03話.[全部つまらない]

「おい由望、この前お前がおじさんといるところを見たぞ」


 うわぁ、変なことをしていたわけではないけど面倒くさい子に見られてしまっていたようだ。

 千葉淳平じゅんぺい君、彼は珠恵ちゃんの友達というわけではなく、中学二年生のときにできた私の友達だった。


「もう、知っているのにわざと言わないでよ」

「はは、だけどお前もよく会うな」

「別に私とお父さんは仲悪くなかったからね」


 ネガティブ思考ばかりをする人間ではないから大丈夫だと信じている。


「離婚理由がもしお前だったとしたら?」

「そうしたら悲しいな」


 そうやって本当のところが分かったときは一週間ぐらい引きこもると思うけど、でも、多分それぐらいで切り替えることができるはずだ。

 何故なら母には悪いけど父が離れる選択をしてくれたおかげでこれ以上迷惑をかけなくて済むようになったから、会うことだって自分のためにしかならないとなればやめる。


「嘘だよ、ありゃ明らかにお前のことを気にしていたしな」

「そう?」

「分からないのか? あ、まあそうなっても仕方がねえか」


 彼はこちらの頭に手を置くと「これからも会ってやってやれ」と言ってから歩いて行った。

 手も大きいからいつもああされた後に気になってしまう――あ、異性として気になっているからではなくて離婚する前は父がよくああして撫でてくれていたからだ。

 いや別にそういう風に見られないとかそういうことはないけどさ。


「三宅は今日も奇麗だな」


 でもね、彼は彼女のことが好きすぎるからどうしようもない。


「あら、ありがとう。でも、私は――なにするのよ」

「まあまあ、素直に受け取っておかないとね」

「あなたって意地悪よね」

「そうかな? 別に弄んでいるわけではないからね」


 意地悪がしたいわけではないから二人が付き合っていることを言おうとしたものの、彼女を止める柏倉君を見て止まってしまった。

 我が身可愛さで巻き込まれたくないという気持ちが一瞬で強くなってしまったためだった。


「なんの話だ?」

「千葉君、廊下で話そうよ」

「ん? 別にいいが」


 いま廊下から戻ってきたばかりなのに廊下に戻るという選択をよくしてくれたな。

 でも、やっぱり言うのは怖くて適当に思いついたことを口にするしかない。

 まあ、そもそも本人達が隠していることを勝手に言うのは悪いことだから気にしすぎなのかもしれない。


「なんだそんな顔をして、弁当でも忘れたのか?」

「ううん、ただ……」

「ああ、もしかして俺があの二人の関係のことを知らないと思っているのか?」

「えっ、もしかして……」

「知っているよ、つか、誰がどう見ても付き合ってんだろ」


 えぇ、それならその相手に奇麗とか言ってしまっているのはいいのだろうか、我慢できないタイプだから聞いてみると「別に事実を言っているだけだからな」と答えてくれたけど……。


「ちなみにお前は普通だな」

「普通でよかった」

「ま、一応俺のことを考えて連れ出してくれたってことだろ? ありがとよ」


 ち、違うんだよなぁ、彼のために動いた結果ではないのだ、それなのにお礼を言ってもらえるような資格はない。


「違うんだよ、だって私は自分を守るために直接教えるのを避けたわけだからね」

「寧ろほいほい喋るやつじゃなくてよかったわ」


 ここで正直に言ってくれた方がいいという考えで口にするのも結局は自分のためにしかならないのか。

 

