第3話:バリバリっと音が鳴って、色々なところで使われています

 何回か競馬でお金を失ったガラガラは困っていた。明日、食べるものが無い。鏡で髭と髪を見てみる。そこそこ長い。髪切り屋にでも行くか。


 髪切り屋に向かいつつ、ガラガラは心の中で決心した。今回は、競馬に賭けない。新たなケツイと共に歩みを早める。もう少しで髪切り屋だ。髪切り屋の前に見知った後ろ姿を見つけた。サーシャだ。


「サーシャ、もう少し髪を伸ばした方がいいんじゃないか」


「あっ、おっちゃん。うーん、髪を切るにはちょうどいい時期だから大丈夫。それと、この間はお菓子ありがとう。孤児院の皆で食べたよ。結構高そうなお菓子だったけど、良かったの?」

 サーシャは、首を傾げて聞いてきた。相も変わらず可愛い。


「助かったお礼だから、気にしなくていいぞ」

 実際、サーシャには助かっていた。洗濯機が洗濯屋にそれなりに売れた後、その評判を聞いて、町の有志の献金により、公共の洗濯場にも洗濯機が設置された。

 

 冷たい水を触らなくていいと好印象だった。脱水するときに、桶の蓋に乗って重ければ重いほど脱水できるので、誰が一番太っているかの話題が一番盛り上がった。太っているということは、それほど豊かなのだから。


「じゃあ、お先に失礼しますね」

 そういうと、サーシャは髪切り屋に入って行った。それに続くように、ガラガラも髪切り屋に入って行った。髪切り屋に来る人間は2種類いる。髪を売るか売らないかだ。髪を普通に切りに来た人間は、丁重に対応するが、売りに来た人間は、可能な限り手早く済ませる必要があるので、かなりぞんざいな扱いだ。


 ただし、ドワーフのガラガラは除く。ドワーフで髪や髭を売ろうとする奴は、珍妙で貴重な物だから、丁寧に扱われる。珍獣扱いだ。


 サーシャは、慣れたように手早く椅子に座ると、同じように髪切り屋の主人が髪を切り始めた。流石に女の子なので、そこら辺の男とは異なり、まだ丁重な扱いだった。主人の息子が代わりに切りたそうな表情をしているが、主人は無視した。むさ苦しいドワーフの髪を切るよりも可愛い女の子の髪をそれなりに丁寧に切る方が心の安寧が得られるものである。


「ガラガラさん、こちらの椅子へどうぞ。」

 渋々とした表情で髪切り屋の息子が手を指して、椅子へ座るように促した。


「いつも通りに全部切っていいんですね」

 髪切り屋の息子は尋ねた。


「いつも通りでいい」

 髪切り屋の息子の気持ちは、痛いほど分かるが、それはそれとしてちょっとガラガラは不愉快だった。ただ思い直すと、サーシャと比べたら、そこら辺の石と同じだからしょうがないとも思った。


 髪切り屋の息子が手慣れた手つきで髪を鋏で時々失敗しながらざっくりと切っていく。短くなった髪を丁寧に剃って、一本たりとも無駄にしないように頑張っているが、主人に比べると、ちょっと痛い。


