02話.[傷ついてしまう]
「な、なんで廊下まで連れてこられたのかな?」
「珠恵がいるとすぐに矢橋さんが黙ってしまうからね」
それはまあ当然と言えば当然で、二人の会話に無理やり加わるのも違うから黙っているというだけだ。
彼と話したくないからなどということではないから勘違いしないでほしい。
「あ、とりあえずこれありがとう」
「うん、どういたしまして」
でも、まだ戻るつもりはないようで「少しここで話そうよ」と誘ってきた。
あれだな、積極的にいくと決めてからすぐにこうして変えられるのは才能としか言いようがないな。
私にはできないことをしている、ただ、絶対にできないことではない気がするから挑戦してみようかななんて気持ちになっていた。
「僕、珠恵みたいな子より矢橋さんみたいな子の方がいいな」
「もう、なんで素直になれないの? 優しいのにそういうところはマイナスだよ」
「と言われてもなあ」
「駄目だよ、思ってもいないことを言っちゃ駄目」
そんなことを言われてもこちらは喜べないし、珠恵ちゃんは傷ついてしまう。
二人が一緒にいなくなったら嫌だからせめて片方だけでも素直になれるように動こうと決めた。
「本当に興味がないなら悪くなんか言う前に離れるんだよ、でも、柏倉君と珠恵ちゃんはいつも一緒にいるよね? もうその時点で仲良くしたいということが伝わってくるんだよ」
「……別に嫌いというわけじゃないからね」
「うん、だけど本人を目の前にするとついつい余計なことを言っちゃうんだよね?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、矢橋さんは勘違いをしているよ」
彼は周りを見てから「別にそういう意味で好きだとかそういうのはないからね?」なんて言ってきたものの、それならなんですぐに答えなかったのと言いたくなる。
恋をしたことがなくても乙女で恋愛脳だからこそのそれかもしれないけど、うん、怪しいのだ。
「それに僕、いまも言ったように矢橋さんに興味があるんだ」
「はいはい、素直になりましょう――な、なに?」
「素直になっているよ」
私はそれよりもなにかを買わなければいけないということを思い出してなにが欲しいのかを聞くことに。
「そのことはもうこうして返ってきた時点で終わりでしょ?」
「お母さんにちゃんと言葉だけじゃなくてなにか買え~って言われたんだ」
「他の人はどうか知らないけど僕はいらないから気にしないでよ」
おいおい、そういうわけにもいかないのだよ柏倉君。
相手がこう言ってくれたから返すだけにしました~なんてことにしたのがばれたらご飯がなくなるどころの話ではなくなる。
会ったことがないから仕方がないのかもしれないけど、彼は私の母の怖さを知らないようだった。
「うーん、そう言われてもなあ」
「じゃあ三人で出かけたときになにか一つ奢らせてもらうってところでどう?」
「人に奢らせるような人間じゃないしなあ」
「まあまあ、ここは言うことを聞いてほしいな」
損をするというわけでもないのだから受け入れてほしい、ただ、そういうことがどうしても嫌だということなら……どうしよう。
「おはよう」
「あ、珠恵になんとかしてほしいことがあるんだ」
「私にできることならするわ、それでなにをすればいいの?」
「矢橋さんを止めてほしいんだ」
なっ、そんな問題児の相手をしているときみたいな言い方をしてっ。
彼は確かに優しいけどたまに意地悪になる、……そう考えると珠恵ちゃんにだけではなく異性に対して上手くできないということなのだろうか。
「ふーん、それなら素直に受け入れてあげればいいじゃない」
「いやいや、だってこうして返ってきた時点で終わっているんだからさ」
「面倒くさい男の子ね」
こ、今回ばかりは自分勝手だと分かっていても彼女に乗っかりたくなってしまう。
「ふむ、そうね、それなら今日の放課後にアイスを食べに行きましょうか」
「アイスか、いいよ、もちろんちゃんと自分で払うけどね」
「ええ、それでいいから行きましょう、急に甘い物が食べたくなったのよ」
え、いや、ちょ、それでいいからと片付けられてしまったら困るわけですが……。
ああ、だけど二人にとってはどうでもいいからなのかいつものように会話を始めてしまっていた。
ぐっ、味方のようで味方ではないというのは……。
「そんな顔をしないの」
「だってぇ……」
「やりようはいくらでもあるわよ」
いや、このままなら絶対に受け入れてもらえないということが分かっただけだったの時間となった。
出かけたいということだけを話して出かけた際にさり気なく実行するのがよかったのだ。
結局自分に甘いから言えば聞いてくれるなんて願望ばかりが強くなって毎回悪い結果になってしまっている状態で。
