メイドのリリー編

第6話:実際、音が静かなので、まだ何処かで使われています

 ドワーフのガラガラが市場で食べ物を探していると、後ろから何かがぶつかってきた。特に痛くもなかったガラガラが後ろを振り向くと、エプロンドレスを身に纏ったメイド姿の少女が尻もちをついていた。


「ごめんなさい。おじ様、よく前を見ていませんでした」

 立ち上がったメイドの少女は、真剣な様子で頭を下げて謝っている。


「儂は特に問題無いが、お嬢ちゃん、ケガはないかい?」

 ガラガラは少女に心配そうに尋ねた。


「はい、おじ様。幸運にもケガはありません。ご心配ありがとうございます」

 メイドの少女は、両手でスカートの裾を掴んで、見事なカーテシーをしつつ、にっこりと笑顔で答え、続けて言う。


「これも何かの縁だ。お嬢さん、名前を聞いてもいいかい?」

 ガラガラは余所行きの笑顔で聞いた。


「リリーと申します。あの高い丘の上のお家でお雇い主である奥様の元で働いています。おじ様、おじ様のお名前を拝聴しても?」

 高い丘の上のお家の先を指さしながらリリーは話した。


「ガラガラだ。ここの近所で鍛冶屋をしている」

 自分の家を親指でクイッと指さしながら説明した。


「まぁ!貴方がサーシャお姉ちゃんがよくご飯を頂きに行った、ガラガラさんですか」

 手を口に当てて、わざとらしくびっくりしたようにリリーは驚いた。


「サーシャを知っているのか?あの子は結婚したはずだが」

 ガラガラは訝し気だった。


「私がもっと小さい頃、サーシャお姉ちゃんには、良くしてもらいましたから。よくお菓子を頂きました」

 この位と手の平を少し下げつつ、リリーは何かを思い出しながら、楽しそうに笑顔を浮かべて答えた。


「あのときの砂糖菓子かなぁ」

 恐らくネズミ男の高い菓子だと思いながら、ただ何時の事だったかなぁと考えつつ、ガラガラは頭の中の記憶を探した。


「ふふふ、いつも頂いていましたから、よく憶えています。それに、種を明かしますと、おじ様には何度もお会いしていますよ」

 リリーは手を口に当てて、口元を隠しながら、くすくすと笑いつつ、朗らかに話した。


「儂の記憶には無いんだが」

 首を傾げながら、ガラガラは聞いた。


「おじ様は、サーシャお姉ちゃんが結婚するまで、いつも孤児院に来てくださいましたでしょう?やっぱり、サーシャお姉ちゃんは特別だったんですね」

 やはり覚えてないなぁという態度をしつつ、リリーは種明かしした。


「孤児院にお嬢ちゃんのようなお行儀の良い子がいたとは!」

 ガラガラは、自分の記憶の無さを恨んだ。


「いつも抱き着いていましたよ。嫌々そうに手を取ってもらいました。昔はやんちゃでしたが、今は奉公先でお仕事していますから、お行儀には気を付けています」

 ささやかに微笑んで、リリーは昔の楽しかった何かを思い出すよう、くるりと回って答えた。回っているリリーのスカートが広がった。綺麗な足がちょっと見えた。


 ガラガラは、ちょっと恥ずかしかった。そういえば、サーシャが結婚してからは、あまりの時間納得できず塞ぎこんでいたので、孤児院には向かっていなかった。サーシャの事を思い出しそうだった。失恋とは違う、義理の娘が嫁に行った父親の気持ちだった。


