少年と少女

―――

――


エマと共に山道を下る間に記憶の整理をしておく事にした。

自身の今の名前はレイ・アイザック。そして生まれ落ちたアイザック家の環境はこの世界でいう処のヤクザのような存在…前世で聞いた事のあるマフィアと呼称されている裏の仕事を主な糧とする組織のボスを代々受け継いでいる。とは言っても幼い自分の身ですら知っているような弱小なマフィアのようであるが、それはボスである親父のせいだと思う。

簡単に言えば女好きで弱者に強く強者に媚びる、と絵に描いたような屑であり最近は一人の女に夢中のようだが、それでも気に入った女には見境がない奴である。かりにも組織のトップがそれなのだから組織自体もそれ相応なものに為っていってしまうのが当然なのだろう。



「…あの、レイ様。何か考え事ですか?」


「んっ。あぁ、別に。…良い天気だなーって」


「確かに良い天気ですね。絶好のお洗濯日和です」



記憶を整理していたので自然に無口になっていたら隣のエマが話し掛けてくる。しかし事実を言った処で頭を殴られておかしくなったとでも思われそうなので、のらりくらりと話しを逸らした。

だがエマは適当に述べた話を真面目に受け取り、空を見上げて同意してくれる。


何とも素直な子だ。そんな彼女はエマ・スチュアートと言い彼女の父はボスである親父の側近であり彼女とは同い年の為、普段から自分のお守を命じられているようである…しかし彼女の本心は定かではないが自身もまだ十歳の遊びたい盛りだろうに、自発的にこんな糞ガキの相手をしたいとは思わないだろう…何とも不憫である。


そんな彼女は前世の自分と同じくらい家庭環境が酷く彼女の父は人前でも平然と実の娘であるエマを殴ったり蹴り飛ばしたりなど虐待を行っている、しかもこの世界には警察や児童相談所なんて存在していないから尚更である。そう考えればこの世界に限っては俺は暴力を振るわれていないだけまだましなのかもしれない。



「…」


元気に隣を歩くエマの事を改めて良く見れば、きめ細かな肌をした身体のあちこちには所々痣が見え隠れしている。

…その痛々しい身体は前の人生の幼い頃の自身と被ってしまって傷つけた相手に無性に腹が立ってしまう、何で自分の子供にここまで出来るのかが微塵も理解出来ない。



――そんな中、山道を下りて街まで続く舗装された幅広い土の道を歩いていた時の事。



「…あれっ?レイ様、あれってシヴァおじいちゃんじゃないですか?」


「んっ?」



一人で怒りが湧き上がっていた中、エマの話しで我に返る。見ると歩きながらエマが目を細めて前方を見ていたのでその視線の先を追ってみると、向かい側の街の方から茶色いローブを纏った顔に大きな傷が目立つ白髪まじりの男が此方の方へ歩いて来ているのが見えた。

杖を地面に突きながらすれ違う人々を避けつつ確実に此方の方に来ている。


その男は見知った顔であるシヴァであった。親父の父、つまりは祖父の代からアイザック家に仕えている老年の剣士であり、魔法も扱えてめちゃくちゃ強い人って事を知っている。



「シヴァおじいちゃん!」


そんなシヴァを見つけたエマは声を上げて其方の方に足早に近寄って行くのでその後を追って一緒にシヴァの傍へ行く。



「…おやおや。スチュアート家のお嬢さんではありやせんか、相変わらず素敵な子だ。若もご一緒ですかい?」


エマに声を掛けられたシヴァは立ち止まり、目の前のエマの頭を優しく撫でると周りを見渡す。



「うん。居るよシヴァ」


と、周りを見渡しているシヴァに声を掛ける。シヴァはその声に気付いて此方に顔を向けた。



「おぉ、若。…ご無事で良かったです」


「…?」


シヴァは何だか妙な事を言っている。エマは特に気付いていないのかシヴァに頭を撫でられて嬉しそうである。そんなエマとシヴァを見ながら首を傾げてどういう事かと考えた。



「もしかして…俺が襲われた事、もう知ってんの?」


「なっ…既に襲われたんですかい⁉」


「…んっ?」



何だか話しが噛み合わない中、シヴァは慌てた表情でエマの頭から手を離したかと思うと何故か自分の目の前で片膝を地面に付いて頭を下げて来た。

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