04話.[優しくて意地悪]

「く、くそぉ」


 傘をさしていたのに横風が強すぎて意味がなかった、そのため、朝から濡れるという最悪の状態だった。

 タオルなんか持ってきていないから自然と乾いてくれることを期待して動き回っているけど体が冷えてしまって正直寒い。


「止まれ!」

「君は大丈夫……そうだね、よかったね」

「ほら、タオルを貸してやるから拭いておけ」

「え、いいよ、そんなの申し訳ないし……」


 傘をさしていれば問題ないと楽観視していた自分が悪いのだから借りるなんてことはできない

 まあ、風邪を引いてしまっても自業自得、誰かに迷惑をかけるわけではないのだから問題ないだろう。

 一日会えないとなると不安にはなるけど、なにも一生会えないということはないのだからそれでいい。


「拭いてやるからじっとしていろ」

「だから――もう、後で使えなくて文句を言ってきても受け入れないからね」

「文句なんか言わねえよ、このタオルだってなにかがあったときのために持ってきているだけだしな」


 なんだいなんだい、そうやって優しいからついつい一緒に過ごしたくなるというのに彼ときたら……。

 みんなに優しいことを知っていて、それでいて気になってしまうこちらの方が悪いのかもしれないけど、もっと気をつけてほしいと言いたくなるのは私がわがままだからだろうか。


「よし、これでいいだろ」

「ありがとう、学校のときは特に優しいね」

「はは、そりゃまあ周りからの評価がよくなるように動いているからな」

「計算して動いているということかあ、でも、悪いことをしているわけではないんだからいいんじゃないかな」


 拭いてもらったことよりも話せたことで冷えが直った。

 こうなると歩いていても無駄に疲れてしまうだけだから教室に戻る。

 今日も今日とて珠恵ちゃんに対して積極的な彼と柏倉君を見つつ、すごいななんて内で呟く。


「由望、なに自分は関係ないとでも言いたげな顔でこっちを見てきているの?」

「遠慮をしているとかじゃないよ?」


 こうして席に着いていると安心できるからしているだけ、席から楽しそうなみんなを見るのが好きだからしているだけなのだ。

 基本的に私は遠慮なんてしないから勘違いをしないでほしい、むしろ相手が言ってくれるまで気づけないで調子に乗ってしまうのが私なのだ。


「ちゃんと来なさい、私だけで二人の相手をするのは不可能よ」

「いつもみたいに本を読んだらどうかな?」

「駄目よ、すぐに本を取り上げてくるもの」


 当然、彼女がこちらに来てしまえば二人もやって来る。

「おいおい、俺達を放置してそっちに行くなよ」と分かりやすく不満がありますという顔をしている、柏倉君はにこにこと柔らかい笑みを浮かべながら「うん、やっぱり三人か四人で集まれた方がいいね」とあくまで普通に見えた。


