過ごすことができたのだろう。

 それこそなにもなくたってそれすらを楽しめる余裕があったはずなのだ。


「来てくれるのは嬉しいけど気をつけてよね」

「嬉しいならいいな」


 で、長く歩くつもりはなかったらしく、学校が見えたところぐらいで引き返すことになった。

 まあ、家に帰っても依然として母はいなかったけど、まだ彼がいてくれるようなので寂しくはならない。

 あれだけあった異常な眠気もしっかり休むことでなんとかできたため、明日からは気持ち良く過ごして帰ってこられると思う。


「そうだ、海に行こうぜ海」

「あ、そうだね、夏休みが始まる前に行こうか」

「もちろん先に二人きりでだぞ」

「先に四人にしておいた方がいいよ――あ、だけど珠恵ちゃんの水着姿で上書きなんてこともできるのか」


 じゃあ彼の言う通り先に二人で行くことにしようか――ではなく約束だからね。

 結局、私は水に触れて楽しめればそれでいいから気楽だった。

 あくまで前座みたいなポジションなら求められすぎないからこれからもこのままで――いいはずなのに、何故か一部の私が邪魔をするのだ。

 恋愛感情なんか持ち込むと大抵はいいことにならないのにね、どうしてもいい部分ばかりを見てしまってついついそのときの私達を想像してしまうというかさあ……。


「上書きってなにをだよ」

「あー、こっちの話だよこっちの話」


 彼が普通でいてくれるように考えて発言をするというのもなんだか微妙だ。

 こう、正直に言い合いながらも一緒にいられる関係を望んでいる。


「ただいま……」

「おかえり、あれ? なんか疲れている感じ?」


 って、この時間まで外にいたわけだから当たり前か。

 今日だって普通に仕事があったわけだし、疲れていないわけがない。


「まあね、付き合うときだってあんなに積極的じゃなかったのに急にぐいぐいくるからね……」

「ある意味俺らより大変そうですね」

「大変だよ、淳平肩を揉んで」

「いいですよ、じゃあそこに座ってください」


 あ、いいな、彼にやってもらえるからとかではなく誰かに肩を揉んでもらえるって幸せなことだから羨ましい。

 勉強で疲れたのもあるからとまで考えて結局すぐに片付けたけどさ……。

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