127作品目

Rinora

01話.[そうだったんだ]

「早く来いよー!」

「待ってよー!」


 この公園はどれだけ時間が経過しようと利用者が減らないからよかった。

 一人でぼうっとしているだけでもそのおかげでいい時間となる、他の人達からすればなにをしているのかと気になるかもしれないけども。

 ただ、今日は約束をしているからここに長時間存在しているだけで、普段であればじろじろと見られてしまう前に帰っているから問題ないと言えた。


「悪い、待たせたな」

「あ、お父さんっ」

「色々あって遅れてしまった」


 お父さん呼びは合っているような合っていないようなという感じだった。

 血の繋がった相手だけどもう離婚してしまっているから名前で呼ぶのがいいのかもしれない。

 でも、なんとなくそれは違う感じがしてこうしてお父さん呼びを続けているわけだった。


「あれ、なんかあれから更に細くなった気がする」

「ああ、食べないときもあるからな」

「駄目だよそれじゃあ――あ! それなら私が作りに行こうか?」


 そう離れていない場所に住んでいるから普通に可能なことだ、もしそうなったらここで一人ぼうっとしているよりもいいのではないだろうか。

 往復することで意識しなくても運動ができるのもいい、……私の方は無駄な脂肪がつきがちだからなんらかの対策をしないと不味かったりもするのだ……。


「やめた方がいい、そんなことをしたらあいつが怒るだろ」

「うーん、確かにこうして会うことにも微妙な反応をするお母さんだけど……」


 隠そうとしない人間だから毎回行くことを言う、なにがあったのかを報告しているものの、そのときの母は「ふーん」と冷たくなる。

 