「それではおじ様、少々時間も押してきましたので、これで失礼します」

 リリーは綺麗なお辞儀をして、ガラガラの返事も聞かず去って行った。


「もう少し孤児院の様子でも見に行くようにしよう」

 去って行ったリリーの後ろ姿を見つめながら、ガラガラは食べ物を買いに行くことにした。孤児院の分ももちろん買った。


 ちょっとした日数が経ったとき、ガラガラの家の扉のベルが鳴った。ネズミ男かと思ったが、ドアを広げた先で目の前にいたのはメイド姿のリリーだった。


「おじ様、お願いがあるのですが、今、よろしいですか?」

 リリーは、何かを頼みたそうに聞いた。


「えーと、リリー。話が長くなりそうだから、とりあえず家に入りなさい」

 ガラガラは、ドアを開けて何となしにリリーを向かい入れた。


「ありがとうございます、おじ様」

 家に入ったリリーはそういうが、立ったままだった。


「どうした。とりあえず、ここの椅子にでも座りなさい」

 ガラガラは、なんで座らないのか不思議だった。


「訪れた家主の許可なく、椅子に座るわけにはいかないですから」

 それがメイドなのですからといった表情でリリーは椅子に座った。


「まずは、かなり無理難題なのかと思っていますが、サーシャお姉ちゃんが、おじ様なら何とかしてくださるということで、頼みたいことがあります」

リ リーは申し訳なさそうにしながら、お願いした。


「まずは、頼みたい内容はともかく儂の事は、ガラガラでいい」

 お願いを聞く前に、こんなにも丁寧な話し方をされると、体が痒くなる。


「それでは、ガラガラさん、こういったものが作れないかを教えてください」

 そういうと、リリーは、自分でも考えが纏まっていないようで、わちゃわちゃと手で空中に何かを描きながら、こんなものなんですがという感じで御願いしている。


「結局、何を作って欲しいのだ?」

 ガラガラには、全く見当がつかなった。


「箒と塵取りみたいに、こうやって、立ちながら、床、特にカーペットを綺麗にできるものですが、どうでしょうか?」

 リリーは、椅子から立ち上がり、箒で床を掃きとるような身振りをした。


「つまり、床からゴミを取れればいいんだな?」

 うーんと悩みながら、ガラガラは腕を組みながら、頭を傾けている。


「はい、その通りです。」

 意図が伝わったので、嬉しそうにリリーは笑った。


「とりあえず何とか考えてみよう」

 そんなものが出来れば、ネズミ男と一緒に儲け話が出来るだろうと思ったので、早速、市場へ材料を買いに行こうとガラガラは、決心した。


「それでは、ガラガラさん、よろしくお願いします」

 リリーは、綺麗なお辞儀をして、去って行った。


 ガラガラは、いつものように市場で色々と買った。まず、箒と塵取りの代わりという事だったが、リリーはなんでカーペットの掃除がしたかったのだろうと思った。カーペットなんて、天気の良い日に外で干すついでに、パンパンと叩けばいいのに。


 市場で小さいカーペットを買っておいたので、試しに砂で汚してみた。砂を箒で掃いてみる。意外と砂が飛び散るし、鼻や口に入って、咳やくしゃみが出る。とりあえず、砂が飛び散らないようにして、塵取りを使うようにどこかに砂を貯める構造にしようと心に決めた。


 結局のところ、砂を掃除するためには、箒で掃かないといけないので、小さい箒を作ってみた。ふと、軸を中心に何か所に箒を付けてみて、軸を持って、くるくると回転させる。箒が回転した。その様子を見て、なんとなく砂を掃けそうな機構が出来た。


 箒を付けた軸が勝手に回転するように歯車と車輪を付けた。車輪を動かすと、歯車が一緒に回転し、箒がくるくると回った。成功だ。あとは塵取りが必要だ。砂が飛び散らないようにカバーを付けた。箒が一本だけでは砂があまり取れなかったので、二本にした。二本の箒が同じ方向に回転させるよりも、一本は逆回転させて、砂が箒と箒の間の中心に集まるようにした。これで試作品ができた。


 試作品を手で持ちつつ、屈みこんで、カーペットの表面にゴロゴロと試作品を動かしてみる。何度か前後に動かすと、しっかりと砂が取れた。カバーを外してみる。砂とカーペットの埃がドサッと出てきた。これで完成だと思ったが、屈みこんでやると、足に砂が付くし、何より腰が痛かった。立ったまま使えるように棒を付けた。いつものように贈り物だったので、綺麗な紋様を刻んだ。少し悩んで、カーペットスイーパーと名付けた。


 リリーがまたやって来て、素早くいつもの椅子に座って、完成品が出来たと嬉しそうなガラガラと談話していたその時、うるさく扉のベルが鳴った。儲け話をしにきた、むさ苦しいネズミ男が来たようだ。家に案内しようとすると、その見た目が綺麗な事に気づいた。こいつは、本当にネズミ男なのか、風貌が貴族の様に綺麗すぎる。


