05話.[残酷な男の子だ]
「三宅の奇麗さの少しだけでも由望にあったらなあ」
余計なお世話だ、そういうのは可愛い子や奇麗な子に求めておけばいい。
普通の人間に求めることではない、そんなことも分からないなんて大丈夫なのかと言いたくなる。
「奇麗に見えるかどうかは人によって違うわ、だからそんなことを言わないでちょうだい」
「いや、三宅は普通に奇麗だろ」
「あのね、適当に奇麗奇麗と言われても喜べないものなのよ、それにあなたが続ける度に陽が酷くなって困っているのよね」
ぷふ、そうだそうだ、はっきりと言ってやっておくれ珠恵ちゃんよ!
彼は色々と反省する必要があるのだ、でも、いまのままだと全く自覚できていないから多分反省もできないので頑張ってもらうしかない。
「なんか冷てえから行こうぜ由望」
「駄目です、あなたはもっと反省した方がいいです」
「知らん知らん、行くぞ」
腕を掴まれたら力の関係で付いて行くしかない。
彼は教室から結構離れた場所まで歩いて私の腕から手を離した。
柏倉君がふらっと現れるのを避けるためかな? などと一瞬出てきたものの、珠恵ちゃんがいるわけでもないのに逃げたところで意味はないとすぐに片付ける。
「悪い」
「え? はは、なに急に」
相手が誰であれ急に謝られると不安になるからやめてほしかった。
「いや、なんか教室だとついつい余計なことを言ってしまうんだ」
「本当のことでしょ、余計なお世話だと一瞬むかついたけどもう大丈夫だよ」
まああれだ、相手が珠恵ちゃんだとそうなっても仕方がないというやつだ。
他の誰かが見ても同じような感想……になるだろうから彼が悪いわけではない。
それにこんなことでいちいち感情的になっていたら疲れてしまうからこれぐらいの緩さでよかった。
「また甘えていいぞ」
「は、はい? なんで急にそうなるのかが分からないし、君に甘えたことなんて一度もないんですけど……」
「昨日は寝させてくれなかったがな」
「もう寝たいんだが」と言っている彼を無視して付き合ってもらったのは事実だけど、それは甘えたわけではなくて母がさっさと寝てしまったから相手をしてもらいたかっただけ……って、これは結局寂しくて相手を頼んだわけだからそれと同じなのだろうか……。
と、とにかく、向こう側から言われてじゃあ甘える! とはならないことだと思うので、再度なにを言っているのさと口にして流すことにした。
感情的になるのもそうだし、なにかを言われる度にこうしてごちゃごちゃ考えるのもそう、疲れてしまうだけだからやめたい。
「昨日の話じゃないが何回も女子的にいいとかなんとかってアピールもしてきていたしな、残念な点は私的にいいと言えなかったところか」
「いやいや、そういう優しいところに女の子は弱そうだなって思っただけでですね、別にあなたのことを意識しているのに素直になれなかったとかそういうことではないんですよね」
「はは、まあでも仕方がねえか、それなりに一緒にいることで踏み込むのが怖えんだよな」
ま、全く聞いてくれていないぞ……。
というか付き合う気がなくてもやはり
だって妥協するとしてもついつい比べてしまうでしょ? 先程のあれだってその差に引っかかってしまっているから――いや、そもそもこちらのことを意識しているのかどうかすらも分かっていないけどさ。
「由望」
「あ、もしかして前髪が長いって?」
「ああ、多分これがあるから普通に見えるんだ」
「いや、これを切っても普通からは変わらないよ」
私が彼に対して~ということならありえるけど恋補正でいいように見えるということもないだろう。
まあでも、長くなってきて少し邪魔だから切ってみた結果が、
「うん、変わらねえな」
「でしょ?」
これだ。
ただ、彼的には変わらなかったというだけで私は見やすくなったから楽でいい。
そもそもね、彼が変なことばかりを言うから流されかけているけどあれからこちらのやり方は変えていないからこのままがいいのだ。
