第4話:結構色々な種類があります
今日も今日とて、ドワーフのガラガラは、ガラクタの【しっぽ付き】を買ってしまったので、金が無く困っていた。どうにかして金を稼がなければならない。
ガラガラは、なんとなく市場を散策してみるとサーシャを見かけたので、声を掛けた。サーシャの指には包帯が巻かれていたので、疑問に思った。少なくともおしゃれではないだろう。
「サーシャ、指に包帯をしてどうした?」
「野菜を薄切りにしようとしたけど、失敗して手を切っちゃったの」
指先を見せながら、ちょっと痛そうにサーシャは答えた。
「まだ痛むのか?」
「心配ないよ。ちょっと痛いけど、浅く切っただけだから、すぐに治ると思う」
大丈夫といった顔をしつつ、こういうときのガラガラは結構暴走しやすいので、サーシャはガラガラを心配させないように話した。
「そうか、大丈夫ならそれでいい」
明らかにガラガラは内心納得していないが、サーシャの言う通り、表面上は納得したように見せた。
「おっちゃん、それじゃあ、またね」
手を振りながら、サーシャは去って行った。
サーシャの後ろ姿を見ながら、ガラガラはすぐに家に帰って薄切りする何かの道具を作ろうと決心した。これ以上傷つかないように、サーシャの指を守らなければならない。サーシャの予想通り、ガラガラは暴走した。
家に帰ってきたガラガラは、早速倉庫に向かって薄切り器を考え始めた。包丁の扱いが苦手な人間でも使えるようにしなければならない。それに、薄く切れたとしても指を切れないようにするべきだ。
ガラガラは、最初に手で持てる薄切り器を作ってみたが、ちょっと使い勝手が悪かったので、どうしようかと思った。うんうんと悩んでいると、家の方でドアのベルが鳴る音が聞こえた。どうせネズミ男だろうと思って、家へ向かうと、案の定、むさ苦しいネズミ男が立っていた。
「どうも、旦那。何か儲け話でもありませんか?」
いつもの口調でネズミ男が尋ねてきた。
「今は特に無いぞ。それに今忙しいんだ。相手にしている暇はない」
ガラガラは、面倒くさそうに答えた。
「へぇ、何を作っているので?困っているなら、ご協力しますよ」
ネズミ男は、どうやらちょっとした儲け話になりそうと思ったので、いつもよりも協力的だった。
「誰でも薄切りができるようなものを考えている」
ガラガラは悩んだが、ネズミ男に相談した。
「えーと、旦那。もう既にありますよ。大工が使っています。鉋って言うんですけど」
どうしてそんなことになっているのか困ったようにネズミ男は答えた
「そうか、すっかり忘れていた。鉋があったか。でも、鉋は木に対して鉋を持っている方を動かす必要があるから、逆に薄切りしたい物の方を動かすようにすればいいのか」
ガラガラは、そういえばそういう物があったと納得した。
「ご助力出来て幸いです。ところで、薄切り器が出来たら、いつも通り任せていただけますよね?」
にっこりと笑いつつ、手を揉みながらネズミ男は、確信したように話した。
「ありがとう。仕方ない、サーシャの為だ。任せよう」
ガラガラは、しょうがないなぁと思いつつ、アイデアのきっかけを教えてくれたネズミ男に感謝した。
「どうも、毎度ありがとうございます。それでは失礼しますね」
サーシャの為なら、ガラガラは暴走することを知っていたネズミ男は、毎度のことながら
サーシャには甘いなぁと思いつつ、しめしめといった顔で答えて、去って行った。
ネズミ男が去って行った後、鉋くらいはすぐに作れるガラガラは、早速、鉋の向きを逆にした薄切り器を作った。あとは、何かしら薄切り器で指を切らないような構造を考えなければならないと思った。色々と悩んだ結果、薄切りしたいものを何かでしっかりと固定しつつ、前後に動かせばいいと考えた。とりあえず試作品を作ってみた。