 もしや、こんな金が無い家に強盗が来たのか。ここには、リリーがいる。守らなれば。ガラガラは、その瞬間、修羅となった。とりあえず近くにあったトンカチを不審な人間の頭に向かって、渾身の力で振り落とす。並の人間の頭では、ザクロのように弾けるだろう。死ね。もし違っていたら、あの世で詫びるとも思った。


 ネズミ男のようでない人間は、ガラガラの手を取り、腕を固めた。すごく痛いが一応聞いてみる。


「どこのどいつだ!相手になってやる!」

 ガラガラは、相手に向かって、痛みを感じつつ叫んだ。


「旦那、ネズミ男です。ちょっと金持ちに行く予定がありまして、いつもより仕方なく小綺麗にしています」ネズミ男が絶対に了承してもらうように弁明した。


「よくよく見ると、ネズミ男の風貌が似ている。まさか本当にネズミ男なのか?」


「そう言っているでしょう、旦那。とりあえず、腕を解きますよ」

 そう言うと、ネズミ男擬きは、手を離した。


「うーむ、本当にしっかりよく近くで見ると、お前さん、ネズミ男だな。」


「旦那、こんなにも見慣れた顔なのに、いきなり殴るなんて」


「しかしだな。いつもむさ苦しいのに綺麗すぎるぞ」

 ガラガラは、まだ疑った視線をネズミ男に向けている。


「旦那、私の声で分かるでしょう、いつもの声ですよ。今回の儲け話は、お金持ちが買うのでしょう?」


「恐らくそうだ。ただ、一個しか完成品が無いから、今回は見るだけにして、明日また来てくれ」

 ガラガラは、完成品を指さしながら、お願いした。


「ええー、旦那。どうしてですかい?完成品があるなら、お金持ちへ説明するために、それを持っていきたいのですが」

 ネズミ男は訝し気に聞いた。


「申し訳ないが、これはリリーが先に予約しているのだ。これから使い方を説明するところだ」

 ガラガラは、困った顔しつつ、弁明した。


「まぁ、そう言う事なら、分かりました。私も一緒に見てもよろしいので?」

「そりゃあ、もちろん」


 その後、リリーとネズミ男に実演しながら、カーペットスイーパーの使い方を説明した。二人は、予想外の出来にびっくりしていた。ガラガラは、その様子を見て、作ってよかったと嬉しい気持ちになった。いつでも、作ったものが評価されると、気分がいいのだ。


 カーペットスイーパーを抱えて、リリーはガラガラの家から高い丘の上の奥様の家に帰って行った。リリーがいなくなったので、ガラガラとネズミ男は、儲け話を始めた。その日の夜、大体の結論が出たので、ネズミ男は去って行った。ガラガラは倉庫へ行って、徹夜でカーペットスイーパーを作り始めた。


 次の日、徹夜で作ったカーペットスイーパーをネズミ男が持って行った。ガラガラは、徹夜をしていたので、眠くて仕方がなかった。ベッドに飛び込んで泥の様に眠った。


 それから、それなりにカーペットスイーパーは売れていった。お金持ち以外にも、好事家や貴族とかも買ってくれた。二人の懐は、温かくなった。ガラガラは競馬に行こうとしたが、賭博はダメというサーシャの言葉を思い出したので、我慢した。その後、リリーからは、お礼の手作りのお菓子を貰った。優しい味がして、おいしかった。