「でも、また由望ゆみの顔を見られてよかった」

「……お父さんが疲れちゃうだけだけど、これからも会ってほしい」

「んー、俺なんかに会うよりも好きな男子と恋でもした方がいいぞ」

「え、やだなー、そんな存在はいないよ」

「はは、そこは変わっていないみたいだな」


 そこはって、私は私だからなにも変わっていないと言ってもいい。

 あ、一応中学生から高校生に変わったなんてのはあるけど、成長できているのかどうかは謎だと言える。


「あ、電話だ、ちょっと待っていてくれ」

「うん」


 一緒にいるだけでイライラするようになってしまったら離婚してしまった方がいいのかもしれない。

 好きになって付き合って結婚、そして子作りまでしたのにそこまでになってしまうのは本当に謎だけどさ。

 だって浮気とかでもなかったのだ、もちろん知らないだけの可能性もあるけど父がそんなことをするわけがないと断言することができる。


「悪い、会社に戻らなくちゃいけなくなった」

「そっか、じゃあ気をつけてね」

「ああ、由望もな」


 はぁ、血が繋がっているからこそどうして家に一緒に帰れないのかと寂しい気持ちになってしまう。

 そういうのもあって大人しく家に帰ることはせずにこの場でじっとしていた。


「こら!」

「ひゃ!? って、お母さんがなんでここにいるの?」

「そんなのいつまでもあんたが帰ってこないからでしょ、ほら帰るよ」

「わ、分かったから引っ張らないで」


 こんなことは地味に初めてだからしばらくの間は困惑しっぱなしだった。


「元気だったの」

「あ、うん、元気そうだったよ、お仕事の関係ですぐに帰っちゃったけど」

「そ、ま、人間なら元気でいてくれないとあれだしだね」


 はは、素直じゃないな。

 再婚してとかそういう無茶なことを言うつもりはないけど、本人がいないところでぐらい素直になっていいと思う。


「ほら、早く食べな」

「あれ、待ってくれていたの?」

「そうだよ、一人で食べたってつまらないしね」


 うーん、私に向けてくれる優しさを少しでも父に向けてくれれば離婚なんてしなくて済んだのになあ。

 自分の理想通りにならないとは分かっていても不満を抱いてしまう。


「ごちそうさまでした、美味しかったよ」

「洗い物はしないで風呂に入ってきな」

「え、これぐらいはやるよ」

「いいから早く、あんたのせいで寝る時間が遅くなったら文句を言うよ」


 それなら自分が早く入って休めばいいのに母はいつもこうだった。

 いつまでも子ども扱いをする必要はないし、私だって母のために動きたいから受け入れてほしい。

 でも、残念ながらずっとこうで言うことを聞いて休んでくれることの方が少なくて困っていた。


「ふわぁ~」


 冬でなくてもお風呂は気持ち良くて好きだ、母がまだ入っていないという状態でなければ二時間ぐらいは入っていられる。

 私の友達は春夏秋冬五分しかつからないという話なので、お風呂の話になったときはいつももっとつかった方がいいと言わせてもらっていた。


「あ、いけないっ」


 はっと気づいたときにはもう遅いということもなく、母に迷惑にならないタイミングで出られたのだった。




「由望、おはよう」

「あ、おはようっ」


 三宅珠恵たまえちゃん、彼女とは小学五年生の頃から一緒にいる。

 私は受験の際に離れることになるかと思っていたものの、なんでかここを志望してくれたためまだ一緒にいられているという状態だった。


「今日は体育があるけど体操服はちゃんと持ってきたの?」

「やだなー、私が忘れるわけ――待って、いま体操服って言った?」

「ええ」

「やばっ、忘れちゃったっ」


 ええいこうなったら仕方がない、家までダッシュで帰ろう。

 怒られることになるぐらいなら朝から疲れた方がマシというもの、それにこれは忘れた私が悪いのだから誰かのせいにはできない。


「じゃあ珠恵ちゃん私は――ぐぅぇ!?」


 私の動き出しが悪いのかそれとも彼女の反射神経がすごいのか、感覚的には体だけこの場に残って中身が出てしまったかのような感じだった。

 とにかくいきなり引っ張られるとどうしようもないということを知る。


「私のを貸してあげるから帰らなくていいわ」

「え、だけど汗をかいちゃうから……」


 人よりも汗をかく回数が多くてそれで笑われたこともあったぐらいの人間に貸したらどうなるのかを分からない子でもないだろう。