市場に行って、またよく分からないものを作っているなぁと市場の皆が思っている視線の中、適当な野菜を買ってきて、試作品を使ってみた。不器用な自分でも使えるとガラガラは感じた。きっちりと薄切りできるが、自分以外でも使えるか疑問に思ったので、ひとまずネズミ男を呼んだ。ガラガラは、サーシャに試作品を使わせる訳にはいかない、これはドッキリなのだと思った。
ただし、ガラガラ以外の皆はガラガラがサーシャを溺愛していることが既に分かっていたので、黙っていた。頑張るガラガラを落胆させる訳にはいかないし、サーシャの為にもなる。
「えーと、旦那。これは売れそうですよ。何より構造が簡単だ。どこの工房でも作れます。幾分かのお金がまた貰えますよ」
家に来るように呼ばれたネズミ男は、早速、試作品を使ってみた。売れる実感を得たので、いくら儲けることができるか考えながら褒めた。
「今、サーシャが使う分を作っているから、他に売り出す分は、ちょっと待ってくれ」
儲けなんかどうでもいいと思いつつ、適当に返事をして、ガラガラは真剣に薄切り器を作っていた。これは、しっかりと作って、可愛いサーシャに贈らなければならない。
サーシャの分の薄切り器を完璧に作ったので、すぐさま孤児院へと走った。サーシャの指を守らなければならないと決心しながら、一刻も早く薄切り器を贈ろうとガラガラは思った。
孤児院に到着したガラガラは、一心不乱にサーシャを探した。すぐにサーシャが見つかったので、薄切り器を渡した。
「えーと、おっちゃん、ありがとう」
困惑しつつ、また暴走したのかと思いながら、臆面に出さず、笑顔でサーシャは感謝した。
「そうだろう、そうだろう」
使い方も教えず、とりあえず贈りたいものを贈れたガラガラは満足した。
「ところで、これは何なの?」
サーシャは疑問に思ったので、ガラガラに聞いてみた。
「えっと、野菜を簡単に薄切りできるものだ。野菜はあるか?実際に使い方をみせてやろう」
しまったと反省しつつ、恥ずかし気に指を頬で掻きながら、ガラガラは答えた。
「とりあえず、台所に行こうよ」
サーシャはごつごつとしたガラガラの手を取って一緒に勝手知ったる台所へ向かった。
「じゃあ、おっちゃん、使い方を教えて」
いつの間にか孤児が集まってサーシャに纏わりついたので、腕を引っ張られながら、サーシャはガラガラにお願いした。
「よーし、見せてやろう。しっかりと見ていろよ」
ガラガラは、胸を張りつつ、デレデレした顔で答えた。
「ここをこう使って、手前に引っ張る。どうだ、薄切りができたろう」
これでサーシャの指は守られたと思いながら、自慢げにガラガラは説明した。
「へぇー、これはすごいね」
周りの孤児達もおおーとびっくりしながら、サーシャはとりあえず褒めた。
今日は別に薄切りをする献立じゃないんだけどなぁとサーシャは思ったが、黙っておいた。どんなものでも贈り物にケチをつける訳にはいかない。孤児院長からそれが礼儀なのだと教わっていた。
サーシャは、今日の献立をどうしようかと考えながら、ガラガラが作った薄切り器を使ってあげた。
「綺麗に薄切りできるね、これ」
ガラガラが自信満々な顔を見せたので、とりあえず成功したとサーシャは思った。
「薄切りした後に細かく切れば、サラダに使えるような千切りにできるね」
サーシャは適当に言った。
「千切りか!千切りも出来るように改良しよう!」
可愛いサーシャの言葉を聞いて、なぜかガラガラの心に火が付いた。これはもうどうしようもない。
さっさと足早にガラガラは家に帰って行った。また、来るんだろうなぁとサーシャは思ったが、ちょっと嬉しかった。
家に帰ったガラガラは、徹夜を覚悟して千切りもできる薄切り器を作り始めた。可愛いサーシャの為だと気合を入れる。徹夜した結果、何とか千切りもできる薄切り器の付属品が出来た。さっそく孤児院に持っていこう。
息が乱れるほど孤児院に向かったガラガラだったが、サーシャは市場に向かったようだということがわかった。市場に向かって走って、ぜぇぜぇと息が苦しくなりながら市場に到着した。サーシャはどこだ。早く見つけなければ。
