第5話:衣料業界で、昔でも今でも大活躍しています。

 天使のようなサーシャが女神のように成長した時間が過ぎた。髪の毛を売らずに済むようになり、髪の毛が長くなったサーシャは、天使のように可愛いというよりも天上の女神のように美しいという言葉が正しい姿になった。


 以前に市場で見かけた身なりの良い男の子が成長し、将来性のある賢い青年となって、サーシャと結婚することが決まった。ガラガラは、サーシャから結婚が決まったと聞かされた時、やはり悲しく寂しい気持ちになったが、サーシャを安心させるようにおめでとうおめでとうと繰り返し祝福した。その日は、慣れない酒を飲んだ。

 

 ガラガラは、結婚の記念に何か綺麗なサーシャに贈り物をしようと考えた。何がいいだろう。結婚してから何をするのだろう。結婚したことが無い自分でも思いつくのは。料理はもちろんだし、洗濯もするだろう。これまで作った料理に使う皮剥き器、薄切り器は既に贈ったので、洗濯機も特製で作って贈ろうと思った。


 ただそれだけだと味気ないとガラガラは思ったので、新しくサーシャの為に何かを作ろうとも考えた。数日、うんうんと悩みつつ仕事をしながら、考えを巡らせていたが、妙案が浮かばなかった。ただただ、ガラガラは困っていた。気合を入れろサーシャの晴れ舞台なんだぞ。


 サーシャの結婚式の日が決まったらしく、サーシャから直接手渡しで招待状を貰った。

「おっちゃん、風邪とかひかないように、絶対に来てね。約束だよ」

 結婚式の招待状を渡してから、女神のような微笑を浮かべて長い髪を靡かせつつサーシャは、ガラガラの家から嬉しそうに去って行った。


 招待状を受け取ったガラガラは、ついにこの時が来たかと思った。夢であって欲しいとも思った。これまでのようにサーシャと頻繁に会うことは無くなるだろうと考えると酷く気分が落ち込む。結婚式までに何かの贈り物を作らなければならない。結婚式までそれなりの時間があるが、それでも作れるか分からないので、焦り始めた。以前に勝った競馬のお陰で、懐は温かった。結婚式の日まで絶対に仕事はしないと心に決めた。


 決心はしたが、それでも妙案が浮かばなかったガラガラは、ネズミ男の知恵を借りることにした。ドアのベルが鳴った。連絡を聞いたネズミ男が急いでやってきたようだ。ネズミ男は手慣れた手つきで椅子を引き、机を挟んでガラガラの目の前に神妙な顔つきで座った。


「何か御用があるみたいですが、儲け話ですか?」

 ただすぐに来いとしか伝言を受けていなかったネズミ男は息を荒くしながら尋ねた。ただし、どうせサーシャのことだろうなぁと思っていた。一応、素知らぬふりをした。


「そういう話じゃない。今度、結婚するサーシャのことだ」

 ネズミ男の予想通り、案の定、サーシャのことだった。また暴走したのか。


「サーシャも良縁に恵まれてよかったですね。旦那も嬉しいのでしょう?」

 サーシャとは色々と付き合いがあったネズミ男も嬉しそうに話した。


「嬉しいのは当然なのだが、サーシャに贈り物をしたいと考えている。しかし、何を贈ろうか一考に思いつかない。何か妙案が無いか一緒に考えてくれ」

 腕を組みながらうんうんと悩みながら、ガラガラはお願いした。


「えーと、皮剥き器と薄切り器は既にあげているので、洗濯機でしょうか」

 ちょっと困っていたが、妙案を考えて、人差し指をピンと立てつつ、これだという表情を浮かべてネズミ男は答えた。


「もちろん、洗濯機は贈るが、何か晴れの日だけではなく日常的に使える特別なものを作って贈りたいと思っている」

 グルグルと考えていたガラガラはまだ納得していない様子だった。


「それでは、フォークやナイフとかのカトラリーを作ってはどうでしょうか?旦那なら綺麗な模様を持ち手に刻めると思います。できれば結婚相手の家紋とかがよろしいでしょうな。もちろん鉄製ではなく、銀製にしましょう。カトラリーの表を食卓に見せるように置くのは、その家の家紋の豪華さを見せる為だそうですから」

 少し悩んで、ネズミ男は提案した。


「そうか、綺麗な模様のカトラリーか、一案として考えておこう。ネズミ男、結婚相手の家紋を調べてくれ。それはそうとして、何かもっと他に無いのか?」

 ガラガラは、その言葉に少しだけ納得した後、もっと妙案を欲しがった。


「家紋については、何とか調べておきましょう」

 ネズミ男は、ちょっと難しいなぁと思いつつ、サーシャの為だと頑張る気分で答えた。


 その後、うんうんと妙齢の男達が悩んでいたが、一考に妙案が思いつかなかった。日も暮れてきたので、ネズミ男は帰ろうとしたが、ガラガラは帰してくれなさそうな雰囲気だったので、徹夜して相談しあった。夜も遅くなったので、仕方なく泊まることにした。妙齢の男が二人、同じ屋根の下で眠ることになるとは、こんな悲しいことは無いとも思った。