 あと、臭いとか言われたらメンタルが死ぬから乙女的な部分でもできないというやつだった。


「気にしなくていいわ」

「なにを?」

「ああ、由望が体操服を忘れてしまったのよ」

「それなら僕のやつを貸してあげるよ」


 この子は彼女の友達の柏倉かしわぐらよう君だ。

 彼女がいるときだけ来るから話す機会は結構ある。


「うーん、汗をかいちゃうからやっぱり取りに帰るよ」

「大丈夫だよ、いま持ってくるからね」


 待って、というかどうして彼女も彼も余分に持ってきているのだろうか。

 こうして誰かが忘れたときのためにいつも持ってきているというわけではないだろうし、うーん謎だ。


「はい」

「え、いいの?」

「うん」

「あ、ありがとう」


 名前が中央にでかでかと書かれているとかそういうこともないため、男の子の服を借りても恥ずかしいということは全くない。

 でも、やっている最中は分かりやすく落ち着かなかった。


「ふふ、誰かに借りたというのが丸分かりね」

「い、言わないでよぉ」

「しかも男の子に借りたということがばれたら……ふふ」


 さ、さあ、授業も終わったから着替えてしまおう。

 それで今日のところは持ち帰らせてもらって母に洗濯をしてもらおう。

 早く返した方がいいとは分かっていてもさすがにこのまま返すわけには乙女的にできないのだ。


「お疲れ様」

「あ、これありがとね」


 珠恵ちゃんのためだったとしても自分の方から来てくれるというのはありがたいことだった、何故なら自分から近づいてありがとうなんて言うのは恥ずかしいからだった。

 いやまあ、ちゃんとお礼が言えるような人間に育てられているものの、それとこれとは別というやつなのだ。


「気にしなくていいよ――あ、いまから来てくれないかな?」

「お昼休みだからいいけど、なにがしたいの?」


 助けてくれたからできることならなるべくしたいけど、母作のお弁当も食べたいからそこは考えてほしい。

 というか、誰が作ってくれたとか関係なくお弁当を食べないまま午後の授業になんか突入したらお腹の音が鳴って恥ずかしいことになるから回避したい。

 少し気をつけるだけでそんなことにならなくて済むということなら私でなくてもそうしようとするだろう。

 ちなみに彼は「矢橋さんと一緒にご飯が食べたいだけだよ」と控えめなお願いというやつをしてきた。


「陽、急に由望を誘うなんてどうしたの?」

「いまなら珠恵もいるからいいかなって思ってね」

「いちいち気にする必要はないじゃない、由望を誘いたいなら遠慮をせずにどんどん誘えばいいのよ」


 うん、二人きりになったからって緊張したりはしないからなにか頼みたいことがあるならどんどん言ってきてくれればよかった。


「そっか、じゃあこれからは積極的に誘うよ」

「極端ねえ」

「まあ、ちゃんと考えてやるけどね」


 お昼ご飯を食べている間も二人はずっと話している。

 お似合いの二人にしか見えないけど、そのことを話すといつも「そんなのじゃないわよ」と躱されてしまう連続だ。

 母だけではなく友達も素直になれないみたいで、ははは……と笑うことしかできない連続でもあった。


「由望、ご飯粒がついているわよ」

「あ、教えてくれてありがとう」

「器用ね、意識していてもなかなかできることではないわ」


 あ、別にわざとつけることで二人に構ってほしかったわけではない。

 結構がつがつと食べてしまうため、たまにこういうことになるだけだ。

 ちなみにこのことについては何回か注意をされたことがある、一緒に食べている身としては自分のことのように恥ずかしいのかもしれない。


「矢橋さんと珠恵ってあんまり似ていないよね」

「はは、それはそうだよ、珠恵ちゃんだって私になんか似たくなんかないと思うよ」


 というか似ていたら仲良くしたいとは思えないからこれでよかったのだ。

 でも、本当に唐突に変なことを言ってきたな柏倉君は――あ、全然違うから気をつけろよと遠回しに言いたかったのだろうか。


「似ていないからこそ続いたのよ」

「あれか、珠恵が二人いたらうるさそうだもんね」


 もう、どうして彼は彼女にだけ少し厳しいというか悪く言ってしまうのか、彼女も「あなたみたいな存在が二人集まることの方がうるさいわよ」と言い返してしまっているし、もったいない感が強く存在していたのだった。