なにかがあればあるほど楽しくなるというわけではない、つまらないなどと言ってしまった日常も本当のところは安心できてよかったということになる。
物理的に疲れるよりも精神的にというか、心臓が疲れてしまうようなことは避けたいため、変なことをするのはやめてほしかった。
「わがままだな私は」
「今更かよ」
「うん」
他の誰かに集中していたら不満を抱いて、いざ実際にこうして優先されるとこんな感じでさ。
「六月が終わったらなにがしたい?」
私は夏らしい食べ物が食べたい、残念ながら夏休みまで我慢できそうにない。
だけど暑いのは苦手だから今年の夏もなるべく引きこもる方向でやっていこうと決めている。
「七月になったら俺は海に行くぞ」
「はは、一人で?」
彼なら一人だけでも気にならないだろうし、一人でも問題なく楽しめそうな強さがある。
夏祭りなんかにも「飯が食えればいい」とかなんとか言って相手がいなくても気にしなさそう。
「なわけねえだろ、参加メンバーは俺と由望だ」
「嘘つき、珠恵ちゃん、柏倉君、君でしょ」
「カップルなんて誘ったら空気も読まずにいちゃいちゃされるだけだろ」
彼はこちらの肩に手を置いてから「だから付き合ってくれ」と。
な、流されないぞと意識していないとやられてしまいそうだった。
「海、いいわね、私も行きたいわ」
「行こう行こう、千葉君と二人きりで行くよりも四人で行けた方がいいよ」
「あら、あなたも私達みたいになってしまったの?」
「ううん、だってどう考えても四人で行く方が長くいられるからさ」
いちゃいちゃしに行くわけではないのだからそれでいいのだ。
他の子と話していた柏倉君も「そうだね、二人きりよりいいかも」と乗っかってくれた。
多分、彼女や彼がいれば今日は来ていない千葉君も納得してくれるはずのため、どうするべきかと悩む必要がなくなったのは大きい。
「もちろん水着は新しく買うんだよね? 学校指定のやつでいいとか矢橋さんは言わないよね?」
「め、目が怖いよ、というか、珠恵ちゃんがいるからって欲望に正直すぎない?」
「欲望に正直でなにが悪いの? そういうことから目を背けて生きたって後でああしておけばよかったと悔しくなるだけだと思うよ」
まあ、自分でも口にしているように彼女もいるのだから仕方がないか。
とりあえず話は終わったから今日は自分の方から行こうとしてやめた。
せめて自分が決めたことぐらいは守らなければならないというのと、教室を出る前に大きい壁とぶつかってしまったからなんとか止まれた。
「ちゃんと前を見て歩けよ」
「大きい壁は君かあ」
「寧ろ俺じゃなかったら問題だろ、ほとんど胸に飛び込んだようなものだぞ」
確かに、これには感謝するしかないからありがとうと言っておいた、あと、これなら自然と彼といられるからその点にも……というところか。
とりあえず四人で行くということになったと彼に教えると「はぁ、余計なことをしやがって」とつまらなさそうな顔になった。
珠恵ちゃんもいるんだよ、水着姿が見られるんだよと加えてみても「二人だけでよかったんだよ」と納得のいかない様子――あれだけ気に入って動いていたのによく分からない子だと言える。
「じゃあまあ他の日にも付き合えよ」
「大して距離もないから付き合――な、なんで私が付き合わないといけないの?」
「当たり前だろ、お前が甘々なせいで四人で行くことになったんだからな」
二人きりは避けたくてあの二人に教えたわけだから私のせいとも言えてしまうようなことではある、が、彼だってきっと二人がいてくれた方が楽しめるだろうから当日までそういう判断をするのは待ってほしかった。
「あら、四人じゃ嫌なの?」
「別に嫌じゃねえ、だが、四人だと由望が駄目になるからな」
「由望が駄目になる? 人数が多くても浮かれすぎて調子に乗ってしまう子ではないわよ?」
そういうときは邪魔にならないようになるべく喋らないようにしている。
昔「騒がしいやつは嫌いだ」と彼は言っていたため、別に彼に気に入られようとして静かにしているわけではないけどいいはずなのに……。