「君って前から私に甘いよね」

「そうか? まあ別にお前にだけってわけじゃないしな」


 むしろ私にだけだったら怖いからそのままでいてほしかった。

 とりあえずこれ以上は迷惑になるから解散にする。

 これ以上話す気分ではなかったから自分の席で大人しく待っていると、次の授業を担当する先生が入ってきて授業が始まった。

 授業中はとにかく静かで、考え事をするにはいい時間だと言える。


「おーい、あ、やっと動いた」

「なんで千葉君だけ別のクラスなの? 一緒だったらよかったのに」

「無茶言うな、それより付き合え」


 付いて行くとどうやらジュースが飲みたかったみたいで三本も買っていた。

 二本は自分用でもう一本は珠恵ちゃんのために買ったらしい。

 求められたときや相手に彼氏がいなくてチャンスがあるときでもないのに奢ってしまえるのはすごい。


「で、なんで今日はずっとそんな感じなんだ?」

「私は私だよ、いつも通りだから心配しなくていいよ」

「そうか」


 なにかがあろうとなかろうとごちゃごちゃ考えようとするのが私だということを知っているはずだけどな。

 彼のいいところはここでしつこく「正直に言えよ」などと言ってくることはないということだった。

 色々マイナス方向にも捉えることはできるけど敢えてそっち方向に持って行く必要はない。


「これやるよ」

「はは、それは珠恵ちゃんにあげるんでしょ?」

「ここから教室まで持って帰るのは怠いからお前が飲め」

「それなら持って行って――もう、一応私も女なんだから頬に突き刺したりしないでよ、なにより普通に痛いからさ」


 ただこうなってくると受け取った方がいい気がしてきた。

 ほら、手ならあれだけど顔だとちょっとね。

 外で顔を洗うことなんてないから汚れている可能性の方が高いし、色々言い訳をして貰うことにした。




「珠恵ちゃ――」

「しっ、いま陽から逃げているのよ」


 彼女は少しだけ私の口を押さえたままだったものの、離すと私の席に座った。

 柏倉君から逃げているのに教室に残っているのはどういうことなのだろうか。

 あとどうして逃げているのか、まあ、どうせ彼女のことだから教えてくれることはないだろうなと内で呟く。


「あなたにも原因があるのよ?」

「え、もう余計なことは言っていないし、していないけど」

「あなたは知らないだろうけどね、裏ではどんどんと過激になっていて困っているのよ」


 か、過激か、抱きしめるとかキスとかやりまくってしまっているとそう言っているわけだよね?

 ある意味告白のようなものだった、そして私には理解できない世界の話だ。

 聞きたい知りたい人間だとしてもそういうことに関しては積極的になれないなら黙る羽目になったのは言うまでもない。


「千葉君と付き合うべきだったのかもしれないわ」

「いや、好き同士なら結局同じような結果になるんじゃない?」

「でも、千葉君ならちゃんと考えて行動してくれそう――ひゃ!?」

「酷いな珠恵は、僕だってきみのことをちゃんと考えて行動しているというのに」


 たまたま残っていただけだったから用もなし、帰ろう。

 巻き込まれるとただただ疲れてしまうから離れた方がいいのは誰の目から見ても明らかだった。

 はぁ、千葉君が放課後も付き合ってくれればこうやって二人から逃げる必要もなくなるのになと不満が出てきてしまう。

 あの子は学校のときぐらいしか相手をしてくれない、ネガティブ思考にならないように気をつけていてもただの暇つぶしのためだけに来ているのではないかと思えてきてしまうのだ。