「矢橋さん」
「受け入れてくれるの!?」
「いや、だけど一つ聞いてもらいたいことがあるんだ」
できることで嫌なことではないならなんでもすると口にした。
ただここでは言うつもりはないらしく放課後までお預け状態になったのだった。
「えっと、手なんか握ってどうするの?」
「どうするのって、もちろんこの状態でアイスが食べられるお店に行くに決まっているよね?」
「あ、そうなんだ……って、これじゃあお礼にならないよ」
はぁ、頑固な男の子だ、これは借りたのが間違いだったのかもしれない。
珠恵ちゃんだったらなにか甘い物を食べてもらうとか、気になる本を買うことですぐに解決となったというのに結果はこれだ。
確かに奢るとか奢られるなどが当たり前になってしまったら問題だと言えるけど、今日が初めてなのだからささっと受け入れて終わらせてくれればいいのにさあ。
「ふふ、恋人同士には見えないわね、よくて兄妹かしら」
「その場合なら私の方がお姉ちゃんだよ、言うことを聞いてくれない弟に困ってしまっているの」
「酷いなあ、全てなしにすると引っかかってしまいそうだから出してあげたのに」
「もうその時点で駄目ね、由望、行きましょう」
あ、だけどあれだ、もしかしたらこれで珠恵ちゃんの中にある気持ちを引き出せるかもしれない。
夜とかに二人きりになった際「なんで由望となんて手を繋いでいるのよ」と妬いている彼女を彼が見られるかもしれない。
となると、実はありがたいことなのかもしれなかった。
もうね、顔を合わせる度に相手のことを悪く言ってしまう二人を見たくないのだ。
「柏倉君は何味が好き?」
「嫌いな味とかないからその日の気分で変えるかな、今日はチョコって気分かも」
「チョコか、それなら珠恵ちゃんもそうだね」
「陽がチョコにするなら私は変えるわ、お揃いとかごめんだもの」
ふっ、そんなことを言っていられるのもいまだけだ、私がもっと煽って引っ張り出してやろう。
「美味しかったね」
「あれっ!? な、なんでだ……」
「美味しくなかった?」
違う、美味しすぎてそのことよりも味に集中してしまっていたのだ。
お風呂もそうだけど魅力的な存在が多すぎる、こんなに多いと簡単な作戦の一つすら成功せずに失敗してしまいそうだ。
「いつもの悪い癖が出たわね、陽、気をつけておかないと巻き込まれるわよ」
「悪い癖?」
「この子がこうして普通じゃないときは余計なことを考えているときなの、今回なら私達がどうすれば仲良くなれるのかを考えて行動するつもりでいた、というところかしらね」
ばれていてもいい、それどころか直さないと私がいつまでもしつこく言うぞということを分かってほしい。
「あー、朝もなんか勘違いしていたみたいだしなぁ」
「心配しなくたって致命的なことにはならないのにね、何年続けてきていると思っているのよ」
いやいやいや、なんでそんなことを何年も続けてしまうのよ。
なに? そうやって無駄なことも楽しめるお年頃なの? それとも、そうやって言い合いをしていてもずっといられるいい関係だなどと言いたいのだろうか。
「さあほら、そんなことはどうでもいいからまだ続けてもらうよ?」
「うん、約束だから守るよ」
むしろ彼女と同じ性別の私が相手でも「渡さないよ」と敵視するぐらいでいておくれよ。
彼女に一生懸命になるならこれぐらいのことは受け入れてあげるから、だから時間を無駄にするのはやめてほしかった。
自分のことではなくても気になってしまう、ときにはやりすぎて怒られてしまったりもするけど言われるまでは続けるつもりだ。
「やっぱりここまでにしよう」
「じゃあなにか他のことを受け入れてよ、こんなのじゃまだ返せたことにはならないからさ」
「はは、矢橋さんは頑固だね」
頑固なのではなく、単純に母に怒られたくないからというだけの話だった。
あの家では母がボスなのだから言うことをなるべく聞いておかなければならない。
「これでいいじゃない」
「「お菓子?」」
「ええ、なにかを買って渡せればそれでいいのでしょう?」
多分面倒くさいからだろうけど受け入れてくれるみたいだったから欲しいと言ったお菓子を買って渡すことができた。
味方ではないなどと判断してしまったことを恥ずかしく思う、そのため、彼女にはしっかりと謝罪をしておいた。
「陽、私に少しくれてもいいのよ?」
「ははっ、自分のためかーい」
「い、いいじゃない」
眼鏡をかけていて冷たいように見えるときもあるけど本当は可愛くて優しい子だ。
同性であっても近づきたくなるような魅力がある、となれば、男の子なんてすぐにそのつもりで近づきそうなのにな。
誰でもいいわけではないということは分かっているけものの、ねえ?