 夜に近づく位のある夕方、ガラガラの家の扉のベルが鳴った。ネズミ男かと思ったが、ドアを広げた先で目の前にいたのは、大きな鞄を持った私服姿のリリーだった。


「ガラガラさん、お願いがあるのですが、今、よろしいですか?」

 リリーは、何かを頼みたそうに聞いた。


「えーと、リリー。話が長くなりそうだから、とりあえず家に入りなさい。あと、いつもの椅子にでも座りなさい」

 ガラガラは、ドアを開けて何となしにリリーを向かい入れた。


「ガラガラさん、ありがとうございます。それでですね。数日前、御主人である奥様が結婚なされました」

 リリーは、胸に手を当てて嬉しそうに話した。


「そりゃあ、目出たいことだが、どうしてその格好できたのか?」

 ガラガラは、理由が欲しくて質問した。


「悲しいことに、メイドの慣習といいますか常識として、独身の奥様が結婚されると、その相手が大きい屋敷を持っていますと、私のようなメイドは解雇されてしまうのです」

 リリーは、俯きながら悲しい表情で答えた。


「それに、既に孤児院を出た身としては、今更、孤児院に戻って迷惑をかけるのも何ですから」

 リリーは、孤児院の困窮状態を知っていたので、あまり帰りたくなさそうな表情をした。


「それで、儂の家に来たのは何でだ?」

 どういうお願いなのかは大体察したガラガラは、結局のところ、直接聞かなければならないと思った。


「奥様から紹介状を頂いたのですが、先方であるお金持ちのご老人の家とのやり取りに時間が掛かっていまして、幾日かお宿に泊まっていたのですが、路銀が尽きてしまいました。ガラガラさん、今ならメイド・オブ・オール・ワークの一人である私をとても お安く雇えます。いかがでしょうか?掃除から洗濯、お料理まで一通り出来ます」

 リリーは、とても切羽詰まった表情で懇願した。


「とりあえず雇うかどうかはともかくとして、今晩はうちに泊まりなさい」

 昔のサーシャも似たような話の切りだし方だったなぁと思い出しながら、ガラガラは提案した。


「サーシャお姉ちゃんの仰る通り、ガラガラさんお優しいですね」

 リリーは、ガラガラの提案にほっとしたような表情を浮かべた。とにかく屋根がある場所が見つかって安堵していた。


 ガラガラは、家主よりも自分が優先されることに抵抗し渋るリリーをベッドに寝かし、雇うかどうかとは言ったが、恐らく雇った方がいいんだろうぁと思いつつ、自分は椅子で寝た。


 次の日の朝、ガラガラはご飯のいい匂いが鼻をかすめた。うーんと背伸びをしながら、体からぽきぽきと音を鳴らしつつ起きた。そういえばリリーが泊っていたかと思い出した。


 しかし、この匂いはなんだろうと周りを見渡すと、台所でリリーが何かを料理していた。リリーは、ガラガラが起きたことに気づくと朝の挨拶をした。


「おはようございます、ガラガラさん。勝手にキッチンをお借りしています。適当なあり合わせですが、朝食を作っていますので、ちょっと待っていてくださいね」

 リリーは、上半身だけ振り向いて、手先は器用にお玉で鍋の中身をかき混ぜていた。


 その後、ガラガラは、リリーの作った朝食を一緒に食べた。予想通り、優しく美味しい味だった。


「ガラガラさん、昨日の話の続きですが、こんな感じで料理を始めとして、色々と出来ますので、雇っていただけないでしょうか?」

 リリーが昨日の雇用話を切りだした。


「まぁ、ずっとではないだろうし、別に構わんが、給金はどうしたらいいのか?メイドの給金相場なんぞ、儂は知らないぞ」

 メイドなんぞ雇う金が無いガラガラは困惑しつつ、リリーに尋ねた。


「ガラガラさん、大丈夫ですよ。住み込みで食事さえ頂ければ、適当な時間に町で何か仕事を探して路銀を稼ぎます。あと、雇わられるのですから、ご主人様か旦那様、どちらでお呼びすればいいでしょうか?」

 リリーは、ガラガラを主人として扱いたそうだった。


「ご主人様か旦那様では、肌がむず痒くなる。今のようにガラガラさんでいいぞ」

 ガラガラは両腕で自分の体を抱きしめながら、痒そうな姿勢をした。


「それでは、折衷案として、前のようにおじ様と呼んでおきます」

 リリーは、少々、不満顔だった。


「もうそれでいい」

 ガラガラは降参した。男というものは、いつの世もこういう時の女には勝てない。


 そういうことになったので、リリーは早速、食器を洗い始めた。ガラガラでも流石に毎日椅子で寝るのもどうかと思っていたので、倉庫に向かって、もう一つのベッドを作り始めた。


 ガラガラは、昼頃にベッドが作り終わった。一旦、休憩するために家に帰ると、リリーが昼食を作り終わったようで、机の上に綺麗に配膳していた。自分が適当に皿を置くときよりも、なんだか洗練されており、お金持ちがメイドを雇う理由が少し理解できた。