「そういえば、儂の髪はカツラに使われるのは理解できるのだが、髭は何に使うんだ?お前さん知っているかい?」

 ちょっと前にサーシャと話した疑問をガラガラは聞いてみた。


「確か筆とか付け髭になるそうですよ」

 髪切り屋の息子は答えた。


「何で儂の髭を筆にするんだ?」


「ガラガラの旦那、お金持ちのすることなんて分かるはずがないじゃないですか」

 髪切り屋の息子は、呆れたように言った。


 ふーんとガラガラは納得しようとした所で、サーシャの髪切りが終わったようだ。他の髪を売る人間とは違い、普通にお金を取るレベルでかなり丁寧に切られていた。


「サーシャちゃん、髪切れたよ。前とは違って丁寧だろう」

 デレデレしながら、髪切り屋の主人は言った。


 髪切り屋の息子の手元が狂った。痛い。この野郎とガラガラは思った。


「ありがとう。おじさん」

 サーシャは、余所行きの笑顔で感謝して、お金を受け取って、風のように軽く去って行った。


「お前、そんな手付きで仕事をするんじゃない。」

 髪切り屋の主人が息子に向かって、先ほどの顔から豹変して怒りながら言った。


 髪切り屋の主人が息子に代わって髭を剃り始めた。

「さっき思ったのだが、短い髭では、お前さんの息子から聞いた筆にもならないから、剃る必要も無いんじゃないか」

 ちょっとした好奇心でガラガラは、主人に聞いてみた。


「旦那、いつの世も聞かない方がいいこともあるんですぜ」

 神妙な面持ちをして、主人は答えた。


「それでも聞いてみたいのが本音だろう」


「気を悪くしないでくださいね。なんか食べるらしいですよ」

 答えた主人は、思い出したように気分が悪そうだった。


 聞いた瞬間、ガラガラの気分は、天国から地獄へ落ちた。聞くんじゃなかった。サーシャにどう伝えようかと困った。


「なんで儂の髭を食べるんだ?」

 ぐぇとしたような顔をしながら、ガラガラは聞いてみる。


「ガラガラの旦那、お金持ちのすることなんて分かるはずがないじゃないですか」

 息子と同じように主人は答えた。


 その後、何とも言えない気まずい雰囲気の間、ガラガラは、髪と髭を売った。とりあえず懐が温まったので、競馬に行く気分になる前に、市場に急いだ。少なくとも1週間分の食料は買わなければと思いながら。


 ガラガラは、先に出て行ったサーシャを見つけた。

「さっき振りじゃないか、サーシャ」


 サーシャは嬉しそうに笑顔で振り返った。

「あっ、おっちゃん。どうしたの?」


「そりゃ、もちろん。食い物を買いに来た」


「そりゃ、そうだよね」

 ぴかーと輝く笑顔のサーシャだ。


 ガラガラは、周囲から色々な視線を受けながら話し続ける。

「うむ。そうだな。何かおすすめはあるのか」


「今日は、こっちの野菜屋さんがいいもの揃ってるよ」

 ガラガラの手を引っ張りながら、サーシャは指をさして歩く。


「あんな奴の目利きがいいはずがない!」

 どこかの野菜屋の旦那が冗談で叫んだ。


「黙って見てろ。引っ込め、くそ野郎!」

 周囲の店から野菜屋に色々な物が投げ込まれた。


「ほれ、見ろ、あんた、バカなことをするんじゃない。うちの亭主がすみません」

方々に野菜屋の女将が謝った。今日の売り上げはこれまでのようだ。


 サーシャは手を引っ張りながら、ガラガラを連れ歩く。

「今日のお肉屋さんは、ここ」


 サーシャの目利きというか言う事には、無条件で了承してしまうガラガラは、肉屋に聞いた。

「燻製肉はあるかね」


「ふふふ、とっておきのがあるぞ。これでどうだ」


「おっちゃん、この値段だとここで買わないと損だよ」


「サーシャがそう言うならそれを買うか。この位、売ってくれ」


「毎度どうも」

 嬉しそうな顔を浮かべながら肉屋の主人は、答えた。天使のお陰であと数日は儲かりそうだ。


 実のところ、ガラガラは金払いがいい。競馬が無ければだが。そんな金払いの良いガラガラを引き連れてくれるサーシャは、幸運の天使のように市場で扱われていた。


 もちろん、可愛いことも含めて。サーシャは、器量良しと思われていたので、駄目主人の駄目な息子の嫁探しをする奥様にとっては戦争のように、にらみ合っていた。

サーシャの嫁取り合戦を尻目に、ガラガラは必要品を買っていったが、ドワーフとは良く分からないものに気が向いてしまうもので、ふらふらとガラクタに向かってしまった。

良く分からないものがいっぱい。ガラガラのケツイは崩れた。サーシャがその様子から腕に抱き着いて、飴のような甘ったるい言葉で呼びかけた。


「おっちゃん、今日はご飯を買いに来たのでしょう?」

 サーシャの声に、目が覚めたガラガラは、サーシャのおすすめを買い込んだ。


 ちょっと遅くなったので、サーシャと一緒にガラガラの家に帰った。

 