 次の日の朝、朝食を食べながら、やはり全く妙案が浮かばなかった二人は、市場に行って奥様方に嫁入り道具としてあったら何が便利なのかを聞くことにした。二人は後から気づいたが、いわゆる市場調査のようなものだった。


 男が二人並んで一緒に市場へ向かった。その姿は徹夜して隈が出来ていたこともあって、怪しげでむさ苦しかった。市場に到着した二人だったが、ネズミ男の口の上手さのお陰で、市場の奥様方から色々な情報を得ることができた。この姿のガラガラだけでは、気持ち悪くてここまで教えてもらえなかっただろう。奥様方の情報では、例えば、針仕事があるので、やはり丈夫な針だとか、カーペットの掃除用具があれば便利だとかであった。適当に家事をする二人には、さっぱり分からなかったが奥様方が言うことが正しいだろうと結論した。


 それなりに情報が得られた二人は、ガラガラがネズミ男に感謝の言葉を述べて、寝ぼけ眼をしつつ、市場で別れた。頭が回らないので、とりあえず仮眠をしようと二人共思っていた。

 ガラガラは、ひとまずカトラリー類を作って豪華な模様を掘りつつ、何かしらの絡繰りを考え始めた。


 針仕事と掃除道具どちらを作るべきか。片方を作る時間しか無いだろう。自分でも面倒だと思っている針仕事の絡繰りを作ることにした。サーシャの為に何か作るのは、おそらく最後なのだから、決意を新たにした。針仕事の工程を考えてみる、まず、針の穴に糸を通す。次に糸を通した針を布とか皮の表側に突き刺す。突き刺した穴から少し動かして、裏から表に針を戻す。色々な縫い方があるが、基本はこれのはずだ。


 必ず結婚式に来て欲しいと思っていたそうな雰囲気で、時々様子を見に来るサーシャに隠れて、ガラガラは絡繰りを考えて作った。ハンドルを回して針が上下に動くようにした。色々と絡繰りを追加して、なんとか生地が縫えるようになった。手縫いよりも簡単だし、恐らくこれでいいはずだと思った。サーシャという名前にしようとしたが、結局ミシンと名付けた。


 布を縫う絡繰りを隠れて作っているガラガラを見てしまって、サーシャは何かを察しながら黙っていた。自分のために何か作っているのは分かっているが、そういうのを言う事は無粋だと思っていた。ただ、いつも自分のために何かを作ってくれるガラガラの気持ちが心底嬉しかった。何というか自分の記憶には無いお義父さんみたいだと思っていた。お礼に何かお返しをしようと思った。


 本当なら孤児院長と一緒に歩く予定だったバージンロードをガラガラに代わってもらおうと考え、孤児院長に相談した。孤児院長は、これまでガラガラには大変お世話になっているし、ガラガラの気持ちも考えて、もちろん迷いなく了承した。サーシャはその答えに大層喜んだ。これで結婚式がより楽しみになった。


 結婚式まで幾日かある朝、ガラガラはサーシャをびっくりと脅かせようとして自宅に呼んだ。既に気づいていたサーシャは、ガラガラに気づかれないようふんふんと鼻歌を歌いながら、知らないふりをしてガラガラの家を訪れた。鈍感なガラガラは、サーシャをお姫様のように丁重に倉庫へ招待した。


 招待された倉庫の中で、サーシャの目の前に綺麗な模様が彫られて頑丈そうな一個の箱が現れた。隣に見覚えのある絡繰りがあったが、サーシャは無視した。ガラガラに蓋を開けて中を覗くように促されたサーシャは蓋を開けた。箱の中には、なんとも綺麗な模様が刻まれたカトラリーとミシンが入っていた。それに結局、改良された新しい皮剥き器と薄切り器も入っていた。これにも持ち手にドワーフ渾身の綺麗な模様が描かれていた。それ以外にもガラガラが考えうる限りの道具が入っていた。ただし、洗濯機は箱の中に入らなかったので、箱の外に置かれていた。なんとも締まらなかった。


 見てくれだけでも、お金持ちの家が一軒建てる位の豪華さだった。サーシャは、あまりの豪華さに眩暈がした。正直、やりすぎじゃないかなぁと思ったが、文句は付けようなかったので、素直に受け取った。ただし、これをどうやって運べばいいのか、困惑した。箱だけでもかなり大きいし重そうだった、それに加えて洗濯機もあった。


