第8話:置くスペースさえあれば買いたい
リリーがお金持ちのご老人の家へメイドの仕事の為に向かって行ってから、それなりの時間と日数が経った後、結局、ガラガラが必死に掃除していても、またまたむさ苦しくなったガラガラの家のドアのベルが鳴った。誰か来たようだ。ドアを開けてみると、郵便屋だった。
郵便屋は手紙をガラガラに差し出した。手紙を受け取って、差出人の部分を見てみる。差出人はリリーらしい。可能な限りすぐに返事を書くから、ちょっと待ってくれとガラガラは郵便屋に待って貰うようにお願いした。
「ガラガラさん。すぐに終わるのですか? まぁ、そこの切り株に座って待っていますよ」
以前、配達に来た郵便屋よりも年若い郵便屋は、そういうと近くの切り株に座った。ガラガラの家から火を分けてもらい、煙草に火をつけて美味いかどうか分からない表情で吸い始めて待ってくれた。ただ、仕事上の付き合いで吸うために練習している様子だった。
ガラガラは、慎重にペーパーナイフでリリーからの手紙を開けた。中身を検めてみる。もちろん、白紙ではなく文字と綺麗な花の絵が見えた。リリーがまた帰って来てくれるのかと期待していた。
『拝啓 ガラガラのおじ様
いつもお世話になっております。
芝刈り機をいただいてから、幾ばくかの日が経ちましたが、おじ様は、ご壮健であられますでしょうか?私は、特に何事もなくハウスメイドの仕事を続けています。あれから、下働きのトゥイーニーが幾人か去って、また何人か新しく入ってきました。私がトゥイーニーだったときもそうですが、今のトゥイーニーである彼女たちも、少々困っていることがありますので、ご相談にのっていただきたく存じます。
それはですね、メイド以外の主婦の皆さまでも苦労している水仕事の一つである皿洗いなのです。トゥイーニーの他にもハウスメイドやキッチンメイドのように色々な作業に応じてメイドがいるのですが、その中でもスカラリーメイドというお皿やお鍋を洗う担当のメイドがいます。時々、トゥイーニーも手伝います。そろそろ水が冷たく感じる季節になります。おじ様は、あまり気にしないと思っていますが、女性にとって、ドワーフの手と違い、繊細ですので手が荒れます。
手が荒れますと、痛みや出血するのです。本当は、水を温かくすれば、手荒れしにくくなるのですが、温める薪にも限りがあります。ですので、手が荒れないようにお皿洗いが出来る道具を作っていただけないでしょうか?もしくは、何らかのお知恵をお貸しください。恐らくですが、町のどこかでも売れるはずですので、おじ様の為にもなると思います。
長生きしているおじ様ならなんとかできるはずなのではという自信なのですが、よろしくお願い致します。
芝刈り機をいただいて、なぜか有名になったリリーより
敬具』
リリーが帰ってこないので、ちょっと落胆したが、早速、ガラガラは返事を書いて、配達する分のお金と手紙を郵便屋に渡した。郵便屋は、やっと書けたのかという様子だった。煙草の火を不器用に靴の裏で消して、お金と渡された手紙を鞄に入れ、他にも仕事があるらしいので足早に去って行った。
ガラガラが汚い殴り書きの文字で書いた手紙の内容は、こんな感じだった。
『拝啓、有名でお淑やかなリリー様
もちろん、儂は特に体調不良もなく、元気です。儂の儲け話にもなりますし、リリーが困っているようなので、お皿洗いする機械をなんとか考えてみます。もしも出来上がったら、新たに手紙を出しますので、機械が置ける場所を作ってください。
芝刈り機を作ったガラガラより
敬具』
ガラガラは、早速、皿洗いの機械を考え始めたが、ちょっとすぐに作れる気がしなかったので、ネズミ男と相談しようと心に決めた。市場に行って、そこら辺にいる暇そうな子供にお駄賃を渡して、ネズミ男を呼ぶようにお願いした。