 ガラガラは、今日買ったものを【しっぽつき】の棚に入れて、炉を温めて、慣れない茶を入れる準備を始めた。


 サーシャはいつもの席でニコニコと笑いながら座っていた。

「やっぱり私が淹れた方がいいんじゃない?」


「いつも助かっているお礼も兼ねている。座っておけ」

 不器用に茶を入れながら、ガラガラは答えた。


 サーシャは、不器用なガラガラのお茶が好きだった。なんというかお父さんの味だった。

「お茶、ありがとう。次に何か作るの?」


「もっと簡単に髪を切れるものを作る気だ。」


「へぇ~。何で?」


「この頭を見ろ。傷だらけだろ。痛くてしょうがない」

 ガラガラは、頭を見せた。その頭は、何とも言えない状態だった。ドワーフで無ければ、結構大きな傷で、痛みに耐えられないだろう。


「髪切り屋の主人さんは、いつも丁寧だよ」


「人には、色々と気分が悪い日があるからな」

 何か隠すようにガラガラは言った


「あっ。息子さんは、まだまだだと思う」

 控えめにサーシャは小声で言った。もうすでにばれている。


「髪を売ったお金でご飯は買えたか?」

 話題を変えるようにガラガラは心配して聞いた。


「大丈夫。みんな優しいから、なんだか安くしてくれる」

 疑問に思いつつも、なんとなく予想しながらサーシャは答えた。

 気恥ずかしそうに、指先でくるくると短い髪の毛をいじっていた。


「優しい人達だな」


「そうだよね。本当にそうだよね」

 軽く俯いて懺悔する様にガラガラに申し訳なさそうに呟いた。


「硬いパンくらいしか無いが、時々でも来なさい」


「ありがとう、おっちゃん。ごめん。面倒になります」


「どんどん遠慮せず面倒になりなさい。」


「ありがとう。今日もいいかな」


「いいぞ、スープで硬いパンでも浸して食べようか。サーシャにスープは任せよう。できるだろう」


「もちろん。皮剥き器があるから大丈夫」

 サーシャの顔は、任せてもらってほころんでいた。


 サーシャの作ったスープにパンを浸しながら、一緒に晩御飯を食べた。夜も遅いので、サーシャは、ガラガラの家に泊まった。サーシャにベッドを占領されたガラガラは、幸せな気分に浸りながら椅子で寝た。


 翌朝、リンリンと扉のベルを鳴らしつつ、元気良く手を振りながら、サーシャは孤児院に帰って行った。ガラガラはちょっと寂しくなった。


 ガラガラは、あのくそみたいな髪切り屋の息子でも扱える髪切り道具を作ろうと思った。頭は傷だらけだから、せめて、もっと傷つかないように簡単にしたい。頭は一つしかないのだから。


 くそみたいな髪切り屋でも使える髪切り道具を作ろうと決心したガラガラは、絡繰りを考え始めた。少なくとも剃刀でつるつるに仕上げるよりも、ある程度の髪を残し、ざっくりと髪を切る方がいいだろうと思った。


 普通に考えると直接刃が頭につくと、頭がずたずたになるので、直接刃が当たらないようにする必要がある。あのくそ野郎でもできるようにしなければ。この恨み、絶対に忘れないぞ。


 髪を切るという作業は、今のところ鋏を使っているので、構造的には同じように扱えるようにすれば、特に混乱無く受け入られると思った。色々と考えた結果、二つの櫛に刃を付けて髪の毛を梳きつつ切れば、ざっくりと安全に髪の毛が切れるだろうということが分かった。


 とりあえず試作品を作って見たが、ガラガラは髪と髭を売ってしまったことに気づいた。どうしよう、このヘアクリッパーと名付けた試作品を試す機会が無い。


 ガラガラが家の中でうんうんと唸っていると、ドアのベルが鳴った。誰か来たようだ。ドアを開けた、目の前にネズミ男が現れた。ヘアクリッパーの生贄だ。ネズミ男が何か言う前に有無を言わさず、椅子に座らせた。


「旦那、ちょっと何をするつもりですか?」

 ネズミ男は困惑しながら質問した。


「お前の髪が必要なんだ」

 ガラガラは、ヘアクリッパーを開け閉めしてカチカチ鳴らしながら、ぶっきらぼうに答えた。


 ガラガラは、ネズミ男の髪を手に取る。じっとりとして脂ぎっている。触りたくないが、仕方なくヘアクリッパーを髪に突っ込んでジョキンと切った。ちょっと切りづらい。改良の余地あり。