市場の皆は、またガラガラが暴走したと思ったので、素直にサーシャのいる場所を指さした。ガラガラは、サーシャを見つけた。周囲の視線を無視してサーシャに千切りもできる薄切り器を渡した。
困ったようにサーシャは感謝した。
「おっちゃん、ありがとう。市場の皆に教えてもいいかな?」
「もちろん、いいとも!」
ガラガラは、自慢するように答えた。
どこからともなくネズミ男が現れた。小声でガラガラに話しかける。
「旦那なら、こういう事をすると思っていましたよ」
ネズミ男は、声を張り上げて、サーシャから薄切り器を受け取って、その説明を始めた。
「さぁさぁ、皆さん、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい。ガラガラ印の薄切り器だよ!野菜を薄切りできるよ!サーシャも使ってるよ!」
市場の皆は、訝し気に見ていたが、サーシャが使っているならと思いながら、仕方なしにネズミ男の元へ近づいて行った。
どこかの野菜屋が聞いてみた。
「どの野菜が薄く切れるんだい?」
「根菜や芋やキュウリとかさ!」
ネズミ男は、ガラガラが作ったものなら大丈夫だという確信をもって答えた。
「へぇ、ちょっと貸してくれ。うちの売り物を切ってみようじゃないか!」
野菜屋は、ここで目立てばサーシャが来ると思いつつ、他の野菜屋に取られないように叫んだ。
「どうぞ、旦那。気が済むまで切ってください」
ネズミ男が、野菜屋に薄切り器を渡しながら言った。
野菜屋が薄切り器を使ってみる、サーシャへの贈り物だったので、するりと薄く切れた。野菜屋がびっくりする。
「なんだこれは!」
「薄切り器ですよ、旦那。今なら初めに使ってくれたので、お安くしときますよ」
ネズミ男がここぞとばかりに売り込んだ。
「あんた、便利そうだから、とりあえず買っておきなさい」
野菜屋の奥様が主人に提案というか命令した。いつの世も奥様は強いのだ。
「えーと、一つ頂こうか」
野菜屋の主人が渋々と言った。
「毎度、どうも」
ネズミ男がそういうと、次々と薄切り器の注文が入った。ガラガラは、サーシャの為に作った薄切り器がこういう扱いをされたので、少々不満があったが、金には代えられないと思ったので、静かにしていた。ただ、ネズミ男には、一言文句でも言ってやろうとも思った。
ちょっとした後、ネズミ男は注文を纏めたようで嬉しそうにガラガラに伝えた。
「旦那、かなりの数の注文を頂きました。これから忙しいですよ」
「ふーん。それはいいことだ」
ガラガラは、ちょっと不満そうに答えた。
「どうしました、旦那。かなりの儲けが見込まれます。競馬にだって行けますよ」
ネズミ男が、訝し気に聞いた。
「そうか。それはいいことだ」
適当にガラガラは答えた。
ガラガラの不機嫌を感じたネズミ男は、お願いしますよと思いながら言った。
「今度の月曜日に訪ねますので、できるだけ作ってください」
そういうと、ネズミ男は、サーシャに素早く薄切り器を返して、さっさと逃げて行った。
「あの野郎、逃げやがった!」
ガラガラは怒りながら叫んだ。
「まぁまぁ、おっちゃん。薄切り器が売れてよかったじゃない」
サーシャは、宥めるようにガラガラへ手のひらを見せて言った。
サーシャの言葉を聞いて、ガラガラの暴走が終わった。実際、サーシャは可愛い。
「そうだな、そうだな」
そう呟くと、ガラガラは冷静になって息を整えた。これからひたすら薄切り器を作らなければならないと思いながら。
その日から、ガラガラはひたすらネズミ男が勝手に受けた注文の数を納めるために薄切り器を作り続けた。
とある日、サーシャがガラガラの家にやって来て感謝の言葉を言った。
「おっちゃん、ありがとう、薄切りも千切りもできるようになったよ」