適当に市場を散策していたが、かなりの時間が経っているのにネズミ男がまったく来る気配がない。夕方になったので、仕方なく家に帰ることを決めたガラガラだったが、家路に着く途中で目的であったネズミ男に出会った。ネズミ男は、ちょっと不満そうな表情を浮かべていた。
「ガラガラの旦那、どうして家にいらっしゃらなかったので?旦那の家の近くの切り株に座って待っていたのですが、一向に帰ってくる気配が無かったので、今日のところはお暇しようかと思っていました」
「なんだ。恐らく伝言を頼んだ子供が間違えたのだろう。すまなかった」
ガラガラは、頭を下げて謝った。その姿にネズミ男の溜飲が下がったようだった。
「まぁ、こんな時間ですし、今日のところはお暇させていただきます。明日、また来ますので、家で待っていてくださいよ。あぁ、そういえばお菓子とお茶も用意してくださいね」
「分かった、分かった。明日は準備して待っている」
ガラガラがそう言うと、ネズミ男と別れて家路に着いた。
次の日の朝、いつもよりガラガラは早く起きて、お菓子とお茶の準備をして待った。ガラガラの家の扉のベルが鳴った。ネズミ男が来たらしい。早速、昨日話し合いたかったことを相談し始めようとしたが、お茶を飲んだネズミ男からケチが来た。
「なんですか、このお茶は。以前に、リリーが淹れた茶葉と同じものですか?」
ネズミ男は、お茶が不味かったようで、渋い顔をしている。
「同じものだと言いたいところだが、もっと良い茶葉だ。ほれっ、受け取って見ろ」
茶葉の入った缶をネズミ男に投げ渡し、さもありなんと考えつつ、ガラガラは答えた。
ネズミ男が、投げ渡された茶葉の缶の表示を見てみる。かなり良い茶葉だ。少なくともガラガラが飲むものじゃない。
「旦那、かなり良い茶葉じゃないですか!誰かからの貰い物ですか?」
「サーシャと特別な日に飲むときの茶葉だ。いつもはサーシャが美味いお茶を淹れてくれる」
ガラガラは、なにか寂しそうに感傷に浸っている。
その雰囲気を悟ったネズミ男が話題を変えた。
「お茶はそれとして、昨日は何か用事があって、お呼びしたんでしょう?用件を伺いたいのですが?」
「とりあえず、このリリーからの手紙を読んでみろ」
ガラガラは、リリーからの手紙をネズミ男に見せた。ふむふむとネズミ男が手紙を読み込んでいる間、二人分のコップの中のお茶を捨てて白湯に入れ替えた。ネズミ男がコップを手に取り一口含んでから言った。
「いつもの白湯の方が美味いですな。ところで、お皿を洗う機械ですか。まずは食器の種類ですな。陶器のお皿なのか木のお皿なのかで割れやすさが違うはずですから」
「多分、木のお皿じゃないかぁ?陶器のお高い食器は、流石に手洗いにするはずだ。それに数が多い使用人の食器が対象だろう」
ガラガラは、ネズミ男の問いかけに答えて、納得するように頷いた。
「旦那、ひとまず木のお皿を洗うとして、構造をどうするかですが、以前作った洗濯機じゃダメなんですか?」
頭をポリポリと搔きながら、ネズミ男がガラガラに問いかけた。
「あれは、横に向けた樽を回転させて、衣類を叩き落としながら洗うものだから、木器でも欠けたり、罅が入ったりすると思うぞ」
「木のお皿は意外と丈夫ですから、とりあえずやってみませんか?」
くるくるとハンドルを回す仕草をしながら、ネズミ男は、提案した。
「まぁ、やってみるか」
そういう訳でむさ苦しい男たちは、ガラガラの家の倉庫に向かった。倉庫の奥に以前作った洗濯機をえっちらおっちらと運び出し、水とその辺に置いてあった長いこと洗っていなさそうな汚い木のお皿を入れてみた。洗濯機のハンドルを回す、ガチャガチャと音が鳴った。
洗濯機から水を抜いて、木のお皿を取り出してみる…木のお皿だったものが手に入った。完璧に失敗したようだった。二人して木のお皿だったものを見ながら相談した。