 そのままネズミ男の喚きを無視して切っていく。もうちょっと櫛の幅を細かくした方がいい。髪切り屋の主人にも使い勝手を聞いた方がいいだろう。意外と開け閉めを繰り返すと指が疲れる。持ち手にバネを仕込んで勝手に開くようにしよう。


 ガラガラは、その後もネズミ男の髪を切っていき、素人ながら丸坊主にできた。


「もういつものことですが、一体何を作ったので?」


「簡単に素人でも丸坊主に髪を切れる道具だ」


「へぇ~、ということは、髪切り屋にでも売ろうと考えているので?」


「一応、その通りだが、何か問題でもあるのか?」


「旦那、忘れているかもしれませんが、この町に髪切り屋がいくつあるのか憶えていらっしゃるので?」


 ネズミ男の問いかけにガラガラは気が付いた。

「そういえば、そこまで多くなかったはずだ」


「そうでしょう、旦那。売れる数が少なすぎて、あまりいい儲けにならないでしょうな」

 ネズミ男は、呆れながら答えた。


「せっかく作ったのだから、ひとまず売れる分だけ作ってみてから考えよう」


「旦那、いつものことですが、また、私に任せるつもりで?」


「儲け話が欲しかっただろうから、あとは任せた」


「今回は、髪切り屋に行かずに済んだと思いまして、何とかしてみましょう。これ説明のためにいただきますよ」

 そういうと、ネズミ男は、ヘアクリッパーの試作品を手に足早と去って行った。


 ガラガラは、さっきのネズミ男の髪を切ったときの問題点を洗い出し、倉庫に向かって歩き出した。ちょっと時間が経った後、ヘアクリッパーの完成版ができた。


 数日経ったある日、ネズミ男がドアを乱暴に開けながらガラガラの家にやってきた。


「旦那、髪切り屋以外でも売れるところがありましたよ」

 ネズミ男は、嬉しそうに話した。


「髪切り屋以外に、誰が買うんだ?」

 ガラガラには、全く見当がつかなかった。


「髪の毛を短くする必要がある軍人や衛兵さんですよ。入隊した新人の髪の毛を丸刈りにするために均一に切れるところが評価されたみたいです」


「まぁ、売れることに越したことはない」

 よく分からなかったが、ガラガラはとりあえず納得した。


「旦那、それでですね。結構な数が必要になりそうでして、これから忙しくなりますということを伝えに来たのです」

 ネズミ男は、急いで来たようで、かなり呼吸が乱れていた。


 ネズミ男の言う通り、その日からガラガラはひたすらヘアクリッパーを作り続けることとなった。ヘアクリッパーの櫛状の刃を作るのに時間が掛かったので、他の工房に作り方を教えて手伝ってもらった。


 ある程度ヘアクリッパーが売れ渡ったので、作らずに済むようになった。連日の忙しさでへとへとになっていたガラガラは、もう数日は仕事を休もうと思った。休日に家の掃除やらを済ませると手持ち無沙汰になったので、競馬場に行くことにした。


 ガラガラが競馬場へ向かう道すがらサーシャを見かけた。


 ガラガラは、サーシャに声をかけた。

「おはよう、サーシャ」


 サーシャが振り返って元気に返事をした。

「あっ、おっちゃん、おはよう。どこに行くの?」


「競馬場へ向かう途中だ」

 ガラガラは、競馬場の方向を指さして返答した。


「競馬って何が面白いのか分からないよ」

 サーシャは、不思議そうな顔をしている。


「大人になれば分かる」

 ガラガラは、子供にはあまり教えない方がいいと思ったので、曖昧に答えた。


「大人になる予習として、今日はお手伝いも無いし、おっちゃんについていくことにする!」

 サーシャは、ガラガラの腕にまとわりついて、そう宣言した。


 流石に子供を連れて競馬場に行くは良くないと感じたガラガラは、今日の予定を変更した。結局、競馬場には行かず、サーシャと町を散策して夕方頃に孤児院まで連れて帰った。競馬場に行かなくとも、それなりに楽しい1日だった。


 翌日、サーシャに出会わないように競馬場へ向かったガラガラは、結局、有り金を全部溶かした。




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