「由望、私達のことなら心配しなくて大丈夫よ」
「分かったよ」
「ええ、それに言っていなかったけど私と陽は――」
えぇ、なんでそのことを先に言わないのか、彼女も彼も本当にお似合いでもうなにも言えなくなった。
「もう、なんで言っちゃうの」
「言っておかないとこれからも同じようなことを言われるのよ?」
「それでもあまり意味もないことについて頑張っている矢橋さんを見ていたかったんだけどなぁ」
あ、この子とは仲良くしたら駄目だ、SとMで言うなら所謂Sの人だ。
仲良くなっているように見えてそうではない、相手からしたらおもちゃでしかなかったというのになにをしているのか。
まあでも、ここで知ることができたのはよかったのかもしれない。
だってこれ以上遊ばれることはないからだ。
「よう」
「聞いてよお父さんっ」
最近あった酷いことを教えたら「はは、そりゃ驚くな」と笑ってくれた。
真顔で「そうか、残念だったな」なんて言われるよりよっぽどいい、父は私のことをよく分かってくれている。
「でもそうか、珠恵ちゃんは付き合っていたんだな」
「全くそんな風には見えなかったのにそれだからね」
しかも数年前から付き合っていることをいまさら言うなんてどうかしている。
それこそ無駄に頑張っている私を見て笑っていたのかもしれない。
「家に来ても読書とかしかしていなかったのにな」
「お父さんが相手でも常にクールだったよね」
「ああ、遊んでやってくれと言っても『こうして来ている時点でいいじゃないですか』なんて言われて由望と固まったな」
いまでも鮮明に思い出せる、あのときはご飯でどうにかするしかなかった。
この前も言ったように甘い食べ物やお菓子は好きだからそういうことでは一応なんとかできるのは救いだと言える。
「まあいいや、久しぶりにご飯を作るよ、だから家に行こ?」
「……悪いな」
「え、なんで? 私がそうしたいから言っているだけだよ」
ただ一つ駄目な点もあってこうして父が相手だとわがままを言ってしまうということだった。
これだって強気に「駄目だ」などと父が言ってこないから口にしているだけでしかない。
相手によって態度を変えてしまっているということだからよくないだろう。
「なんか彼女みたいで楽しいな」
「はは、もしそうだったら俺は未成年に手を出すやばい奴だな」
「確かにっ」
掃除の方はしなくてもよさそうだからご飯を作ろう。
受け入れてもらえないというだけで作れるから勘違いをしないでほしい。
「もうできるからね」
ん? あれ、黙ってしまった。
とりあえず運んでもらおうと声をかけたわけではないから往復することにする。
「お父さん?」
「あ、いただくよ」
「うん」
洗濯物なんかもしっかり畳まれているからぼへえとゆっくりしておくことしかできなかったのは残念な点だった。
「美味しいよ」
「それならよかった」
「でも、もう帰った方がいい、これ以上は怒られるぞ」
こういうところも嫌な点だ、そりゃまあ邪魔かもしれないけどすぐに帰らせようとしなくたっていいではないかと言いたくなる。
「ちゃんと連絡をしてあるから大丈夫だよ、あ、帰りも一人で帰るからお父さんがこれ以上疲れてしまうことはないよ」
「由望」
「あ……、分かったよ、風邪を引かないようにしてね」
なんだいなんだい、だったら最初から断っておけばいいのにさ。
自分勝手だろうとなんだろうと不満を抱くことはあるから仕方がない。