毎日薄切り器を作っていたので、ネズミ男め絶対に殺してやると殺伐としていたガラガラの心だったが、サーシャのその一言でガラガラの心は洗われた。いつだって娘のように可愛がっている子は、正しいのだ。これが正義なのだ。
「そうか、そうか」
褒められて厳つい顔だったガラガラの顔がデレデレしている
ガラガラは知らないが、ネズミ男にお駄賃付きでフォローを頼まれていたサーシャは、何かの袋を掲げながら続けて言った。
「市場の皆もすごく便利なものだって話していたよ。あと市場で色々な野菜を薄切りにして、油で揚げたおやつを持ってきたから、ちょっと休憩して、一緒に食べよう」
ガラガラとサーシャは、他愛のない話をしながら、おやつを食べた。そうしていると、おやつを食べ終わったサーシャは、ガラガラの機嫌が良くなったと感じたので、手を振りながら孤児院へと帰って行った。
なんとなく仕事を続ける気分が無くなったガラガラは、今日の作業をやめて、早めに寝ることにした。
次の日、注文の品を受け取るためにネズミ男がガラガラの家に訪れた。相も変わらずむさ苦しい姿だった。
「やぁ、旦那。今回の注文の品を受け取りに来ました。倉庫に行けばよろしいので?」
倉庫の方向を指さしながら、ネズミ男が尋ねた。
「今、倉庫の錠前を開けるから、ちょっと待ってくれ」
壁につるされた倉庫の鍵を取って、ガラガラは倉庫の方へ歩いて行った。ネズミ男もその後ろを付いて行った。
「とりあえず作れた分はこれだけだ」
ガラガラは、倉庫の錠前を開けて、注文の薄切り器をネズミ男に見せた。
ネズミ男は、注文の品の数を数えた。注文の数よりも多かったので、今回はきちんと仕事をしてくれたと思いながら、安心した。
「どうも、旦那。注文の品は確かに預かりました。今度、儲けの半分を持ってきます。これで当分は注文が無いと思いますので、ゆっくりしてください」
そういうと注文の品を受け取り、ネズミ男は足早に去って行った。
その言葉を聞いたガラガラは、やっと纏まった休みを取れると思った。纏まった休みが取れるということは、大好きな競馬に行こうとガラガラは決心したが、あることに気づいた。そういえば、まだ儲けの半分を貰っていないので、金が無い。金が無いと競馬に行けない。仕方が無いので市場へぶらぶらと散策を始めた。
市場に着いたはいいが、結局のところ、金が無いとできることが限られる。あのガラクタも欲しいし、作業道具も新調したいとガラガラは思っていたが、渋々諦めた。数日後、ネズミ男が持ってきた儲けの半分を受け取った。競馬に行く前に、サーシャに怒られると困るので、市場で必要なものを先に買っておいた。
買ってきたものを急いで家に持ち帰り、足早に競馬場へ向かった。競馬場に着くと、返し馬を見ながら、今日はあの馬の調子がいいなと考えたので、手持ちのお金を全て1頭の馬に賭けた。
不思議なことに、いつもと違い、ガラガラはなぜか競馬に勝てたので、それなりのお金を得た。今度、孤児院にでも何か差し入れでもしようと思いながら、家路に着いた。
次の日、ガラガラは孤児院への差し入れを買うために市場へ向かうと、サーシャを見かけたが、隣に見知らぬ身なりの良い男の子と一緒に歩いていた。楽し気に話しているようだったので、サーシャもそういう年頃なんだなぁと思った。こういうデートをしている時は、馬に蹴られたくないので、隠れるようにこそこそと差し入れを買って行った。
孤児院に着いたガラガラだったが、サーシャがいない事が分かっていたので、ちょっと寂しい気分になりながら、孤児院長に差し入れを渡して家に帰った。
その夜、ガラガラは何とも言えない気分だったので、家にネズミ男を呼んで慣れない酒を一緒に飲んだ。二人とも下戸だったので、翌日、酷い頭痛となった。頭の痛さに堪えていると、これが娘が巣立っていく男親の気持ちなのだと気づいた。悲しい気分だった。
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