第2話 フラフレは廃棄処分として国外へ追放された

 私が騎士の男に連れてこられた場所は王宮の庭。

 周りにはキチンとした格好をした人だかり。

 意図はすぐにわかった。

 公開拷問のようなものだろう。


 とはいえ、久しぶりの外の空気がたまらなく美味しい。

 だが、長年ほとんど地下牢で過ごしてきた影響で、ここまで歩いてきただけで身体が悲鳴をあげていた。

 足はズキズキするし、呼吸も乱れてしまう。


「喜べフラフレよ。お前はもう自由の身だ」


 ジャルパル陛下は私が想像していたこととは全く違うことを発言してきたのだ。

 驚いてしまい聞き返す。


「はぁ……はぁ……。外にいて良いということですか?」

「そういうことだ。聖なる力が尽きた役立たずのフラフレをここに置いておく必要もあるまい。つまり、お前は廃棄処分だ」


 ジャルパル陛下はニヤリと微笑む。

 期待してしまった自分が情けない。

 私の嫌な予感は、ほぼ的中したと言って良いだろう。


「孤児院の人たちと同じ処遇と聞きましたが……」

「あぁ、先ほども廃棄処分と言っただろう? つまり、国外追放だよ。自由になったのだから喜べ」

「死ねと言っているのですね……」

「そんなことは言っておらんぞ。当時の孤児院にいたクズどもも廃棄したとはいえ、どこかの国で生きている可能性はある」


 私の希望だった孤児院のみんな。

 いつかどこかで会えるんじゃないかと期待していたからこそ、今までジャルパル陛下の言いなりになって耐えてきた。

 ようやくみんなに会えるチャンスがやってきた。

 だが、今の私ではチャンスを生かすどころか絶望しかない。


「私の体力ではこの王宮から外に出ることすら……」

「心配には及ばぬ。今までの褒美として、しっかりと国外までは馬車を用意してやろう。空を見渡す限り、お前が聖女として力を使っていたのかどうかも怪しいがな」


 久々に見上げた空は晴天で雲ひとつない。

 あと数時間は私が発動していた聖なる力の効果も続くだろう。


「せめて、このまま外で日光浴させてください。数日だけでもお待ちいただけませんか? そうすればきっと力も──」

「ならぬ。すでに会議の上で決めたことだ。役に立たないフラフレに予算を投入するつもりはない。それに、聖女など貴族の中にまともな者が何人もいるからな」


 ジェルパル陛下が私に物言いしている最中、陛下の横でずっとクスクスと笑っている三人の女性たちが聖女なのだろう。

 私と似たような力が身体から放出されているから聖女同士ならわかるのだ。

 だが……、ちょっと心配だ。彼女たちからは僅かな力しか感じられない。

 貴族とはいえ彼女たちも地下に幽閉されていたのだろうか。


「ほっほっほ、アンタみたいなどこの馬の骨かもわからないような庶民の底辺と私たち高貴な貴族聖女が同じ土俵にいること自体ずうずうしかったのよ!」

「ミーリ様の仰るとおり。フラフレさんのような孤児院出身の聖女なんてこの国に必要ないことが、ようやく証明されたのですわ」

「これからは私たち高貴な血を引いた聖女が太陽の恵みを与えるからご心配なく」

「そういうことよ。最後に私たちと会話できたことを光栄に思うことね。わかったらとっとと出て行きなさい!」


 みんな元気じゃん!

 元気なのに聖なる力があんなに弱く……。いや、もしかしたら私の体力が底をついているから思うように力の察知ができないのかも。


 この聖女たちが言うように、私はついに捨てられちゃうのか。


「別に理不尽なことを決めたわけではない。フラフレは知らぬのであろうが、これは国全体の意思と言っても良いだろう」

「どういうことですか?」

「話は終わりだ。さっさと馬車に乗れ。移動中に民衆たちの声を聞きながら、いかにお前が無駄な存在だったか理解してから出ていくが良い」


 強引に馬車に乗せられ、ゆっくりと走り出した。

 私は一体どこへ連れて行かれるのだろう……。



 馬車の揺れ、今の私にはかなりキツい。

 酔って吐いてしまいそうだ。

 だが、貴重な栄養源を出すわけにはいかないため、必死で我慢した。

 我慢しているところへ追い討ちをかけるように、馬車の外から民衆の声が届く。


「あれよあれ! あの女が一人だけ王宮で良い思いをしてきたって噂の孤児院出身の聖女だそうよ!」

「うわ、ほとんど骨みたいなあんな女がか!? よくもまぁ聖女だなんて主張してこられたもんだ」

「あんな気色悪い女に俺たちの稼いだ金が使われていたと思うとイラつくんだが!」

「とっととハーベスト王国から出て行け! 二度と戻ってくんじゃねー!」


 私は初めて、今までやってきたことが無駄だったということに気がつかされた。


 私って、ただの税金泥棒だったんだ……。

 悔しくて、悔しくて……、涙が止まらない。


 馬車酔いもさらに酷くなってきたときは、すでに王都の外側へ出たところだ。

 馬車を汚せば御者になにをされるかわかったものじゃない。下手をすればこの広い荒野で降ろされるかもしれない。

 だが、心身ともにもう限界だった。


「何だ元聖女よ、顔色が悪いが酔ったのか?」


 御者が私のほうを向きながら声をかけてくれた。


「はい……。吐きそうです」

「そうか。ならば楽にしてやるよ。そーれっ!」

「ひいっ!」


 馬車は左右に激しく蛇行しながら進んでいく。

 無駄に揺れ、私の吐き気は一層激しくなった。


「やめて……、どうしてそんなことを……」

「お前は国の税金泥棒だろう。犯罪者にはそれなりの償いが必要なのさ。おっと、もしも中で吐いたら命はないと思えよ?」


 そのあとも左右に揺れ、急加速急減速をくり返された。

 本当に、もう限界だった。


 馬車が停まった瞬間、私は必死の思いで飛び降りた。


「おっと、こんななにもない場所にご用かい? じゃ、俺たちはこれで失礼するよ。せいぜい元気に生きることだな!」


 御者は満足そうにしながら私を置いて王都方面へと進んでいった。

 立ち上がれないほどの馬車酔いをしてしまい、私はその場で嘔吐をくり返す。


 ひととおり全て出てしまったところで、もはや私の身体には栄養がほとんどない。

 仮に酔いが醒めても、もう歩くことすら困難だろう。


「さようなら、私の人生。せめて……、もう一度だけ孤児院にいた、お兄ちゃんのように慕ってた人に逢いたかった……」


 私はその場で目を瞑った。

 なにか馬車のような音がしてきたような気がするが、私にはもう目を開ける力も残っていない。

 そのまま、意識を完全に失った。

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