 実際、凄く綺麗だった。二人とも昼食を食べて、ガラガラが作ったベッドをえっちらおっちらと倉庫から家に運び入れた。自分がいつも寝るベッドよりも豪華に作っておいたので、このベッドで眠る予定のリリーが困惑していた。


「おじ様、これからこの控えめに言って、ちょっとむさ苦しい家の中を掃除しますので、ちょっとの間、家から出て行ってくださいませ」

 リリーは、そう話したが、お願いというよりも命令に近かった。話した通り、男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲くという言葉のように、ガラガラには生活力が殆どなかった。ガラガラは、手を挙げて仕方なく降参して出て行った。


 リリーに追い出されたガラガラは、市場に行って適当に散策した。特に予定もなかったので、ぶらぶらするだけだった。世の中の妻から家を追い出される夫はこんな気持ちだったのか、悲哀を感じた。


 それなりの時間が経ったので、家に戻ると自分の家ではない位、家が綺麗になっていた。窓から家の中が見えた。いつから窓を拭いていなかったっけと思いつつ、玄関の扉を開けた。なんだか良く分からない花の匂いが鼻をよぎった。家を間違えたかと錯覚した。


「おじ様、ポプリの香りですよ。いい香りでしょう?」

 リリーが自慢げに答えを教えてくれたが、ポプリを知らなかったガラガラは、ただただ困惑した。


 そのまま何時の間にか作ってあった夕食を食べた。ガラガラは、綺麗な家で綺麗な配膳でおいしいご飯を食べて、なんだか自分がちょっとだけお金持ちになった気分だった。


 夕食を食べ終わって、リリーがガラガラのコップにお茶を淹れつつ、話を始めた。

「おじ様。いったん、大体のところが掃除出来ましたから、最初にお話ししたように明日から町で仕事を探したいと思います。よろしいでしょうか?」


「よろしいも何も最初からそうと決めたのだから、儂からは特に不満はない」

 特に問題無かったので、リリーの淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、ガラガラは適当に答えた。リリーの淹れたお茶は、同じ茶葉のはずなのにガラガラが淹れた時よりも美味しかった。


 その後、他愛のない話をして、暗くなったので、二人は別々のベッドで寝た。ガラガラは、いつものベッドのはずなのに、なんだか優しい香りに包まれていた。


 そのあくる日、朝早くからおいしい食事を作ったあと、リリーは仕事を探しに行った。昼頃になって、リリーは家に帰ってきた。その様子は、とても不満げだった。


「おじ様、おじ様、聞いてくださいませ、聞いてくださいませ。メイド・オブ・オール・ワークの一人である私の仕事が、今のところ家の前で適当に箒を使って掃除をして、メイドを雇っているように見せるだけの見栄を張るためだけのステップガールの仕事しか得られなかったのですよ!料理!洗濯!掃除!の全部できるのですのに、町の皆さまの目は節穴じゃないですこと!」

 リリーは帰ってから作った昼食を綺麗なテーブルマナーで食べながら、器用に怒りつつ、捲し立てて言った。


 そんなリリーの愚痴を聞きながら、ガラガラは静かにご飯を食べた。こういうときの女性の相手では、男はおとなしく聞きに徹した方がいいと思った。


 何日かして、リリーの元にお金持ちのご老人の家から返事が来たので、リリーはガラガラの家から出て行くことになった。


「おじ様、お世話になりました。この御恩はいつかお返しします。あと、家の掃除はきちんとした方がいいと思います。適度に清潔を保つと、気持ちがいいものですから。それでは失礼致します」

 市場で会った時のように、両手でスカートの裾を掴んで、見事なカーテシーをしつつ、にっこりと笑顔でリリーは別れの挨拶をした。


「達者でな、元気でいるんだぞ」

 寂しくなるので、ガラガラの言葉は短かった。


 リリーが去った後のガラガラの家は、ガラガラが一人寂しくカーペットスイーパーで掃除をして、ちょっとだけ清潔に保たれるようになった。だが、結局、むさ苦しい家に戻った。ガラガラには、香りを失ったポプリをどうすればいいのか分からなかったので、そのままにしておいた。

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