「旦那、実はこの木のお皿が脆かったりしませんか?」
「分からん。その木のお皿はリリーがいなくなって、その後、いつから洗っていなかったか憶えていない」
「えーと、市場で新しい木のお皿と念のため陶器のお皿を買ってきますね」
そういうと、ネズミ男は市場に向かって足早に走って行った。
ガラガラは、木のお皿の破片を片づけて、砕けた原因を考え始めた。とりあえず布と同じように叩き洗いはダメということが分かった。ということは、皿に直接衝撃を与えないようにしなければならない。皿は固定できるようにしよう。
それと、洗濯機は樽を横置きしているが、皿を取り出しやすいように縦置きにしよう、それに、そもそも樽にこだわらず、ちょっとした桶と桶に収まるサイズの荒い目の円柱の笊でいいだろう。桶に水を貯めて、その中で皿を入れた荒い目の笊が回転するようにしよう。回転させるためにハンドルもつけよう。これで、大体の構造が出来た。
ガラガラが皿洗い機の構造を考え終わったあたりで、市場から両手一杯の荷物を持ったネズミ男が帰ってきた。二人でせっせとお皿を適当に汚して、早速、試験を開始する。
皿を笊に入れて、素早くハンドルを回してみる。木のお皿はともかく、陶器のお皿の割れる音がした。やはり陶器のお皿は、最低限ゆっくりハンドルを回す必要がある。ある程度、ハンドルを回した後、笊を上げて、木のお皿を取り出してみる。
桶の中の水が濁っているので、ある程度は汚れが落ちているようだ。陶器のお皿も取り出してみると、割れたような音だと思っていたが、ちょっとだけ端が欠けただけのようだった。ちょっと工夫すれば、問題は解決できるようだった。
そこそこの時間が経って、問題を解決できたので、いつものように試作品をネズミ男が持って去って行った。どこかに売り込むらしい。ガラガラは、リリーに贈る分を作り始めた。とりあえず綺麗な紋様を刻もうと心に決めて、ちょっと疲れたので家のベッドに寝ころんだ。休むだけのつもりだったが、そのまま朝まで寝てしまった。
次の日の朝、ガラガラは相も変わらず汚い文字で、早速リリーへの手紙を書き始めた。
『拝啓、お淑やかなリリー様
お元気でしょうか?
頼まれていたお皿洗い機が出来上がりましたので、機械が置ける場所を作ってください。
ネズミ男が一人で持てる位の大きさと重さです。
お返事をいただいた後、すぐにお皿洗い機を送ります。
お返事待っています。
お皿洗い機を作ったガラガラより
敬具』
手紙を郵便屋にお金と一緒に渡して、配達を頼んだ。数日後、すぐにリリーから返事の手紙が届いた。あまりにも予想よりも早かったので、ガラガラはネズミ男に手伝ってもらって皿洗い機を梱包した。
さすがに郵便屋に頼んで運んでもらう訳にもいかない大きさになってしまったので、直接、二人でリリーの勤めているお屋敷まで台車を使って運ぶことにした。
お金持ちの家に行くので、二人は身綺麗にして出発したが、雨がちょっと降っていたようで、道がぬかるんでいた。そんな道を歩いていたので、綺麗な服が泥で汚れてしまった。リリーの勤めているお屋敷に着くころには、いつもの恰好に戻った。
お屋敷が見えたので、あと一頑張りだと気合を入れなおして何とか門までたどり着いた。門を叩いて使用人を呼んだ。メイドの一人が門まで来てくれた。メイドは、じっくりと二人の姿を眺めて、訝し気に聞いた。
「どのようなご用事でしょうか?」
こんな格好でリリーと関係していると思われては、リリーに迷惑が掛かると思った二人は、そこら辺にいる荷物運び人を装った。ネズミ男が気づかれないように調子よく答えた。
「町のガラガラさんからこちらにいらっしゃるというリリーさんへお荷物をお届けに来ました。確かお皿洗い機とやらです。先方は、あらかじめ連絡していると仰っていました」