 サーシャは、ガラガラに紹介するついでに青年を呼ぼうと思った。たまたまネズミ男が来ていたので、青年の家を教えて伝言を頼んだ。家紋を調べていたネズミ男は、迷いなく青年の家に辿り着き、ちょうどよくいた青年に言付けをした。


 ちょっとしてから、サーシャの愛しい青年がやってきた。サーシャのお義父さん代わりの人に会うために、いつもよりも身ぎれいにしつつ、息を切らしながら青年が急いで来た。ネズミ男も一緒に来たが、あとは何とかしてくれといったように、へとへとになって大げさに見えるように顔から地面へ倒れこんだ。祝福する気持ちはあるが、これ以上は巻き込まれたくない様子だった。


 サーシャと青年がガラガラの目の前に並んだ。青年が話を切りだす。

「お義父さん。お嬢さんを妻として迎えに来ました。よろしいですか?」


「いいとも、いいとも。サーシャを幸せにするんだぞ」

 悲しい思いをしながら、了承しつつ、ガラガラの涙腺は決壊寸前だった。もうサーシャとは、たまたま出会う関係になるのだろうと思いながら。


 サーシャと青年は嫁入り道具が重たかったので、結局、近所の人たちに手伝ってもらいながら中身がぎっしり入った嫁入り道具をえっさほいさと祭りのように担いで持って帰って行った。その嫁入り道具の豪華さに町の人々がぞろぞろと集まって来て、サーシャは何だか見世物になった気がして恥ずかしかった。


 その日の町の話題は、ガラガラの嫁入り道具の豪華さで埋め尽くされていた。娘を嫁に送り出すお父さんは、これ位豪華な嫁入り道具を渡すことが出来れば、正直嬉しいなぁと奥様方はガヤガヤと話し込んでいた。町の主人達は、酒場で酒を飲みながら、あれと比べて、嫁に出す予定の娘の嫁入り道具をこれからどうしようかと悩んでいた。ドワーフの渾身の彫り物に勝てる装飾なんぞ何処にもなかった。


 結婚式の前日、サプライズも兼ねていたのだろう孤児院長が気を利かせて、ガラガラは知らなかったが、サーシャの希望通り、サーシャと一緒にバージンロードを歩くことを教えてもらった。それを教えてもらっただけなのに、嬉しさでガラガラは泣きたくなった。まだ泣くわけにもいかないが、長く生きてきてこんなにも喜べることは無かった。その日は、絶対に失敗できないので、緊張して眠れなかった。


 結婚式の当日になった。サーシャの結婚を祝福するようなとても晴れた日だった。着なれない礼服を着たガラガラは、そわそわして落ち着きがなかった。サーシャの晴れの日に失敗したらどうしよう。ただ歩くだけなのに、こんなにも難しく考えることは、今まで無かった。


「おっちゃん。私の結婚式だから、もっとシャンとしてよね。生涯で一度しかないんだよ」

 結婚式場の待合室でサーシャがぷーと頬を膨らませながら、心配そうに話した。


「大丈夫、大丈夫だとも。儂はこれまでの人生でもっとも真剣になっておる」

 そう答えたガラガラの顔から汗が噴き出している。何度もハンカチで顔を拭いていた。ハンカチがじっとりしている。花嫁が主役だというのに、かなり緊張しているようだ。


 リンリンとベルが鳴って、結婚式が始まった。ガラガラとサーシャは、腕を組んでバージンロードを歩いた。


 サーシャは歩きながら、ガラガラに小声で感謝した。

「これまでありがとう、お義父さん。私、幸せになります」

 その言葉を聞いたガラガラの泣くまいと我慢していた涙腺は崩壊し、その目から滝のような涙が零れた。


 二人は、ガラガラの泣き顔以外は特に問題なくバージンロードを歩き終わった。結婚式に参加した人たちは晴れの日だったので,ガラガラの泣き顔を敢えて無視した。ガラガラは、名残惜しそうにサーシャを手放した。これが娘を持った父親の気分なのだと再認識した。そのあとは、いつもの童話のように新郎と新婦が幸せなキスをして、結婚式は終わった。ガラガラにとっては、忘れられない一日の一つとなった。

 

 その日の夜、ガラガラはネズミ男の襟を掴んで、ずんずんと音を立てながらガラガラの家に引きづった。酒が飲みたい気分だった。ネズミ男も今日は仕方がないと思ったので、お互い高そうな礼服を脱がず、一心不乱に、下戸なのに二人で酒を飲んだ。二人共床で寝て、案の定、次の日は酷い頭痛だった。ただ、幸せな痛さだった。


 いつしか、ガラガラの発明したものを詰め込んで贈ることをガラガラの嫁入り道具として呼ばれるようになった。作るのにとても難しかったので、ガラガラに注文が何度も入った。ガラガラにとって、やはりサーシャは幸運の天使で幸運の女神だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る