「連絡先を知っていてもやり取りはなし、お互いを家を知っていても休日に行くようなこともなし、本当に友達だと言えるのかな」


 これならまだ珠恵ちゃんの友達である柏君との方が……って、そっちもただ遊ばれていただけか。


「なんだお前、下りれなくなったのか?」


 あ、これは千葉君の声だと気づいて近づいてみると木に登っていたという……。


「よいしょっとっ、ほらよ」

「にゃ~」

「もう同じようなミスはするなよ」


 一瞬、ここから彼が下りられなくなる展開にならないかななどと悪い考えが出てきたものの、すぐに捨てて近づいた。


「優しいねえ」

「なんだお前か、言ったろ、俺はお前にだけ優しいわけじゃないって」

「そういうところ女の子からしたらいいと思うよ、実は気にしている子がいるかもしれない」

「いたってどうしようもないがな」


 ちゃんと向き合えばもしかしたら付き合えるかもしれない。

 珠恵ちゃんほんめいと付き合えず前に進めないということなら……どう言うのが正解なのだろうか。

 彼氏がいるから、苦しくなるだけだから、だから新しい子を探した方がいいよなんて言ったら怒鳴られてしまいそうだ。

 私に甘い子でもあるから「無茶言ってくれるなよ」程度で終わらせてくれる可能性もあるけど、こういうことに関してはどうなるのかなんて分からない。


「それはともかく、どうして君がここにいるの? 解散になってからすぐに出て行ったというのにさ」

「家にいてもつまらないから適当に歩いていただけだ、そうしたら怖がりな猫と知っている顔を見ることになった」


 やはり放課後は付き合いが悪く「それじゃあな」と口にしてすぐに歩いて行ってしまった。

 もう嫌いだろこれ、で、私はそれに気づかずここまできてしまったわけか。

 暇つぶしのためだとしても嫌いな人間といるのではなくそれこそ珠恵ちゃんや柏倉君といればいいのにと呟く。


「帰ろ」


 早ければ早いほど母に怖い顔をされずに済むのだから寄り道をしている場合ではないからね。

 やってしまった後なら文句を言ったところでなにも変わらないことを母もよく知っているため、それを繰り返してやろうと決めているのだ。


「つまらないなあ」


 母に対してこそこそ動いていることも、家に誰もいないことも、学校も授業を受けるだけで終わってしまっていることも全部つまらない。

 これならまだ部活があった中学校の方がよかった気がした。

 千葉君だっていまよりもっと付き合いがよくて、部活が終わった後は毎日話してから帰っていたぐらいなのにこれだからさ。


「ただいま」

「おかえり」


 洗い物を自分でするなら迷惑をかけることもないし、お風呂だって最後に入れば自然と洗うことができるからとりあえず休むことにする。

 もうテンションが下がりに下がってご飯どころではなかったから美味しいと味わうためにもこれは必要なことだと言えた。


「うん、あんたが作ってくれたご飯も悪くないね」

「な、なんでここで食べるの?」

「そんなのいまぐらいしかゆっくり喋れないからでしょ、親が子どものことを知りたいと思ってなにが悪いの?」


 家事についてはもういいみたいだからそれならと人生の先輩に吐いて聞いてみることに。


「それはわがままだね」

「わがままかあ」


 それならもうどうしようもないじゃん。

 余計にふて寝をしてやろうという気持ちが強くなったのだった。




「雨だなあ」


 六月になる前からやる気全開の毎日だった。

 テンションが高いときならいいけどいまやる気を出されると困ってしまう。


「由望――お?」

「ごめん、いまは一人でいたい気分なんだ」

「そうか」


 離れてもらうのは違うから自分から離れることにした。

 いいさ、少しずつ減らしていけばいい、そうすれば学校との差に引っかかってマイナス方向に傾くこともなくなるから他のなによりもいまの私のためになる。

 毎日一緒に過ごしてきたから寂しいとしか言いようがないけど、彼の存在がマイナスになっているのであれば本末転倒になってしまうしね。


「千葉君と一緒にいないなんて珍しいね」

「そんなことはないよ」


 おかしい、先程のあれで教室から更に離れたのに何故か柏倉君がここにいる。

 

「その顔、やめてくれないかな」

「無茶なことを言わないでよ、私はずっとこの顔なんだからさ」

「じゃあ言い方を変えるね、そうやって無理やり笑うのをやめてほしいんだ」


 いやまあそこはね? さすがにずっと無表情ではいられないということだ。

 相手が少しでも話しやすくなるようにと続けていることだけど、彼からしたら微妙なことっぽいのかもしれない。


「なにかあったんでしょ? 大丈夫なら教えてくれないかな?」

「ちょっと拗ねているだけだよ」

「珠恵が相手をしてくれないから――あ、僕の発言が気に入らなかったからか」

「ううん、珠恵ちゃんや柏倉君のことじゃないから」


 自意識過剰などとは言うつもりはない、ただ、ある意味すごい発言だった。

 いやほら、これで自分が原因だなんて言える子は少ないだろう。


「それなら千葉君か、うーん、だけどああして普通に声をかけるぐらいだから矢橋さんはどこに不満を抱いているんだろう」

「千葉君にだって違うよ、ただその、上手くできない自分にむかついているだけ」


 千葉君は自分のしたいことを優先しているだけで私の相手をしなければならないなんてルールはないのだからなにも悪くはないのだ。

 まあ、相手をしてよなどと口にして時間を貰ってしまっているわけではないのだから許してほしかった。

 翌日とか翌々日にならないと冷静になれないというところがちょっとあれだけど、それでも気づいてちゃんと気をつけて行動できるところは褒められるところかなと内で呟く。


「おい由望、一人を望んだのは柏倉とこそこそするためか?」

「違うよ、柏倉君が勝手に来ちゃっただけだよ」

「それならいいが、よし、ここだと遠いから戻るぞ」


 うん……って、どうしてここにいるのか。

 