それでも寄り道をしても意味がないから真っ直ぐに帰ったときのこと、何故か玄関前の段差に母が座っていて驚く。
「ど、どうしたの?」
こう聞くことすら怖いって母のそれはもう才能と言ってもいい。
勝手に周りが怖がってしまうとやりづらさはあるだろうけど、それと同じぐらいトラブルに巻き込まれなくて済みそうだった。
あ、でもあれか、睨んでもいないのに睨んでいるなどと言われてうざ絡みをされる可能性はあるか。
「別に、ただ座っていただけだよ」
「それならいいけど……」
「あんたはさっさと入ってご飯を食べな」
「うん、食べさせてもらうね」
よっしゃっ、今日こそ洗い物をさせてもらおうではないか。
父の家ではろくに動くことができなかったから丁度いい――というか、そうでもしないと内がごちゃごちゃしすぎていて駄目になるからやらせてもらえなければ嫌だ。
「ごちそうさまでしたっ、それじゃ洗い物を――あれぇ?」
もうスポンジを持って向こうで待っていた。
「いつまでも外にいるわけないでしょ、早く持ってきな」
「今日ぐらいはやらせて!」
今日ばかりは怒られようと絶対にやらせてもらう。
怯むな私、相手は母なのだから知らない人相手にするよりは余裕だろう。
多分ここでいつものように大人しく引っ込んでいたらきっとこの先も同じように逃げ続ける人生になってしまうから頑張るしかない。
「なんか嫌なことでもあったの」
「お父さんがすぐに帰らせようとするから大人しく従うしかなかったんだよ」
「そりゃまあそうでしょ、それはあんたが悪い」
そ……うだよな、私がしているのは逆ギレみたいなことだとは分かっているのだ。
「とりあえず洗うのはやらせてよ」
「ま、今日ぐらいはいいよ」
「いつもでいいよ、ご飯だって作ってもらっているんだからさ」
「駄目」
余計なことは言わずにささっとやって部屋に戻ろう。
今日は先に入るつもりはないからとことん待機作戦を実行する。
無駄だと言われてもどうでもいい、相手に迷惑をかけているわけではないのだから堂々としていられる。
「あんたなにやってんの」
「もう入ってくれた?」
「まあね、だってそうでもしないと風呂に入れないまま翌日を迎えそうだったから」
よし、それなら行こう――とする前に私のベッドに寝転んだ母を見て固まる。
きょ、今日はどうしたのだ、よく分からないことばかりをしていて不気味だ。
だけどなんとか抑えてお風呂に入って戻ってくると、依然としてすぅすぅと母が寝ていたので横に静かに寝転んだ。
なかなかできることではないから横からがばっと抱きつく。
「……早く寝な」
「うん、おやすみ」
外でなら珠恵ちゃんがいるけど家では母しか頼れないため、狭いとかそういうことよりも安心感の方が大きかった。
そのため朝まで気持ち良く寝て、今日から頑張るぞと実際に声に出してやる気を出す。
「あ、お母さんおはよう」
「あんたなにやってんの」
「なにって朝ご飯作りだよ」
「はぁ、そんなことしなくていいから学校生活が楽しくなるように頑張りな」
拘りが強すぎる、ただ、だからこそ私だけではどうにもならないということがよく分かってしまう。
珠恵ちゃんや柏倉君に頼むのは違うから頼むなら父だろう、というか、もう細かいことには気づかなかったふりをして止めないと壊れてしまいそうだ。
毎日会えるわけではないというのがもどかしい時間の始まりとなったのだった。
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