人混みと肩車

 祭りの目玉の一つということもあって、舞台の前には大勢の観客が集まっていた。

 大人も子供も入り混じったその中で、深鈴は小さな背丈でうんと背伸びしてみるが……どうも視界が通る様子はない。


「深鈴様、肩車しますよ」

「……気を遣わないで大丈夫です。深鈴はちゃんと見えていますから」

「いや、このままだとお目付け役として下を向き続けないといけないので。俺が舞台を見れません」

「なるほど。そういう事であれば、良いでしょう」


 しゃがんだ深八咫の肩にいそいそと跨る深鈴。

 深八咫が立ち上がると、ずいっと視点が高くなり、煌びやかに飾り付けされた舞台の様子もよく見えた。


「さすが深八咫の背丈、それなりに高いですね!」

「それなりには余計です。」

「深八咫、このお菓子が食べたいので毒見してください」

「はいはい……」


 普段と比べるとはしゃいだ様子の深鈴に口にポン菓子を放り込まれながら、深八咫は人混みは好かないが来た甲斐はある、などと考えていた。

 そしてその様子を見ていた絃が、紡の袖を引く。


「つむ、絃も肩車して欲しいです!」

「は!?」


 予想だにしなかった要求に、紡は驚愕を隠せない。

 そして隣の深八咫と深鈴の姿を見て、自分がそうした時の格好を想像した。


「……いやいやいや!ダメだ、それは!」

「ええ〜?何でですか?」

「何でも!」


 全力で拒否してみせる紡に、麟が不思議そうに首を傾げた。


「絃、おいで。俺が肩車してあげるよ」

「おい麟、ふざけるな!こればかりは許さないぞ!」

「な、何をそんなに怒ってるんだ……」


 今にも殴りかからんばかりの紡に、流石の麟も一歩後ろにたじろいでしまう。

 絃はそんな彼らに、困った様子で下を向いた。


「でも、このままじゃ何も見えなくて……」

「う……」


 眉を下ろしてそう呟く絃に、紡は言葉を詰まらせる。

 確かに紡でようやく舞台の上が見える程度の視界であり、小柄な絃には厳しいだろう。

 必死で考えを巡らせ、妥協案を探った。

 ……そして、結果的に紡は絃を体の前で抱きかかえておくことにした。

 肩車ほどではないが、小柄な絃からすると多少は視界が開けたはずだ。


「すごーい!さすが男の子、力持ちですね!」

「まぁ……鍛えてはいるからな」


 問題はというと、非常に絃と紡の距離が近い事である。

 いや近いというか、絃本人を抱えている以上、紡は彼女と密着するほか無いのだが。

 周りから漂ってくる食べ物や土の匂いに混じって、何やら花のような甘い香りが感じられる。


「……?つむ、具合が悪いですか?」

「大丈夫だ」

「でも何だか脈が」

「気にしなくて良いから……」


 不思議そうな顔をする絃と、視線を斜め下に流しながらそんな風に返す紡。

 麟はそこでようやく紡の事情に気が付いたらしく、彼らのやり取りをくすくすと笑いながら見ていた。


「あ、始まりますよ!」


 絃が指差した先で、色取り取りの衣装を纏った神官が舞台に上がる。

 大きな鈴付きの錫杖がしゃらん、と澄んだ音をたてた。

 やがて始まった演舞を見ながら、小さな声で絃が呟く。


「……絃が知ってる神官さんかもと思ったのですけれど、違いました」

「巫女の先輩か?」

「いえ。五、六年ほど前に一度だけ会ったことがある方で、それきりです」


 そんな風に絃が覚えているのだから、きっと印象的な人なのだろうと紡は思ったが……絃は舞いを見るのに夢中になっているようだったので、それ以上何かを問いかけることはしなかった。


 約十分後、終わりの合図として太鼓がひとつ大きく会場内に響き渡り……演舞は終了した。

 大きな拍手が巻き起こり、演者は舞台の上でそれぞれ一礼する。


「……綺麗だったね。絃も、いつかはあんな風に舞いを披露するのかい?」

「どうでしょう。審査に受かれば、ですね」


 絃は紡に地面に下ろされながら、そう応えた。

 絃は舞に関してはまだまだ稽古を始めたばかりであり、目下練習中、という所である。


「そっか。なら、もしその日が来たら紡と一緒に一番前で応援するよ」

「ありがとうございます。お稽古、頑張りますね!」


 にこにこと楽しげにいつかの約束をする二人に、紡は何か言いたげな様子であったが、思い止まって開きかけた口を閉じる。


「さて、お三方はまだ遊んで行かれるんですか?うちは御主人がおねむの様なので、そろそろお暇しますが」

「深八咫、平気です。私も皆さんと遊んで帰ります」

「さっきまで頭上で船を漕いでいた人が何を言ってるんですか。」


 深八咫に肩車されたままの深鈴は、重い瞼を一生懸命持ち上げて抵抗していたが、電池切れが近いことは誰の目から見ても明らかである。


「絃たちも一通り遊びましたし、そろそろ失礼しようかと。深鈴ちゃん、また今度遊びましょうね」

「はい、また……」


 半ば微睡んだ様子の深鈴に絃達が口々に別れを告げると、軽く会釈して深八咫はその場を去った。

 人々の波に紛れてその姿が見えなくなると、改めて三人で向き合う。


「それじゃ、帰りましょうか」

「あ……二人とも、この後少し時間をもらえないか?話したい事があるんだ」

「話したい事?」


 麟と絃の二人は、紡の言葉に首を傾げる。

 そして時間も時間ということもあり、一旦桜花神社に三人で向かい、その境内で話をすることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る