「やっぱりドリンクバーは最高だねぇ」

「飲みすぎよ、ご飯が入らなくなっても知らないわよ?」

「でもさ、せっかく払ったからにはってなっちゃうんだよ」


 むしろ彼女が飲まなすぎだ、あと、お店に来ているのに読書をしているのはどうかと思う。

 どう過ごそうと自由だけど、少なくともここでするようなことでもないようなという感じ……。


「珠恵ちゃんはさ、なんで柏倉君に悪く言っちゃうの?」

「言われるだけ言われて我慢をすることはできないからよ、私、そこまで人間ができていないの」

「逆か、なんで柏倉君は珠恵ちゃんに対してああなんだろう」


 好きな子に構ってもらいたくてついつい的なことならいますぐにでもやめた方がいいとしか言えない。

 そんなことをして振り向いてくれるのは漫画とかアニメの中にしか存在しない、やってしまうとしても小学生ぐらいまでしか許されないだろう。


「あなたが陽と仲良くなればなくなるかもしれないわ、だから嫌ではないなら仲良くしてくれないかしら」

「珠恵ちゃんにはお世話になっているけど、そういう理由では仲良くしたくないな」

「ふふ、いいのよ、あなたが仲良くしたいと思ったときに動いてくれればね」


 時間が十八時に近づいたことでそれなりにお客さんが増えてきたからお会計を済ませて帰ることにした。

 本当なら寄り道なんかせずにすぐに帰って母に体操服を洗ってもらうべきだったからこのタイミングで増えてくれたことに感謝をするしかない。


「明日はなにも忘れないようにしなさいよ」

「うん、それじゃあね!」


 走って帰って家へ、自分でもできるけど自分の物ではないから母に任せることにしていた。


「なにやってんの」

「ははは……」


 呆れたような顔ではなく、呆れた顔だと自分のことでもないのに断言できてしまうぐらいには分かりやすい顔だ。

 もちろんそういう顔をされている私はははは……と笑ってやり過ごすしかない。


「はぁ、貸しな、あと、言葉でだけじゃなくてなにか買うべきだね」

「お金はあるけどなにを買ったらいいかな?」

「そんなのその子が好きな物でしょ」


 柏倉君の好きな物か、明日返すついでに聞いてみるしかないな。

 少なくともいますぐにどうこうできることではないから出されていた課題をやってしまうことにした。

 終わったらすぐにしまって、今日もいい時間を迎えた。


「由望、もし私達が関係を戻したいって言ったらどうする?」

「え、それなら嬉しいけど」


 ただ、いまは離れているから問題ないだけでまた戻ったらあのときみたいになってしまうのではないかと不安になる自分もいる。


「いやまだどうなるのかは分からないけど、まあ……」

「でも、お母さんとお父さんが望むならにしてね、私のことを抜きで考えてほしい」


 私が求めているからとかそういう理由で戻したら駄目だ。


「え、それじゃあ意味ないでしょ」

「いやいや」

「ま、あんまり期待しないでってことだね」


 ああ、行ってしまった。

 こうなってくるとのんびり食べているわけにはいかないから味わいつつ急いで食べて食器を流しに持って行く。

 そのときにじろりと見られてしまってまあいつものように負けてお風呂にも行くことになった。


「お父さんが割と近くに住んでいる理由ってこういうときのためだったのかな」

「それは違う、会社が近くにあるからだよ」

「そっか、結構長かったもんね」

「そだね」


 って、そこまで詳しく知っているわけではないけども。

 ただ、私が小さい頃からずっと同じ会社だということは分かっているため、こう言わせてもらったわけだ。


「はぁ、なんでこうなっているのかねえ、離婚すると決めたときはもう顔も見たくないと思ったのにさ」

「あ、もしかしてお父さんの方が戻りたがっているの?」

「由望が会った日の夜中に電話してきた、明日も仕事があるのにふざけんなって切ろうとしたけどできなくてね」


 母も言われっぱなしで黙っておくことはできない性格なのだ。

 だからどんな内容だろうと無視をするということはしていなかった、そして、微妙な状態であっても家事を全部していた。

 父も多分そうやって母が貫いたからこそ強気に対応できるときばかりではなかったように見える。

 それでもいつまでもできるというわけではないことを両親が教えてくれた。


「そうだったんだ」

「まあね、で、私はともかく由望が喜ぶならって最近は考えていてね」


 嬉しいのに浮かれることはできない発言だ。


「えぇ、そこは自分を優先しようよ」

「無茶言うな、それにあんたのことを考えて選択してなにが悪いの」

「嬉しいけど、自分達を犠牲にしたうえでじゃなあ……」


 私が小学生とかだったらまあって感じだけど、もう高校生なのだから気にし過ぎだと思う。

 理想通りになんてならないということをよく分かっている、だから仕方がないことだと片付けられるようには成長していた。

 むしろ理想通りになってしまったらこの先反動でなにかがあるのではないかと不安になるからそうならなくていい。

 私はそうなれなくていいから母や父にとって少しでもそういう人生になればいいなと願っているのが現状だと言える。


「その考えもよく分からないけどね」

「それなら一生衝突するだろうね」

「ふっ、ま、喧嘩にならなければそれぐらいでいいんじゃないの、親と子で考え方が違うなんてことは普通にあるでしょ」


 好きな親が相手だからこそなのかもしれないけど、大人の対応ができていて格好いいと感じた。

 その後も会話を続けていたものの、今日は珍しく「入りたいから出な」と言ってきてくれたから出ることになった。


「なんかいい感じかも」


 少なくとも悪い生活になることはなさそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る