「おい由望、なんでお前の席は二人と離れているんだよ」

「え、そんなことを言われても困るよ」


 紙を引いてたまたまここになっただけなのだから無茶は言わないでほしい。

 そりゃ私だってできれば二人の近くの方がよかった――ではなく、珠恵ちゃんの近くだったらよかったなんて考えるときはあるけどその通りにはならないのだから諦めている。


「はぁ、由望の席が近ければ三宅とだってもっと自然に話せるのにな」


 近くないいまでも自然と話せているし、彼氏がいない状態であれば毎日ナンパ的なことができているのだから微妙な発言だった。

 私もそうだけどいまよりももっといい状態を望むと悪い結果になりそうだからやめておいた方がいい。


「千葉君はもっと遠慮をした方がいいね、傍から見たら彼氏がいる女の子を口説いているように見えるからさ」

「だからそういうつもりはねえって。俺は事実を言っているだけだし、三宅と話したいからこっちのクラスにきているんだよ」

「矢橋さんと話すためじゃないの?」

「いや、あくまで三宅と話すために来ているだけだぞ」


 柏倉君がいなかったらどうなっていたのだろうか……って、これだけはっきり言えるのだから余裕でアピールをしていたか。

 受け入れられるかどうかは珠恵ちゃん次第だけど、ただ待っているだけの人よりは遥かに可能性が高かったということになる。

 小さなきっかけ一つでなにもかもが変わっていたかもしれないということを考えると、面白いような怖いようなという感じだった。


「いつでも正直だなあ」

「当たり前だ、思ってもいないことを言ってどうするんだよ」

「ふふ、全部陽に突き刺さったわね」

「そんなことはないよ、僕だって適当に言葉にしているわけではないからね」


 適当かそうでないかは本人にしか分からないところだから違うだろとは言えないことだ。

 まあ、彼女や彼が言おうとしているのかも分からないことだからこれもあまり意味はない。

 とにかく、二人が相手でも負けないで自分を貫けるのはすごいと思う。

 私だったらはははと適当に笑って誤魔化すしかないため、普通に羨ましいところだと言えた。




「となると、あれは本当だということになるのか」


 放課後になっても帰ることはせずに考え事をした結果がこれだった。

 千葉君の中には珠恵ちゃんと仲良くしたいという気持ちしかなくて、それ以外の子と関わるのはあくまで評価稼ぎのため……ということだ。

 自分をよく見てもらおうとするのはなにも悪いことではないからとやかく言うつもりなんてないものの、それならと変えたくなってしまう。

 別に不特定多数からよく見てもらおうとしなくてもいいだろう、自分が気に入った相手からだけそういう風に見てもらえるよう努力をすればいい。

 ま、なにが言いたいのかと言うとそれなら申し訳ないから他の子を優先しておきなよということだった。


「やあ、最近は変なことばかりをしているね」

「君こそなんで珠恵ちゃんと帰らずにここに残っているの?」


 大袈裟でもなんでもなく千葉君が放課後に学校に残るぐらいの珍しいことをしていることになる。


「たまたまかな、矢橋さんは?」

「私はちょっと考え事をね、あ、千葉君のことなんだけど」

「千葉君かあ、自分が珠恵の彼氏でいられているのに不安になるよ」


 彼は椅子に座ると「珠恵にばかり集中されてもやもやしているとか?」と続けてきた、違うからあくまで普通のまま違うと返す。


「なるほどね、時間がもったいないからやめた方がいいと思っているんだ」

「うん、だって珠恵ちゃんと話すために来ているのにこっちに使っていたら減っちゃうでしょ? だから私はいいから優先しなよと明日会ったら言うつもりだよ」


 いや、言うつもりではなくて言わせてもらう、このまま変な距離感のままでいると疲れてしまうからはっきりとさせてしまえばいい。

 まああれだ、一応中学生のときから一緒にいるというのもあって「行ってやらなきゃな」みたいな考えになっていると思うのだ。

 それは本当に嬉しかった、少しでも気にかけてくれていたということだから感謝しかない。

 だけど本人のしたいことの邪魔になっているとしたら甘えたままでは駄目だよね。

 

「僕は千葉君じゃないから絶対とは言えないけど、多分、受け入れてくれないんじゃないかな。それこそ君と出会うより早く珠恵と仲良くなれていたら話は別だけど、きみ経由で出会ったんだからさ」

「珠恵ちゃんだって同じ中学校だったんだから時間の問題だったけどね」

「でも実際はきみ経由で出会って仲良くなった、だからね」


 そうか、そういうことか。

 いやもう本当に恥ずかしい、二年以上経過してから気づくとか遅すぎる。

 中学校のときにやたらと付き合ってくれた理由は珠恵ちゃんとのきっかけ作りのため――というか、一緒にいられるように土台作りをしたかったからか。

 高校に入学した途端に減ったのもそこに繋がっている。


「柏倉君はあとどれぐらい珠恵ちゃんと付き合うつもりでいるの?」

「それは問題がない限りはずっとかな」

「そうだよね、じゃあ千葉君の願いが叶うことは延々にないのか」


 でも、恋愛なんてそんなものだから仕方がないか。

 みんなちゃんと分かっている、いや、自分の理想通りの展開になることばかりではないと分かっていないと駄目なのだ。

 納得がいかなくて相手に怒ってしまうとかそういう人はやめておいた方がいい。


「ありがとう、柏倉君のおかげでやっと本当のところが分かったよ」

「どういたしまして」


 いやだけどなんで私もすぐにそういう考えにならなかったのかという話だ、優しくしてくれるから無自覚に期待してしまっていたということならあー! と叫びたくなってしまう。


