【書籍化】追放聖女のどろんこ農園生活 〜いつのまにか隣国を救ってしまいました〜

よどら文鳥

第1話 フラフレの幽閉生活

 私=フラフレは今日もまた、生死の瀬戸際まで聖なる力の解放を強要される。


 私が逃げ出せないようにするため、王宮の使われなくなった地下牢獄が私の住処。

 与えられる食事は一日一度だけ。

 かろうじて流れている水と自分の服を使って身体は何とか綺麗に磨いている。

 幸い地下牢の床はむき出しの地面で土が出ているから、コッソリと野菜を育てながら足りない分の食料を補ってきた。

 それでも足りず、骨が浮き出たこの身体もすっかり見慣れてしまった。

 しかし、今日はまだ良いほうだった。


「ふふふ……、今日もありがとう!」


 野菜に栄養を与えてくれた土と、元気に成長してくれた野菜にお礼を言う。


 聖なる力をフルに発揮するためには、栄養が欠かせない。

 できれば外の空気も吸いたいところだが、贅沢は言っていられない。

 今日収穫できた緑の野菜を食べられるだけでも、私は幸せ者なのだから。


「ムシャムシャ……。ごちそうさまでした。これでほんの少しは回復できたかな」


 お腹も少しだけ満たされたし、これでもう少し生き延びることができそうだ。

 生きることに精一杯。

 無駄にエネルギーを消費しないためにも、土の上でごろんと横になる。

 いつの間にか私は眠っていた。



「いつまで寝ているつもりだ? 起きろ!」

「ふぁい……?」


 もう朝になっちゃったのかな。

 なにしろ地下牢だから、時間の感覚がまるでない。

 朝ごはんを届けてくれる警備兵が来たタイミングが朝だと認識するしかないのだ。

 だが、寝ぼけながら声の主を振り向いてみると、珍しいお方だった。


「ジャルパル陛下でしたか。おはようございまふ」

「まだ昼間だ! こんな時間に呑気に昼寝とは良い身分だな、フラフレ」

「……申し訳ありません」

「挨拶などしている暇があったら聖なる力を解放しろ! ボケ聖女が!」


 もうすぐ五十になるジャルパル陛下は、顎ヒゲを触りながら得意げに私を見下す。

 このお方には決して逆らうことができないため、私はすぐに正座した。


「お言葉ですが今日も食事を摂ったあと、いつものように聖なる力でハーベスト王国に太陽の光がしっかりと照らされるように……」

「先ほど雨が降っていたが?」

「日光だけではなく、適度な雨も必要かと……」

「また言い訳か! 私が雨を降らせと命じた日以外は必要ない! 他の聖女にも迷惑だ! やれやれ……、どうも最近のフラフレには聖女としてのやる気を感じられぬ。まさか、孤児院からお前を助けてやった恩を忘れたわけではなかろうな?」