「まあいいわ、こいつに付き合ってもらうから問題ない」
ちょ、気軽に頭に触れるのはやめていただきたい。
そういえば奇麗だなんだと褒めることはあっても彼女に触れているところを見たことがないというのが実際のところだった。
奇麗だからこそなのか、彼氏がいるから遠慮をしているのか、馬鹿にしているわけではないからなのか、本当のところは分からないけどできる相手とできない相手がいるみたい。
「そう、それならよろしく」
「ああ」
「僕もいることを忘れないでね」
「三宅といちゃいちゃするんじゃねえぞ」
あ、柏倉君の頭には触れた……ということは私は男の子扱い、つまり同性として見られているということか。
ちなみに柏倉君は「しないよ、それよりせっかく海に行くんだったらちゃんと泳がないとね」といちいち気にせずに大人の対応ができていた。
一気に対応が変わってきているのもそういうこと、そりゃ同性扱いにしてしまえば気にせずに動けるよねということで……。
「珠恵ちゃん、私は男の子になったんだ」
「余計なことを考えない、そこがあなたの悪い癖よ」
「だってぇ」
「そのまま続けるようなら面倒くさいから知らないわ」
い、いいさ、結局は気の持ちようでどうとうでも変わるのだ。
……正直に言うとどんな理由からであれ彼が来てくれているということが大きくてなんてことはない日常が楽しく感じてしまっているわけだし、このままだったら味方が一人減ってもやっていける。
「珠恵ちゃんがいなくても私は大丈夫」
「ふーん、面白いことを言うのね」
「あ、あの? え、ちょっ、はははっ、くすぐったいよ!」
「ふふ、あなたが『珠恵ちゃんがいないと嫌だ』と言うまで続けるわ」
ああ、本当にお似合いの二人だよ。
相手が慌てているところを見て最高の笑みを浮かべるなんてなかなかできないよと内で呟いた。
「あー、つまんねえ」
「まあそう言わないで勉強をやりましょうよ」
遊びに行くとしてもとりあえずテスト期間を乗り越えなければならない。
「最近やる気が出ない理由はお前でもあるんだ、だからお前も悪いんだぞ」
「なんで私のせいなんですかね」
こうして喋っている間にも手は動かし続けているから無駄ではないけど、できれば黙ってやった方が自分のためになるから静かにしてほしかった。
どうしたって喋りかけられれば反応しなければならなくなるからこのまま続けるということであればそれはもうわざとやっていると判断するしかない。
となると、意地が悪いことをしているということなので、そういう風に思われたくないならそうするべきだ。
「先に付き合ってあげるからやろうよ」
「言ったからな、約束をちゃんと守らなかったらひん剥くぞ」
「はは、私の裸になんて興味がないくせに」
「あるよ」
ないない、今回も流されかけていないでやってしまおう。
得意な教科も苦手な教科もないからやろうと思った教科からやっていく。
私の場合は不効率と言われようととにかく書いて覚える……というか暗記するタイプなので、テスト期間はシャーペンの芯の減り具合がすごかった。
あ、別に普段は全くやっていないとかそういうことでもないけど、さすがにこの期間には勝てないというだけのことだ。
「まあ裸はともかく水着は楽しみなんだ」
「確かに珠恵ちゃんの水着がどんなのかが気になるよね」
「わざと言っているだろ」
「あなたこそ分かりやすい冗談を言わなくていいんだよ?」
だから流されるなって、勉強をやるために集まっているのだから無視をするぐらいでいいのだ。
強気に対応することもときには必要というだけ、普段のままだといつまでも変われないから今年の夏は彼に対して強気な対応をするというのが目標かな。
「俺はここまでだ、後は頼む……」
……こちらの集中力も大したことがないからあと三十分ぐらいしたら帰ろうか。
拗ねるとこちらに求めるなにかがどんどんと大きくなりそうだからある程度は合わせておかないと後の私がやられることになる。