「今日はこの後雨が強くなるみたいだからね、一緒に帰ろう」

「付き合ってくれてありがとう」

「反応を見て楽しんでいるわけじゃないからね?」


 いや、それぐらいでいい、本当のところが分かっていれば私だってそれに合わせて行動できるからだ。


「あらら、どうやら自然と別れることは不可能みたいだね」

「ん? あ……」


 残念ながら校門から少ししたところで千葉君が立っていた。

 多分、珠恵ちゃんと距離が近い柏倉君に用があると思うから挨拶をして一人で帰ろうと千葉君の横に並んだぐらいのときのこと、腕をがしっと掴まれて前に進めなくなった。


「それは柏倉君の腕じゃないよ」

「いや、間違えるわけがねえだろ、お前に用があるから待っていたんだ」

「雨の中外にいるのは嫌だなぁ」

「だからお前の家に行こう」


 細かい理由を言ったりせずに歩き出してしまったからか、柏倉君はっ? と聞いてみたものの、彼は「悪い、今日は遠慮してくれ」と連れて行く気はないようで……。

 なんで離れる的なことを考えてからこうなるのだろうか。


「それで? なんでわざわざ外で待っていたの?」

「お前が残るとは思っていなかったんだよ、今日は朝から濡れていたから帰ると思っていた」

「ああ、ちょっと考え事をしていてね」

「家でやれよ、そのせいで待つことになっただろうが」


 知らないよそんなの、というか、できればもう帰ってほしいぐらいだ。

 珠恵ちゃんといたいということなら彼氏の柏倉君に許可を貰って一緒にいさせてもらえばいい。


「柏倉と過ごすための言い訳みたいなものだよな」

「さっきもたまたまいたんだよ、それに君が気にする理由が分からない」


 彼は頭を掻いてから「今日は冷てえな」と自由に言ってくれたものの、普段と違うことをしているのは彼の方だ。


「それで用ってなんなの、なにもないなら雨なんだから帰りなよ」

「三宅との――」

「私にできることはもうない――ううん、もう私にできることはしたよ。君は狙い通り珠恵ちゃんに近づけた、それで十分でしょ」


 適当にいまをやり過ごすだけでは駄目だ、ちゃんと全部言って変えていかなければならない。

 そうでもしないと彼がこれを続けてしまう、そうしたら高校生活は楽しくないものになる。

 少しの勇気が出せなかったばっかりに楽しくない、それどころかつまらない学校生活になるなんて嫌じゃん? 自分中心の人間的に耐えられないからこれでいい。

 相手が悪口を言ってきたり手を出してこないのであれば、いまのままを続けるつもりでいるなら嫌われてしまった方がマシだった。


「は? なんの話をしているんだ?」

「私と一緒にいてくれたのは珠恵ちゃんに近づくため、それでいまはもう仲良くなれたんだからもうこっちのところに来る必要はないよってこと」

「はぁ、やっぱりお前は勘違いしていたんだな」

「勘違いってなにを? 君が相手のときにそうすることの方が難しいよ」


 嘘だけど、いまさっきまでそこに気づかずにいたけどもね。

 でも、もう同じような失敗はしない、これでも一応学習能力というやつはある。


「別に付き合いたいとかそういうのはないからな?」

「なんでそれを急に言うんですかね」

「そんなのお前が俺に相手をしてもらえなくて拗ねているからだろ、今日『あくまで三宅と話すために来ているだけだぞ』と言ったのを気にしているんだろ?」

「はは、さすがにそれはないよ、自信があるのはいいけど決めつけてしまうのはちょっと駄目だね」

「おい」


 に、睨まれても気にするな、本当によく分からないことを言っているのだからこういう反応になったってなにもおかしな話ではない。


「こっち向けよ」

「……とにかく、珠恵ちゃんと仲良くしたいならそっちに集中しなよ、私にやれることはもうやったんだからこれ以上は……やめてよ」

「はぁ、もう今日はこのままお前の家にいるわ」


 あと少ししたら母も帰ってくるから相手を任せようと決めた。

