第11話【リバーサイド王国サイド】アクアの物言い

「アクアよ、フラフレ殿のことはどう思った?」


 フォルストが住む王室にて、初日の任務を終えたアクアと一日のやりとりについて話し合っていた。


「とても良い子だとは思います」

「ふむ」

「助けられたことを感謝し、陛下に恩返しがしたいとも仰ってました。陛下がフラフレ様を助けたことは大変素晴らしいことだと思います」


 アクアは、今までもフォルストが助けた人たちの世話係をしてきた。

 いつもは食事の用意や怪我の手当てをする程度で、今回のように専属メイドを務めるのは初めてだ。

 だからこそ、アクアはフォルストに対して疑問を抱いている。


「……ですが、あくまで国として考えた場合ですが、陛下がなぜ彼女を優遇するのか私には理解できません」

「そうだろうな……」

「陛下が優しいことは存じております。しかし、理由もなく彼女だけを特別扱いされては、リバーサイド王国の民たちへの示しがつきません」


 フォルストは、アクアが言うことに黙って耳を傾ける。


「民たちが満足できる生活が出来ているのなら、倒れていたフラフレ様を王宮でもてなすのも構いません。ですが現在は深刻な食料不足。国外の人間ただ一人に満足のいく食事を与えるという行為、民たちに知られれば不満の声が上がりますよ?」


 フォルストはアクアが不満を全て聞き、頭を下げて謝罪の意を示した。


「アクアが言ったことはわかっている。私自身も、彼女を拾った当初は王宮へ連れていき最低限の治療と食事を与える程度のつもりでいたのだ。だが、国へ戻る最中フラフレ殿が眠っている顔を見ていたら……」


 フォルストは、人が道端で倒れていると助けずにはいられない性格である。

 だが、今回はフォルストも自身の決断や行動に困惑していた。

 どうしてフラフレに限って普段よりも手厚い待遇をするのか、明確な答えが出ていないのである。


「……恋ですか?」

「さすがに違うわっ!」

「顔が赤いですけれど」

「恋ではない。だが……、似ているんだ」


 フォルストは決して私利私欲のためにフラフレを丁重に扱っているわけではない。

 そのことは、長年のつき合いがあるアクアが一番理解していた。

 だからこそ時折、アクアはフォルストに対して恋の進展を勧めようとする。


「あぁ、陛下がずっと探していたという想い人ですか? つまり似ている相手で代用する浮気同然──」

「だから違うわっ!」


 フォルストにとってアクアは、思っていることを素直に話せる唯一の人物なのだ。

 何度もからかわれてきたからこそ、アクアには信頼が厚い。


「アクアよ、私は元々この国の人間ではないのに気がつけば国王の座についてしまった。ここで育てられた恩を全ての民へ返したいと思っている。決してフラフレ殿だけを特別扱いしたいというわけではないのだ。ただ……、運命だと思ってしまった」

「だから、それはれっきとした恋ですよ」

「いや、そうではないと思う。彼女だけは、絶対に救わなければならない。そう私の頭が強く訴えていたのだよ。なぜだかはわからぬが」


 フォルストは理屈でなく感覚で行動する。

 国王たるものそれで良いのかと就任当初は心配されてきたが、なにかとこの感覚が功を成し続けてきたため、今ではフォルストの行動に文句を言う者は少なくなった。


「ふぅ。まぁこれ以上陛下を責めるのは止めておきますか。理由はどうあれ、陛下は一人の女の子の命を救い、元気にさせようとしている。これは今のリバーサイド王国では陛下しかできないでしょう」

「すまない。フラフレ殿にかけた食材や経費は全て私が責任を持って用意する」

「その気持ちがあるだけでも民たちはわかってくれるかと思いますよ。今の民は陛下へ対する信頼が厚いですから」

「ありがとう。アクアにも、引き続きフラフレの世話を頼む」


 お互いの主張が終わったところで二人はそれぞれのカップに口をつけた。

 一息ついたところで、ふいにアクアが口を開く。


「そういえばフラフレ様の件で一つ気になったことが──」


 アクアは真剣な表情でフォルストに相談するのだった。


「フラフレ殿になにかあったのか?」


 フォルストがカップを置いて話すように促すと、アクアは言いづらそうに続ける。


「えぇと……、フラフレ様は虐待され捨てられたのではないかと……」

「何だと!?」


 虐待。捨てられる。

 この二つの言葉をフォルストが聞いた瞬間、大きな声が部屋中に響き渡った。


「大浴場で一緒に入りたいと希望されたので、裸のつき合いをしました。そのとき、フラフレ様の身体中にものすごいアザがありまして……」

「殴られたということか?」

「はい、おそらく。しかも、今回はなかなか、と仰っていました。つまり、あの怪我は一度だけではなく何度もくり返し負われたものかと……」


 フォルストは怒りを見せたものの、すぐに冷静になりフラフレの様子を思い出す。


「ありえる。彼女は相当なまでに身体が痩せこけていて、栄養失調。さらに身嗜みもボロボロだったな」

「仮にそうだとして、なぜ私たちに助けを求めようとしないのでしょうか」

「う~む……、告げ口をすれば殺すと脅されている。もしくは長きに渡って周りから酷く扱われ、人間不信。あるいは相手に迷惑をかけるからと遠慮をしている……」

「どれも陛下の過去そのものですね」


 フォルストは苦笑いを浮かべながら再びカップに手をつける。

 アクアとの会話のおかげで、自分がフラフレを徹底して助けると決意をした理由に気がついたのだ。


「あまり過去のことは引き合いに出さないでほしい。だがアクアに言われてようやくわかった。フラフレ殿は昔の私と似ていたから、似たようなことをくり返しているのかもしれないな。私がかつてこの国の陛下に助けられたように」

「ではフラフレ様は将来王妃になるかもしれませんね。陛下とオメデタですね」

「う~む……」


 フォルストは黙り込んで顔を赤くする。


 それを見たアクアは満足そうにフッと笑みをこぼした。

 フォルストの伴侶になる者がようやく見つかったかもしれないと。

 アクアもまた、フォルストの感覚による行動に期待しているのだ。


「今度は否定しないのですね」

「からかうでないっ! ともかく、フラフレ殿の過去は無理に聞かなくて良い。元気になってもらえるよう、フラフレ殿になにかやってみたいことはないか聞いてくれ。そして希望はできる限り叶えてやってほしい」

「承知しました」


 アクアは王室を出ると、さっそくフラフレを保護する客室へ向かった。

 フォルストのように救われてほしい。いや、自分たちが助けになるのだという覚悟をもって。

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