 私はどこで生まれたのかも知らないまま孤児院で育った。

 三歳のころに孤児院が廃墟となり、それまで一緒にいた孤児院のみんなは国外追放されてしまった。

 だが、唯一私だけはなぜか王宮へ案内されたのだ。


「友達はみんな追放されてしまったのに、どうして私だけを……」

「フラフレは聖なる力をまとっていたそうだな。つまり、国のために役立つと思ったから毎日エサを与えている。だが、その力も尽きているようだな。そろそろ……」


 知らない間に聖なる力を手に入れていたようで、国の役に立てると言われたときは生きる意味があった。

 だが、王宮での扱いは酷く常に幽閉生活。

 聖なる力がどんどん弱まっていることも自分自身が一番よくわかっていた。


「せめて、週に一度でも構わないので私を外に出してください。外の空気と光を浴びれば力だって──」

「そう言って隙をついて逃げようとしているのだろう? それに隣国のリバーサイド王国は毎日雨で光など皆無の国だ。だが、皆かろうじて生きてはいるのだぞ?」

「隣国? ではそちらの国も助けなければ……」

「いや、このままで良い。あの国が苦しめば苦しむほど、我が国の食料を高く買い取らせられるからな」


 ジャルパル陛下はものすごい倹約家だと聞いたことがある。

 私は国のことをよく知らないけれど、他国を犠牲にして励むことなのだろうか。

 疑問に思ったとき、ジャルパル陛下の目線は地下牢の中にある土に向いていた。

 嫌な予感がする……。


「む? それは何だ?」

「あ……、これは」


 土の中に隠しておいた野菜の一部が露出してしまっていた。

 野菜だけは何とか助けなくては……。


「フラフレよ。まさか、ここの土で野菜を育てていたのか?」

「はい……。支給される食料だけでは到底生きていけませんから……」


 私は正直に話した。

 これで、もしかしたら少しは朝の支給もまともにしてくれるかもしれない。

 だが……。


「なるほど。つまりお前はこの野菜に貴重な聖なる力を使い込み、国に対しては手を抜いていたということだな?」

「違います! この野菜には……、あ!」


 バリバリッ!


 私の弁明は全く聞いてもらえない。

 それどころかジャルパル陛下は、私が大事に大事に育ててきた野菜を土の中からむしり取り踏み潰してしまった。

 さらに、その野菜に火をつけられ、もはや原型を取り戻せる状態ではない。

 私の大事な生命線が……。


「無駄な力を使うでない。今後は農園の真似事も禁止だ。私欲ではなく国のために聖なる力を発動せよ。良いな?」

「う……うっ……」


 ジャルパル陛下は恐ろしい笑みを浮かべながら、地下牢に鍵をかけていった。


 大事に育ててきた野菜が一瞬で殺されてしまい、涙が止まらない。

 ジャルパル陛下は全く理解してくれなかったのだ。

 野菜を収穫できなくなった上に少ない食料支給だけでは、もう聖なる力は……。


 それから数日後、ついに私の聖なる力は発動できなくなってしまった。

 そのことを謝罪するため、食料配給の者に報告した。


「せっかく毎日こうやってエサを与えてやっているのに、まさか無力化するとは……。陛下に伝えておこう」

「申し訳ありません……。あ、私のご飯……」

「無力な家畜にやるエサなどない! こんなものはこうしてやるよ!」


 食料配給の者は床にパンを落とし、そのまま足で踏み潰してしまった……。

 潰れて泥まみれになったグチャグチャのパンを、私のいる地下牢の中へ放り込む。


「ほら、俺様が作り直してやったエサだ。感謝しろ」


 ガハハハと笑いながら姿を消した。

 しばらく悩んだが、私の空腹は限界だ。

 汚れた部分を手で払って少しでも綺麗にしてから、潰れたパンを口にほおばった。


「あ、ちょっと硬くなっちゃったけれど食べられる。良かった……」


 食事を終えてしばらくしてから今度はジャルパル陛下がやってきた。

 すぐに地下牢の鍵を開けて、ものすごい顔で私を睨んでくる。


「申し訳──」


──パァァァァァアアアアン!!


「きゃああ!」


 私は何度も殴られた。

 悲鳴も上げられなくなったころには身体中を触られ、ジャルパル陛下のおもちゃにされるがままだった。

 私が受けた屈辱は相当なものである。


「ふん。お前のような瘦せこけた不気味な身体なんぞに興味はないわい。だが一応確かめてみた。やはりお前なんぞに惚れるような男は金輪際現れんだろうな!」

「う……う……痛い、気持ち悪い……」

「全く……。クズのお前を拾って聖女の地位まで与えてやったというのに恩を返そうともせず、自分のことばかりに力を使いおって。こんな女では奴隷小屋に引き渡しても価値がつかぬ。……覚悟しておくことだな」


 ようやく拷問から解放された。

 この日は、もうなにもしたくなくて、ずっと寝たきりだった。


 翌日は朝の食料支給はなく、代わりに鎧をまとった騎士のような人がやってきた。


「元聖女フラフレよ! 牢から出るが良い。陛下がお呼びだ」

「え? ここから出て良いのですか?」


 昨日の拷問は何だったのだろう。

 ずっと地下牢かと思えば今度は外でジャルパル陛下と対談か。

 今まであそこから出してもらえることなんて滅多になかったのだが。


「あぁ、当時陛下が潰した孤児院の者たちと同じ処遇を下すと仰っていたぞ」

「え……」


 それを聞いた瞬間、私の希望は完全に絶えた。

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