 一緒にいたくないから部屋に移動して着替えてベッドに寝転んだ。

 上手くいかないことにむかついてばんばん足でベッドを叩いて暴れていると「落ち着けよ」と当たり前のような顔で入ってきた千葉君……。


「……そもそも君のせいなんだから、利用するために近づいていたならせめて中学を卒業したときに言ってよ」

「だから利用なんかしてねえよ、なに勝手に悪く考えているんだ」

「嘘つき、高校生になってから構ってくれなくなったのはもう一人で問題なかったからでしょ」

「構ってくれなくなったって、俺らは毎日一緒に過ごしているだろうが」


 そう、だからこそ今回は問題になっているわけなのだ。

 でも、彼は自分に原因があるとは全くないみたいで「勘違いをするお前が悪いんだ」と重ねてきただけだった。


「つかお前よ、そこまで気にするということは妬いていたということなのか?」

「まあ、申し訳ないからこっちに来なくていいと言うつもりではいたよ」

「馬鹿、なんでそんな考えになっちまうのかねえ」


 なんでってそりゃ、中途半端が嫌だからに決まっているだろう。

 私の立場だったら迷いなく彼は同じ選択をするだろうよ、それどころかなにも言わずに離れている可能性すらあるというのにこの反応だから困る。


「ばか」

「飯を作ってくれ、無駄に嫉妬されて疲れた」

「なにが『無駄に嫉妬疲れた』だよ、こっちなんかそれで学校生活がつまらなくなるところだったのにさ」

「口が悪いぞー」


 知るか、もうすぐ母も帰ってくるから叱ってもらおうと決めた。


「でも、作ってくれちゃうんだよな」

「お母さんが帰ってくる前に作っておかないと作れなくなるからね、だから別に君のためではないよ」

「ふっ、素直じゃねえなあ」


 ああもううるさい、雨が降っている外に放り出してやろうか!

 まあ、こうなっても変えようとは思わない。

 少なくとも自分から求めてしまうようなことにはならないようにしたい。

 残念ながらそれをしたところで彼が興味を抱いてくれるなんてことはないけど、そこは恋愛が全てではないと言い訳をしてやり過ごそう。

 とにかく、卒業式の日に学校生活が楽しかったと言えればいいのだからそう難しい話ではなかった。


「ただいま」

「おかえり」

「うん、で、なにこのでかいの」

「ああ、千葉淳平君という大きい荷物だよ、明日までここから動かないんだって」


 明日は普通に学校があるから一緒に登校することになるということか。

 なんか恥ずかしいから先に行ってもらおうと決めた、お弁当とかも作らなければならないからいい感じの理由ができるのは幸いだと言える。


「へえ、ま、たまにはいいんじゃない、淳平のことを由望も求めているしね」

「嘘はやめてよ」

「嘘じゃないでしょ」


 ぐっ、家事について文句を言わなくなったと思ったらからかうようになってきた。

 ぎりぎり見えるから確認してみると彼は依然として真顔だったためなんとか耐えられたけどもさすがに本人がいるところではやめてほしい。


「淳平、悪いけどもっと分かりやすく行動してあげて」

「俺は別に距離を作ったりはしていないんですがね」


 よ、余計なことを言ってくれるな、あとこの流れで彼の味方をするのはやめてほしかった。

 だからどうしようもなくなる前にご飯作りを終わらせて部屋にこもる。

 今日は拗ねているとかそういうことではなくて自分を守るためにこうしているだけだから悪くはないだろう。


「飯食えよ」

「もう、なんで君は優しくて意地悪なの」

「お前が食わねえなら食うわけにはいかないからここでのんびりとするかなあ」


 冗談ではない、彼となんかいられるわけがない。

 そのため、結局すぐに戻って母と一緒にご飯を食べたのだった。

 娘とその友達が変なことをしても気にせずにむしゃむしゃ食べている母を見てこうはなれないなと内で呟くことになったのだった。

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