圧倒されていたら先程決めた目標を達成することができないため、柔軟に対応していかなければならない。
「やっと帰れるのか……って、由望の父さんがいるぞ」
「あ、本当だ」
ぐだぐだになる前も一応やっていたからか。
父の会社は常に遅い時間まで働くことになるというわけではないため、ここにいるのはともかくこの時間に外にいられていることについては違和感はなかった。
ただ、なんとなくすぐに近づくのは違う気がして隠れて見ていたものの、あまり意味がないことに気づいて普通に近づく。
「あ、由望」
「いきなりどうしたの?」
「さっきあいつと話してきたんだ」
私がお父さんと呼ぶのは違って離婚した身としては母さんなんて言えないか。
彼もいるから移動しながら話そうと言って歩き出す。
「もしかして再婚するんですか?」
「……そういう話し合いをしてきた」
「へえ、そうしたら由望が喜びますね」
母にもそうだけど敬語を使っている彼は違和感が……。
「でも、大丈夫なんですか? また上手くいかなくて離婚なんてことになったら今度こそ由望がやられてしまうと思いますが」
「……今度は失敗しない」
「そうですか」
この感じだと本当にお互いが戻りたいって思ってはいなさそうだ。
特に母は自分だけがいれば十分だと考えていそう。
「それを直接言いたかっただけなんだ、邪魔をして悪かった」
「ううん、そんなことは言わなくていいよ」
「じゃ、またな」
駄目だな、このまま帰りたくはないから彼に付き合ってもらおうかな。
頼もうとして横を見てみたらじっとこちらを見ている彼が見えた。
いやでもと一応前後左右を確認してみたものの、私以外にはいないからやはりそういうことになる。
なんだろうか、言いたいことがあるならはっきり言ってほしい。
無言で見られることほど不安になることはないからさ。
「お前はどうなんだよ、二人が戻ることは賛成なのか?」
「賛成だよ、だけど私のためにならやめてほしいんだ」
「ふーん、子どものことを考えてくれているってことなんだからいいんじゃねえの」
「駄目だよ、だってそれだと
「でも、お前がいなけりゃそもそもそういう話すら出ていないんだぞ?」
駄目なものは駄目だ、けど、それこそ私の意見が届くことはないと思う。
願望でもなんでもなくこのままなら私のために再婚を選ぶ。
父が家に上がることができている時点で少し前までとは違うのだ……って、家に上がって話したのかどうかは分からないけど。
それに私はどうせ家に母がいてそのうえで父もいるという風になったら喜んでしまうからこんなことを考えても意味がないのかもしれない。
「そ、それはともかくとして、ちょっと付き合ってくれないかな」
「それなら俺の家に来いよ」
「うん、行くよ」
もう付き合ってくれないかと口にした時点で破ってしまったことになるけど、やはり大人しく帰ろうという気持ちにはならなかったから仕方がない。
「ほら」
「ありがとう」
「じゃあ抱きしめさせてくれ」
「ん……? え、ちょっ」
ど、どうしたのだ彼は、なにも影響を受けるようなことだって起こっていないのに変なことをしているぞ。
こちらを抱きしめてきている体もやたらと熱いとかそういうこともないし、熱が出ているからというわけではなさそうだ。
となると、本命と上手くいかなかったから甘えたかったというところか。
「よしよし、大丈夫だからね」
「勘違いするなよ」
「大丈夫だよ、勘違いなんかしないよ」
私と彼しか関係していないから黙っておけばなんににも影響は出ない。
どうしようもない気持ちをどうにかしたくてであっても私を選んでくれてよかった――と最初は思っていたけど時間が経過してから駄目になった。
「大丈夫だよって大丈夫じゃないよ……」
はぁ、私からすれば離れていても近くにいてくれても残酷な男の子だった。
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