答えを聞いたメイドは嬉しそうに、きゃあきゃあと声を張ってはしゃいで屋敷の方に向かってしまった。門の前で二人は待ちぼうけを受けたが、ここまでの道中でかなり疲れていたので、助かっていた。すぐに運んでくれと言われても、そんな元気は二人には無かった。幾ばくかの時間が経ち、大勢のメイドが門まで集まってきた。メイド達が門を開けてくれた。
メイドの一人が代表してお礼に来てくれた。
「どうも運んでくださってありがとうございます。リリーさんからはお聞きしていましたので、置き場所までご案内します。私に付いて来てください」
ひとまず二人は、メイドに付いて行くことにした。お金持ちの屋敷とやらは、とても大きくそれなりの距離を再び運んだ。
メイドがある場所を指さして言った。
「こちらに置いてください。」
二人は、指さされた場所にお皿洗い機を設置し、リリーが帰ってくるまでの時間稼ぎとして使い方を教えたが、結局、リリーの姿を一目見ることも無かった。
「お嬢さん方、それでは、ここらで失礼します」
二人は、リリーに会えなかったことを残念に思いながら、町へ帰って行った。
その後のお皿洗い機は、食堂や酒場とかの大量に皿を洗う必要があるお店でよく売れた。幾つか作っては売り、作っては売りを続けて、二人の懐がそれなりに温かくなったころ、ガラガラの家のドアのベルが鳴った。誰か来たようだ。ドアを開けてみると、郵便屋だった。
郵便屋は手紙をガラガラに差し出した。手紙を受け取って、差出人の部分を見てみる。差出人はリリーらしい。ガラガラは、慎重にペーパーナイフでリリーからの手紙を開けた。中身を検めてみる。もちろん、白紙ではなくとても綺麗な文字と花の絵が見えた。
『拝啓 ガラガラのおじ様
いつもお世話になっております。
寒い時期になりましたが、風邪などひかずに、おじ様はご壮健であられますでしょうか。
まずは、わざわざ皿洗い機を作って送っていただき、ありがとうございます。お屋敷の皆は、使い勝手もよく、大変嬉しがっておりました。
ただ、もう少しタイミングがどうにかならなかったのでしょうかと残念に思ってしまいました。メイドから荷物運び人の容貌を聞いて、ネズミ男さんと一緒に直接運んできてくださったことが分かってしまいました。もうちょっと待っていただけたら、お茶でも淹れることができたのですが、機会に恵まれず残念です。
それで、皿洗い機をいただいたお礼に幾ばくかのお金といつものように日持ちするお菓子を送ります。商品の対価になりますので、遠慮せずお受け取り下さい。前に別の商品を頼んだときみたいにお金を送り返さないようにお願いします。
それと私事になりますが、この度、上司であるハウスキーパー様がご結婚されることで、大変名誉なことなのですが、ご主人様から新たなハウスキーパーとなるように任命されました。
それでですね、これまで色々と直接お手紙をやり取りしていましたが、今後ご依頼したいことがあるときは、私の部下のメイドに練習を兼ねてお手紙を書かせることになります。そのため、季節のお便り以外では、あまりお手紙のやり取りができなくなります。とても残念に思いますが、ご承知おきください。
おじ様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます
ハウスキーパーに出世したリリーより
敬具』
ガラガラは、うーむと唸りながら、また寂しくなるなぁと思いつつ、大事にその手紙を棚にしまった。それと、明日はかなり時間経ってしまって、埃が溜まって香りが無くなったポプリとかいう植物を買いに市場へ行こうと心に決めた。リリーと言えば、ポプリなのだ。
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