「由望、放課後になったらなにか食べに行こうぜ」


 熱が出ていないかと心配になっておでこに触れたら特に異常はなかった、ああ、生きているならこんな感じだよねと片付けられるレベルだった。

 ちなみに彼は気に入らなかったのかがしぃ! と私の手を掴む。


「熱なんか出てねえよ」

「それならいいんだけどさ」


 何気に教室に着くまで離してくれなかったから叱られた後の子どものような気持ちになってしまった、父みたいに笑ってくれればいいのに珠恵ちゃんも「あら、千葉君といたのね」と言ってきただけだったし……。

 ただ、案の定少しだけでも一緒にいられればどうにかなるということが分かってしまったのが複雑だった。


「行こうぜ」

「そうだね」


 だから放課後にも思い切り影響が出たという形になる。

 幸いなのはそのことには気づかないでいるのか、気づかないふりをしてくれているのか、彼が触れてくることはなかったということだ。


「ラーメンにしようぜラーメン、由望もラーメンは好きだろ?」


「ラーメンにしようぜ」だけで十分だ、それに誘われて受け入れたわけだから好きなところに行ってくれないと困るというものだった。


「それなら塩味を頼もうかな、君はどうせ醤油味だろうけど」

「はは、よく分かっているな」

「当たり前だよ、中学生のときだって何回も一緒に食べたじゃん」

「なるほど、そういうことか」


 勝手に一人でなにかに気づいていないで歩くことに集中してほしい。

 雨が酷くなってきたら嫌だからささっと食べて早く家に帰りたい。


「いらっしゃいませー」


 懐かしいなここ、中学生のときの夏休みに無理やり連れて行かれて知ることになった場所だ。

 まあ、注文を済ませて実際に料理が運ばれてくるまでは文句を言っていたけど、食べ終えた後は多分彼よりもいい顔をしていたと思う。


「よっこらしょっと」

「なんでこっちなの?」

「いいだろ」


 大好きなラーメンを食べられるからなのかご機嫌だったため、気にしないで待っておくことにした。

 そう時間がかかる食べ物ではないから悪くなる前に運んできてくれて食べられることになった。

 ああ、味が変わっていなくて落ち着く。

 母のご飯や自分が作ったご飯もいいけど、たまには食べに行くというのもいいのかもしれない。

 だけどそれには私的に誰かがいてくれないと……という話で。


「ち、千葉君」

「早く食べねえと麺が伸びるぞ」

「すぐじゃなくていいからさ、いつかまたこうして――いや、なんでもない、ここのラーメンは美味しいなあ」


 贅沢を言わない、失敗をしたばかりなのにすぐにこれだから困る。

 こうしてたまにでも誘ってもらえればもやもやばかりの時間ではなくなるのだからいいのだ。


「ごちそうさま」

「あ、ごめん、すぐに食べるから」

「別にいいよ」


 はは、やっぱりこういうときは優しいのではなく甘いから面白い。

 他の子が相手のときにボロが出ないように私が相手のときでも気をつけているというところだろうか?

 我慢ばかりをすることになっているのであればやめてほしい、相手に我慢をさせてまで気持ち良く過ごしたいなんて考えはないよ。


「待っていてくれてありがとう」

「おう、まとめて払ってくるから外で待っていろ」


 少し熱がこもっていたから雨は逆にありがたかった。

 雨音も心地がいい、濡れずに座れるような場所があったら外で過ごしてもいい時間を過ごせそう。


「はいこれ、七百五十円」

「おう、さあ帰るか」


 本当にたまにでいいから、暇つぶしのためでもいいからまた誘っておくれ。

 そうしたらそれだけで分かりやすくテンションを上げるから、そんな私を見て「子どもかよ」と笑ってくれればよかった。

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